21話 運命の選択
「ゴメンねマリン、ただの移動に付き合わせちゃって」
「何を言いますか、レオルさまの頼みでしたらどこへでも、です!」
レオルはマリンと一緒に馬車に乗り、王都アルファリエへ向かっていた。ここ数日は毎日、このように移動を続けている。ソフィリアが毎日付き合えるわけではなかったので、今日はマリンに付き添いをお願いしていた。
フラーナを埋葬した日、レオルはレイブンに1つ頼まれていることがあった。
『フェリエルのこと頼めないかな? 私もできるだけ側に居てあげたいがそうも言っていられない。レオル君が一緒に居てくれるとすごく助かる』
最愛の母を失ったフェリエルの側へいること。レイブンはそれを王家の使用人ではなくレオルへ依頼した。同世代で今まで仲良くしてきたレオルの方が適任であると思ったからである。
しかしながら、ことはそう単純には進まなかった。
フラーナと別れを告げた翌日、レオルとソフィリアはフェリエルに会いに行ったが、部屋から顔を見せることはなかった。鍵が閉められているため中へ入ることもできない。部屋の外から呼びかけたが応答もなく、初日は諦めて帰る他なかった。
そんな日々が続いて4日目、だがレオルは決して挫けていない。
今誰よりも辛いのはフェリエルである、誰かに縋り付いてでも思いを吐き出したいはずである。ミストレス王に言われずとも、彼女を放っておくことなどレオルには到底できなかった。
「マリン、これ」
そろそろ王都に着くという頃合いで、レオルはマリンの手にあるものを置いた。
それは、レオルが食事用にとソフィリアからもらった銀貨2枚、決して安価ではないお金だった。
「そんな、いただけません! これはレオルさまが奥様からいただいたもので……」
「いいんだ、僕は使わないから。それよりマリンが僕を待ってる間に使っててほしい、ただ待たせるなんて申し訳ないし」
「それが私の仕事です! レオルさまは私を甘やかしすぎですよ!?」
「それだけのことはしてもらってるから、僕を立てると思ってもらってほしい」
大好きな主人からそう言われて、マリンが断れるはずもない。とはいえ自分1人で使うつもりもない、マリンはレオルの両手を握ってその瞳を見つめた。
「私、レオルさまのお勤めの間、美味しい屋台を探します」
「屋台?」
「軽食を出してくださるお店です。レオルさまがお戻りになられたらそこで食事がとれるように」
そこでレオルは、マリンの意図を理解した。
自分の要望を聞いてもらえなかったが、何よりマリンの気持ちが嬉しかった。
「ありがとうマリン、王城から戻ったら一緒に行こうね」
「はい! 飛びっきりのお店を探します!」
マリンと笑顔を交わし馬車から飛び降りるレオル。楽しい約束は結べた、後は自分の仕事をこなすだけである。
今日こそは、フェリエルと会うまで帰らないとレオルは決意した。
―*―
もはや細かいチェックを受けずとも城内へ入ることができるレオル。ミストレス王がレオルのことを伝達してくれているのかもしれないが、王家の聖域にあっさり入れるのはむず痒いものがあった。
「フェリエルさま! レオルです!」
いつものように長い廊下を歩き、レオルはあまり行き慣れていないフェリエルの部屋へ到着した。フラーナが生きていた頃はずっと、フラーナの部屋で交流していた。
扉の前に居る守衛に頭を下げてから昨日までのようにフェリエルへ声をかける。今日はフェリエルが怒って飛び出してくるまで粘るとレオルは決めている。会って話せれば、フェリエルの心も少しは軽く出来ると思うから。
「……あれ?」
呼びかけを始めてから数分、レオルはあることに気がついた。
扉の鍵が、閉まっていないのである。昨日までは間違いなく閉まっていたものが今日は開いている。
念のため守衛に確認を取るが、フェリエルは部屋の中にいるとのこと。フェリエルのミスかその他の思惑があるのか分からないが、これはチャンスである。
「……失礼します」
レオルは大きな扉をゆっくり開けて中へ入る。初めて入ったフェリエルの部屋は、フラーナの部屋と構造は一緒だった。しかしながら、本が辺り一面に散らかっていて足の踏み場がない。お姫様が暴れ回った跡が容易に見て取れた。
部屋をあれこれ見渡す前に、フェリエルは簡単に見つかった。ベッドの腰を背に、枕を抱えて蹲る少女の姿がそこにあった。
「フェリエル……」
フェリエルの姿を見て、レオルは心が痛くなった。長く美しい銀髪はくしゃくしゃに乱れており、瞳には一切光が宿っていない。レオルを捉えているように見えるが、認識しているのかどうかは定かではない。
「フェリエル、あの」
「……鍵、閉めて……」
「あっ、うん!」
聞き逃しそうになるほど掠れた声を聞いて、反射的に扉を施錠するレオル。本来許される行為ではないが、少しでもフェリエルを安心させられるよう行動したかった。
「…………」
だがそれ以上、フェリエルが口を紡ぐことはなかった。黒に染まった瞳は床を真っ直ぐ射貫くだけでレオルの完全に無視していた。
「フェリエル、その、フラーナ様のこと、本当に残念だった」
