表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
3章 3つの絶望、1つの希望
134/134

28話 名前

「父様、同行してくれる使用人を見つけて、無事挨拶を済ませました」


リゲルとマリンの家族へ挨拶を済ませたその晩、屋敷に戻ったレオルはディアロットとコールしていた。


『そうか』


1度短く切ってから、ディアロットは息子へ優しく語りかける。


『そういうことなら文句はない。金銭的な援助はしよう』


「……申し訳ありません」


『そこは礼を述べるところではないのか?』


「いえ、移動費や宿泊費だって長引けば安くはないです。ですので……」


『そのことなら心配はない。用意はある』


「えっ?」


父の心強い言葉に呆気を取られるレオル。

しかしながら、別の不安が増してきた。


「ありがたいお言葉なのですがよろしいのでしょうか? ロードファリアの名を捨てて旅をするのに、住まいの準備をしていただいて」


『問題ない。私が貸すのは、レクトス家の別邸だ。私の権限でどうにでもできる』


「あっ……」


父の提案に感服するようにレオルは声を漏らした。

レクトスとは、ディアロットがソフィリアと結婚するまでの家名である。決して名のある家名ではなかったようだが、貴族としてそれなりに裕福ではあった。


『とはいえ既存の屋敷では場所が王都付近だし、早々に足がつく。王都に寄れなくもない地方に小さな別荘を建設するから、最終的にそこに住めばいい』


「父様……」


自分のために家を建てると言ってのけたディアロットに、レオルは感謝をしてもし切れなかった。



『レオル、勘違いはするな』



だがそこで、父の声色が変わる。

そこには、今まで内包されていた優しさはなかった。


『これはお前がロードファリア家の責務を放棄して決めたことだ。本来であれば我々が援助する義務もない。お前が旅を始めた瞬間、そういった甘えは一切許されなくなる。当然私もロードファリアではないお前を家族として見ない』


父の言葉が、重くレオルへのしかかることはなかった。レオル自身、金銭的な援助をしてもらう以外は決してロードファリア家を頼れないと思っていたため、その覚悟があったからかもしれない。


『最後のもう一度問う。レオルお前は、ロードファリア家であることを放棄して、セカンドスクエアを取り戻す旅に出るということでいいのだな?』


「はい」


迷いはなかった。いくら父が厳しい言葉をかけてこようとも、考えが変わることはない。


「今の僕では、ロードファリア家にいたところで何の役にも立ちません。それどころか足を引っ張る存在になる。だから僕は、僕にできるやり方でミストレス王国に貢献したいと思います。例え、ロードファリアを名乗ることができなくても」


ソフィリアから存在を忘れられたとき、レオル・ロードファリアはいなくなったも同然だった。だからレオルは、例えセカンドスクエアを扱えるようになっても、ロードファリアに戻ることは考えるべきではないと思っている。


レオルは今、今までの生活環境を捨ててでも、未来にある可能性を掴みたいと思っているのである。

その気持ちを、嘘偽りのない気持ちを、ディアロットへ伝えたのだ。




『……本当に、よく出来た子どもだよお前は』




――――父の声が、再び優しいものへと変化していた。微かに入り込んでいた笑い声が、ディアロットの心の内を明確に表現していた。


「父様?」


『先程までの言葉に嘘はない。屋敷を出れば私は、お前を息子とは思わない。エストリアやシストリア、使用人たちにもお前のことは徹底してもらうつもりだ』


「はい、勿論です」


『…………だが』


そう前置きをしてから、しばらく無言の時間が続いた。電話越しにレオルが首を傾げていると、ディアロットはようやくその言葉を紡いだ。



『旅に出るまでは言うまでもなく私の息子だ、いくらでも頼ってくれて構わない』


「っ……!」



――――父は本当に甘い人だと、レオルは涙を堪えながら思った。


勝手なことを言う息子を厳しく突き放さなければならないのに、あくまで援助に入ってくれようとする。助言を入れて息子の道筋を照らしてくれている。


こんな大人になりたいと、レオルは本気でそう思った。


『レオル、ミストレス王国を見てこい。全てを吸収して、自分を成長させてこい』


父のエール。不器用な父の、言葉が足りていない端的な応援。人によっては、不親切に受け取ってしまうかもしれない。


だがレオルには充分だった。父の思いは真っ直ぐ十二分に伝わっていた。


何故ならレオルは、ディアロット・ロードファリアの息子だからである。



―*―



レオルが家を出ると決めて約3週間、ようやくこの日が訪れた。


時刻は午前4時、朝日は当然差しておらず、屋敷の灯りだけが光源となっている。

そのうえ冬の寒さが厳しく、ポツポツと雨が降り始めていた。


「あらら、せっかくの門出ですのに雨が降ってますね……」


リゲルと一緒に馬車に荷物を運びながらぼやくマリン。晴れていなかったことがどうやらご不満なようだ。


「口を動かさず手を動かせ。レオルさまにずっと寒い思いをさせる気か?」


「むう、ちょっと愚痴っただけなのに。大丈夫ですよ、レオルさまが凍えなさったら私が全身で暖めますから」


「何が大丈夫か分かるように言え馬鹿」


「馬鹿って言った方が馬鹿なんですよ、知らないんですか?」


どこか棘のある会話を重ねながら次々に荷物を入れていく2人。



リゲルとマリンについては、ディアロットの(つて)で就職先を紹介することになったとソフィリアに話している。

リゲルもマリンも優秀であったためソフィリアも残念がっていたようだが、本人たちがそれを望むならということで了承を得られた。優秀であるからこそ、ロードファリア家で見習いのような形で働かせるのは申し訳ないと思ったのだろう。

