19話 崩壊の始まり
二卿三旗の集いとは、年に2回、1月と7月に行われる会合のことであり、ロードファリア家、ロストロス家、エルフィン家、コトロス家、メドラエル家の人間が一堂に会すのである。
ディアロットが忙しいためロードファリア家からソフィリアが参加し、自身が治めている村の話をしたり、世間話に花を咲かせたりしているようだ。
会場はその時によってバラバラであり、今日はロードファリア家で開催されるとのこと。レオルはメイドたちと一緒に客室の設営を行っていた。
「レオルさま、これは私たちがやりますから」
「ありがとう。でも僕も手伝いたいんだ、ダメかな?」
「……分かりました。レオルさまはテーブルにお皿を並べていただけますか?」
「うん!」
レオルの性格を理解し始めているメイドたちは、決してレオルを邪険にせず仕事を与えていく。他の現場では許されざる行為だが、ロードファリア家ではこれが正解なのである。
準備を整えしばらくすると、客室にソフィリアとほぼ同世代であろう男性が1人、女性が2人入ってきた。
金色の髪が目立つ男性だが、顔は少し丸く穏やかそうな印象を受けた。その隣にいる青髪の女性が奥様であり、もう1人の栗毛の女性が別の家名の方だろう。少し見ただけだが、3人はとても仲が良さそうに見えた。
「ようこそロードファリア家へ!」
執事やメイドと一緒に3人を出迎えると、各々が少し驚いたような表情でレオルを見た。どうしてそこに居るのかと言いたげだったが、やがて表情が優しいものへと変わっていく。
「初めましてレオル君、コトロス家の当主、アルゴ・コトロスだ」
笑顔を浮かべるアルゴという男性は、姿勢を低くしてレオルへ握手を求めた。
「レオル・ロードファリアです。よろしくお願いします!」
躊躇うことなくその手を握るレオル。初めて会う人間だろうとも、挨拶に迷いが生じることはなかった。
その後レオルは、キルリー・コトロスとティフィア・メドラエルとも同じように挨拶をした。3人とも、二卿三旗の集いにレオルを歓迎してくれているようだった。
「レオル君は、ソフィリア様に今日のことを聞いたのかな?」
「はい、母様から出て欲しいと言われまして」
アルゴの質問に答えると、彼は一度キルリーと目を合わせてからもう一度レオルへ視線を向ける。
「実は、レオル君にお会いできないかソフィリア様に相談したのは私なんだ」
「アルゴさまが? 僕にどういったご用でしょうか?」
「うん、その前に七貴舞踊会お疲れ様。すごく立派な姿だったよ」
「あ、ありがとうございます!」
アルゴに七貴舞踊会の振舞いを褒められ、嬉しくなるレオル。セレクティア問題の件でしばらく憂いていたこともあり、少し救われた気分になった。
「お礼を言いたいのはこちらの方だ。レオル君の演舞を見てから娘が、セカンドスクエアを使いたいとせがむようになった。ずっとそれを嫌がっていた娘が前向きになってくれたんだ、私たちにとってこれほど嬉しいことはない」
「そう、ですか……」
思わず涙が出そうになったのを、レオルはすんでのところで堪えた。
七貴舞踊会に出て良かったのだと、心の底から思うことができた。
「とは言っても娘はまだ6歳、セレクティアを読ませるわけにはいかない。しかし娘も聞かん坊でね、理解してても納得してくれないんだ。そこで、レオル君にお願いなんだ」
「お願い……」
「次回の二卿三旗の集いで、娘に会って伝えてほしいんだ、まだセカンドスクエアを覚えるには早いってこと」
アルゴのお願いに頭を傾げてしまうレオル。
「お会いするのはまったく構わないのですが、アルゴさまが言って聞かないことを僕が言っても意味がないような」
「まさか、レオル君が言ってくれれば真っ直ぐ従うよ。親としては妬けちゃうけど、今の娘はレオル君に夢中だからね」
