17話 お茶会
入学式から一週間が経った休日明けの今日、朝の伝達を終えたタイミングで、リエリィーがそのイベントを発信した。
「そうそう、今日の授業終わりにAクラスとの交流会ってことでお茶会やるんだ。任意の参加だから出る必要は無いんだけど出たい人いる?」
あまりに唐突な情報に、生徒たちはすべからく固まってしまう。レインも別の意味で思考が停止しかけていた。
理由は一つ、こんな会を開催させたところで人が集まるとは思えない。Bクラスにとって目の上のタンコブであるAクラスと、積極的に仲良くしようとする生徒はいないだろう。ただでさえヤーケンの件で不安になっているところに、わざわざ不安要素を増やすような真似はできない。それがレインの見解だった。
「えっ、誰も居ない感じ?」
レインの想像通り、挙手する生徒は誰も居なかった。同じ学院の生徒同士が仲良くするのは当たり前なのかもしれないが、この学院では当てはまらないだろう。成績を比較されて打ちのめされるような展開になっては交流どころではない。
「マジか、一人ぐらいは出てくれないと先生、立つ瀬がないんだけどな」
珍しく不安げに語るリエリィーに耐えかねたのか、一人の生徒が手を挙げた。レインとしては、ある意味予想通りの人物。
「お前ならそうしてくれると思ってたぞ、テータ」
リエリィーから賞賛されたのは、Bクラス成績一位である、テータ・ノスロイドだった。
「まあ、Bクラスから誰も出ないってのもよくないですし」
「心配するなって、一応俺もその場にはいるから。後、個人的に何名かには声をかけるから検討してくれ。じゃあ授業の準備しろよ!」
そう言いながら、教室を去って行くリエリィーに、嫌な予感が隠せないレイン。何名かに声をかけるというリエリィーのフレーズが頭から離れなかった。
しかしながら、成績ほぼ最下位の自分に声をかけることなんてあるだろうかとレインは冷静に考えた。交流させるなら、Aクラスに近いBクラスの成績上位者にすべきである。彼らであれば、多少Aクラスの生徒に煽られることがあったとしても、バネにして乗り越えてくれるはず。
自分の願望ではなく、この件に自分は関係ないだろうと、レインは一旦お茶会という単語を忘れることにした。
―*―
「レイン、お茶会出てみない?」
忘れることができたのは、昼休み終了10分前までであった。一人で歩いていたタイミングで、レインはリエリィーから声をかけられた。
返答が表情に出ていたのか、リエリィーが慌てたように話を続ける。
「お前の言いたいことは分かる。成績下位の自分が行く意味があるのかってことだろ? 俺だって無理にお前を誘いたいわけじゃないんだけど、ザストがお前が行くなら行くって言うからさ」
「カスティール君が?」
「そうそう。あいつこういうイベント好きそうなのに断るからさ、なんとかねじ込んでやろうと思ったんだけど」
「ねじ込むって」
任意と言いながらリエリィーの強引な立ち回りに呆れてものも言えないレイン。しかし、ザストの言い分をそのまま無視するわけにはいかなかった。
「後、あれだ。本人には言うなって言われてたんだけど、アリシエールにもザストとまったく同じことを言われたんだよ」
「えっ?」
次々と出る情報に、言葉が出なくなるレイン。ザストはまだ分かるが、どうしてアリシエールから自分の名前が出てくるのか。いや、それ以前に――
「ストフォードさんに声をかけたんですか? だって彼女は」
レインの言葉をすぐ理解したリエリィーが、レインの主張を遮って耳元で呟いた。
「ペアだったお前なら分かるだろ、彼女はすでにAクラスに入れる器だ」
決してBクラス最下位の成績ではないと言い終えると、リエリィーはレインから一定の距離を取る。
確かに、悩みを克服した彼女は、フィアの火力だけで文句なしのAクラス入りだろう。そう言われてしまえば、リエリィーがアリシエールに声をかけるのも当然だと言える。しかし、お茶会に行くのに自分が一緒なら了承すると、彼女が言ったとはレインには思えなかった。
「お前の気持ちも分かるが本当に彼女がそう言ったんだぞ。ホントいつの間にアリシエールを射止めたんだ? 憎いねこのこの!」
「ゲスの勘ぐりはやめてください。そういうのは一切ないですから」
バニスの一件で他の生徒よりは信頼されているだけで他に何もない。少なくともレインはそういう認識だった。
「淡泊だねお前は、まあいいんだけどさ。で、どうする? 二人から矢印を向けられているわけだけど」
「いや、でも」
「ちなみに補足なんだが、去年と一昨年のAクラスの任意出席者は0人だったそうだ」
レインが気にしていた内容を見抜いたかのように、リエリィーが言葉を追加した。
「はい? それじゃあただのBクラスの交流じゃないですか」
「そりゃまあAクラスの生徒からしたら参加するメリットなんてないからな。でも教師は参加するから話は聞けるぞ、これならけっこう気楽に行けると思うんだけど」
リエリィーの言葉は一理ある。
レインはBクラスの視点でしか考えていなかったが、Bクラス以上にAクラスの生徒に参加意欲が芽生えるとは思えないイベントだ。先生はともかく生徒がいないのであれば、レインもそこまで気にする必要は無い。これならば、先日のAクラスでの騒動を気にせずに済む。
