24話 2つ目ー喪失ー
「ディアロット、貴様!!」
フェリエルの無断外出の件に幕を下ろした後、レイブンはディアロットへ強く詰め寄っていた。
ディアロットの胸元を掴みかかる厳しい形相は、さながら鬼のようであった。
「何故だ! 何故レオル君に伝えなかった!? 何故レオル君を見捨てたのだ!?」
「見捨ててなどいません」
「ならば何故!?」
「レオルが望んだのです、決してフェリエル様のせいにはできないと」
「レオル君が、望んだ……?」
その言葉を聞いて、レイブンは呆然と膝を床に着いた。
「……どうして、どうしてあの子は自分を苦しめるのだ……彼は悪くない、だからこそ割って入るべきだと思っているのに……」
「王のご厚意、大変痛み入ります。ですが、それではダメなのです」
ディアロットは、腰を落とすレイブンに視線を合わせるよう片膝をついた。
「誰が先導したかなど、大きな意味はありません。レオルと姫様が外出し危険な目に遭った以上、レオルは罰せられなければならない」
「何故だ……?」
「王家に不信感を与えないためです」
ディアロットは、常々不安に思っていることがあった。
それは、王家がロードファリア家と必要以上に接していること。
王族と貴族が手を取り合い国を守ることは大切なことだが、必要以上に馴れ合ってはいけない。
王は民を導くもの。平等に民に接するもの。その理を曲げれば、王には誰もついてこなくなってしまう。
「力尽くで姫様を止めなかった以上、レオルも同罪です。姫様を危険に晒す人間が、王城へ入ることはできません」
「っ!」
レイブンは、思い切り拳を床に打ち付けた。ぶつけようのない怒りを全て発散させるように。
「ディアロットよ……先ほどここを去る際、レオル君は私になんて言ったと思う?」
王城へ入ることを禁止した相手。七貴隊への入隊を摘んだ相手。レオルの夢を奪った相手。
その相手に、レオルは1つお願いした。
『このこと、できるだけフェリエル様にお伝えするのを遅らせていただけないでしょうか? フラーナ様のことが落ち着くまででいいですから』
「厳しい宣告を受けてなお他人を思いやれる人間が、この国に不要なはずがないだろう……! どうしてお前もレオル君も、そんなに自分を追い詰めるのだ……!」
ミストレス王としての心からの叫び。
ディアロットもレオルも大切な人間だからこそ、王族を守るために自己犠牲する姿を容認できなかった。
「――――レオルのことなら心配はいりません」
しかしながらディアロットは、レイブンの曇りを晴らすように口元を緩めた。
「確かに今、レオルは進む先を失ってしまった。心に大きな穴が開いている状況でしょう。だが、そうなったらそうなったで、レオルは新しい道を作ることができる人間です。例え王城へ入らなくとも、七貴隊員にならなくとも、ミストレス王国のために動いてみせます。私には勿体ない息子ですから」
厳しい言葉でレオルを非難していた父の、本当の想い。
できた息子ならば問題ないと、ディアロットは心の底から思っていた。
「私も私で、広く国を見る良い機会だったと捉えます。王都だけがミストレス王国ではありませんから」
「……本当に、お前たち親子は強いな」
「過去を悔やんでいるだけでは前へは進めませんので」
「そういうところが強いと言っているのだがな」
ディアロットは、馬車で先に帰宅している息子を思う。
彼ならば乗り越える。どんな苦難も乗り越える。
少なくとも今は、そんな風に考えていた。
―*―
「気にしなくていいのよレオル」
「えっ?」
帰ってすぐ、母に自分の処遇を伝えたレオルだったが、ソフィリアの表情には憂いはなかった。
「だってレオルは、フェリエル様を元気付けたかったのでしょう?」
ソフィリアの手が優しくレオルの頭を撫でる。いつもより少し、温かく感じた。
「確かにやり方は間違えていたかもしれない。他にいい方法があったかもしれない。でもね、あなたの気持ちは何も間違っていない。あなたがいなければ、フェリエル様は外に出たいとも思わなかったんだから」
「母様……!」
じんわりと目頭が熱くなる。
馬車での帰宅中、レオルはずっと後悔していた。
自分の我が儘で両親の夢を奪ったこと。そんなことなら、父の言葉を受け入れれば良かったと何度も思い返した。
だが、ソフィリアの温かい言葉を受けて再認識する。最適ではなかったにしろ、フェリエルのことを想って動いた自分は間違ってなかったと。
「フェリエル様に会いに行けないのは残念だけど、会いに来られる分には問題ないもの。否定的に考えすぎてはダメよ、レオル」
「はい、はい……!」
「こらこら、ベソかいてる暇はないんだからね。七貴隊に入れなくても、村の管理という立派な仕事があるんだから。ロードファリア家で管理している場所がいくつあるかレオル知ってる?」
「し、知らないです」
