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21.5話 先輩の戯れ

「ふう、なんとかなったかな」


授業終了後、無事レインからの指令を終えたテータは、周りに座るBクラスの生徒たちを見てようやく一息つけた。


大闘技場――――ここで今、模擬戦が行われる。恐らく、観客席と下とでは空気そのものが違うのだろう。そんな中、自分の友人はAクラスの生徒と戦うことになる。


レインがどのような戦いを見せるにせよ、ここにいる生徒たちが刺激を受けることは間違いない。テータとしても、Aクラス三位であるジワードの実力をこの目に焼き付けたいところである。


選手の入場まで残り十分、後は彼らの模擬戦を見るだけだというタイミングで、それは起きた。


「ほーら二人とも、こっちこっち! 後ろ空いてるしこっち座ろうよ!」


楽しげな声が、テータの後頭部を通過する。ちらりと声の主を見ても見当はつかなかったが、声の主が呼ぶ女生徒を見た瞬間、テータは思わず息を呑んでしまった。


「……離れて座っていいですか?」


「えー、ここまで来たんだから一緒に座ろうよ」


「ルチルと見るのは構いません。お姉さまと一緒が嫌なだけです」


「ホント子どもよね、公共の場でくらいまともに生きて欲しいんだけど」


「公共の場で猫かぶるお姉さまよりよっぽどマシです」


言い争いながらもテータの後ろに座ったのは、入学式の日に二年生代表としてスピーチをしたエストリア・ロードファリアと、エストリアとほとんど容姿の変わらない白髪の女生徒だった。妹の頭に桃色のカチューシャがなければ、簡単に見分けるのは困難であろう。


二人の間に座るルチルと呼ばれた女生徒は、言い合う二人の様子を見て嬉しそうにニコニコする。


「まあまあ、今日は模擬戦見るだけなんだからさ、エストもシストもケンカはなし! 分かった?」


「そうなんですか? 『次はあなたたちが模擬戦する番』って合図なのかと思いました」


「ひどい思い違いよね、そうやって負けの記録を作るのが楽しいのかしら?」


「……喧嘩を売っていると判断していいんですね?」


「ああもうストップ! 少し気ぃ抜いたらすぐこうだもん、今日はホントに駄目です!」


後ろをこっそりと窺いながら、三人の会話に耳を傾けるテータ。どうやら、エストリアとシストと呼ばれた女性徒は仲がよくないようだ。


「来る前に言ったけど、最近仲良くなった後輩が出るって聞いたからさ。レイン君っていうBクラスの子なんだけど、本がすごい好きなんだよね。しかも好きなジャンルが二人と被ってるんだ、だから今日は一緒に模擬戦見られたらって思って」


「……」


「……」


先ほどまで隙があれば言い合っていた二人が、唐突に黙り込んでしまう。どうしたことかとルチルが声をかけようとした瞬間、シストと呼ばれた少女がポツリと呟く。


「まあ、順番は逆なんですけどね」


「……えっ?」


「どうでもいいわよそんなこと」


困惑気味のルチル相手に、さらに吐き捨てるように言葉を紡ぐエストリア。


二人して遠くを見つめ始めて、いよいよ訳が分からなくなったちょうどその時、第二波は訪れた。



「ダメじゃないエストリア、そんな言い方しちゃ。シストリアも意味深なこと言って、友達混乱してるわよ」



いつの間に、テータが真っ先に感じたのはそれだった。これだけ強烈な光を放つ存在に誰も気付くことなく、その人は腕を組んだままテータの後ろに佇んでいる。


「フェリエル様! 今日はいらっしゃる日だったんですね!」


そこにいたのは、アークストレア学院三年の代表であり、ミストレス王国の王女であるフェリエル・ミストレスであった。ルチルの声で周りにも存在が伝播し、喧騒が起きる。それほど、学院にいること自体が少ないのであろう。


