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14話 他人の空似

「朝の一番で申し訳ないが、皆に残念な話がある」


リエリィーがそう切り出したのは、レインたちが入学して四日目の朝。


授業で見せる朗らかな表情ではなく、真面目な面持ちでリエリィーはその事実を告げた。


「ヤーケンが、この学院を退学することが決定した」


生徒たちが、息を呑むのをそれぞれが実感する。無理もない、たった四日の内に学院から退学者が出てしまったのだから。


「言っておくが自主退学だからな、学院側で通告したわけではないぞ」


その言葉を、何人の生徒が信じるか。何人の生徒が、今後の学院生活に不安を感じてしまうのか。


――そもそもの話、リエリィーに自主退学を信じさせるつもりはあるのか。


「せ、先生」


嫌な空気が立ちこめる中、手を挙げたのはテータだった。


「どうした?」


「その、ヤーケン君からは自主退学の理由は聞かれましたか?」


この状況では、尤もな質問だとレインも感じた。学院を去る生徒が出るというのは、アークストレア学院の評判的にもよくないことである。自主退学であるなら、引き止める意味でもその理由を確認するだろう。


「いや? 興味ないしな」


しかしながら、リエリィーは機械的に否定するだけだった。自主退学という言葉自体を疑わせるかのように。


「そ、そうですか」


「他に質問がないなら授業始めるぞ、今日も朝から歴史の授業だ!」


そして、何事もなかったかのように授業を進めていくリエリィー。楽しげな表情に切り替わった担任教師に、少なからず生徒たちは困惑する。


「……仕方ない、行くか」


その中でもレインは、自身の結論を決定的にするために、一つの決心をしていた。



―*―



「なあレイン」


授業が終わりリエリィーが教室から出て行くと、真っ先にザストがレインへと声をかけた。彼に似合わない、不安げな表情を浮かべながら。


「ヤーケン、本当に自主退学なのかな。ヤーケンが絡むとリエリィー先生の機嫌悪くなってたし。でもヤーケンって二日授業休んだだけだし、それだけで退学させられるとは思えないし」


恐らくはBクラスの殆どの生徒の気持ちを代弁した言葉だろう。自主退学等本来存在せず、気を抜けば自分たちも学院から退学処分を受けるのではないかと。


だからこそ、学院の術中にハマっているザストに、レインは優しく声をかけた。



「大丈夫、退学なんてあり得ないから」



レインは立ち上がると、教室の外へと向かう。授業間の休憩時間は10分、のんびりとはしていられない。


「レイン、どっか行くのか?」


「ちょっとな、授業が始まる前には戻るよ」


「えっ、いや、ホントに大丈夫なのか?」


「大丈夫、詳しくは後で話すから」


そうだけ告げて、レインは目的の場所――――1-Aクラスへと出発した。



―*―



1-Aクラスは、Bクラスと同じフロアに存在する。だが、両教室とも二つある階段の隣にそれぞれ面しており、フロアの中では一番離れた位置にある。


そのため昼食等の休憩時間以外では接する機会もなく、クラス間でのやり取りも存在しない。今のレインの行動は、間違いなく悪目立ちしてしまうだろう。


それでもレインは、自身の目で確認しなくてはいけなかった。成績の掲示が二日目だけでなければわざわざ1-Aクラスに行く必要はなかったが、三日目で掲示が消えていた以上、確認する術は一つしかない。


