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1話 お調子者

ミストレス王国ローラルド地方のほぼ中心、ミストレス王城の南に位置する学院。それこそが、レインの通うことになるアークストレア学院である。


大きな鉄門を抜けると、広がる芝生の光景。花壇が等間隔で設置されており、華やかな風景を彩っている。命に満ちた樹木の側にはベンチが並んでいて、勉学の疲れも癒やしてくれそうな休憩スペースとなっている。


花壇の花道を進むと、正面にはレンガ調の大きな建物があり、右手の奥の方にはドームの形をしたこちらも大きな建物があるのを確認した。


門といい、正面のスペースといい、建物といい、とにかく大きい。それがレインの感想だった。


「ご入学おめてとうございます」


正面の入り口から建物に入ると、在校生と思われる女生徒が、笑顔でレインへと接してきた。入学式の準備は、教員だけでなく学生も含めて協力しているようだ。


「Aクラスの方ですか? Bクラスの方ですか?」


「Bです」


「それではこちらへどうぞ」


先導してくださる女生徒に促されるまま、2列に並んでいる机の方へ。左側がどうやらAクラス用らしく、何人かが受け付けを済ましているようだった。レインもまだ誰もいない右側の列へ進んで受け付けを始める。


「ご入学おめでとうございます。こちらをどうぞ」


机の前で座っているボランティアの女学生が、制服の胸元に造花のワッペンをつけてくれた。造花のはずだが、何か細工をしているのかほのかに心地よい匂いが香っており、レインは安らぐ感覚を覚えていた。入学前で緊張する学生に対する配慮なのだとしたら、なかなかに的確だと思われる。


「お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」


「レイン・クレストです」


「レインさんですね、改めてご入学おめでとうございます。レインさんでBクラスの方は二人目ですね」


「ああ、ちょっと時間が見えなかったので早めに来たかったんですよね」


「立派な心がけだと思います」


アークストレアの入学式は遠方からの学生への配慮のため、昼前から執り行われることとなる。そのため学生はその三十分前に受付を済ませないといけないが、レインは非常事態に備えて二時間前には学院に着くように準備を進めていた。手持ち無沙汰になりかねないが、この広い建物を入学式前に見学できれば時間もつぶせるだろう。


「最初にいらした方はタンギニス地方から三日かけてきたとかで、前日には近くの宿舎で過ごしていたみたいですよ」


「タンギニス、それはそれは遠方ですね」


タンギニス地方とは、アークストレア学院のあるローラルド地方の西にある地方で、ミストレス王国で唯一海に接する地方となっている。ローラルド地方もタンギニス地方も東西に長いため、移動となればそれなりの時間は要してしまう。これから寮生活を行うとはいえ、ここまでの移動はあまり想像したくないのが本音だ。


「タンギニスって聞こえたんですけど、もしかして俺の話してました?」


受付の女生徒と話に花を咲かせていると、レインの横へすっと入り込んできた大柄の男子。短めの金髪を立たせた、端正な顔立ちにあまり似合わない人懐っこい笑顔。胸元には、レインと同じ紫色の造花が飾られていた。


「ザストさん、戻られてたんですね」


「先輩と話したくて戻ってきちゃいました。受付終了まで時間あるのに、先輩お一人じゃ寂しいでしょうし」


「ご厚意は嬉しいのですが、お仕事をないがしろにするわけにはいきませんので」


「ガーン!! フラれちゃった」


声を弾ませ楽しげに話していたザストという学生だが、女生徒に申し訳なさげに断れると、頭を抱えてその場にうなだれてしまった。明らかに負のオーラを伝播しており、レインとしてもなかなかに声がかけづらい状況だった。しかし――


「ザストさん、申し訳ありませんが机の前でしゃがまれると受付の邪魔となってしまいますので」


「うがっ!」


レインまで心が痛くなってしまう女生徒の物言いに再びダメージを受けるザストという生徒。体を引きずるようにその場を後にするが、レインの進む方向と同じであるため、目に毒な光景がずっと視界に入ってしまっている。