「ええ、模擬戦が行われる日はできるだけ来るようにしてるから。どこに才能が埋もれているかなんて分からないしね」


「それはおかしいですね。この模擬戦が決まったのは昨日、急遽執り行われる模擬戦にはご多忙なフェリエル様はいらっしゃれないものだと思っていましたが」


フェリエルとルチルの間に入ったエストリアは、目線をフェリエルに向けることなく冷たく言い放った。


ルチルの隣に座るシストリアもまた、後方の存在に警戒を強めている。


その二人の様子を見て、フェリエルは嬉しそうに笑った。


「おかしくなんてないわ、職務を放棄してでも来る必要があると私が決めたの。あなたたちには言わなくても分かると思うけど」


「一緒にしないでくれますか、私はルチルに誘われたから来ているだけです」


「そ、まああなたたちがどう思おうが心の底からどうでもいいんだけどね」


二人の表情が、一瞬にして強張った。今にもこの場で二対一の模擬戦が行われそうな雰囲気。それを察知して、ルチルは話題を変えることにした。


「そ、そうだ! 今回の模擬戦、どちらが勝つか賭けませんか? フェリエル様もよろしければ!」


「へえ、面白そうね」


ルチルの提案を聞きながら、テータは賭けにならないのではと真っ先に頭に過ぎった。Aクラス上位とBクラス下位の模擬戦など、本来戦わずとも勝敗が見えている。レインと作戦を立てたテータ以外には。


「じゃああたしから、レイン君が勝つ方に古書三冊!」


だが、テータの考えから対抗するようにルチルはレインへと票を投じた。


「いきなりBクラスの方ですか」


「まあ個人的に応援したいってのもあるけどね。読書同盟としては頑張ってほしいかな」


「成る程、では私も一票投じましょうか」


そう言って、シストリアは自身の人差し指を立てて確かに宣言した。



「Bクラスの生徒に、私の全財産を賭けます」



狼狽したのは、ルチルとそれを聞いていた周りの生徒たち。フェリエルとエストリアは、表情を変えずにシストリアの言葉に耳を傾けていた。


「えっとシストさん、これは?」


「別に、勝算がなきゃこんなことしません」


「いや、でもねぇ」


「ルチル、真面目に考え過ぎよ。遊びなんだから頭空っぽにして考えなさい」


「いやいや、あなたの妹変なこと言ってますし」


「ちなみに私は、レイン・クレストにロードファリア家の全資産を賭けるわ」


「あなたはもっと変なこと言ってるし!」


後ろの会話を聞きながら、テータは頭が白くなってきた。冗談には聞こえない二人の物言いに、レインという人間への興味が湧きだってしまう。ただの戯れなのか、それともレインに何かあるのか、現状では判断できなかった。


「待ってくださいお姉さま、お姉さまにそんな権限ないでしょう」


「あるに決まってるでしょ、もちろんあなたにはないけど」


「まだ権限はお父さまにあります」


「自分にあるって言えないのが万年二位たる所以かしらね」


「はい終了! フェリエル様はどうされます?」


一触即発しそうな姉妹を宥め、助けを求めるようにフェリエルへ振るルチル。だがルチルは、フェリエルへ振ったことを瞬時に後悔する。


フェリエルがジワードに票を投じれば、ロードファリア姉妹の発言が冗談で済まなくなってしまう。賭けそのものを終えるべきだったと思った瞬間、フェリエルが微笑みながら回答した。



「レイン・クレストにミストレス王国を賭けるわ」



開いた口が塞がらないとはまさにこのことであろう。さらに冗談では済まされない発言に、周囲は完全に凍りついた。


ルチルは、ここぞとばかりに声を上げ、


「皆さんレイン君に張ったので今回無効ですね! よかったよかった! この話終わり!」


ベットを繰り返す女性陣を無理やり制止させる。


「成る程、最後に同じ方に賭ければ好き放題言えるってことですね」


「あら、妹の方針に乗っかったあなたに言われたくないわね」


「フェリエル様まで! ストップですよストップ!」



上級生の振る舞いとは思えない騒がしさに、テータは模擬戦前から汗が途絶えないのであった。

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