教室まで来ると、廊下で休憩しているAクラスの生徒に早速不審がられたが、いちいち気にしていては中へ等入ることはできない。


失礼しますと声をかけてから入ることも考えたが、教室のドアが開いていたので何食わぬ顔でレインは目的の場所へと向かった。


「ミラエル君、ちょっといいか?」


後方の席にいたグレイに声をかけると、グレイは一度目を丸くしてから愉快そうに笑った。


「まさか君とここで会うとは、Aクラスに入りたくなったのかい?」


「違う。この消しゴム、ミラエル君のかと思ってさ」


そう言いながら消しゴムを渡すと、グレイはあからさまに不機嫌な面持ちに変わった。


「レイン、君はもしかしてボケているのか? 初日に消しゴムを使うような授業はなかっただろう」


「周りに聞いたけど誰のものでもないって言うからさ、もしかしたらと思って」


「なんだそれは、まあ持ち主がいないなら僕がもらうが」


「いやいや、違うなら返してくれよ」


レインは椅子に座るグレイから消しゴムを取り返す身振りをしながら、頭上からグレイに小声で呼びかけた。


「ミラエル君、このクラスの人数って何人?」


突然のレインからの質問だったが、淀むことなくグレイは返答した。


「それが目的か、31人だ」


「……32人じゃなくて?」


レインは消しゴムの下りの段階で、Aクラスの席をざっと確認していた。


机の数自体は6✕6の36個あるが、後方の4台には使用されている形跡がなかった。故にAクラスの人数は32人と判断したが、間違っていたのだろうか。


「よく見てるじゃないか、32で正解だ」


「君は……」


「人の情報を鵜呑みにする愚か者かどうか確認しただけさ」


「……用心深いことで。ついでにもう一つ頼みがあるんだ」


そう言って内容を告げると、グレイは分かりやすく呆れたような笑みを見せた。


「まったく、どっちが用心深いんだが」


「できたらでいいけど、それに必要ないかもしれないし」


「――おい」


グレイとの会話がひと段落ついたところで、横から低い声がレインの耳に届いた。


鋭い目付きでレインを睨んでいたのは、橙色の短髪の男子生徒。あからさまに、異分子であるレインに敵意を見せていた。


「何の用だ、テメエはこのクラスの人間じゃねえだろ」


よくよく周りを見れば、クラスの半数がレインへと注意を向けていた。この男子生徒が代表して詰めているだけで、他の生徒も同じ気持ちなのだろう。


「僕の友人だ。それに他クラスヘ入ってはいけないなんて規則はないはずだが?」


レインが言葉を紡ごうとした瞬間、グレイが割ってレインのフォローに入った。他人の手助けをするタイプには見えなかったため、レインは内心驚かされていた。


「テメエに聞いてねえよ、口挟むんじゃねえ」


「言葉を荒げなきゃ会話もできないのかい? 社会に出て大成しない典型だね」


「ああ!?」


「悪かった! すぐ出て行くから喧嘩はやめろ!」


自分に向けられていた敵意がグレイに変わるのを感じ、レインはすぐさま頭を下げてその場を後にした。自分に攻撃が飛ぶのはやむを得ないとしても、クラス内で争われるのはさすがに困ってしまう。


「レイン、後で食堂で会おう」


「二度と来るんじゃねえ底辺が!」


好意と敵意の含んだ言葉をそれぞれ向けられ、何と反応していいか分からずそのまま教室の外へ出て行くレイン。想像していた以上に注目を浴びた気がするが、知りたかったことは間違いなく確認することができた。ならばこの場所へ二度と来る予定はない、今日の出来事等すぐにAクラスの生徒たちの頭の中から消えていくだろう。



「ちょ、ちょっと待って!」



――だが、レインがAクラスの隣の空き教室まで進んだ辺りで、後方から声をかけられた。


振り返った先にいたのは二人の女生徒。ザストより淡く美しい金髪を携えた切れ目の女性と、栗色の髪を肩程までで整えている垂れ目の女性。何故声をかけられたかすぐに察知したが、レインは何も知らずに彼女たちと対面することにした。


「ね、ねえミレット」


「髪色は違うけど、うん――間違いないと思う、ウルちゃん」


レインを引き留めた金髪の生徒は、ミレットという名の生徒へ声をかける。ミレットはレインを何度も窺っては目をそらし、ウルと呼ばれた生徒は泣く直前のように表情を歪ませてゆく。


「あの、何?」


これ以上先に話を進められるのは面倒だと、レインは目に見えて不機嫌な面持ちで対応する。女性を泣かせているようで、レインとしても非常に居心地が悪い。


「もうすぐ授業が始まるんだけど」


「ごめんなさい、私もウルちゃんも感極まっているというか、本当に久しぶりだから」


「久しぶり? 俺と君たちは初対面のはずだけど」


冷たく言い放ったところで、二人の表情が固まる。そしてゆっくりと、レインへと視線を注いだ。


「えっ、でも、だって」


「俺の名前はレイン・クレスト。君たちが誰を想像したかは予想がつくけど、他人の空似だ。勘違いはしないでくれ」


「あっ、そう、なんだ……」


ミレットは視線を落とすと同時に、乾いた笑みを浮かべていた。目の前の光景と、目の前の発言が大きく乖離しているからである。待ち望んでいた状況だけに、現状を簡単に受け入れることができなかった。


「じゃあ、授業あるから」


そう吐き捨て、レインは振り返ってBクラスへ戻る。石化しつつある二人を見て、話は終わったと判断しての行動だったが――



「そんなわけない!!」



――――ウルと呼ばれた生徒が、廊下全体に響くような声で叫んだ。


思わず振り返ると、ウルは涙目ながらにレインを睨み付けていた。


「他人の空似のはずない! あたしは何度も()()もの! 見間違うはずなんてない!」


「ならなんで俺は君たちを知らないんだ、それが他人の証拠だろ?」


「記憶喪失よ! 記憶がないなら当然知らないもの、他人の空似よりこっちの方がしっくりくるわ!」


「ええ……」


あまりに頓狂なことを堂々と言い切るウルに呆れ返ってしまうレイン。どう返答しても無理矢理返されそうな勢いに、レインはウルの隣にいるミレットに視線を向けるが、彼女はにっこりと微笑んでただ一言、


「私も、他人の空似より記憶喪失の方が嬉しいな」


そうレインへ告げるだけだった。レインとしても、非常に頭が痛くなる状況だ。


「とてもAクラスの人間とは思えない短慮さだな、俺なんかを気にしてたら時間を無駄にするぞ」


「無駄かどうかはあたしが決める。あなたに思い当たる節がないなら、思い当たる宛に聞くだけよ」


そう言うと、ウルは自身の人差し指を真上に向けた。


()()()()()にあなたのこと、訊いてもいいわよね?」


「――あの人たちが誰か知らないけど、勝手にすればいい。俺には関係ない」


これ以上は埒が明かないと感じ、レインは今度こそBクラスへと向かう。


「あたし、諦めないから! やっと見つけたんだもの、絶対に記憶を取り戻してもらうんだから!」


悲痛な覚悟を背に受けながらも、レインがその足を止めることはない。できるだけ早くこの場を離れるよう足を速める。


「……まいった」


Aクラスへ行ってある程度の注目は覚悟していたが、こういった事態は想定していなかった。その自身の浅はかさに、思わず溜め息が出てしまう。


一つ大きな問題を解決できたと思いきや、別の問題が生じてしまい、レインは頭を抱えることしかできなかった。

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