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13話 確信

「……これは本当か?」


レインとアリシエールは疲れるまでセカンドスクエアを使用後、フレクタスの数値と使用回数をまとめてゴルタへと紙を渡した。

レインは平均999の16回、アリシエールは平均2088の6回だった。本来であればもう少し回数を重ねられなきゃ使い物にはならないが、アリシエールの場合は久しぶりにバニスを連発ができたのだ、今後慣れていけば数回は無理なく増やせるだろう。


それよりもゴルタを驚かせているのはアリシエールの数値だろう、この火力はAクラスの平均すら超えているレベルなのだから。


「勿論、嘘偽りはないです。俺もちゃんと見ていましたし」


「レイン、私は何もアリシエールの火力だけを言っているのではない」


そう言うと、ゴルタの厳しい眼差しがレインを貫いた。


「レイン、この使用回数は本当にお前の限界か?」


不意打ち、とまでは思わなかったが、レインの結果を見てまさか火力以外を指摘されるとは思っていなかった。16回は決して少ない数値ではないが、誰よりも低い火力を考慮に入れれば、もう少し連発できても不思議ではないと判断したのだろう。


「申し訳ありません。言い訳になりますが、昨日今日と慣れない生活が続いて本調子ではなかったようです。できるだけ早くベストに戻せるよう気を引き締めていく所存です」


「そうか、了解した。アリシエールもご苦労だった」


「は、はい!」


レインの謝罪を受けて、ゴルタはまだ何か言いたげに見えたが、レインから視線を外して言葉を切った。どうやら、他の生徒たちが結果報告を待っているようだった。


正直、レインからすれば火力の無い自分より圧倒的な火力を誇るアリシエールを注視すべきなのである。もちろん、今回ばかりは生徒たちを平等に評価するゴルタの方が正しいのだが。


「クレストさん、本当にありがとうございました。今日のお礼は、改めてさせてください!」


「えっ、いやそういうのは」


レインが全てを言い終える前に、自分の席へ戻ってしまうアリシエール。


レインとしてはそこまでのことをしたつもりはないが、アリシエールにとっては一生が掛かっていた事態。気持ちに差異が出てしまうのは当然である。


「――レインくーん、今日のお礼ってどういうことかなー?」


――そして、アリシエールに好意を抱いているご友人が、状況の説明を求めるのも当然であった。



―*―



「はあ!? 何も言えないってどういうこと!?」


少し遅めの昼食を取りながら、食堂でザストが吠える。レインが何も説明してくれないことに反発があるようだ。


「当たり前だろ、彼女個人の事を俺が勝手に話せないよ」


「そりゃそう言われたら引き下がるしかねえけど、何とか噛み砕いて説明してくれよ」


「……そんなに気になるのか、彼女のこと」


「そりゃ気になるだろ! あんなに可愛いんだぞ!?」


ザストがあまりに真っ直ぐ言うものだから、レインは呆気に取られて二の句を継げなかった。


「アリシエールさん、ここ二日間はずっと浮かない表情だったからさ、何とかしてあげなくちゃって思ってたんだ。それが実技の授業終わったら表情が生き生きとしてるし。気になるだろ普通」


