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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
3章 3つの絶望、1つの希望
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25話 3つ目ー忘却ー

翌日レオルは、医者にかかるためリゲルとともに馬車に乗って移動していた。


ぼんやりと外の景色を見ているレオルの身体は、馬車が揺れるのに合わせて大きく揺れていた。まるで人形のように身体に力が入っていない。


そんなレオルを見て、リゲルはできるだけ場が暗くならないよう努めていた。理由は、1日前に遡る。



―*―



昨日リゲルがレオルの部屋に入ると、レオルとマリンが抱き合っている光景が目に入った。

一瞬マリンへ注意に入ろうとしたリゲルだったが、いつもと様子が違うことがすぐに分かった。

レオルの方が強くマリンへ寄り添っている、普段とは逆、そんなことは今まで一度もなかった。


――――ただ事ではないことは、容易に理解出来た。


そもそもレオルは王城へ行っていたはず、そこで何かあったのだろうか。


「マリン」


「リゲルさん……」


こちらを向いたマリンの瞳は涙に濡れている。


「何があった。レオルさまに、何が……」


そしてリゲルは、マリンから全てを聞かされた。


レオルがフェリエルを危険に晒したという理由で、王城への立ち入りを禁止にされたこと。

そして、今日目が覚めたら、セカンドスクエアを使用できなくなっていたこと。


「……どうして」


リゲルは呆気に取られてうまく言葉を紡げなかった。

何が起きたら、そこまでの不幸が自分の主を襲うのか。つい最近、恩師を亡くしたばかりではないのか。

本当にレオルが姫を危険に晒したのか、それが何より信じられない。自分の主がそんなことをする人間ではないのは誰よりも理解しているつもりだ。


そしてセカンドスクエアの件、話を聞いても理解できない。今までそんな事例があったのか、治療すれば再び使用できるようになるのか。

貴族はセカンドスクエアを扱えるからその地位につくことができる。このままずっと治らなければ、レオルはどうなってしまうのか。



「……ありがとうマリン、もう大丈夫だよ」



そこでレオルが、笑みを浮かべてマリンから離れた。目元は、今まで見たことないほどに赤く晴れ上がっていた。こんなにも痛々しい笑顔は初めてだった。


「レオルさま……」


「母様に報告してくるよ、何か妙案をいただけるかもしれないし」


レオルは目元を拭って、部屋の扉の方へ歩いて行く。リゲルもマリンも、その背中をただ見ている他なかった。


「そうだ」


ドアノブを握ったレオルが何かを思い出したように振り返った。困ったような、申し訳なさそうな笑顔だった。



「ゴメンねマリン、一緒に屋台行けなくて」



その言葉を受けて、マリンは再び涙を堪えきれなくなった。


「いいんですよそんなことはぁ…………どうしてレオルさまはいつも、いつもいつもぉ……!」


レオルの言葉の意味は分からなかったが、マリンが泣いた理由はリゲルにも理解出来た。

こんな大事に、どうしてご自愛してくれないのか。どうして自分を優先して考えてくれないのか。


「マリン、分かってるな」


レオルが部屋を出て行ってから、リゲルはこれ以上ないほどに低い声でマリンに告げた。


「レオルさまの前で哀しげな表情は絶対浮かべるな。レオルさまがいつも通り振る舞われる限り、絶対だ」


「……はい、分かってます」


2人の会話は、これ以上続くことはなかった。



―*―



自分のことだけを考えてほしいという思いから、リゲルは努めて平常に振る舞おうとした。それがレオルにとって一番であると信じて。


対してレオルは、昨日見た母の顔が頭から離れずにいた。

自分がセカンドスクエアを使用できないと知ったとき、右手を動かしても何もできないとき、ソフィリアは息子相手に表情を隠せなかった。



『なんで……なんで……』



レオルと同じ反応を、この上なく青ざめた様子で行っていた。王城への立ち入りを禁止されたときのように、レオルをフォローする余裕などなかった。


無理もない。例え王城へ入れなくとも、貴族として活動することはいくらでもできる。ミストレス王国に貢献する方法はいくらでもある。

だがそれは、セカンドスクエアが使える前提。使用できるからこそ、いろんな選択肢がある。


使えなければ選択肢はない。貴族として活動することなどできない。この問題がどうにもならないなら、レオルは貴族として生きることはできない。


だからレオルは、王都から離れた街の方へ向かい、医師に診断してもらうことにした。レオル・ロードファリアとしてでなく、一貴族として。


あれだけ優雅にウィグを使用していた少年がセカンドスクエアを使えなくなったとなれば大きな騒ぎとなる。そのためにソフィリアは同行しなかったし、人の多い王都へは向かわなかった。