だが、Aクラスの教師――ローリエ・マグナミトンのことを考えると、レインは乗り気がしなかった。彼女の冷え切った視線に、わざわざ晒されに行く必要もないと思ってしまう。
「はいはい分かった! そこまで考えるなら先生にも考えがある。レイン、お前歴史が好きだったよな?」
レインが返答せず黙り込んでいたことに痺れを切らしたのか、リエリィーが別の切り口でレインを攻めてきた。
「別に好きとは言ってないと思いますけど」
「そんなもん授業態度見りゃ分かるっての、なんでそんなに警戒するかね。ってそういう話じゃなくて」
コホンと一度喉を鳴らすと、リエリィーはいやらしく表情をにやつかせた。
「お前がお茶会に参加するなら、図書館にすらない本を借りてきてやっても」
「参加します」
「いいって、えっ、なんて言った?」
「参加します」
あまりの変わり身の早さに、今度はリエリィーが沈黙した。この条件を引き出すために黙っていたと言わんばかりのあっさり加減である。
「では放課後ですね、カスティール君とストフォードさんにもお伝えください。後、本の件は忘れないでください」
「はあ……最初からこれで攻めればよかったんじゃ」
良い返答をしたはずなのに、肩を落として歩くリエリィーの背中を見て、疑問を抱くレインなのであった。
―*―
「よーし今日は解散。お茶会組は俺と一緒に行くぞ」
リエリィーの締めと同時に騒がしくなる教室。各々がこの後の予定を話し合う中、レインは教壇の前にいるリエリィーの前へと足を進めた。
すでにいたテータと、遅れてザストとアリシエールが集まり、チームお茶会はまとまって目的地へ向かう。
「お茶会って、どこでやるんですか?」
「ああ。食堂の横に空き教室ほどの個室があってな、本来は来賓用で使用するんだが毎年許可はもらってるんだ」
テータとリエリィーが会話する中、レインはアリシエールへと声をかけた。
「ストフォードさんも行くって聞いて驚いたよ。その、何て言うか、大丈夫?」
正直レインは、アリシエールが自分からお茶会へ行くと言った、というリエリィーの言葉を信用していない。リエリィーに強引に参加するよう言われたのではないかと思っている。
「えっと、その、大丈夫かって言われると自信は無いんですけど、参加してみたいとはちゃんと思えたんです」
だが、予想に反してアリシエールは自ら意志を示したことをレインに伝えた。
「せっかく学院に来て一歩前へ進めたので、今度はいろんな人と交流してみたいって気持ちを優先させたくて。でも――」
そこで区切ると、アリシエールは頬を赤らめて視線を落とした。
「少し不安だったので、クレストさんがいてくれて、ホッとしています」
「そっか」
そうまで言われてしまうと、レインとして返す言葉は何もない。自分で頑張ろうと思えたことなら、クラスメートとして尊重するだけだ。今回はBクラス主体の会になってしまうが、彼女にとってはそれだけでも大きな進歩だろう。
そうなると、リエリィーを悪の権化のように疑っていたことに罪悪感が芽生えてくる。ヤーケンのことで疑わしい存在になっていたとはいえ、この件は反省すべきである。
「そうか、そうかぁ……! そこまでの想いがあったんじゃ、認めざるを得ねえ……!」
――そして、目許を拭いながらレインの肩を叩く友人をずっと放置していたことも、レインは反省しなくてはならなかった。
「あの、カスティール君。これはどういう……」
「いや、なんてことはない。アリシエールさんはお前に任せる。俺はただ、そう思っただけだ」
「どうしてそう思ったのかの根拠を知りたいんだが、聞いても多分理解できないからやめる」
自分の名前が聞き取れたのかこちらの会話を気にするアリシエールだが、間違っても参加させるわけにはいかない。参加しているレイン自身、意味が分からないのだから。
「話変えるけど、よくお茶会に参加しようと思ったな。Aクラスを毛嫌いしてるように思えたのに」
そう言うと、ザストは表情を改めてレインへ返答した。
「まあそうなんだけどさ、逆に考えようと思って。こんな意義のない会に参加する奴なら、Aクラスの生徒だとしても仲良くできるかもしれねえし」
「成る程、カスティール君らしいね」
「でもいけ好かない奴もいるかもしれないからな。そのときはレイン、俺がキレる前にフォローしてくれよな」
「……可能な範囲でな」
自分が呼ばれた理由が実にザストらしく、レインは思わず表情を綻ばせた。彼ならば、最終的には誰とでも仲良くなってしまうのだろう。
しかしレインは、二人と会話しながら少し違和感を覚え始めていた。リエリィーによれば、通年Aクラスの任意参加者は0人のはず。それにもかかわらず、二人がAクラスの生徒と話す前提なのがおかしく感じられたのだ。
「よーし着いたぞ。遅れてるからさっさと入れ」
そう言って、リエリィーが食堂隣の個室――会食室のドアを開けた時、レインは自分の目を疑った。
「遅い。会を台無しにするつもりか」
ローリエの鋭い視線が真っ先に五人へ移る。急かされたように中へ入る中、レインは足を止めて隣に居るリエリィーに声をかけた。
「リエリィー先生、これは?」
「ああすまん。一つ説明不足だった」
目の前の光景を見ながら、リエリィーはいたずらが成功した子どものように笑う。
「Aクラスは、成績上位5名の参加は強制なんだった。悪い悪い」
――――目の前には、グレイを含めた計六名の生徒が既に待機していた。