しばらく進むと、廊下の壁に体をこすりつけ、壁に支えてもらうように体を起こした。ぷるぷると震える全身は、大柄な体躯とは対照的にとても小さく映ってしまう。


レインが少し距離をとって生まれたての鹿のような動きをする生徒を見ていると、ザストという生徒は勢いよく後ろを振り返り、レインに向けて指を差した。


「声かけようよ! こんなに心折れてる同級生見たら普通慰めるでしょ!? なんで声かけてくれないの!?」


勢いの強さに思わず一歩二歩と後ずさりしてしまうレインだったが、涙を滝のように流すザストという生徒は、レインの両肩を掴んで放さない。すぐ隣をAクラスの生徒が不審げな視線をこちらに向けて歩いていった気がするが、気のせいだと思いたい。


とにかく気の利いた言葉を目の前の男子に投げかけなきゃと思いながらも、レインは真っ先に抱いた感想を思わず口にしてしまい――


「いや、あの、なんか全身の動きとかが、その、気持ち悪くて」


「ぐわっ!!」


ザストという生徒を、再び地面へとお送りすることになるのだった。



―*―


「ああもう、入学式も始まってないってのにひどい目にあったぜ」


鼻をかみながら、ぐちぐち文句を垂れながらもなんとか立ち直ったザストという生徒。その隣を歩くレインの内心は非常に複雑である。


「申し訳ない。でも本当に気持ち悪かったんだ、なんというか人間にはない動きというか」


「もう終わったことなのにどうして追い打ちかけるんだよ!?」


「ちゃんと謝ろうと思って」


「ちゃんと謝らなくて良いから記憶の中から消してくれ」


そう言って最後に大きく鼻をかむと、ザストという生徒はそれまでの苦悩はどこへやらと訊きたくなるような笑みを浮かべて、レインに右手を差し出した。


「そういえば自己紹介まだだったな。俺はザスト・カスティールだ。今後はともかく同じクラスだ、仲良くしようぜ」


一瞬何が起こったか分からず固まるレインだったが、すぐに握手を求められているのだと認識した。対人経験の少ないレインでもこの程度の挨拶なら問題はない。


「レイン・クレストだ。こちらこそよろしく」


握手をすると、ザストは再び嬉しそうに笑った。ここまで気持ちよく笑われると、釣られてレインまで頬が緩みそうになるほどだ。裏表のない気持ちの良い男子、それがレインがザストに抱いた最初の印象だった。


「レインはローラルド出身か?」


「そうだよ、生まれも育ちも」


「かぁあ、羨ましいねえ。タンギニスなんて海鮮が旨いだけの田舎町だしな」


「でもそれこそがタンギニスに魅力だからね、ローラルドで海鮮食べようとしたら値段張るし」


「そんなのここに来るような人間が悩むことじゃないだろ、お金持ちの貴族さまばっかりなんだから」


ザストと出身地方の話をしながら、校舎を見て回るレイン。本命が一カ所あるためそちらへと早々に足を運びたかったが、クラスメイトとの会話を切ってまで急ぐことでもないため、話に花を咲かせていく。


「まあそんなこんなで俺はローラルドに憧れていたわけで、こっちで生活できるようになって気分は最高なんだよな」


「その感じだと、『セカンドスクエアの鍛錬』は二の次って感じか?」


その心の内を試すようにレインはザストに投げかけたが、ザストは初めこそ真面目に目を向けてきたかと思うと、すぐにいつもの朗らかな笑みを浮かべた。


「その通り! 俺はこの学院で青春ってやつを謳歌したいんだ。貴族の嗜みだか『七貴隊(しっきたい)への第一歩』だか知らないが、俺には関係ないね」


「なるほど」


後頭部で手を組みながら楽しそうに語るザストを見て、レインは本音を感じ取る一方、一つの違和感もまた覚え始めていた。


それはカスティールという名前。これはタンギニス地方ではかなり有力な貴族の名前で、歴史のある家系なのである。タンギニス地方にも学院があるためこちらへ来る必要はないが、最も研鑽者が集まるアークストレア学院に入学が決まっているという事実。本人にいわせればローラルド地方への憧れ故の入学なのだろうが、カスティール家からすれば有望な人材を最も実績ある学院へ送ったとも考えられる。そこのかみ合わなさに、レインはなんとなく違和感を覚えるのだ。


「おーい、どうしたレイン? そんなに眉顰めてたら幸せ逃げちまうぞ」


とはいえ、その違和感を気にして目の前のクラスメイトのイメージを勝手に決めてしまうのはいかがなものかと思う。


「まあ、大丈夫か」


首を左右に振り、何でもないとザストに向けてアクションを起こすレイン。


そう、問題はない。というか、関係がない。そもそもの話、Bクラスでしかないレインとザストにとっては。


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