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15話 答え合わせ

「おいレイン」


昼休み、いつものようにトレイに食事を載せ空いている席を探していると、既に四人席を確保していたザストがレインへ声をかけていた。


「どうした?」


ザストの前に座ると、レインはザストが不機嫌オーラを全開にして自分を見ていることに気がついた。


「いっっっっっっつになったら教えてくれるんだよこの焦らし野郎!!」


いつになく溜めに溜めた言葉は、おそらくヤーケンの退学についてであろう。しかしながらレインがザストに大丈夫であると伝えてからまだ二時間も経過していない。焦らし野郎といった不名誉な称号を賜るなど心外である。


「本当に退学にはならないんだろうな? 体調不良に怯える日々を過ごさなくていいんだな!?」


「大丈夫、カスティール君が女性に不純な真似をしなければさ」


「おい! 全然大丈夫じゃないじゃん!」


「……」


冗談のつもりだったが、ザストの思わぬカウンターに言葉が出ないレイン。「冗談だよ」とザストからの返答を期待したが、その力強い眼差しに嘘偽りは感じられなかった。非常に残念だった。


「相変わらず君たちは騒がしいね、おかげでどこにいるかすぐ見つけられるけど」


そう言ってザストの隣に座ったのは、休み時間にAクラスで会ったグレイだった。いつものように、トレイには特盛りの料理が載せられていた。


「おっ、今日は一緒に食べるのか?」


昨日の昼休みは、グレイがAクラスの生徒と一緒に過ごしていたため、レインとザストの二人だけの昼食となっていた。ちなみにテータは、クラスの友人が多いため、基本的に朝以外はレインたちと食事をとることはない。悲しい現実である。


「レインに訊きたいこともあったしね」


「待て待て、先にレインに訊くのは俺だぞ。俺が先だ」


「それは構わないが、何かあったのかい?」


「Aクラスにも通達は行ってると思うけど、ヤーケンって奴が学院を辞めたんだ。先生は自主退学って言ってるんだけどとてもそうは思えなくて、俺たちも何か理由をつけて退学させられないかって不安になってるんだ」


「へえ」


不安げに話すザストとは対照的に、グレイは淡泊に返すだけだった。


「へえって、Aクラスは不安がってないのかよ?」


「退学を気にしている生徒はいないが、入れ替わりを恐れる生徒は数名いたね」


「入れ替わり?」


「そうだ、入学早々に僕がAクラスに上がってヤーケンがBクラスに下がったものだから、Aクラスの成績下位の生徒はBクラスの台頭を恐れているんだ。誰かがAクラスへ上がれば、誰かがBクラスへ下がると踏んでいるからね」


