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25話 反則

模擬戦の勝敗が決まり、上級生たちが観覧席から居なくなり始めた頃、ウル・コトロスは苦々しい表情で呟いた。


「これが決着……? こんな偶然勝ったような……」


ウルの言葉からは、レインに対する失望の念が多く含まれていた。ジワードのフィアを防いでいた彼の技術には目を見張るものがあったが、最後の気絶した振りからの攻撃はウルを落胆させるには充分だったようだ。勿論のこのことレインへ近付いたジワードにも問題はあるが。


「いいのかいウル、そんなことを言っていてはレインの術中にハマったも同然なんだが」


「えっ?」


レイン・クレストへの不信を再度抓らせた頃、それを断ち切らせるようにグレイは言った。


「ジワードには悪いけど、断言するよ。レインはこの模擬戦、勝とうと思えばいつでも勝てた。ただレインは、()()()()()()()()()()()かに全力を注いでいただけだ。結果、今回の勝ち方を選んだに過ぎない」


「それはおかしいんじゃないのグレイ君、彼の狙いは最初からジワード君の使用限度だったわけでしょ? なら今回の勝ち方は彼の選択肢になかったはずだよ」


ウルの代わりに返答したのはミレット、彼女もウル同様にレインの勝利に納得がいってないようだ。


「その通りだ。あの場でジオス・フィアが来ることを想定できた者はいない。だからレインは考えたはずだ、このバニスを食らえば気絶するのは当然だと。ならば気絶する振りさえすればジワードの裏をかけると。実際ジワードは、あの瞬間バッジを消失しているし、君たちも偶然レインが勝ったと思っている。レインとしても一番穏便な勝利方法だ」


「それがおかしいんだって! あんなに弱いウィグだけで気絶を免れたって言うの!? あんなに全身に怪我を負って、それで彼の狙い通りだって言うわけ!?」


声を張り上げて反論するウルに、グレイは二の句を継げないでいた。だまし討ちのような勝ち方に納得いっていないのかと思いきや、大衆と同様にレインが気絶していなかったことを追及している。ウル自身、自分が何を求めているのか分からないのかもしれない。


自分が驚異ではない、注目するような人間ではないことを示すためにレインは今回の勝ち方を選んでいる。だからそれを際立たせるために不意打ちをしているし、実際それほど生徒たちの目にレインは留まらなかっただろう。ジオス・フィアを使用したジワードの方を警戒したくらいだ。


レインが気絶しなかった理由はウィグをうまく後方に放った故だが、それは注視しなければ気付けないほどにさりげなく行われていた。ウルやミレットが気付かなくても無理はない。


「グレイ君、それ以上の説明は不要だ。彼女たちのためにならない」


ウルとミレットにウィグの件について話そうとした瞬間、ギルティアがそれを遮った。


「ウル君ミレット君、ぼくは残念でならないよ。君たちはこの模擬戦で一体何を見ていたんだい? 質問ばかりしていて、それが恥ずかしいとは思わないのかい? まあそれに返答していたぼくも同罪なわけだが」


ギルティアの言葉で、ウルとミレットがばつの悪そうに目を伏せる。本人たちもただ疑問をぶつけて思考を停止していたことは自覚があるようだ。


「それよりグレイ君、君は気付いていると思うから一つ疑問を共有したいと思うのだが」


そう言いながら、ギルティアは人差し指を自分の真後ろに向けた。


「サードスクエアを使用せずに、バニスを()()()()放つことは可能なのだろうか?」


ギルティアの質問はまさに、同様にグレイも浮かんでいたこの模擬戦で一番の疑問であった。



―*―



「それじゃあ、レインの勝利を祝して乾杯!」



夕方、日も暮れ始めた時間帯。レインは食堂にてザスト、テータ、そしてアリシエールに囲まれて祝勝会を行っていた。グラスを当て合い、心地よい音を辺りに響かせる。


――料理は通常の夕食メニューではあるが。


「いやあ、勝つとは思ってなかったから何の準備もしてなかったわ。悪い悪い」


飲み物を一気に飲み干すと、ザストが後頭部を搔きながら謝罪をする。


「気にしてないよ。というか祝勝会してもらうつもりだってなかったし」


「かあ、つまんないこと言うなお前は。三人も集まってくれてるんだからもっと喜べよ! 騒げよ! テンション上げてけよ!」


「なんでカスティール君の方が舞い上がってるんだ……」


ノリについていけないレインは、若干引き気味にザストのハイテンションを見つめていた。自分のことのように喜んでくれているといえば聞こえはいいが、ただ何かにかこつけて騒ぎたいだけのように見えてならないのが玉に瑕である。