どうやら本音は、こちらの言葉にあるようだ。体調を崩したヤーケンについても気にしていたし、元からこういう性分なのだろう。


そういう風に言われてしまえば、レインとしても大まかながらに話をしたくなる。


「端的に言えば、ストフォードさんが悩んでたことを俺が解決したって感じだ。大したことはしてないんだけど、ストフォードさんとしては何というか、その」


「とりあえずは理解した。そして安心した」


「だな、初日と比べて明るくなったというか」


「そっちじゃなくて、レインのことだよ。いい奴やってんだなって思って」


不意の言葉に、レインは目を丸くしてザストを見る。


ザストは、黙々と昼食を食べると、一呼吸おいたタイミングで笑みを見せた。


「まだ知り合って二日、レインの本質なんて分かり切ってないじゃん? そこでこんな話聞いたら納得するさ、少なくとも俺の友達は悪い奴じゃないって」


再び食事に戻るザストを見ながら、レインはこそばゆい気持ちを隠せなかった。裏表のない直球過ぎるザストの言葉を、額面通り受け取るには少々荷が重かった。


「偶然だよ、あの場には俺しかいなかったから。他にも人がいたなら、俺は助けになんか入らなかった」


「じゃあ二人なら必ずレインが助けに入るわけだ。いやあ、これはいい奴と言っていいでしょう!」


照れ隠しで紡いだレインの反撃は、あっさりザストに打ち返されてしまう。嘘は言ったつもりはないが、ザストは意地でもレインをいい奴にしたいらしい。


「そしていい奴ってのはいい奴で止まっちゃうってのが相場なんだよ。レイン君、俺の言いたいことが分かるかね?」


――――そして、レインをいい奴にしたい理由はすぐさま明かされた。ザストの力強い物言いによって。


「あまりアリシエールさんと仲良くするなってことですよ、ただでさえ競争率が高いのに君とまで争いたくないんです!」


「いや、まあ、俺から積極的に声かけるつもりはないけど……競争率?」


「そう! 昨日クラスメートを観察していたが、アリシエールさんを気にしている男子は多かった。致し方ない、彼女の容姿と守ってあげたくなる振る舞いを見れば」


ザストの話を聞きながら、少々複雑な気持ちを抱えるレイン。Aクラスにも負けない火力を持った女の子に護衛が果たして必要なのか。


「俺はそいつらに負けたくないんだよ。そう、言ってみればライバルたちと女の子の取り合い、そして俺が制す!」


「……王女と二年代表はいいのか?」


「そこなんだよなぁ、この学院綺麗な人も可愛い人も多くて嫌になるわぁ」


「……」


先程までの熱い気持ちはどこへ消え去ったのか、ザストは腕を組んで真剣に悩み込んでいた。彼の本心はどこにあるのやら、レインも少し考えて頭が痛くなってきた。


「まあそういうことだから。レインは可愛い女の子と話すのを自粛すること、どうしても話したいなら俺も混ぜてください!」


「それが言いたかったんだな」


「いいじゃん! 俺たち友達じゃん!? 楽しいことは積極的に共有してこうよ!」


「カスティール君が女子と話したい時は?」


「……俺たち友達だよな? 人の恋路に入り込むってのはどうかと思うんだ」


「……」


目を泳がせるザストを見ながら、友達って何だろうと真剣に考えるレインなのであった。



―*―



「お、おはようございます!」


翌日、教室へ入ると先に来ていたアリシエールから挨拶が飛んできた。昨日の実技授業までの彼女からは考えられない積極性にレインは驚いたが、挨拶をした本人も分かりやすく不安げな表情を浮かべている。


「おはようストフォードさん、いつも早いね」


だからレインは、安心させるように声をかける。昨日の一件でようやく前向きになれた彼女だ、自分だけでなくいろんな人と話せるようになっていければとレインは思う。


「は、はい! いつも早いです!」


返事は不自然ながらも、満面の笑みへと変化するアリシエールを見て、レインは胸を撫で下ろす。沈みがちな表情が多かった彼女だが、やはり笑顔が一番輝いている。


「アリシエールさんおはよう! 俺もおはよう!」


そして現状を見ていたレインの友人が、居ても立っても居られずアリシエールへ声をかける。


「はい、おはようございます」


先程より穏やかな笑みを浮かべるアリシエール、初めてザストと話した時とは雲泥の差だ。当然ザストもこの対応に喜ばないはずもなく、


「見たかレイン! 俺だって挨拶できたぜ! 最高の笑顔をもらったんだぜ!」


本人を前にして、恥ずかしがることなく賞賛の声を上げるのであった。



―*―



その後、一緒に来ていたテータとも挨拶を交わし、アリシエールは終始綻んでいた。それ程までに、ただの挨拶が心地良かったのだろう。


朗らかな朝を迎えられてレインとしても良かったのだが、その気持ちは担任の教師の登場でガラリと変化する。


「ヤーケンの奴、今日来てないのか!」


明るく楽しい印象のリエリィーが声を荒げるものだから、教室が一瞬で静かになった。生徒の何人かが、その元凶たる席へと目を向ける。


リエリィーの言うように、ヤーケンは今日朝から不在だった。


「あいつ、昨日で体調治せって帰らせたのに」


ヤーケンは昨日、医務室へ行って以降教室へ戻ることはなかった。帰る前にリエリィーから早退したことは告げられていたが、今日も引き続き学院を休むようだ。


「あいつ、Bクラスをナメてるんじゃないだろうな」


リエリィーの愚痴を聞きながら、レインは違和感を覚えずにはいられなかった。


どうしてこの愚痴を、自身の教え子に聞かせているのか。


意味等ない上に、陰口を叩いているようでリエリィーへの印象が悪くなるばかりだ。


ザストのようにAクラスを目の敵にしており、一日でもそこにいたヤーケンが気に入らないというならまだ分かる。教師としてあるまじき行為だが、それでもまだ理解できる。


だとしても、ここまであからさまにやる必要はない。こんなことを続けていけば、生徒たちだってヤーケンが悪いのだと認識してしまう。ただ体調が悪いだけのヤーケンが。


そんな思考に駆られていたレインは、先程までのボリュームより小さな声で、それでも一部には聞き取れる声で、それを聞いた。



「こんな態度で、自分の席があると思うなよ」



聞き取れた生徒には、さぞ重い言葉だっただろう。それと同時に、聞き間違いだと疑いたくなっただろう。


自分たちに優しいリエリィーという男が、吐き捨てるように紡いだ言葉を。


「さて、最初は算術の授業か、退屈かもしれないけど寝るんじゃねえぞ!」


明るい笑顔で声を弾ませると、リエリィーは楽しげに教室の外へと出て行った。まるで先の一分間がなかったかのように。


「……なあ、今の聞こえた?」


「聞き間違いじゃないのか?」


最後の言葉を聞いた生徒たちが、ひそひそと話を始める。一人で抱えきれず、誰かと共有しなくてはならないと感じたのだろう。



――――ただ、レイン・クレストを一人除いて。



リエリィーの発言で、気になっていた全てが一つに繋がった。生じていた違和感の正体をほぼ確実に特定した。


入学式から、()()()()()から今に至る情報をまとめて、確信をもって言えること。



――ヤーケン・カリエットは、一週間以内に退学する。


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