20話 自覚
その事実が明らかになった翌日、アルファリエには多くの人が集まった。その中でも一部の人間が、ミストレス王城へ入って別れを告げることが出来る。レオルのような子どもは、フェリエル以外にいないようだった。
告別式を王城で行い、埋葬する墓地へと移動する。アルファリエを北に移動し、少し小高い丘で馬車から降りる。振り返ると、ミストレス王城とアルファリエの半周を覆うように大きな森が視界に映る。ケドラの森と呼ばれるその場所は、王家の墓が集まるこの丘とも隣接していた。
人が一定数集まると、フラーナの入った棺桶が4人によって運ばれる。予め掘られた穴に慎重に収めると、今一度顔部分を皆に見えるよう公開した。
綺麗な顔立ち。衰弱もしておらず、眠っているだけと言われても信じてしまうほど、普段の彼女と変化はなかった。
その死はあまりに唐突だった。部屋で倒れているところを室内の掃除にきたメイドに発見されている。そのときには息があったものの、見つかるのがあまりに遅すぎた。急な気温の低下に対応できなかった彼女の身体は、時間の経過によって取り返しのつかないところまでいってしまったのである。
「妻、フラーナは気丈な女性だった」
黒の衣服に身を包んだミストレス王が、棺桶の隣に立ちながら、話を始めた。
「生まれつき身体が弱いことを感じさせないほどに明るく、太陽のような女性だった。生前最後に顔を見た時も、体調の不良などまるで感じさせなかった。亡くなることを私に想像させたことなど今までなかった、なかったのに……、っ……!」
そこで王は言葉を切り、天を仰いで目元を抑えた。涙を堪えようと励む姿を見て、周りの貴族たちが堪え切れなくなる。
「王家の不注意により人を死なせてしまったこと、本当に申し訳なく思う……! このような場を設けてしまったこと、国の代表として心より謝罪する……! せめて天国では元気な身体で過ごせることを、共に過ごしてきた家族として祈らせて欲しい!」
王の言葉が口火となり、会場中がフラーナの死を悼むように嗚咽を漏らす。フラーナ・ミストレスという人間がいかに愛され、いかに惜しまれているかが分かる光景であった。
しかしながら、レオルは僅かに口を開いたまま、何も考えることができずにいた。周りが泣こうと叫ぼうと、耳には何も残らなかった。1人だけ別の空間に取り残されたような感覚。
聡明なはずのレオルの心と身体は、フラーナ・ミストレスの死を未だ理解できずのいたのであった。
―*―
埋葬を終え、各々は馬車で帰宅を始める。
ディアロット、ソフィリア、レオルの3人も馬車に揺られながら移動を開始する。空は青く光り輝いているのに、馬車の中は静かでとても暗かった。
「ねえあなた、知ってる?」
抑揚のない声で、ソフィリアがディアロットに尋ねた。
「学生の頃、あの子あなたのこと好きだったのよ?」
「……知っているよ。想いを告げられたことがある」
「うん。泣きながら、私に頑張れって言ってくれたの。おかしいよね、そのときはライバルでもあったのに」
「……そうだな」
両親は学生の頃からフラーナと知り合いで、共通の話題を掘り下げていた。楽しげな雰囲気はまるで感じられなかった。
「それから少しして、レイブン様に見初められたこと、自慢してたなぁ」
「私にも言いにきてたよ、もうあなたなんて眼中にないからって楽しそうに」
「でもあの子、初めは断ったって知ってる?」
「王から聞いたよ、自分が病弱で、元気な子どもを産めないかもしれないからと」
「それでもいいから一緒になりたいと言われて本当に嬉しかったでしょうね、私たちに言いに来るくらいなんだから」
少しだけ、馬車内の空気が明るくなる。フラーナという女性が、張り詰めた空気を緩めてくれたからかもししれない。
「だから、フェリエル様が元気に産まれたときはこれ以上なく喜んでた」
「ずっと心配してたことだったからね。でも、そのまま終われなかった」
「うん」
第一子を無事授かったフラーナだったが、2人目以降は母胎の安全を保障できないと医師に言われたらしい。フラーナはそれでも構わないと主張したそうだが、当然レイブンがそれを許さなかった。結果フラーナは、王家として男の子を産むことができなかった。
「王が言っていたよ、あんなにボロボロに泣いたフラーナを見たのは初めてだって。これ以上子どもを産めないことを謝られて、それでもいいから一緒になったと改めて説明して」
