19話 宣戦布告
「じゃあ次はBクラスの生徒たちに自己紹介してもらおうか」
そう言うと、リエリィーはテータに自己紹介するよう促した。Aクラスの後にバトンを渡されるのは気の毒ではあるが、テータはそんな様子を見せることなく胸を張った。
「テータ・ノスロイドです。鍛錬を重ねてすぐにでもAクラスへ上がりたいと思います」
実に簡潔で、実に分かりやすい宣戦布告だった。リエリィーは嬉しそうに頭を上下させるが、Aクラス生徒の反応はバラバラである。
ギルティアは腕を組んで頷き、ミレットはニコニコ微笑んでいる。ジワードは分かりやすく舌打ち、ウルは全くの無反応だった。もちろんイリーナは絶賛睡眠中である。
「うむ、いい一撃だ。次はアリシエールな」
「えっ、は、はい!」
満足そうに一言言うと、リエリィーはザストではなくアリシエールを指名した。
急な呼び掛けに慌てるアリシエールだが、以前までとは打って変わって持ち直し、すぐさま対応した。
「アリシエール・ストフォードです。まだまだ未熟者ですが、えっと、皆さんと一緒に頑張っていければいいとは思ってます。よろしくお願いします!」
丁寧なお辞儀で締めるアリシエールを見て、なんとなく感慨深くなるレイン。Bクラスの自己紹介でうまく話せなかった人間とはとても思えなかった。
しかしAクラス生徒の反応は相変わらずであり、それがまた不気味に思えた。
「おお、前と比べて頑張ったな。じゃあ次はザスト」
「ういっす」
労いの言葉とともにザストに声を掛けるリエリィー。そしてレインは、アリシエールを指名した時に感じた嫌な予感を的中させてしまう。
「ザスト・カスティールだ。参加は強制だって言ってたし期待はしないけど、仲良くする気のある人とは全力で仲良くしたいと思ってます。よろしく」
ザストらしくて、ザストらしくないスピーチだとレインは感じた。青春を豪語することなく真面目に進めたのに違和感があったが、それでも仲良くしていきたいという意思表示は普段の彼そのものだろう。
「やればできるじゃないかザストも。じゃあ大トリはレインでよろしく」
「……」
確実に狙ってやったリエリィーの采配に、レインはただただ苦悩する。普通に繋いでくれれば文句はなかったが、大トリなんて余計なことを言うせいで変にハードルが上がってしまう。
とはいえ、言うことを何も変える予定はない。
「レイン・クレストです。セカンドスクエアの火力が乏しいので、護衛というよりは学者方面を目指せたらと思います。よろしくお願いします」
Bクラスでの自己紹介を、そっくりそのままレインは復唱した。それに気づいたザストとグレイがクスリと笑う。
「レイン、お前はホントにつまんない奴だな。そんなんで人生楽しいか?」
「自己紹介くらい好きにさせてくださいよ……」
「へいへい、じゃあAクラス諸君、何か質問はあるか?」
気怠そうなリエリィーの問いに、早さを競うように手が挙がる。ギルティア、ウル、ミレットの三人だ。
「ん、とりあえずギルティアから」
「はい。質問ではなく返答という形ですが」
そう言うと、ギルティアはザストとアリシエールに目を向けた。
「ザスト君、アリシエール君。せっかく同じ学院に入ったんだ、時には仲良く、時には高め合うライバルとして競い合っていこう」
「お、おう」
「は、はい」
直球すぎる物言いに、反応が遅れてしまうザストとアリシエール。こうも真っ直ぐ好意を向けられるとは思っていなかったようだ。
「そうそう、存分に高め合ってくれ。ギルティアは他にあるか?」
「一旦は問題ありません」
「そうか、じゃあ次はミレット」
「あっ、いいですか? 皆さんに質問なんですけど、恋愛とか考えてますか?」
ニコニコしながら尋ねるミレットに、光の速さで反応したのはザスト。
「もちろんです。よければ僕と貴女で恋の花、咲かせませんか?」
「ごめんなさい。私、好きな人いるから」
歯が浮くセリフを並べたザストが、石化する。
「……キモっ」
一連の流れを見ていたウルの容赦ない言葉に、石化したザストが粉々に崩れ去った。リエリィーとテータは笑いを堪えるように身を震わせていたが、
「ザスト君、勢いだけで立ち回ってどうするんだ。時間をかけて交流を深めないと女性は振り向かないぞ」
――ギルティアの真面目すぎる説教により、二人の我慢は呆気なく崩壊してしまうのだった。
―*―
「いやあ、笑った笑った」
「ホントに酷いなこの人……」
「さて気を取り直してウルいくか?」
「リエリィー先生待って、他の三人にまだ訊いてないですよ」
自分だけ満足して次へ進もうとしたリエリィーだったが、ミレットから横槍が入ってしまう。確かに、レインたちは何も答えていない。
そもそもこんな質問がまかり通っていいのかと思うが、周りが何も言わないのでこうして進んでしまっている。
しかしながら、リエリィーは面倒臭そうにミレットに返す。
「でもなぁ、こいつら全員『今は考えてる余裕がありません』とかだぞ、なあ?」
「そうですね」
レインとしても下手に追及されるのは嫌だったので、リエリィーに乗ることにした。テータやアリシエールも同じように返答をする。
代わり映えのない受け答えにつまらなさそうな反応をするかと思いきや、ミレットは嬉しそうに笑みを浮かべ、
「なら大丈夫です!」
と、一人納得したように答えたのだった。
「じゃあ今度こそウルな、レインに質問でいい?」
「……っ、なんで分かるのよ」
「そりゃさっきからそんなに怖い顔で睨んでたらな」
