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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
3章 3つの絶望、1つの希望
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23話 1つ目ー剥奪ー

真っ暗闇の中にいた。

前を進んでも後ろを向いても何もない。出口のないその場所は暑くもなく寒くもなく、ただ孤独感だけを与えていた。


しばらく進んで途方に暮れていたとき、耳元で声を聞いた。


『いいの、立ち止まって?』


振り返った先にいたのは、ふわふわ浮かぶ桃色の髪の女性。どこかで見たはずの女性。

前髪で目許を隠したその女性は、口元を緩めて囁いた。



『もう全て、手遅れになっているわよ?』



「はっ!?」



目が覚めると、レオルは見慣れた部屋のベッドで身体を伏せていた。

自室ではなく母、ソフィリアの部屋。嫌な夢を見ていたのか、汗をじんわりと搔いていた。

上体を起こし視線を左右に振ると、机に向かって筆を走らせるソフィリアと、驚いたように目を丸くするマリンの姿があった。


「奥様!! レオルさまがお目覚めになりました!」


瞳にいっぱい涙を溜めたマリンが、仕事をしているソフィリアへ早速声をかける。


「私、旦那様にお声がけしてきます!」


「レオル!」


部屋の外へ出て行ったマリンと入れ替わるようにベッドに寄り添うソフィリア。

レオルの無事を確認すると、その身体を強く抱きしめた。


「良かった……! 本当に良かった!」


「母様……」


「フラーナが亡くなったばかりで……あなたまでいなくなったらもう私!」


「申し訳ありません……!」


母の愛情を心の底から感じ、レオルは精一杯母へ謝罪した。

そしてすぐに思い出す、どうして自分が気絶してしまっていたのかを。


「フェリエル様は!? ご無事なのですか!?」


ソフィリアの抱擁を無理に解くと、声を荒げてレオルは尋ねた。


「まったくもう、こんなときくらい我が身を心配なさい」


「母様!!」


「心配いらないわ、無事よ。あなたと違ってその日のうちに目覚めてるんだから」


「そう、ですかぁ……」


母の言葉を聞いて安堵の溜め息を漏らすレオル。

フェリエルが無事、この状況において何にも勝る吉報だった。


その後レオルは、自分が丸2日間眠り続けていたとソフィリアに聞かされた。うなされることも多々あり、本当に何事もなく目覚めるのか心配だったと母は言う。


「とにかくしばらくは休みなさい、セカンドスクエアの鍛練もダメよ。少しでも頑張ろうとしたら母様怒っちゃうから」


「は、はい……」


無茶をしたこと、本当はもっと叱りたかっただろうが、ソフィリアはあくまで優しかった。それほどまでに、無事だったことが嬉しかったのかもしれない。


レオルとしても反省しなくてはいけない。フェリエルからのお願いだったとはいえ大きな無茶をしたこと。その結果、フェリエルを危険に晒したこと。とてもじゃないが簡単に許されることではない。



