16話 先輩と休日
アークストレア学院入学後、初めての休日。寮生の多くは学院生活を親へと報告するために帰省しているが、レインはその予定もなく寮へ残っていた。同室のテータも多数派に漏れず、昨日の終礼後から帰省していた。
残っている生徒は勉学に励むか町へ買い物に行くか選択肢はあるが、レインはどちらも選ばず制服へと着替えを始める。
鍛錬のために学院の空き教室を使用する場合は、制服に着替えなくてはならない。正確に言えば、休日とはいえ学院内に入る場合は学生服着用が規則となっている。
レインの目的は鍛錬ではなく、入学式後から行きたくて仕方が無かった図書館だった。
入学式の時に一度入って以降、授業やその他付き合い(主にザスト)でなかなか訪れることができなかった。休日である今日、レインは一日中いる腹積もりでその場所へ向かうのである。
食堂や寮を含む設備棟から学院棟へ入ると、静寂がレインを包み込んだ。学院棟の規模に比べて生徒は決して多くはないが、それでも平日より音のない落ち着いた空間となっている。
自分の足音だけが響く状況に不思議な心地よさを感じながら、レインは図書館へ向かう。
以前と同じ一階の入り口へ到着。中へ入ると、前回同様広々とした大空間が目の前に広がった。中央の階段までゆっくり歩きながら周りを見渡すが、どうやら他の生徒はいないようだ。
「よし」
レインは一度自分の両頬を叩くと、一階から順に本棚を見渡し始めた。算術から文字、生物について等様々な本が並ぶ中、レインは一冊一冊読みたい本を手元で抱えていく。少し内容を確認してから読み直すかどうか判断していると、二階へ向かう前に一時間以上経過していた。
それだけ本の種類が豊富で中身が濃いということなのだが、これでは選んだものを読み始めるまでに何時間かかることになるか。
一旦選んだ七冊の本を持って、吹き抜け部分にある椅子に座る。目の前の机に本を置くと、一呼吸してから一冊目に手をつける。
レインが最初に手を取ったのは、『三国変遷』というタイトルの歴史書物。現在存在する三大王国、ミストレス、アクディシア、セリヌティが三大王国として成長するまでの歴史を記載した書物になる。
レインが知りたいのはセカンドスクエアが栄えた直後の、各小国の興亡についてである。どういった国が栄え、どういった理由で滅びたのかを把握したかったが、詳細に記されていないのが現実である。
この本は、三大王国の軌跡に主を置いており、滅ぼされた国の説明は非常に端的なものとなっている。これでは、レインが知りたい情報は得られないだろう。
「おお、人がいるじゃないかい!」
レインが一冊目を読み終えたタイミングで、驚いたような女性の声が図書館に響き渡った。
そこにいたのは、短めの緑髪が似合う黄眼の女子生徒だった。
「しかもこんなにストックしてくれちゃって! 新入生だよね、お姉さんホント嬉しいよ!」
ハイテンションで語りかけてくる女子生徒は、どうやら先輩のようだった。レインがどんな対応すればいいか戸惑っていると、女子生徒は楽しげにレインが積んだ本を漁り始めた。
「おーおー、『勝てなかった国々』に『セレクティア大辞典』、それに『いまだ未確定!?広がる世界の謎』。いいねいいね、ジャンルにこだわらない感じ?」
「まあそうですね、何でも読む方だと思います」
「雑食! あたしより若くてなんて偉い子なのかしら……」
口元を押さえ鼻を啜る動作をする女子生徒。感極まって泣いているようにも見えるが、本当なのだろうか。
「そういえば自己紹介遅れたわね。あたしはルチル・ゴーゲン、2年Aクラス三位だよ!」
「あっ、俺はレイン・クレストです。1年Bクラスの三十一位です」
唐突に女子生徒――ルチルの自己紹介が始まったので、慌てて返答をするレインだったが、ルチルは分かりやすく目をパチクリさせた。
「あの、何か?」
「ゴメンゴメン! 暗黙のルールというか、Aクラスは成績まで名乗ることが多いんだけど、Bクラスはそこまで言わなくていいんだよね。だからちょっとびっくりしちゃって」
「あっ、そういうものなんですね」
「成績な誇示っぽくて嫌なんだけどねー、まあこれで自己紹介慣れちゃったからなぁ」
コロコロと表情の変わるルチルを見て、なんとなくザストを思い出すレイン。人当たりの良さなのか、不快に感じさせないのが美徳だとレインは思った。
「しかし三十一位か、なんかやらかしちゃった?」
「いえ、普通に実力だと思いますけど」
「うっそだぁ、本を読む人が今時の若造たちに劣るとは思えないんだけど」
棘のある物言いを包み隠さず吐き出すルチル。どうやら、図書館の利用率は本当に低いようだ。
「うーん、俺はセカンドスクエアの火力が低いですからね」
「そうは言っても知識がある人間とない人間じゃ天と地ほどの差があると思うんだけどね、アークストレアに来るような貴族でもセカンドスクエアの鍛錬しかしてこない脳筋ばっかりだし」
「はは、ゴーゲン先輩は本当に本が好きなんですね」
「そう! そうなの! だって世の中って分からないことだらけなんだよ、それを解明していくには基盤となる知識が必要になる。それも膨大な。そしてここには読み切れないほどの本の数々。ここまでの背景と土台があって、本を好きにならないわけがないよ!」
