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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
3章 3つの絶望、1つの希望
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27話 ご挨拶

後日、レオルは屋敷を抜け出しある村へ向かっていた。

徒歩での移動はかなり苦労したが、天気がよく風も気持ちよかったので、新鮮な気持ちで進むことができた。


1時間ほどして村――――タフナ村へ到着したレオルは、周りの様子を楽しげに見つめていた。


農作業を主として活動しているようで、畑には色とりどりの野菜が見られた。多くの人が助け合い、笑顔で作業する姿は、レオルの目にとても魅力的に映った。


「レオルさま!?」


タフナ村の中を散策していると、驚いた様子でこちらを窺う男性がいた。普段は決して見ない私服姿が印象的だった。


「おはようリゲル、今日はいい天気だね」


笑顔で挨拶をすると、その男性――――リゲルは小走りでレオルの元へ寄ってきた。


「いい天気、じゃないですよ! いついらっしゃったのですか!?」


「ついさっきだよ、少し村の中を見回ってたんだ」


「なんで言ってくださらないのですか!? 連絡いただければ迎えに上がりましたのに」


「休みのリゲルにそんなこと頼めないよ。早速だけど、案内頼んでいい?」


リゲルは大きく溜息をつくと、額に手を当てて反省した。自分の主人がこういう人間であることをすっかり忘れていた。


だがすぐに切り替える。わざわざ自分の村に来ていただいた主人に、退屈な思いはさせたくない。


「――――分かりました。ようこそタフナ村へ!」


そのリゲルの大袈裟な振る舞いが、レオルは何より嬉しかった。



―*―



レオルは、屋敷を出る際のお供2人を決めた。

歩み寄ってくれていた他の使用人たちには1人ずつ謝罪をする。こんな苦労しかない旅に同行してもいいと言ってくれていたのに、こちらから断るなんて図々しいにも程がある。


だが皆は、快く許してくれていた。笑って返答してくれた。「2人と言われた時点で、誰が選ばれるかは察しがついていた」と。


確かにそうかもしれない。2人という数字は希望者がそんなにいないだろうという悲観的なものからだったが、今思えばそれでも信じたかったのかもしれない。


ずっと側にいてくれたリゲルとマリンは、一緒に来てくれるかもしれないと。



―*―



「……本当に会われるのですか?」


タフナ村を一通り案内したリゲルは、どこか怪訝そうな表情でレオルを見る。


「当たり前だよ、そのために来たんだし」


「気にされなくて大丈夫ですよ、許可はちゃんともらいましたし」


「僕が挨拶をしたいんだ。リゲルを長期間預かる身として」


「……分かりました、こちらになります」


真剣な面持ちでそう言われてしまっては、リゲルも断る術はない。


リゲルが最後に案内したのは自分の家。家族が住まう小さな一軒家だった。


「父さん、レオルさまをお連れしました」


中へ入ると、通路の狭さと天井の低さに驚くレオル。どこか暗い雰囲気が窺えるが、こちらの方が機能的でよさそうだと思っていた。


「レオルさま! よくぞ参られました、リゲルの父、シュガルクと申します! 

さあ、こちらへどうぞ!」


すると、頰の皺が目立つリゲルを少し大人っぽくした男性が現れ、大きく頭を下げてから室内を案内してくれた。


「申し訳ありません、何もないところで大変恐縮ですが」


「いやいや、今日は僕が挨拶をしたくて来たんだ。気にする必要はないよ」


「そういうわけにはいきませぬ、レオルさまに失礼があれば息子に怒られてしまいますから」


「父さん! 余計なこと言わなくていいよ!」


口を挟むリゲルのいつもとは違う表情を見て、笑みを浮かべてしまうレオル。

温かな家族の触れ合いはどこにでもある。貴族だろうと平民だろうと違いはない。そんな当たり前のことをレオルは改めて感じることができた。


感じることができたからこそ、レオルははっきり言わねばならない。


「今日ここへ来たのは、僕の旅にリゲルの同行を許していただきたかったからです」


丁寧な口調でレオルが話し始めると、にこやかだったシュガルクの表情が真顔に戻る。息子を思いやる父の表情へ変わる。


一瞬言葉に詰まったレオルだったが、一呼吸置いてから話を始める。ロードファリア家に仕える仕事ではないこと、支給される賃金が減ってしまうこと、しばらくリゲルが戻れなくなること。


一通り話し終えると、シュガルクは1度リゲルに目を移してから、レオルを見た。


「レオルさま。大変恐縮ですが、私が初めてこの話を聞いたとき、正直反対しておりました」


予想外とは決して思わなかった。レオルはしっかりシュガルクへ視線を返す。


「メリットデメリットの話ではありません。ただ単純に、息子の安全が保証されていない旅だからです。それどころかリゲルが身を挺してレオルさまを守る立場なのだと思うと、その役割は重く感じておりました」


厳しい言葉が飛んできて、レオルは少なからずホッとした。ロードファリア家相手だからと思考停止で了承してくれているわけではない。一生懸命考えてくれていることがレオルは嬉しかった。