「私のところもよ。2人して仲良く七貴舞踊会の映像をずっと見てるんだから」
アルゴに続いて、メドラエル家のティフィアが呆れ気味で言葉を漏らす。どうやら彼女の子どもも、七貴舞踊会でレオルの演舞に見とれてしまったらしい。
「どうかなレオル君、娘に会ってはもらえないかい?」
そこまでの想いと気持ちを見せられて、レオルに断る理由はない。
「僕でよければ、喜んで」
レオルは2つ返事で、アルゴのお願いを聞き遂げることにした。
―*―
それから半年後、レオル2度目の二卿三旗の集いはコトロス家で行われた。
ソフィリアと一緒にコトロス家へ向かって早々、女の子2人にお出迎えされる。名前は前回、事前に耳にしていた。
父と同じ金色の長い髪を携えているのが、ウル・コトロス。父アルゴが会って欲しいとお願いしていた娘である。
そしてもう1人、母譲りの栗色の髪を伸ばしているのがミレット・メドラエル。ウル同様に、前回の七貴舞踊会でレオルの演舞に引き込まれたようだ。
2人はお互いの手を取りながら、もじもじと身体を震わせる。レオルに会ったはいいが、どうしたらいいか分かっていないようだった。
なんとなく妹たちを思い出しながら、レオルが先に微笑みかける。
「こんにちは、ウルさん、ミレットさん」
挨拶をするとウルは涙目になり、ミレットは頬を赤らめた。可愛らしい反応に目を細めていたレオルだったが、ウルが泣き出してしまって焦ってしまう。
「ゴメンねレオル君、この子泣き虫で」
見かねたキルリーがウルに寄り添ってその涙を拭うが、その視線は母へ預けられることなく、真っ直ぐとレオルを貫いている。本当に自分に会いたいと思ってくれていたのだと、レオルは嬉しくなった。
「セカンドスクエア、習いたいんだよね?」
ウルは涙を流しながらも、瞳を逸らさず大きく頷いた。
そのウルの頭を、レオルは優しく撫でた。
「僕はフライングしちゃったけど、焦る必要はないから。バニスを覚えるそのときがきたら、一緒に頑張ろう」
その言葉は、アルゴの想像した通り、ウルを説得するには充分だった。ウルは言葉を発さず、ただ何度も頷いてレオルへ返答していた。
「ミレットさんも、それでいいかな?」
「は、はは、はい!」
同じようにミレットに問いかけると、彼女はただでさえ赤い顔をさらに染めて声を震わせた。どうやらこれで、アルゴのお願いは達成されたようだ。
二卿三旗としてその集いに参加するレオルは、2人と別れて会場となる部屋へと向かう。
「あ、あの!」
その時だった。泣いてばかりで何も喋らなかったウルが、レオルの背中に呼びかけたのは。
「あたしが、あたしがバニスを覚えたら! 一緒に舞踊会、出てくれますか!?」
相変わらずその瞳は濡れていて、強い意志を含んでいた。
そして、レオルにとってはこれ以上ない救いの言葉でもあった。
セレクティアの問題が生じてから、誰もがレオルを慰めた。しかしながら、本当の意味でレオルの中の曇りが晴れることはなかった。
だが、半年前にアルゴの言葉を聞いて、今日ウルの言葉を聞いてようやく自分の中で決着をつけることができた。
哀しい言葉だけに耳を傾けてはいけない。自分の行動を喜んでくれる人がいる、一緒に七貴舞踊会に出たいと言ってくれる人がいる。前向きな言葉を無視して後ろ向きになるのは、もう止めである。
レオルはウルの願いを笑顔で肯定してから、部屋に入った。
前を向こう。信じて進もう。振り返りたいときはもちろんあるが、その時はしっかり周りを頼ろう。
暗い気持ちが払拭され、レオルは何だって出来そうな気持ちになっていた。それほどまでに抱えていたものは大きかった。
新たなスタート、門出のような気分。
だからこそ、その事実は衝撃的で、未だ夢の中にいるのだと思った。
レオルが2度目の二卿三旗の集いに参加した約1カ月後。
フラーナ・ミストレスが、その生涯に幕を閉じていた。