「女の使命だからね、フラーナにも譲れないものがあったんだと思う。レイブン様の優しさに甘えちゃダメだと感じたのでしょうね」
「でも、だからこそ、2人は決意できたんだと思う」
これ以上の子どもを望めない。それならばやるべきことは最初から決まっている。
「フェリエル様に愛を育む、数日後にはあの子、それを言いながら笑ってたわ」
フラーナは男の子を産むことができないことを悔やんでいるだけ。生まれてきた我が子が男の子でないことを後悔したことはない。レイブンも同じ気持ちであり、フェリエルを次代の王として育てることに何の躊躇いもなかった。例え周りから何を言われようと、そのスタンスを変えるつもりはなかった。
――――だからこそ、それを言葉に出したとき、ソフィリアはずっと潜めてきた感情を堪えることができなかった。
「……そう言ってたのに、まだまだこれからだっていうのに、どうして死んじゃったのよ……!」
「ソフィリア……」
「フェリエル様はどうするのよ!? 貴女が一生懸命育てるんじゃなかったの!? あの方がどれだけ貴女を慕っていたか分かってるの!?」
たがが外れたように、自らの思いを吐露していくソフィリア。
そして気がついた。フェリエルを思って叫んだのではなく、ただ自分が寂しくて哀しくて信じたくなかったということに。
「学校を卒業しても長い付き合いでいようって言ったくせに、大丈夫っていつも言ってたくせに、馬鹿、馬鹿馬鹿、バカあああああああああああああああ!!」
気持ちを抑えられなくなったソフィリアは、ディアロットに縋り付くように涙を流した。王族を除けば一番フラーナと親しい付き合いをしていた彼女にとって、この喪失感は計り知れない。
レオルは、母が泣いている姿を初めてこの目にした。普段落ち着いている母の姿とは似ても似つかなかった。それほどまでに激しい感情を父にぶつけていた。
そしてレオルは、先ほどレイブンに言われたことを思い出す。
『レオル君、今日は来てくれてありがとう』
『い、いえ』
埋葬を終え皆が帰路に着こうとしていたところで、レオルはレイブンに声を掛けられた。いつものように、ハキハキと返答することができなかった。
『レオル君にはどうしても話しておきたいことがあったんだ』
『何でしょうか?』
『今回の件、レオル君には何の非もないからね?』
レイブンは、レオルの心を労わるように優しく語りかけた。
『彼女がレオル君の鍛錬に付き合っていたのは2週に1回、疲労は出ても命にかかわるようなものじゃない。それだけはしっかり理解してほしい』
レイブンの気遣いはレオルにとって救いだった。
フラーナの咳き込む姿を見ていたレオルは、自分の指導をしているために亡くなったのだと少なからず思っていたのだから。
『それにねレオル君、私は君に感謝しているんだ』
『えっ?』
レイブンは、どこか哀しそうな笑みを浮かべてレオルを見た。
『フラーナはね、私と一緒になる前、学院の先生になりたいと言っていたんだ。学院の先生になって、子どもたちにセカンドスクエアを教えたいって。王家へ入ることで、その夢も潰えてしまったけれど』
初めて知ったことだった。
フラーナが体調を押してまでレオルに指導してくれていたのは、セカンドスクエアを教えたいという思いがあったからだった。
『だから今日、レオル君に伝えたかった。
ありがとう、フラーナを先生にしてくれて。
ありがとう、フラーナの夢を叶えてくれて。
レオル君の先生をやってた彼女は、間違いなく幸せだった』
「フラーナ様……」
この日初めて、レオルの頰を雫が伝った。
視界が狭くなり、無意識にフラーナとの思い出が蘇ってくる。
『女王になってから、仲良くなりたいなんて初めて。私でよければ喜んで、レオル君』
『私のことは先生と呼びなさい!』
『……まったく、貴方には欲ってものがないのかしら』
『こんなにも可能性を持った子どもを、今更別の人間に任せたくないわ。なんてたって、私はレオル君の先生なんだから』
「うう、うぁぁ……」
小さく嗚咽を漏らしながら、レオルはゆっくり涙を流した。氷のように固まっていた心が解かれ、思いが大きく溢れ返っていく。
フラーナの言葉を1つ1つ反芻しながら、レオルは今度こそはっきり自覚した。
フラーナ・ミストレスはもう、この世にはいないのだということ。