レオルは口元を覆い、誰にもバレないよう気持ちを引き締める。自分の身に起きたことはそれほど大きな事態であると、改めて自覚した。



―*―



結果から言えば、何の成果も得ることはできなかった。

異常なし。今日かかった3人の医師が全員そう言った。レオルのような事例に立ち会った人間がおらず、本当にセカンドスクエアを使用できていたのかと、疑う者もいた。

ロードファリア家の人間だとバレなかったことが唯一の救いだった。


レオルは焦る。母の様子からある程度は想定できていたが、医師を尋ねても何も分からなかった。2度とセカンドスクエアの使用ができないと言われているような気分になった。


もしそうなったら、ロードファリア家として微力を尽くすことさえできなくなる。自分の生きる意味が、なくなってしまう。


そんなときだった。シストリアからコールが掛かってきたのは。


レオルは別の意味で焦る。妹2人には、よっぽどのことがない限りコールはしないよう伝えてある。

つまり今、よっぽどのことが起きている。


「シスト! 何かあったの!?」


コールを取ると同時に、レオルはすぐさま声を荒げた。自分の中の狼狽が声を荒くした。


『お兄さま! すぐに、すぐに戻ってきてください!!』


「落ち着いてシスト、何があったか言ってみて」


泣きじゃくる妹の声を聞いて、幾分か冷静になったレオルが優しく問いかける。


その返答は、あまりに辛く、予想外のものだった。



『お母様が……お母様が!!』



―*―



ソフィリアが倒れたのは、シストリアがコールする30分ほど前のことだった。清掃に来たメイドから報告を受け、すぐさまレオルへ連絡したようだ。


「母様……なんで母様が……!」


馬車で急いで自宅に戻りながら、レオルは両手を重ねて強く祈った。

どうか母が無事であるように。すぐに元気な様子を見せてくれるように。


そしてレオルは、自責の念に駆られてしまう。自分があんな報告をしたせいで、母は倒れてしまったのかもしれない。そう思うと、ますます悲しみが増してきた。


崩壊が始まっている。フラーナの死後、何かがおかしくなっている。現実逃避を考えたくなるほど、レオルの心もギリギリだった。


ここでソフィリアに何かがあれば、レオルの心は壊れてしまうかもしれない。いつも支えてくれた母を失うようなことがあれば、何もかも終わってしまう。


「母様……どうかご無事で……!」


「大丈夫です。奥様があなたを置いていくはずがありません!」


リゲルの抱擁を受けながら、レオルはひたすら祈り続けた。


それ以外に、できることはなかった。



―*―



「母様!!」


シストリアから連絡を受けて2時間弱、レオルはようやく実家に戻ることが出来た。

ソフィリアの部屋へ入ると、ベッドの前に並ぶ椅子に座る妹たちとマリンの姿があった。


「お兄さま!!」


「兄さま!」


エストリアとシストリアが瞳を潤ませてレオルへ駆け寄ってくる。2人を優しく抱きしめると、レオルはマリンへ視線を向けた。


「マリン、母様の様態は」


「ご安心ください、ただの過労のようです」


マリンの穏やかな笑みを見て、レオルは緊張の糸が切れたように2人の妹に寄りかかった。


「よ、よかった……」


「お、お兄さま……」


「重い……」


「わわ、ゴメンゴメン!」


妹たちから離れると、レオルは椅子に座って母の様子を見る。確かに、顔色を見る限りそこまで深刻そうには見えなかった。


しかしながら、ソフィリアが無理をしていたのは間違いない。でなければ倒れるような事態に発展するはずがない。

もっと休憩を取ってもらおう、レオルは母が起きたらそう伝えると決めた。医師から異常がないと言われたことは、少し時間を置いてから話すことにする。今は余計な心労を増やすときではない。