「それらの村を回ってたら時間がいくつあっても足りないんだからね。七貴隊がレオルをいらないっていうなら、こっちでバンバン働いてもらうんだから! セカンドスクエアを使えない私だとたまに舐められちゃうもの」
レオルを元気付けるよう、ソフィリアは大袈裟に現状の大変さを嘆いてみせる。
貴族として平民の管理をするのも立派な仕事、七貴隊だけが天職ではない。
王城への出入りを禁じられふさぎ込んでしまいそうなレオルだったが、一筋の光明が見えたような気がしていた。
―*―
ソフィリアから慰められた後、レオルは自室へ戻っていた。
人手が足りないと仕事を振りそうな勢いのソフィリアだったが、レオルが言われたのは休息を取ることだった。
目が覚めて急遽王城へ行くことになったため、レオルは充分に休憩を取れずにいた。当然ソフィリアもそれを心配し、今日一日は安静にするよう言われている。セカンドスクエアの鍛練も中止だ。
レオルはベッドに横になり、ぼんやり天井を見つめた。
そして、不甲斐なかった自分を省みる。
あの時自分が気絶しなかったら、このような事態には陥っていなかった。セカンドスクエアで対抗できていたら気を失ってなかったかもしれない、そういう意味で反省点は大きい。
結局レオルは、あの不思議な体験を誰にも話していない。気絶の理由をはっきりと聞かれていないこともあるが、それ以前に『あれ』をどう説明すればいいか分からなかった。
人型であったし、ケドラの森に生息する生き物ではない。とはいっても浮いていたし人間でもない。人間のような何かとしか言い様がなかった。
しかし問題はそこではなく、レオルが身体を固まらせてまったく対抗できなかったということである。
相手のなすがままで終わったことが一番省みるところである。
――――強くなりたいと、レオルは純粋に思った。
セカンドスクエアをもっと鍛練して、自分の実力に自信を持てれば、もっとうまく立ち回れたはずだ。だからこそレオルは、真っ先に強さを求めた。
真上に挙げた右手を、ゆっくり右側にスライドしていく。ソフィリアから安静と言われているが、レオルはすぐにでも鍛練がしたくなった。少しでも早く、自分を成長させたかった。
――――――そんな風に、前向きに考えたかった。
「……あれ?」
気のせいだと思った。
初めてゆっくり動かしたから、反応しなかったのだとレオルは思った。
ベッドの上で身体を起こし、いつものように右手を右側に動かす。それでセカンドスクエアが展開されるはずだった。
「……あ……れ?」
2度目の疑問は、声が震えた。
ベッドから下り、ゆっくり深呼吸をしてから軽く両足を開く。
そして再度、右手を水平に勢いよく走らせた。
だが、3度行っても、セカンドスクエアが展開されることはなかった。
「な、んで?」
意地になって、レオルは何度も右手を動かす。速度を変えて、高さを変えて、何度でも繰り返し手を動かす。
それにも関わらず、一切の反応はなし。既に見慣れた四角形は決して出現しない。
「……なんで?」
――――何の罰だと、レオルは思った。
確かに自分はフェリエルを危険に晒した。それは決して許されることではない。
だからこそ自分に、王城立入禁止という罰が下った。夢も目標も失うことになった。
これが自分に与えられた罰ではないのか。
「なんで……?」
なのにどうして。
これ以上自分から何を奪う。
どれだけ奪えば気が済む。どれだけ奪われれば納得する。
――――どれだけ苦しめば、罪を償ったことになる?
「なんで……なんで……!」
無理だった。
取り繕うなど不可能だった。
夢を失った直後のこの喪失は、レオルが堪えきれる限界を完全に越えていた。
「なんでなんだああああああああああああああああああああああああああ!!!」
屋敷全体に轟くような声が、レオルの部屋に広がった。両手を強く床に打ち付けたまま、レオルの叫びは止まらない。
「レオルさま!! どうされましたか!?」
レオルの部屋に向かっていたマリンが、レオルの声を聞きつけ急いで部屋に入る。
入ってきたマリンを見て、レオルは完全に崩壊した。大粒の涙を流しながらマリンに思い切り抱きついた。
「どうじようマリン! 僕、ダメダメになっだ、ポンコツになっぢゃったよぉ!!」
初めて見る主の慟哭。言葉もままならない湿った声。その年相応の姿はあまりに辛く哀しく、マリンをもらい泣きさせるには充分だった。
「大丈夫です! レオルさまはダメダメなんかじゃないです! このマリンが命を懸けて保証します!」
「マリン……マリン……!」
「はい、マリンはこちらにおります。ずっとレオルさまのお側におります」
「う、うう、うわあああああああああああああ!!」
レオルを包み込むように、マリンはただ優しくレオルを抱きしめる。事情が分からずともただ事でないことは容易に判断できる。それほどまでに、普段のレオルとは似ても似つかぬ行動だった。
王城への立ち入りを禁止となったその日。
レオル・ロードファリアは、セカンド・スクエアが使えなくなっていた。