「見過ぎなんだよね、ウルちゃん」
「そんなんじゃない! そんなんじゃないから」
「ええ? そんなんって何? 何も言ってないけど?」
「ああもういいから!」
ミレットのからかいに耐えきれず噴火してしまうウル。なんとも微笑ましい光景だが、渦中の身であるレインからすれば居心地の悪いことこの上ない。案の定、先ほど以上に鋭い視線がレインに襲いかかる。
「レイン・クレスト、あなたさっきセカンドスクエアの火力が低いって言ってたけど、具体的にどの程度なの? 火力が上がらなくなったのはいつから? それとも生まれつき弱いままなの?」
嵐のように質問が差し迫り、レインは思わず口を噤んでしまう。それにウルの質問は、答えるにはギャラリーが多すぎる。
「火力はずっと弱いままだ。具体的な数値を言うわけにはいかないが」
「それじゃ納得がいかない。弱いなんて人それぞれ感じ方が違うもの」
「なら火力チェックの時にペアだったストフォードさんに訊くよ。俺の火力はひいき目無しに低いよね?」
「……それは、えーと……はい。低いんだと思います」
急に話を振られたからか、それとも答えづらい内容だったからか、調子の良いアリシエールがやけに詰まらせながらレインを援護する。
それが癪に障ったのか、ウルの声に怒気が混じり始めた。
「だから! 人それぞれで感じ方が違うって言ってるでしょ! そいつの意見なんて聞いてない!」
「なら常識で考えろ、自分の手の内を晒す馬鹿がどこにいるんだ」
「馬鹿って、あなた!」
会話がヒートアップしかけたタイミングで、テーブルが大きく振動した。眠っていたイリーナが目を覚まし、驚いたように周りを見渡す。
震源の中心は、レインの前方の右手の拳であった。
「いい加減うぜえよお前ら、何が火力が弱いだ、不幸自慢がそんなに気持ちいいのか?」
怒りの感情を露わにしているのは、目の前に座るジワードだった。
「ウルもそうだ、強いか弱いかなんて一発で分かる方法があるだろうが、何チマチマ確認取ってんだよ」
そう言って、ジワードは強くレインを睨み付けた。
「レイン・クレスト、俺と模擬戦をしろ」
思いも寄らない提案に、誰もが目を見張り言葉を失う。リエリィーでさえ思考が停止してしまう現実。それほどまでに、ジワードの言葉は信じられないものだった。
だが、レインはあくまで冷静に対応する。
「模擬戦をする理由がない」
「お前になくても俺にはある。戦えばお前が誰かはっきりするだろうよ」
「俺は俺だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「なら考え方を変えろ。お前が俺に勝てば、一気に成績は上がるぞ。ですよね先生」
そう言いながら、ジワードはローリエに視線を投げる。
「ああ、学年三位に勝つとなれば、そのままAクラスまで上がるだろうな」
「だとさ。俺と戦うだけでそのチャンスがある、なら戦ってみるだけ戦ってみればいい」
冗談ではなく、ジワードは本気でレインと戦うつもりのようだった。自分にとってほとんど利のない戦いを、確かに望んでいる。
――――しかしながら。
「やらないよ、ただ恥を搔くだけだ」
レインは決して、気を許さない。成績なんて、求めてなどいない。
「っち」
あくまで取り合おうとしないレインの態度に、ジワードは嫌気が差した。この場を盛り上げたにも関わらず空気を読まない塩対応。陳腐な物言いをしようとも、レインへ恥をかかせなければ気が済まなかった。
「あーあ! こんなに頼りないやつが主人だと執事やメイドも大変だろうな!」
「……何?」
唐突に出た家族の話題に、レインは思わず反応してしまう。それが面白かったのか、ジワードは歪な笑みで続けていく。
「見てたぜお前、入学式でよ。誰もが秩序的に主人を送り出す中、しばらく三人で佇んでたよな?」
ジワードの発言で、彼が本当に入学式時にレインたちを見ていたのだと理解する。しかしここから煽りに来ると分かっているなら、特別意識することはない。自分の悪口がこようとも、受け流すだけで解決する話。少なくともレインは、ジワードなど相手にしないと決めていたはずだった。
「ホント馬鹿な執事とメイドだよ! こんな腰抜けなんかに仕えて見る目もねえし、さぞ家では肩身が狭いだろうぜ、ははは!」
――――それはあまりに稚拙な挑発で、聞き流してしまえば何ら問題のないことだった。
普段のレインであれば、容易に受け止めることができたであろう。
―――――しかしながら、標的にされた人間があまりに悪かった。
レインの頭で反芻し続けるのは、大好きな二人の声。
『俺が仕えずして、誰があなたに仕えるんですか』
『あなたの側にいられないなら、この場所に居る意味などありません』
「……そうか、この気持ちがそうなのか」
「あっ?」
Aクラスへ足を運んだことは例外としても、できるだけ目立ちたくないと考慮してきたレイン。
だが、今抱えている気持ちを吐き出してしまえば、学院中の目に触れてしまうだろう。リゲルもマリンもそんなことは望んでいない。自分たちのことなど気にせず、己の道を進んでほしいと、二人ならそう思ってくれるだろう。
「エルフィン君――――受けるよ模擬戦」
抑揚のない怖くもある声に、皆が驚き、グレイただ一人が破顔する。
例え二人に望まれなくても、後で怒られることになっても、絶対に退いてはいけないことがある。
「俺の家族を馬鹿にして、ただで済むと思うなよ」
家族をコケにされてまで何もしない人間など、生きている価値はない。