――――そう、簡単に許されることではなかった。



「レオル、起きたか」


マリンに呼ばれてソフィリアの部屋に来たディアロットは、少しだけ表情が硬かった。


「父さ……」


「起きて早々で悪いが、今すぐ王城へ向かうことはできるか?」


「えっ?」


「ちょっとあなた、レオルは目覚めたばかりなのよ?」


状況を理解出来ていないレオルを庇うように割って入るソフィリア。

だが妻を見るディアロットの視線は怖いくらいに落ち着いていた。


「ソフィリア、どうして何も話していない? 今がどれだけ大変な状況か理解していないわけではないだろう」


「っ……!」


ソフィリアはディアロットから視線を外し、唇を軽く噛んだ。夫の言っている意味が分かっているからこそ、現状をレオルへ話すことができなかった。


「父様、教えてください。どうして僕は王城へ向かわねばならないのでしょうか?」


そう言いながらも、レオルは心の中で理解できていた。

目覚めてこの場所に居たということは、他者の介入があったということ。

つまり、フェリエルの外出が公になっているということ。そのフェリエルと一緒に居たレオルへ事情説明を求めるのは当然である。


「そうだな、できるだけ簡潔に話そうか」


そう前置きしてから、ディアロットは状況を短く整理した。


ケドラの森が謎の発光をしたことにより中へ探索を始めた七貴隊員。その時、気絶して倒れているフェリエルとレオルを発見したそうだ。

七貴隊はこのことを重く受け止めた。一国の姫を無断外出させ、あまつさえ危険に晒したレオル・ロードファリアを刑に処すると判断した。


「レオル、どうして姫様と外出した? 事と次第によってはお前の将来に大きく関わることだ」


父の目は厳しく、いつもの優しさは感じられない。当然である、自身の息子が姫に危険を負わせたのだから。


レオルがフェリエルと外出したのは、フェリエルがそうしたいと懇願したからだ。フラーナに会いたいと言い、レオルに一緒に着いてきて欲しいと言ったからだ。


「……僕が、フェリエル様を連れ出しました。フラーナ様のことで元気のないフェリエル様が少しでも元気になっていただけるようにと」


だがレオルは、その事実を口にすることはなかった。

彼女は何も悪くない。悪いのは全て、彼女を守り切れなかったレオル・ロードファリア他ならない。


「ソフィリア、マリン。1度席を外してくれないか?」


「えっ?」


「レオルと1対1で話したい」


「……分かりました。マリン、行くわよ」


「は、はい」


ディアロットの要望により、席を外してくれたソフィリアとマリン。

1対1位でさらなる緊迫感が生まれるかと思ったレオルだったが、父の表情は先ほどより穏やかになっていた。


「レオル。私は王から話を聞いている」


「何を、でしょうか?」


「フェリエル様が、『レオルは悪くないから怒らないで欲しい』とずっと泣いて謝っていたそうだ。自分がレオルに命令したから、レオルは従う他なかったと」


「っ!」


ディアロットは初めから分かっていてレオルに質問していた。

その答えがフェリエルを庇うものだったから、彼はこうして優しく話しかけることができている。


「刑に処すると言ったが、その事をレオルから話せば王がフォローしてくださると言っている。レオルを悪いようにしたくないという王の計らいだ」


「……レイブン様の……」


確かに、嘘を言うわけではなく、フェリエルの言うことが事実。逆らえない従者が刑に処されるというのはあまりに理不尽、王家はそう考えてくれている。


「だからレオル、もう1度聞かせてくれ。姫様を守ろうとする従者としてでなく、私の息子として答えてほしい。どうして姫様と外出した? 本当のことをお前の口から聞かせてくれ」


もう既に場は整えてある。レオル・ロードファリアが刑に処されないよう動いてくれている。

ならばいいのではないのか。自分の口から、本当のことを言って。誰だって我が身が可愛い、姫様を連れ出したと怒られたくはない。

言おう、言ってしまおう。自分は悪くなかったと。フェリエルに頼まれて、だから自分は、自分は――――




『レオルが守ってくれるんでしょ、それなら大丈夫よ』




「僕がフェリエル様を連れ出しました」


「レオル……?」


「僕が連れ出したんです。フェリエル様は何も悪くありません」


口から出かかった言葉は、たった1つの回想で大きくすり替わる。

レオルにとっては、それほどまでに重い言葉だった。


「だって、フェリエル様は本当に悪くないんです! フラーナ様にお会いしたかっただけで、何も悪くない! ただでさえ辛い境遇の彼女が怒られるなんておかしいです! 彼女が怒られるくらいなら、彼女がこれ以上辛い目に遭うくらいなら…………僕が代わりに怒られます」


