14.5話 警戒心
「おいグレイ、あいつと何を話してたんだ」
レインが教室を去った後、他のクラスメートは警戒を解くように元に戻る中、橙髪の生徒の矛先はすぐさまグレイへと変化した。
「何って、聞いていただろう? 消しゴムが僕のかどうか確認していたんだ」
「そんなもんここに来なくたって確認できるだろ。俺が言ってるのはここに来てまで何を話していたかってことだ」
「どうして他に話があったなんて断定できる? 消しゴムが急ぎのようだった可能性だって」
「あるわけねえだろ! 馬鹿にしてんのか!?」
「いちいち声を上げるな鬱陶しい」
煩わしくものを言う相手に、今度はグレイが鋭い視線をぶつけた。
「仮に他の話があったとして、君に内容を説明する必要がどこにある? 彼と僕の話に介入できる権利なんて君にはないよ」
「……ある、お前がAクラスに不利になるようなことを言っていたら、見過ごせねえ」
「それこそあるわけないだろう。そもそもどんな質問に答えたらAクラスに不利になるんだ、僕には思いつかないが」
「そりゃ何かあるだろ、俺たちが思いつかないだけで」
「そこまで頭が回る相手ならAクラスに上げてしまえばいいと僕は思うがね」
「……っ」
歯ぎしりしながら両手を強く握る相手を見て、グレイは大きく溜め息をついた。
「……大したことは訊かれていない、調べればすぐ分かることだ。正直僕も、訊かれた理由は分かっていない」
「だからその内容を教えろって」
「それは無理だ」
「なんでだ? お前の大事な大事なお友達だからか?」
「違うね、彼の読みに敬意を称してさ」
「はあ? それはどういう――」
「グレイ!」
橙髪の生徒の言葉を遮ったのは、美しい金髪を靡かせた女子生徒。廊下から一目散にグレイの席へ向かうと、両手でグレイの席を強く叩いた。
「あなた、彼とさっき何を話してたの?」
「またか、僕は何度も同じ話をしたくないんだが」
数分前と同じ展開に辟易するグレイだが、女子生徒は一歩も退かずにグレイを見やる。
「何ならあなたに借りが一つできたことにしていいわ。だから今すぐ話しなさい」
「へえ」
「おいウル! 横から入ってきてしゃしゃり出てんじゃ」
「黙れジワード、あなたに関係ない」
目線をグレイから離さず女子生徒――ウルはジワードと呼ばれた男子生徒を切り捨てた。言葉に詰まったジワードは、ウルではなくその後ろに居る女子生徒へ目を向ける。
「おいミレット! ウルを連れてけ!」
「無理だよジワード君、火が付いたウルちゃんを止めることなんてできないし」
「……くそっ!」
「――盛り上がってるところ悪いけど、君たちに教えることは何もないよ」
自分の席の周りで騒ぎ出す連中に向けて二度手を鳴らしてから、グレイは意地悪な微笑で三人を見た。
「何? 借り一つじゃ不満?」
「違う。この状況になった以上、僕は何も話したくないのさ。でなきゃ彼に申し訳が立たない」
「テメエ、さっきから訳の分かんねえことつらつらと!」
「分かった。なら一つだけ教えよう、僕が彼に何を頼まれたのか」
「……頼まれた?」
ミレットが復唱したその後、グレイは三人にだけ聞こえるように小声で呟いた。
「『俺に何を訊かれたかを訊かれても、うまく流せ』って言われているんだ」
三人の表情が、一瞬で引き締まる。そして、今までの自身の行いを恥じるように、グレイへの追及を止めた。
「君たちが優秀なのは紛れもない事実だが、足元を疎かにしないことだ。このクラスへ来て猶、僕が一番警戒する相手は変わらないんだからね」
グレイの席から離れていく三人に、グレイの言葉が届いたかどうか、それは分からなかった。