ルチルが楽しそうに話すのを聞きながら、レインも素直に相づちを打つことが出来た。分からないことが分かるようになる、それは何より満たされることであり、一種の快感でもあった。
「ゴーゲン先輩は学者志望なんですか?」
「うーん、最初はそのつもりだったけど今は探検家かな? ネムネ地方の水中遺跡も興味あるし、『アヴァドリー』には何が何でも潜入したいし」
ネムネ地方とは、ローラルド地方の南にあるミストレス領である。樹木が多く人口は少ないが、歴史的建造物が多々存在している。その中で一番有名なのが水中遺跡であり、多くの探検者が全貌を明らかにしようと躍起になっているが未だ達成されていない。
そしてアヴァドリー、ネムネ地方よりさらに南にあるどの国にも属していない広大な土地。アヴァドリーの周りが大規模な谷のようなもので囲われているため、『未踏の大地』とも呼ばれている。アヴァドリー内の探索は、研究者や探検家にとって何より渇望するものであろう。
「いずれにせよ学院を卒業する前にここの本はできるだけ消化しないと、アークストレア学院の図書館こそが世界最大なんだから」
「……みたいですね。俺もできる限り読み尽くしたいです」
少し反応が遅れるレインだったが、ルチルが気にする様子はなかった。レインが選んでいる本を再度漁って、ルチルはニヤリと笑った。
「なんだレイン君、ジャンルはバラバラかと思いきや、あたしと同類じゃないかい」
「と言いますと?」
そう返すと、ルチルが一冊の本の表紙を指差した。タイトルは『ローラルド地方変死事件』。
「禁呪とか、興味あるんじゃないの?」
その単語が出るとは思わず、レインは感情の揺らぎを表情に出してしまった。
それを見て、ルチルは嬉しそうに話を続ける。
「記録が残る三大秘称よりも稀有とされるバニス。そもそも禁呪なんて呼称自体が広まってないからね、一部の学者が、しかも大々的に取り上げることなく研究している内容だし」
レインが持ってきた本を手に取りながら、ルチルは意気揚々と語る。ここまで掘り下げて会話ができるのが楽しくてしょうがないのだろう。
「いやあゴメンね、一人で盛り上がっちゃって! こういう話できるの他に二人しかいないからさ。あっ、よかったら紹介しようか? あたし程本を読むタイプじゃないんだけど同じジャンルが好きだし、知り合えば仲良く――」
「先輩、お気持ちだけで大丈夫です」
ルチルの話を遮りながら、レインはできるだけ自然に振る舞った。声を荒げぬよう、自然に。
「あっ、そう?」
「先輩ばかりだと話し辛いですし、俺会話ベタですし。それに――」
立ち上がり持ってきた本を抱えながら、レインは一番言いたかったことを伝えた。
「――禁呪なんて言葉、大っぴらに使わない方がいいですよ。関わった人間はろくな目に遭わないって聞きますし。ご友人にお伝えください」
「えっと、レイン君はどこに?」
「用を思い出したので帰ります。本って借りていってもいいんでしたっけ?」
「あっうん。カウンターにある紙に本のタイトルと日付を書いてくくれれば。一応同時に三冊まで」
「ありがとうございます」
そう言って、借りないことにした本を元の場所へ戻していくレイン。借りる本の中には、ローラルド変死事件は含まれていなかった。
「あの、ゴメンねレイン君」
「えっ?」
紙への記入が終わると、ルチルが申し訳なさそうにレインに謝罪した。
「なんで先輩が謝るんですか?」
「なんでってその、あたし、鬱陶しかったかなって思って。本を読んでくれる人がいて嬉しいって思うくせに、読書の邪魔をしてるんだから世話ないよね」
どうやらルチルは、自分のせいでレインが早々に引き上げると思ったようだ。七冊も準備している生徒が一冊もまともに読まずに帰ればそう思っても無理はない。
レイン自身、露骨な態度を取ってしまったことを反省した。そして、すぐさま言い繕う。
「いえいえ。同世代で談義できる人なんていなかったので嬉しかったです。今日は時間が無いのでダメですけど、お時間ありましたら別の機会で語らいましょう」
そう言うと、暗かった表情が一転、ルチルの表情がパァッと咲くひまわりのように明るくなった。
「そっか、そっか! えっとじゃあ別の場所考えるよ! ここは読書する場所だもんね、食堂とか使って話そう! でも人が多いとなぁ、女子寮とかありかな?」
「ないです」
「あはは、それはないよね」
最初に会った時のように話すルチルを見て、多少安堵するレイン。しかしながら、自分でも厄介なことになったと自覚してしまう。
二年生との接点をできるだけ持ちたくなかったレインとしては、ルチル・ゴーゲンとの邂逅は非常にまずい事態となっている。学年を聞いた段階で、挨拶だけして帰るべきだったとレインは後悔した。
こうなった以上、彼女と会うのは避けていきたいが、レインの目的地である図書館に彼女も多く居るのは間違いない。そこで会うことになれば、そして仲良くなっていけば、他の二年生との交流の可能性も増えるわけで――
先ほどルチルへ謝罪のフォローを入れてしまったことを、再度後悔してしまうレインなのであった。