「クレストさん、模擬戦の勝利おめでとうございます! Aクラスの方に勝つなんて本当にすごいです!」


目を輝かせながらそう告げたのは、レインの前に座るアリシエールである。普段皆の輪に入ろうとしない彼女だが、レインを祝う祝勝会だけは積極的に携わりたいと思っていたようだ。


「とはいえ褒められた勝ち方じゃないけどね、()()()()()()目の前にエルフィン君がいたからこっそり攻撃しただけで。偶然勝ったようなものだよ」


「でもバッジを消されないようにノスロイドさんと作戦立てたんですよね? 勝ったのは偶然でも、負けなかったのは必然だと思います」


アリシエールの言葉は、レインにとって最も嬉しい言葉の一つであった。負けないためにどう動いたかは、レイン・クレストが一番重きを置く事柄だからである。


「作戦といっても、僕はレイン君の言うとおりに動いただけだけどね」


「そんなことないです、私じゃBクラスの皆さんを上手に誘導できないですし」


「まあ確かに。そこだけはレイン君の言うとおり僕にしかできない仕事だったのかな」


「勿論。だからノスロイド君に頼んだわけだし」


レインとアリシエールからのお褒めの言葉で、テータは恥ずかしそうに頬を緩める。ジワードの物言いを止められず、レインが模擬戦を受けたことを反省していた彼だが、この件を以て忘れてくれたらとレインは思う。


「しかし終わりは呆気なかったな、俺たちが何起こったか分からないまま勝敗決まってるし。レインもボロボロになってるし」


「そういえばクレストさん、お怪我はもう大丈夫なんですか!?」


思い出したようにレインの身体を見るアリシエールだが、手や首を見ても大きな傷は見られなかった。


「養護教諭に治療してもらったからね、もう完治してる」


「へえ、結構酷い目に遭ったように見えたけど、こんな短時間で治るもんなんだな」


「言うほど傷は深くなかったよ。気を失うまではいかなかったわけだし」


「そう言われればそうか。何にせよ、傷が回復するなら素直にレインの勝利を喜べるってもんだ」


そうにこやかに告げたザストだったが、思い出したように表情を暗くさせる。


「……そうか。模擬戦に勝ったから、レインはAクラスに行くのか」


ザストの言葉を受けて、アリシエールの表情も暗くなっていく。



『お前が俺に勝てば、一気に成績は上がるぞ。ですよね先生』


『ああ、学年三位に勝つとなれば、そのままAクラスまで上がるだろうな』



お茶会の時に行われたジワードとローリエの会話。それが本当であれば、ジワードに勝利したレインはすぐにAクラスへ昇級することとなるだろう。


それはすなわち、Bクラスのメンバーであるザストたちと離れることを意味していた。


「けど、レイン君にとってはそれがベストだよ。よりよい環境で励むことができるんだから。それに今生の別れってわけでもないし」


「……だよな、ご飯一緒に食べてればそんなに変わらないだろうし」


テータがレインの船出を祝うように後押しし、ザストが乗っかるように言葉を続ける。


自分たちが悲しんでいてはAクラスへ行くレインへ迷惑をかける、そんな思いで紡がれた二人の言葉は――――



「あの、俺Aクラス行かないから大丈夫なんだけど」



レインの発言によってあっさり打ち消されてしまった。



「……Aクラス、行かない?」


「行かない。というより行けないんだ」


「はい? 一体どういうこと?」


「申し訳ない、この祝勝会が()()に終わってしまうから言い出せなかったんだけど」


「……?」


言葉足らずのレインに頭を捻らせる参加者一同。困ってしまっている三人にレインはただ一言、


「明日になれば分かるから」


そう言って、なお三人を混乱させるのであった。



―*―



「……どういうこと?」


「そのままの意味だよ。後ノスロイド君、手伝ってもらったのに申し訳ない」


「いや、それは散々謝ってもらったからいいけど」


翌朝。騒々しくなっている玄関先。


ザストとテータは、口をぽかーんと開いたまま、そこに貼られた掲示をただボーッと眺めていた。


レインに気付いた周りの生徒たちが、一瞬白い目でレインを見てから各自教室へと向かっていく。



《伝達事項》

 先日のジワード・エルフィン(1-A)及びレイン・クレスト(1-B)の模擬戦について、両者不正ともとれる行いが見られたため、無効試合とする。



レインの模擬戦勝利は、朝の何気ない伝達事項によってあっさりとかき消されてしまっていた。


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