「レオル……」


「フェリエルさまを守れなかった、僕にも責任があるのだから」


もはや事実などどうでもよかった。フェリエル・ミストレスを守れるかどうか、レオルを動かすのはその一心だった。


とはいえ我が儘過ぎるレオルの返答。王のフォローを無駄にする自分勝手な思い。レオル自身、父に叱られても仕方がないと思っていた。



「……よく言った、レオル」



だが、レオルに降り注いだのは、他でもない賞賛の言葉だった。

ディアロットは、心の底から我が子に敬意を示していた。


「お前の気持ちはよく分かった、王城でもそのまま気持ちを伝えれば良い」


「……いいのですか? そんなことをすれば、僕は、ロードファリア家は」


「――――いいんだよ、レオル」


父は、レオルを慰めるわけでもなく、正当化するわけでもなく、自分に語りかけるように呟いた。


「今までが順風満帆過ぎた。そろそろ罰が下りてもいい頃だと思っていた」


「えっ?」


「こっちの話だ。レオル、すぐ王城へ向かうから準備しなさい」


「は、はい!」


父の発言の意味を理解出来ないまま、一旦自室へと向かうことを決めたレオル。

しかしながら、この日の父の言葉などレオルの頭には残らない。


それほどまでに、今日という日はレオルを地獄の底へと追いやっていくのだった。



―*―



王城へ着いたレオルとディアロットは、早速ミストレス王の待つ居室へと案内された。

そこには、二卿三旗でありローラルド地方北部の七貴隊長を務めるノータス・ロストロスの姿があった。

彼の部下が、フェリエルとレオルを見つけて保護してくれたのだという。


「遅くなり申し訳ありません、レオル・ロードファリアをこの場へ連れてきました」


急だったこともあり、他の七貴隊隊長はこの場に居ない。フェリエルの姿も見られなかった。

だが既に、レオルの処遇についてはまとめ終わった後のようだ。


「レオル・ロードファリア、貴公はフェリエル・ミストレス王女を無断で外に連れ出し、危険を及ぼした。その認識に間違いはないか?」


「ありません」


王座に座っていたレイブンが狼狽えた表情をする。レオルが予想外の返答をしたためであろう。


「何か言いたいことはあるか、レオル・ロードファリアよ」


「言い訳になりますが、フェリエル様を危険に晒すつもりはありませんでした。結果としてそのようなことになってしまったこと、深く反省しております」


「成る程、事実として受け止めるということでいいのだな?」


「待て、ノータス」


話の進行をするノータスを止めたのはミストレス王だった。


「レオルよ、本当に言い残すことはないのか?」


「はい、言いたいことは先ほど全て言わせていただきました」


「ディアロット! 貴公は、貴公に言いたいことはないのか!?」


声が上擦ってしまうレイブンに対し、


「何もありません。息子同様、処分をお願いいたします」


ディアロットは彼の望む返答はしなかった。


これ以上、ロードファリア家を救う手立てはない。


「ミストレス王よ、これ以上話すことはございませぬ。判決の程、よろしくお願いいたします」


「っっっ!!」


レイブンは苦悩した。だが公平な場で、私情を挟むことなど許されない。王家がそんなことを行えば国が崩壊する。国と個人、到底天秤にかけることなどできやしない。


レイブンは、この上なく辛い宣告をする他なかった。


「ディアロット・ロードファリア。貴公は息子の監督不行き届きとして、王直属護衛を解任、ワートリア地方副隊長へ任命する」


「はい」


その宣告を、レオルは自分事のように重く受け止めた。王の護衛という誉れを戴いていた父は、それを手放すことになった。


「そして、レオル・ロードファリア。貴公は、貴公は…………!」


何度も言葉を繰り返し、先に続くのを躊躇ったレイブン。

しかしながら、そんな小さな抵抗を繰り返すわけにもいかず、レイブンはレオルへ告げた。




「貴公は、このミストレス王城への進入を無期限禁止とする!」




――――分かっていた。並大抵でない罰が下されることはレオルも分かっていた。


だからこそ覚悟を決めたつもりだった。どんなことを言われても平気な振りをすると。それがミストレス王の善意を踏みにじったせめてもの償いだと。



でも、無理だった。レオルは目許が熱くなるのを堪えることができなかった。



王城への立ち入り禁止。それすなわち――――レオルは七貴隊へ入隊することができないということ。

フェリエル・ミストレスの護衛が、一生叶わないということ。



それだけではない。



『父さんの場合は、王に仕えるという夢がずっと続いている状況だ。そこにレオルが来てくれるならこれ以上ないほど嬉しいぞ』



――――父の夢を奪い、



『父様と一緒にレオルが、王族に仕える姿を見るのが母様の夢だから』



――――母の夢を奪い、



『父様、母様、僕は目指します! フェリエルさまの元でフェリエルさまをお守りできるよう努力します!』



――――自らの夢を奪った。



抱いていたさまざまな想いが、全て打ち崩された。



レオル・ロードファリアは、齢9歳にして、生きる目標を完全に失ってしまった。


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