2話 Aクラス・Bクラス
入学式までまだまだ時間があることもあり、レインとザストは近いところから順に校舎を見回っていた。
校舎のほとんどは専用教室と小型の鍛錬場であり、ドアに鍵がかけられてあることもあって大きな収穫は今のところはない。ザストからは退屈の意がくみ取れる欠伸が漏れているが、この学院の大きな設備である場所には未だ訪れていない。一つは入学式の準備がされているであろう大講堂であるため入ることはできないが、他の箇所はそうとは限らない。
レインが行きたい場所もその中の一つだが、ザストの希望もあり、校舎の外からでも目立つその場所へと足を進めた。
「ここが、大闘技場」
レインとザストが訪れたのは、ドーム状になっていた建物の中。円形の地面が広がっており、中に入れないよう段差と柵がその周りを囲っている。そのさらに外側には、柵の中を観覧できるようにベンチが並んでいる。外側に行くにつれて、ベンチの位置が高くなるように。
「ここで生徒達がぶつかり合うんだよな、しかも他の生徒にも見られながら。なんというか、すげえな」
「セカンドスクエアには興味ないんじゃなかったのか?」
「それとこれとは別だ。男ってのはいつでも戦いには興奮するものだろう」
そう言うと、ザストは階段を下りて最前列まで行き、柵を掴みながら中を楽しそうに眺めている。土が均されているだけの何の変哲もない場所だが、男子であるザストには琴線に触れるものがあるようだ。
「俺は男子じゃないのかもな」
ザストの言葉を思い返して、思わず呟いたレイン。その言葉通り、レインには戦闘で気持ちが高ぶる人間の気持ちは分からない。戦う必要がないなら一切戦いたくなどない。もし自身に、他人に誇示できるほどの力があれば考え方は変わっていたのかもしれないが、少なくとも今のレインには当てはまらない。そんな力など、レインには存在しないのだから。
「よーし、次行くか!」
「満足したのか?」
「満足満足大満足だ。俺もここで戦う日が来るのかと思うとテンション上がるわ!」
先ほどまでの鬱屈そうな表情とは180度変わり、ザストは体を弾ませ全身で喜びを表現していた。この切り替わりの早さは、レインも見習いたいと素直に思うところだ。
「そういやレインは見たいところとかないのか」
自身が満足したからであろうか、大闘技場から出るとザストはすかさずレインへと切り出した。
時間はまだまだあるため最後まで回しても問題なかったが、こうして提案してもらっている以上乗らない手はない。
「なら図書館へ行きたいんだが」
「図書館~?」
あまり書物に興味がないのか、ザストはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。隠そうともしないザストの気ままな態度に、レインとしては感心したくなるほどだ。
「嫌なら後で一人で行くから他のところでもいいんだけど」
「なんでそんなに寂しいこと言うんだよ、行くに決まってるじゃん! むしろ俺が先導する! さあ、俺に着いてこい!」
「ははは、ホント正直なやつだな」
何か押してはいけないボタンでも押してしまったのか、右手を真っ直ぐ挙げて我に続けと言わんばかりに先へ進むザスト。その意気や良しと賞賛したい気持ちを抑えて、レインは冷静かつ冷徹にザストの背中に言い放つ。
「図書館、こっちなんだけど」
―*―
「へへ、レインに出鼻を挫かれて辟易したものだが、あっという間に目的地だぜ」
どうして道を正した自分が悪く言われるのかと思わずにはいられないレインだったが、いちいちザストに突っ込んでいたら話が進まないので割愛。ザストのせいで紆余曲折あったが、なんとか一階の図書館の入り口前まで来ることができた。
「しかし本か、あまり嗜まないんだがレインはけっこう読むのか」
「そうだな、暇さえあれば読んでると思う」
「おええ、同じ人間とは思えねえ。しかしそんなレイン君が気になる図書館とはいかに」
「入れば分かるよ」
事前情報でアークストレアの図書館について知っているレインからすれば、中に入らなくても内部の構造は理解できている。だからこそ、中に入ってザストがどんな反応をするかは多少気になるところである。
