22話 作戦
「素晴らしい技術だ」
レインとジワードの模擬戦を見ながら、素直な感想を述べたのは観客席にいるギルティアだった。
「確かに、傍から見ればただやられているようにしか見えないのがより巧みに見せている」
それに頷いてみせたのは隣に座るグレイ。腕を組みながら、楽しげに二人を見下ろしている。
「……できれば詳しく教えてほしいんだけど」
ギルティアやグレイのように解析できなかったウルが、悔しそうに二人に頼る。
「詳しいかどうか分からないが、ぼくから分かる範囲で教授しよう。まずは初動だ」
ジワードが四度目のフィアを放つべく右手をスライドさせる直前、レインは素早く現位置から五歩ほど移動していた。
「これはさすがに分かる。セカンドスクエアの性質を利用した回避でしょ?」
「その通り。セカンドスクエアは一度開くと、一分間その位置で固定される。一分待つかバニスを使用しない限り、位置変更はできなくなる。さらにバニスは基本的に真っ直ぐにしか進まない。サードスクエアが使用できれば話は別だが、今回は乱撃戦、使用することはできない。つまり彼の回避は、バニスの火力が最も高い中央部から避けるという大きな意味がある」
「でも、それだけじゃジワードのフィアは防げない。火力が低いと言っている彼がどうして防げているの?」
「防げてはいないよ、ジワードがフィアを放つ度にレインの傷は増えている」
割って入ったグレイに向けて、ウルは首を左右に振った。
「違う、私が言ってるのはどうしてその程度の傷で済んでるかってこと。ジワードのフィアは、中心を外した程度で防げるものじゃないわ」
ウルが断言すると、ギルティアとグレイは目を丸くして、その後クスリと笑った。
「な、何よ……?」
「ウルちゃんはジワード君をよーく知ってるんだね、ってことだよ」
黙ってギルティアの説明を聞いていたミレットが、ここぞとばかりにウルをからかいに出る。
「何言ってるの、幼い頃から一緒なんだから当たり前でしょう?」
しかしながら、ウルに真顔で返されてしまい、ミレットは思わず溜息をついてしまった。
「何なのミレットまで」
「大丈夫でーす、ギルティア君続きお願い」
「任された。さっきの話の続きだが、レイン君のすごいところはまさにここにあるんだ」
そう言うと、ギルティアはウルに向けて質問した。
「ではウル君、バニスの最も火力の強い場所はどこだ?」
「馬鹿にしてるの、発動範囲の中心部よ」
「正解だ。なら、バニスの火力が最も強い瞬間はいつだ?」
「瞬間?」
予想外の質問に、口を噤んでしまうウル。ギルティアは隣にいるミレットにも目を向けたが、首を左右に振るばかりだった。
「先に言うが、ぼくも答えは知らない。だが、レイン君の戦いを見てその答えを確信しつつある」
そう言って、レインへ突き進むフィアを見てギルティアは告げた。
「バニスの火力が最も強いのは、バニスが陣から出現するまさにその瞬間だ」
―*―
「おい!」
七発目のフィアを防ぎ切った時、ジワードはレインへ向けて大声で叫んでいた。
「なんでテメエから攻めてこねえ!? でなきゃどうやってこいつを壊すんだよ!?」
ジワードは自分の胸元のバッジを指差しながら、尚もレインを問い詰める。
ジワードの言うように、レインは一度も自分から攻撃を仕掛けていない。ジワードのフィアを真正面から受けないよう移動し、向かってくるフィアを風の陣ウィグにて対応し続けていた。
さらにギルティアの推察通り、バニスの火力が最も強くなる陣の発動の瞬間にウィグをフィアへぶつけることで火力を補っていたが、それでもなお火力が足りず傷を負っているのが現在の状況である。
このまま続けば、傷を負い続けるレインが先に疲弊してしまうのも時間の問題であろう。
だが、焦ってレインから攻撃すれば、ジワードの思う壺になるのは明白である。
後出しだからこそ火力が乏しいレインでも対応できているのであり、真っ向から立ち向かえばジワードのフィアに呑まれてすぐさま敗戦してしまうだろう。これでは、我慢してフィアを捌き続けている意味がない。
だからレインは、何も答えずにジワードの一挙手一投足を見逃さぬよう構え続けた。
その振る舞いが鼻についたのであろう、ジワードは一度舌打ちをすると八発目になるフィアを放つべく右手を大きくスライドさせる。
しかしながら一切の油断もないレインは、七発目までと同様に五歩位置をずらし、ジワードのフィアを迎え撃つ。
レインがウィグを発動させてフィアにぶつけた瞬間、ジワードはすぐさま右手をスライド、連続のフィアをレインに向けて放った。
「これならどうだ!」
一撃目の対応に追われていたレインは、何とか三歩の移動を行うが、フィアはすぐ目の前。勝ちを確信したジワードが、思わず頰を緩めてしまう。
だがレインは、驚くべき手捌きでセカンドスクエアを扱うと、身を屈めて両手をクロスさせることでフィアの被害を最小限に食い止めた。