「んん……」



その時、ソフィリアの口から僅かに声が漏れた。


「母様!!」


レオルと妹たちが同時にベッドに寄り添い、母の手を握る。その音と熱に反応したのか、ソフィリアはゆっくりと目を開いた。


「母様……よかった……本当によかった……」


泣きそうになるのを堪えながら、レオルは母の目覚めをこの上なく喜んだ。


目の合った母は少し戸惑っているように見えたが、気を失っていたときのことを思い出しているのかもしれない。レオルもそうだった。


だから気が付かなかった、母の動揺を。


ソフィリアの口から言われるまで誰も気付かなかった、変化。


人生を狂わせるほど衝撃的な一言を、彼女は言った。







「…………誰?」







――――――自分に言われたと気付くまで、レオルは数秒時間を要した。


母の視線が自分から動いて離れない、そのおかげでようやく理解出来た。



「……な、何を、言ってるんですか……?」



声が震えた。

そんなはずはないと思いながらも、声の震えは止められなかった。


だがしかし、ソフィリアの瞳には怯えの感情が見えるだけ。知らない人間が、屋敷に入り込んでいる事実に。


「奥様!! こんなときに冗談はおやめください!!」


力強い声で割って入ったのはリゲル。この場の人間全てをびくつかせるような怒号が、ソフィリアの部屋の中に響き渡る。


「レオルさまです、あなたの息子です! あなたが大事に育てた、ロードファリア家の嫡男ですよ!?」


必死に声を上げるリゲルを見て、エストリアもシストリアも、マリンもことの重大さを理解し始めた。


そんなはずはないと思いながらも、ソフィリアの表情が変わらないことに恐怖する3人。


そして――――――絶望を呼ぶ宣告がレオルの耳へ届く。





「何を言ってるのリゲル? 私の子どもはエストとシストだけよ?」





ああ――――――――そうか。



レオルはゆっくりと、その現実を受け入れた。もはや言い間違いではない。母の口から、はっきりとそう告げられた。



「奥様!! よく見てください! レオルさまですよ、あなたがずっと愛されたレオルさまです!!」


「うるさいわよリゲル、さっきからずっと。それよりこの子は誰? どうして屋敷に入っているのかしら? 誰の許可を得て入れているの?」


「お母様!! お兄さまです!! 私たちのお兄さまです!!」


「うるさい! 知らないと言っているでしょう、早くその子追い出しなさい!」


「母様!!」


「早く!! 今すぐに!!」



誰もがソフィリアに食い下がる状況下で、レオルだけが母の言うことを聞くように立ち上がった。その足は少しずつ、部屋の出口へと向かっていく。


「レオルさま、お待ちください!!」


「お兄さま待って、行かないで!!」


引き留める声に耳を傾けず、レオルは扉を開けてソフィリアの部屋から外へ出た。


「はは、あはははは…………」


もはやレオルは、乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。ここまでの現実を突きつけられて、笑うしかできなかった。


あの空間で堪えていた涙が、この場でようやく放たれる。その間もレオルは、口元だけは緩んでどうにもならない。


レオルの心は、完璧に崩れ去ってしまう。今まで耐えてきたのが不思議なほどに崩壊する。






そしてソフィリア・ロードファリアは、完全にレオル・ロードファリアの記憶を失っていた。

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