そういうわけで、リゲルとマリンに関わる懸念事項は無事解消されているのである。



「そういえばレオルさま、ロードファリアを名乗らないということでしたが平民として旅をされるということでしょうか」


口を動かすなと言っているリゲルから質問が飛んできて少し可笑しいと思えたレオルだったが、大切な質問だったのでしっかり返答した。


「僕も初めはそうしようと思ったんだけど、父様から助言をいただいたんだ。貴族と平民では立ち入れる場所や閲覧できる本が大きく異なるから止めた方がいいと」


「それは尤もだと思いますが、とはいえ家名などそう簡単に得られるものではないはずです。それこそ歴史に名が残るような成果を経て、王から称号を授からない限りは」


リゲルの言うとおり、平民が貴族になるために称号を得るには血の滲むような努力をしても届かない可能性がある。そもそもの話、セカンドスクエアを使えなければ貴族になることはできない。


だがレオルには、反則すれすれの逃げ道が1つあった。


「だから父様が王様に掛け合ってくれたんだ、七貴舞踊会を大きく盛り上げた証として称号を授かれないかと」


「……成る程」


レオルには七貴舞踊会を幼いながらに盛り上げたという実績がある。その成果を元にディアロットは、レイブンへ称号と家名の付与をお願いしていたのである。勿論レオルは貴族であるため事情説明を求められたが、結果として了承をもらえたのである。


「ということは、貴族としての旅が可能ということですね?」


「うん、もう記録にも僕の家名が載せられているみたいだ。これで不審に思われることはないと思う」


「よかったです。貴族として動けるかどうかは、今回の旅に大きく関わって来ますからね」


「レオルさま!! 荷物の入れ込み終わりました!!」


リゲルへ家名の件を話し終えたタイミングで、マリンが馬車から降りて駆け寄ってきた。


「出発準備完了です、いつでも出発できますよ」


「2人ともありがとう」


そう呟くと、レオルは振り返ってロードファリア家の屋敷に目を向けた。


今日を以て、レオルはロードファリア家の人間ではなくなる。覚悟は決めていたが、さすがに当日ともなれば心にくるものがあった。


「レオルさま、余計なことだと思いますが1つ進言させてください」


ただボーッと屋敷を眺めていると、マリンがレオルを心配するような瞳で見ていた。


「エストリアさまとシストリアさまに、本当に挨拶をしなくてよろしいのでしょうか?」


「……うん、いいんだ」


マリンの言葉は、レオルが今日ここを起つことを知らない妹たちに焦点を当てていた。

だがレオルは、少し逡巡してからゆっくり首を左右に振る。


「2人に引き留められたら戻りたくなっちゃうからね。手紙は残してあるし、これでよかったんだと思う」


「……はい、レオルさまがそう仰るのであれば」


レオルは結局、妹たちに旅立つことを言えずにいた。言えば引き留めるか着いてくると言うに決まっている。これ以上2人の成長の妨げとなってはいけない。父もフォローしてくれると言っていたし、これが一番よかったと思うことにした。



「リゲル、マリン」



屋敷から視線を正面へ移したレオルは、2人の使用人へ1つお願いをした。



「家名のこともそうだったけど、僕は今日からレオルと名乗るのを止めようと思う。七貴舞踊会に出た以上僕の顔を知る人は少なくない。多少は顔を隠すにしても、名前がレオルだとそれだけで気付かれてしまう恐れがある。だから名前を変えようと思うんだ」



リゲルとマリンは、声を挟むことなく首肯する。大きなことを言っているはずだが2人にとっては何も変わらない。仕える人間が変わらなければ、名前など些細な問題なのである。


「そうだな、せっかくだし一人称も変えてみよう。僕じゃなくて俺、これからはこれを使っていく」


「一人称も人を思い起こす要因になりますからね、いいと思います。そういえば、お名前は決められたのですか?」


リゲルの言葉を受けて、レオルは空を見上げた。何も考えてこなかったため途方に暮れていたが、レオルの視界には大きく雨空が広がっていた。



「……そうか、それでいいのかもしれない」



そう呟くと、レオルは2人へ改めて告げた。



「リゲル、マリン。今日からしばらくの間、よろしくお願いします。僕……じゃなくて俺はいろいろ迷惑かけるとは思うけど、フォローしてくれたら嬉しい」


「こちらこそ、レオルさまの手助けをさせてください」


「言われずとです! レオルさまの幸せは私の幸せですから!」


「うん、ありがとう」


「……ってレオルさまじゃないんでしたね。お名前はこれからですか?」


「ううん、決めたよ。ちゃんと決めた。初めは慣れないかもしれないけど、これからはそう呼んでもらえると助かる」


そしてレオルは、2人の使用人へ名前を告げた。




「俺の、名前は――――――――」





レオル・ロードファリアは、名前を改め新たな旅に出ることとした。


信頼できる使用人、リゲルとマリンとともに。


セカンドスクエアを再び扱える方法を探す前向きな旅をする。


これは希望の物語、レオル・ロードファリアが生まれ変わる唯一の物語。










しかしながら――――――この旅で今まで以上の地獄を見ることになるとは、誰も知るよしがなかった。












―完―

ここまでご愛読ありがとうございました。3章及び1部、完結となります。

2部1章の整理が出来次第、連載スタートいたします。

評価や感想等ありましたらどしどしお待ちしております、参考にさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