0話 遠い昔の思い出
*更新が遅くなるかもしれません。週3目標です。
今もなお、ずっと心の中に残り続ける記憶。9年の時を経ても、煌めき続ける当時の記憶。
それだけ自分にとってその光景は眩しく、美しく、感動を呼ぶものだった。当時6歳で、セカンドスクエアもバニスも、実家の後継ぎも何も興味がなかったただ泣き虫の自分が、それを期に大きく心変わりすることができた。
全国の七貴隊が集い、セカンドスクエアとサードスクエアによる演舞を披露する祭典、七貴舞踊会。
一流たちが次々と自慢のバニスを披露していく中、彼がその場に飛び出したのは意外そのものだった。
レオル・ロードファリア、当時9歳だった彼がエキシビションとして参加したときは、誰もが七貴舞踊会が失敗してしまうと思ったはずだった。
だが彼は、サードスクエアは使用できないものの、覚えたてとは思えないようにウィグを操り、観客を魅了していった。
何より彼が映えたのは、これでもかと言わんばかりに楽しそうにセカンドスクエアを使っていたからだ。緊張とは無縁なその笑顔は、多くの人の心を掴んで離さなかったことだろう。
――――こんな風にセカンドスクエアを扱ってみたいと、初めて思えた瞬間だった。
そして締め括り、参加者のスピーチの大トリを務めた彼は、幼さを感じさせないハキハキとした物言いでその気持ちを伝えた。
「父の代わりに出場させていただきました、レオル・ロードファリアです。他の皆様と比べて拙く、お見苦しく感じた方もいらっしゃるかと思います。――ですが、だからこそ、僕と同世代の人たちには伝わってほしいと思います。この大舞台に立つことは不可能ではないこと。僕にできることが、皆様にできないはずがないこと。今回の参加でそれがお伝えできれば幸いです、ご清聴ありがとうございました!」
――悲しくないのに泣いたのは、この時が初めてだった。今でも、どうして泣いてしまったのかは分からない。
一つ分かったのは、『神童』と謳われたこの人のようになりたいという思いが芽生えたことだった。
バニスを習得するのに必要な書物、セレクティアを読みたいと言うと、両親は喜んだが、対応はしてくれなかった。
どうやらセレクティアは、10歳を超える前に読むべきではないようだ。10歳を超える前に読むと、本来適性のあるバニスすら習得できない可能性があるらしい。一度セレクティアが認識できないと、そのセレクティアで習得できるバニスは二度と習得できなくなるため、当時の両親は慎重に対応したのだと思う。
実際世間では、レオル・ロードファリアの影響でセレクティアを先読みしようとする子どもが相次ぎ、一部は習得できずにセレクティアを無駄にしたと苦情が出たことがあったそうだ。
しかし自分も諦めが悪く、分かっていながら両親を何度も困らせてしまっていた。少しでも早く、あの人へ近付きたい一心だった。
それが伝わったのだろう、ある日両親からレオル・ロードファリアに会わないかと唐突に言われたことがあった。年に二度行われる二卿三旗の集いに、彼は前回から参加しているとのことだった。
勿論自分は了承し、親友と一緒にその場所へと足を運んだ。
――そして自分は、観客席からしか見ることができなかったその人本人に会うことができた。
柔らかい笑顔で挨拶された瞬間に、堪えきれず泣いてしまったのは今思い出しただけでも恥ずかしく忘れたい過去だが、彼が頭を撫でながら伝えてくれたことは忘れていない。
「僕はフライングしちゃったけど、焦る必要はないから。バニスを覚えるそのときがきたら、一緒に頑張ろう」
きっと両親から相談されていたのだろう、セレクティアを読みたいとせがむ子どもを宥めてほしいと。
しかしながら、当時の自分にとってはこれ以上に嬉しい言葉はなく、だからこそ用があるからと離れて行こうとした彼を引き留めてでも言った。
「あ、あの! あたしが、あたしがバニスを覚えたら! 一緒に舞踊会、出てくれますか!?」
泣きながら声を上げる自分に、彼は目を丸くした。でもすぐに、笑顔で頷いてくれた。それを見て、またまた泣いてしまう自分がいた。
ずるいと親友に言われたけど、先に言ったのは自分。これだけは譲れなかった。セレクティアを読むにはまだまだ時間がかかるけど、やるべきことはやっておきたいと思った。
だからいっぱい勉強した。親友と一緒に、あの人を驚かせようとセカンドスクエアについて学んだ。
教えてもらっても分からないことだらけで、辛くもあった。けれど、頑張るための大きな目標があったから、挫けなかった。
――――そして、その成果を見てもらおうと意気込んで参加した二卿三旗の集い。そこには、彼の姿はなかった。ロードファリア家はいても、一番会いたい彼の姿はどこにもなかった。体調が悪いらしいと、両親からはそう告げられた。残念だけど、お披露目会は次回に繰り越されることになった。
――――だが、お披露目会が開催されることは一度もなかった。
あの日以降約8年、レオル・ロードファリアが自分たちの前に立つことは二度となかった。