「っつう……!」
立て膝のまま右手で左腕を押さえるレイン。両腕の火傷が顕著に表れたが、全身の怪我は今まで通り抑えることができた。
「馬鹿な……!」
逆にジワードは、勝ち切れていない目の前の状況に呆然としていた。
セカンドスクエアは、主に三つの項目で評価されている。
一つ目は火力、これが何より重きを置くものであり、圧倒的火力差によりレインは傷を負う結果となっている。
二つ目は使用回数、大きな火力のバニスが使用できようとも、数回で枯渇するようでは実践では使い物にならない。
そして三つ目がセカンドスクエアの使用間隔である。
使用間隔とは、バニスを一度放った後、次のバニスを再放出できるようになるまでの時間のことを指す。戦闘において隙ができるのは、バニスの放ち際であり、すぐにセカンドスクエアを展開できなければ、相手の攻撃を許してしまうことになる。つまり、一発目と二発目のセカンドスクエアの間隔が短く対応が早い者ほど、優秀な人材と言える。
ジワードは自身の使用間隔に少なからず自信を持っていた。だからこそ、自分の二撃目をレインがほぼ満点の形で対応した瞬間、身体が止まってしまったのだった。
そしてジワードは、目の前の敵に対する認識をゆっくりと改める。
レイン・クレストは確かに火力はないが、使用間隔は明らかに他者より早いということ。油断すれば、連撃でやられてしまう可能性があるということ。
――そこまで思考して、ジワードは一つの疑問にぶつかった。
どうしてレインは、連撃を仕掛けてこないのか。
火力が乏しく反撃を食らう可能性はもちろんあるが、このまま攻撃に転じなければそもそも勝機などありはしない。
ならば連撃をして無理やりにでも攻めることこそが重要なのではないかとジワードは思う。信じ難いが、それを行う使用間隔は持ち合わせているのだから。
それとも、最初から勝つつもりなどなく、善戦を演出できれば満足なのだろうか。
そんなことを考えて、ジワードは根本的な間違いを思い出す。
レインはこの模擬戦で敗北した場合、自主退学することをジワードと約束している。負けの想定など微塵もないはずだ。
何より、苦痛を堪えながらも自分を窺うレインの瞳から、敗北の意思は感じられない。この男は、何がなんでも勝つ気なのである。
そうなると、最初の疑問に戻ってしまう。どうして最も勝機を掴めそうな連撃を行わないのか。行わずとも、このままで勝てる手段があるというのか。
勝つためには、ジワードの胸のバッジにバニスを当てなければならない。そのためには、レインはジワードに攻撃をしなければならない。
だが普通に攻撃したところで、ジワードのフィアで反撃されるだけ。反撃されないタイミングで攻撃しなければ意味はない。
では反撃されないタイミングなんてあるのか。連撃ならば強引に作れなくもないが、当然ジワードも対策を打つ。簡単に隙など見せるはずもない。
どう考えてもレインの勝ち筋が見えない。彼が何も対策を打たず現状を続ければ、必ず負けへと突き進む。ジワードは、レインが倒れるまで粘り続ければいい。
――――粘り、続ければいい……?
「……まさか、テメエ……!」
その瞬間、ジワードは完全にレインの狙いを理解した。予測などではない、確実に彼の作戦を把握したのだ。
よく考えればしっくりとくる展開に、ジワードは再度レイン・クレストへの認識を改めさせられる。
レインが問題なくジワードへ攻撃するには、ジワードからの反撃を防がなければならない。反撃を防ぐには、連撃をするしか方法がないとジワードは思っていた。
だが違う。もっと単純で、わかりやすい反撃の止め方は存在する。
ジワードのセカンドスクエア使用回数の限度まで、粘り続ければいい。
疲労によりジワードがセカンドスクエアを使えなくなれば、言うまでもなくジワードに反撃の手段はない。レインは安全に、攻撃を仕掛けることができる。
レインが先にセカンドスクエアを使えなくなればとも一瞬考えたが、ジワードは脳内でそれを否定する。火力の低いレインは他者より疲労が少ないはずであり、バニスを撃てる回数は多いはず。
何より、目の前の男が『ジワードより使用回数が多いかもしれない』なんてあやふやな理由で今の作戦を実行しているとは思えない。
うまくいけば勝てると踏んでいるからこそ、レインはただひたすらジワードの攻撃に堪え続けているのだ。
「……思い通りに、行くと思うな」
現状、ジワードの攻撃はレインを戦闘不能にさせるに到ってはいない。これが続けば、ジワードのセカンドスクエア使用限度に到達するのが先である。
だからこそジワードは、次の攻撃でレインを倒すべく、全てを込める決意をした。
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