2人きりになったこともあり、レオルは言葉を崩してフェリエルへ話しかける。
「今のフェリエル、すごく辛いと思う。哀しくてどうにもならないと思う。でも僕思うんだ、フェリエルがずっとふさぎ込んだままだと、フラーナ様が天国から心配するんじゃないかって」
「……」
「フラーナ様はすごく頑張った。だから僕は、天国でゆっくり休んでてほしい。そのためにも、フェリエルはフラーナ様に元気な姿を見せなきゃダメなんだよ」
フェリエルに正面に屈んで思いを伝えるが、表情に変化は見られない。とても気持ちが伝わっているようには思えなかった。
「フェリエルはどうしたらフラーナ様が安心してくれると思う? 今までのことを考えればそれが」
「……もういい」
諦めずに声を掛けようと話を続けた瞬間、フェリエルが素っ気なく呟いた。
「レオル、あなたあたしを馬鹿にしすぎだわ。あたしがどうしてようと関係ない、天国なんて存在しないんだもの」
感情の起伏のない無機質な声。フェリエルは口だけを動かしてレオルへ反論する。
「こんな風に散らかしたって何も言われない。一日中部屋で寝てても誰も怒らない。それならそうする、何も考えずにそうしてる」
「そんな……!」
「あたしは悪くない……悪くないもの……」
抑揚なく話し続けていたフェリエルに変化が生じた。身体が震え始め、それに伴い声も僅かに震え始めた。
「御本を毎日読まなくていいし、嫌いな野菜も食べなくていい。お風呂に1分以上浸からなくていいし、セカンドスクエアの勉強もしなくていい。しなくたって怒られないもの。だって、だって……」
我慢の限界に到達したフェリエルは、気持ちを抑えることができなかった。
「だってもう! お母様は! いないんでしょう!?」
大粒の涙をこぼす彼女を見て、レオルは無意識にその身体を抱きしめた。自分は釣られて泣かないよう心に決めて。
「お母様に褒められたくていっぱい頑張ってきたのに! こんなの、こんなのってないよぉ……あんまりだよぉ……!」
「っ……!」
大切な人がこれだけ苦しんでいるのに、気の利いた言葉を何もかけてやれない自分に腹が立つレオル。しかしながら、彼女の気持ちが分かるなど口が裂けても言うことはできない。
自分が失ったのは先生、フェリエルが失ったのは母親である。
「お母様……お母様ああああああ!!」
だからせめてフェリエルの心が落ち着くまでこうしていようと、レオルは背中を摩りながら彼女の思いの丈を聞き続けるのであった。
―*―
「……お母様に、会いたい……」
少しだけ気持ちに余裕が出てきたフェリエルの第一声は、非常に非現実的な内容だった。
「フェリエル、それは……」
「違う。お母様のお墓に行きたい」
「ああ……」
数日前にフラーナを埋葬した王家の墓へ向かいたいという意であった。
それを断る理由はない、フェリエルが前を向き出しているというのなら後ろで支えるのがレオルの役目である。
「分かったよ、今から守衛さんにお願いして……」
そう言って立ち上がったレオルだったが、フェリエルがレオルの腕を取って引き留めた。首を左右に振って『違う』と主張する。
「あたしとレオルだけで行くの」
それは先ほどとは別の意味で現実的でない提案だった。
王家の外出には、七貴隊員による護衛が最低2名必要になる。レオルとフェリエルだけで外出したいと言ってもそれが了承されることはあり得ないだろう。
「それは無理だよ、レイブン様がお許しになられないだろうし」
「そんなこと分かってる。だからお父様には内緒で行くの」
「ええ!?」
確かにそれならば2人で外出することはできるが、レオルがそれを許すことができない。
「ダメだよ。これでもしフェリエルの身に何かあったら」
「レオルが守ってくれるんでしょ、それなら大丈夫よ」
「もちろんそうしたいけど、万が一ってこともあるし」
煮え切らない態度を取り続けると、フェリエルの瞳にうっすら涙が浮かんだ。
「……嫌なんだ、あたしと外出るの」
「えっ、違うよ! そうじゃなくて!」
「せっかくまた頑張ろうと思えたのに、レオルは応援してくれないんだ……」
こういう言い方をされるとレオルも参ってしまう。フェリエルを支えてあげたいと当然思っているが、このやり方は正しくない。多くの人に迷惑をかけてしまう恐れがある。
「もういい! 助けてくれないレオルなんていらない! あたし1人である行くからレオルは帰って! もう来なくていいから!」
何も返さないレオルに怒りを覚えたのか、フェリエルは立ち上がってレオルに追撃した。
わがままで勝手なお姫様の主張。だが、気持ちが揺れているレオルを動かすには充分だった。
「……分かった、僕も一緒に行く」
「ホント!?」
先程までむすっとしていたフェリエルの表情が嬉々とする。こんな反応をされてしまってはレオルも後には退けない。
「その代わり危ないと思ったらすぐ帰るからね」
「分かってるわそんなの。早速支度をするからついてきて」
そうしてレオルは、生気を取り戻しつつあるフェリエルの後に着いて行く。
彼女の背中を見ながら、何事もないことを祈るレオルなのであった。