「そりゃ確かに嫌だな。どっちのクラスも安寧がないって入学式から四日目とは思えないぞ」


ザストの言葉は尤もであり、グレイも否定せずに聞いている。


クラスの入れ替わりや退学自体を否定するつもりはないが、それらがたった四日間に起きていることが問題なのである。少なからず生徒に不安が残るのは仕方ない事態だ。


「でも、レインが大丈夫って言うからさ。その根拠を訊いてやろうと思って」


「成る程、ならさっき君がAクラスに来たのも同じ理由かな?」


「そうだ。だが一つだけ、俺の見解を聞く前に約束してくれ」


そう言って、レインはザストとグレイを同時に見やった。


「俺の見解は、あくまで二人の間で留めてくれ。今の状況は、俺個人としては正しいと思ってるからだ」


「イマイチ飲み込めないけど、君の見解とやらを聞いたら理解できるんだろうね。了解したよ」


「誰にも話すなって言うなら話さないけど、お前いつの間にAクラスに行ってたんだ」


ザストの質問はともかく、二人ともレインの言葉を受け入れたようだった。であるなら、レインもようやく本題へ入ることができる。


「なら最初に質問があるんだがカスティール君、俺たちの学年は何人いるか知ってるかい?」


「えっ、俺たちのクラスが確か32人で、Aクラスは知らないけど」


「Aクラスも32人だ」


「なら64人か、合ってる?」


「うん。なら次は入学式に戻るんだけど、クロディヌス隊長のスピーチは覚えてる?」


「また唐突な。えーと、いろんな経験を積んだ上で自分の道を切り開いてほしいとかそういうのだよな?」


「そこは今回どうでもいいんだ。大事なのは最初と最後」


「はっ? そんな細かいところまで覚えてないぞ俺は」


「――成る程」


一人納得のいったグレイが、僅かに口角を上げる。レインの言わんとすることを理解したようだ。


「えっ、何々? 俺を省いて話続けるの無しだぞ!?」


「そんなつもりはないよ、ちゃんと説明する。あの時クロディヌス隊長が言った言葉はこうだ」


『あまり話が長くなっても眠くなってしまうだけだと思いますので、私が初めから言おうとしていたことだけ言いますね』


『ということで、簡単ではありますが先の言葉を以て新入生64名に送る祝辞とさせていただきます』


「……普通じゃね? 俺たち64人じゃん」


「いやいや、64人じゃなかっただろ。昨日までは」


「あっ」


そこでザストもようやく理解を示したようだった。


「でも言い間違えた可能性だって」


「それはもちろんなくはないが、だからこそ最初の言葉だ。あの人は、最初から64人と言うことを決めてたはずだ」


「何が言いたいんだよレインは」


困ったように唸るザストを見て、レインはその真意を率直に告げた。



「ヤーケン・カリエットなんて生徒、初めから学院には存在しなかったんだ」



レインの言葉に、ザストは唖然とした表情を浮かべた。グレイも一瞬瞳を揺らがせるが、真っ直ぐレインへと視線を向ける。


「恐らくは学院で雇った平民だろう。ヤーケン・カリエットという役割を持たせて、俺たちに影響を与えて弾き出す。そして今、学院の思惑通り生徒たちは不安を募らせている」


「いやいやいや、いくら何でも飛躍しすぎだろ。隊長の言葉も分かるけど、ここまでを想定して言ってたとは思えねえよ」


「確かに、こじつけだと解釈される物言いだ。なら別の視点から見てみよう。カスティール君、カリエット君が自主退学なら怯える必要はないって認識でいいかい?」


「ああ、でも先生が言ってるだけだからそれも信じにくいというか」


「ではカリエット君が自主退学でない場合、どんな理由で辞めさせられたと思う?」


「そりゃ体調不良の休みだろ、それ以外にあいつが悪かったところなんてないし」


予想通りの回答に、レインは内心で頬を緩めた。


「それが原因なら、ミストレス王女は真っ先に退学してなきゃおかしいだろうな」


「えっ……あっ、そうか」


どうやらザストにも思い当たる節があるようだ。


「確か姫さま、あまり学院にいないみたいなこと言ってた。でも姫さまは国の仕事なんかも控えていて、免除とかされてるんじゃないのか?」


「それは突き詰めなきゃ分からないけど、恐らくはない」


「なんでだよ」


「入学式翌日早々、成績を開示したからだ。学院は何より成績を重視する、そういう意思がなきゃ全生徒の成績なんて開示しないだろ。それならば学院にほとんど通っていないミストレス王女が退学しないのも、成績一位を取るのも納得できる」


「学院を疎かにしようと、自身の強さを示せば学院に残れるということか。ザストの言うように強引な論理な気もしないでもないが、的はずれということもないね」


いつの間にかトレイの食事を2割減らしているグレイが、ニヤリと表情を緩める。


だが、ザストは納得がいかないように浮かない表情をしていた。


「仮に、仮にさ、レインが言ったことが正しかったとして、学院の狙いは何だよ。入学式を迎えていざ学院生活って時に不安を煽ってさ。そんなの、あんまりだろ」


「君のような能天気な人間が多いと困るからに決まってるだろ。今の流れでそれも分からないのかい?」


レインが答える前に、グレイが棘のある物言いでそう告げた。ザストが何か言いたそうに口を開いたが、堪えて拳を強く握る。


これ以上グレイに話される前にレインは口を開いた。


「不安を煽ってるわけじゃないよ。ただ集中してほしいんだ、己を鍛えることに。周りに言われるまでもなく」


「えっ?」


「今回学院が行ったと思われるのは、遅刻による内示入替と、休養による退学処分。内示入替はAクラスの生徒に、退学処分はBクラスの生徒に緊張感を与えた。積極的に取り組まなければ降級する、退学になる、この気持ち自体を俺は悪いものとは思わない。学年全体が励むことのできる良い考えとも言える」


「……そういう見方があるのも、分かってはいるけどさ。こういう人を騙すようなやり方でなくても正攻法で教えるやり方だってあるだろ」


「それで伸びればいいが、正攻法だと危機に対するハードルを下げてしまう。学院側は、自分で危機意識を持って取り組む環境の方が、集中して伸びやすくなると判断したんだろう。だから今回、退学者を出すという手荒な手段を用いた」


そう結論付けて、レインは二人を交互に見渡す。


「だからこそ、最初にも言ったが他言無用でお願いする。知られていい話でもないからな」


「……すごいな君は」


そう呟いたのは、朗らかな笑みを浮かべるグレイだった。


「たった一つの、下手すれば思い込みに過ぎない疑問に対して、よく入学式まで振り返って結論を紡げたものだと素直に感心する。その執念染みた洞察力に、僕は正直狂気さえ感じるよ。君をそこまで突き動かすものって一体なんだい?」


グレイの疑問に、ザストも同調した。二人の視線を浴びながら、レインは居心地が悪そうに視線を逸らす。


「別に。ただでさえ低い成績が、遅刻なんかでさらに下がって退学までなられちゃ困るって思っただけさ。それに、一日くらい誰だって休んでしまうことはあるんだから」


「相変わらず、ガードが硬いことだ。それじゃあ、レインの楽しいお話も聞けたことだし、お先に失礼するよ」


「「えっ……?」」


レインとザストの気の抜けた声が重なる。


それもそのはず、大量に盛ってあったはずのグレイの昼食が、いつの間にか姿を消していたからである。


グレイは立ち上がると、トレイを持って返却口の方へと向かう。その光景をポカーンと眺める男子二人。


そして、トレイにはほとんど減っていない昼食。


「……あいつの方が、いろんな意味ですごいよな」


ザストの言葉に、激しく同意するレインなのであった。


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