「ですが息子が言うのです。『そんなことは関係ない。レオルさまを1人にはしておけない』と。驚きました、研修のような形で働かせていただいているロードファリア家でそこまで慕う主人ができているなんて。そこまで真剣な気持ちを聞かされて、私も覚悟を決めました」


そう言って、シュガルクはレオルに向けて頭を下げた。


「息子を、よろしくお願いいたします」


「……こちらこそ。しばらくお預かりいたします」


リゲルの思いを改めて受け、感極まったレオル。父の考えをひっくり返すほどに自分を慕ってくれているのかと思うと、心が温かくなった。


リゲルへ目を向けると、照れ臭そうに頭を搔いていた。シュガルクがレオルへ自分たちの会話を晒してしまったからである。


そんなリゲルの姿を見て、レオルは安らぎを得るのであった。



―*―



「レオルさま! こちらですよ!」


タフナ村から馬車で10分、リゲルにロトリア村へ送ってもらったレオルは、早速私服姿のマリンに声を掛けられた。


「こんにちは、マリンは今日も元気だね」


「はい! レオルさまとお会いするときはいつも元気です!」


ニコニコと笑みを絶やさないマリンへ着いていくと、一軒の家に到着するレオル。大きさはリゲルの家とそれほど変わらないように見えた。


「どうぞ! 中へお入りください!」


「うん、ありがとう」


マリンの手ほどきのもと中へ入っていくと、マリンの母らしき人物がすこしおどおどしながら佇んでいた。


「れ、レオルさま! この度はこんな辺鄙な村まで足を運んでいただきありがとうございます!」


勢いよく頭を下げる母の姿を見て、マリンは呆れていた。


「お母さん、レオルさまはそういうの気にしないからもっと自然体でいいんだよ?」


「なっ、そういうわけにはいかないでしょう! あなたがどれだけレオルさまにご迷惑かけてるか……」


「わー聞こえませーん、私はおばあちゃん呼んできまーす」


いつも通りのマリンと恐縮して声を上げる母の姿を見て、レオルは少し驚いていた。マリンはもう少し、母へ苦手意識を持っているのかと思っていた。


「レオルさま、マリンのこといつも本当にありがとうございます!」


マリンが場を離れると、マリンの母が恭しくレオルへ頭を下げた。


「ずっと手の掛かる子でしたけど、レオルさまにお仕えしてからあの子、本当に立派になって。あの子の親として、レオルさまには感謝してもし足りないのです」


「そんな、僕は何もしてません。マリンが人一倍努力したからです」


「そのきっかけをくださったのがレオルさまです。あの子ったら、本当にレオルさまの話しかしないですから」


マリンが自分を慕ってくれているのは態度から見ても充分理解していたが、こうして第三者から耳に入るのは新鮮だった。そしてマリンからの評価は何ら変わらない、彼女は表裏なくレオル一筋である。


「レオルさま! おばあちゃん連れてきました!」


少しすると笑顔を浮かべながらマリンが現われた。杖をついて一緒に現われたのは、少しふくよかな優しい面持ちの女性。瑠璃色の髪が少し白みがかっているが、マリンと同じ髪の色だと分かる。


「レオルさま、よくぞいらっしゃいました」


「こちらこそ、お会いできて光栄です」


マリンがよく話していた祖母、カタリア。そのせいか初めて会ったような気はせず、差し出された手を無意識にレオルは握っていた。


「レオルさま、私はずっと、レオルさまにお礼を述べたかったのです」


「お礼?」


「はい、泣き虫で弱虫のマリンを変えてくださったのは他でもないレオルさまでしょう?」


深みのある温かい声だった。聞いているだけで癒やされるようだった。


「そんなマリンがよく笑うようになって、元気になって、私は、私は……!」


そう言いながら、カタリアはポロポロと涙を流した。


「ごめんなさいねえ、そういうつもりじゃなかったんだけどねえ……」


カタリアの涙を見て、いかに家族がマリンを想っていたかを理解するレオル。

家柄上メイドとして働かざるを得ないマリン。だが彼女は、自分にはその才能がないと思っていた。

怒られるばかりで成長する兆しもない。祖母には泣きながら止めたいと主張する日々。


『おばあちゃん私、メイド頑張れるかも!』


その日を境に増えたマリンの笑顔。成長する姿。これらの過程を全て見てきたからこそ、カタリアは涙を隠せなかったのだろう。自分の孫が救われて、心から安堵したのだろう。


だからマリンたちにとって、()()()()()()は違っていた。


レオルがマリンの家族へ旅の同行をお願いをする日ではない。

マリンが、カタリアが、レオルへの同行をお願いする日だった。


「レオルさま、私の孫をどうか、よろしくお願いいたします。あなたのために、どこまでも頑張れる子ですから」


気付けば3人が、同じようにレオルへ頭を下げていた。マリンの幸せを信じた、心からの礼だった。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


レオルも負けずに、深々と頭を下げる。そのお辞儀に全ての気持ちをこめる。


救われたのはマリンだけじゃない。自分だってあの瞬間、マリンに救われたのだから。




こうしてレオルは、自分の使用人(かぞく)たちの家族へ、無事挨拶を済ませることができたのであった。

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