「じゃあじらしプレイでいやらしいレイン君に耐えられないので、オープン!」
聞き逃せない前置詞をつけるザストを無視して入り口の扉を開けるレイン。続けて入ってくるザストと肩を並べて、その光景を目に焼き付ける。
「ひろっ」
ザストがそう漏らすのも無理はない。図書館の高さは三フロア分あり、中央部分は大きな吹き抜けとなっている。そして可能な限り本棚が詰め込まれており、本の数など少し見回しただけでも数え切れないと認識できる量だ。とてもじゃないが、三年間で全てを読み切るのは不可能であろう。
「なんというか、目が回る光景だな」
「気持ちは分かるよ、この量はすごい」
そんな風にポツポツと感想を漏らしていると、二階フロアにいくつかの人影が見えることに気付いた。
「ん? 上に誰かいるな」
ザストも気付いたようで、上をしばらく見ていたかと思うと、好奇心が先行したのか上へ上がる内部階段へと足を進める。
「おい、カスティール君。ちょっと待った」
「なんでだよ、先輩だったら先に挨拶しとこうぜ。女性の先輩ならなおよしだ」
嬉々として進んでいくザストを止める手段はないらしく、とはいえレインも興味がないわけではないので、ザストの後ろを追っていく。
そして階段を上り終えた時には、その集団が誰であるかすぐに認識することができた。
十五人ほどの男女生徒、そして胸元には赤い造花。間違いない、その色の造花はここに来る前に一度確認している。
「お前達、Bクラスの生徒か。ここで何をしている」
レイン達に声をかけたのは一人だけ服装の違う引率の教師。レインたちとあまり顔立ちが変わらない若い女性教師のようだが、その眼光は鋭く、容赦のなさが全身から伝わってくる。綺麗な顔立ちで短めの黒髪も後ろで束ねて清潔な印象。だが何より、射殺さんと言わんばかりに突き刺す視線が兎にも角にも居心地を悪くした。
しかしながら、何一つ悪さをしてないレインが怯むことはない。
「受付を済ませて時間が余ったので校内の散策をしていました。予め学内を知っておけば移動に困らないと思いますので」
「それは分かるが入学式前の生徒が引率教師も無しに校内を回るのはあまり感心しないな」
「確かにそうですね、図書室を回り終えたら戻ることにします」
「そうしろ、お前達の内申に関わることだからな」
そうだけ告げると、すでにレイン達には興味を無くしたかのように女性教師は引率の仕事を再開した。
立ち止まるレイン達の横を生徒達――Aクラスの人たちが通り過ぎていく。女性教師同様、まるでレイン達など存在などしていないように、目をくれることもなく。
「なあレイン」
Aクラスの生徒達が三階フロアに進んでから、肩を震わせるザストがレインに声をかけた。
「俺さ、少し変だと思ってたんだ。同じ入学式に出るはずなのに、Aクラスの奴らだけ来る時間が早くてさ。最初、俺が時間を間違えたのかって思うくらいでさ」
ザストの言うとおり、レインはかなり早めに学院へ来たにも関わらず、Aクラスの生徒はレインと同じ時間にほとんどが学院へ到着していた。それ自体をおかしいと思うことはなかったが、たった今その考え方ははっきりと変わっていく。
「でも、今の見て確信した。学院は、Aクラスの生徒だけ一時間早く来るよう伝えてたんだ。それで学院内のことを入学前にインプットできるようにって」
「だな。揃いもそろって偶然早く来た、ってことはないだろう」
そう告げると同時に、ザストは近くにあった本棚を横から殴打した。本棚が少し振動するが、すぐに落ち着いて再度沈黙が訪れる。
「ふざけんなよ。実力の差って言うならそれは仕方ねえけど、待遇を露骨に変えるなんて、学院側のやることじゃねえだろが」
気持ちの凹凸がはっきりしているザストの感情をできるだけ殺した怒りの遠吠え。その中にどれだけの感情が渦巻いているか、同じBクラスであるレインは充分に認識している。
アークストレア学院はAクラスとBクラスの二つに分かれるが、そのクラスの割り振りはランダムではない。学院が優秀だと認定した生徒をAクラス、優秀ではないが学院に入る資格を持つと認定した生徒をBクラスへ誘うという、明確な差異があるクラス分けなのである。