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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
3章 3つの絶望、1つの希望
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17話 神童

9歳の誕生日を経てその約1ヶ月後、待ちに待った七貴舞踊会の日を迎えた。


王からの相談を受けて1年弱、モチベーションを保ちながらこの日を迎えるのは非常に大変だと思われたが、レオルは難なくここまでたどり着くことができた。


後は無事、演舞を披露するだけである。


「レオル、調子はどうだ?」


「万全です、問題ありません!」


ギリギリまでその存在をひた隠しにされてきたレオルは、ディアロットと一緒に1つの控え室を与えられていた。何人かの七貴隊員には見られてしまったので、察している人間もいるかもしれないが。


「気楽にやればいい。レオルが七貴舞踊会に参加していることが大切なんだ、ここまで頑張ってきた成果をフェリエルさまに見せるつもりで披露すればいい」


父の温かい言葉が身に染みる。大きな不安はないとはいえ、やはりレオルも大舞台に緊張していた。元気よく返事をして装ってはいたが、ディアロットはレオルの本心を見抜いていたのかもしれない。


「そろそろ時間だな、準備はいいか?」


「はい!」


「よし、それでは入場口に向かおう」


父に連れられて、レオルは控え室前の通路を歩いて行く。通り過ぎる人がディアロットに頭を下げると同時に、脇を歩くレオルへ軽く興味を示す。ここまでくれば確信を得る人間も少なくはないだろう。


「どうしたどうしたそんな小さな子を連れて、悪巧みかぁ?」


周りが2人へ異様な視線を送る中、ゆっくりと歩み寄ってくる男がいた。


「ウノドラ殿、悪巧みではありませんよ」


ディアロットに声を掛けたのは、七貴隊隊長であるウノドラ・キートンであった。


「ふーむ、とすればその童は何じゃ?」


「私の息子です。本日、七貴舞踊会に参加いたします」


入場口の周りが一気にざわつく。察してはいたが、いざその事実を突きつけられると七貴隊員も困惑するしかない。


「ほほう、隊長には伝わってないようじゃが?」


「王様より内密と指示を頂いておりました。申し訳ありません」


「それはよいのじゃが、あまり王と近すぎるというのも考え物じゃぞ? お主を妬み嫌う者が出てしまうやもしれぬ」


「お気遣い感謝します。私としても、一隊員として適度な距離を保ちたいと考えております」


「まあ理解しておればよいのじゃが」


話を一旦区切ると、ウノドラの目がレオルへと移る。


「ディアロットの倅よ、名を何と言ったか?」


「レオルです!」


「レオル、王はお前さんが成功しようがしまいがどうでもいいと思っておるだろう」


ウノドラの容赦ない言葉が、レオルへ真っ直ぐ向けられる。


「子どものお主に技量は期待していない。七貴舞踊会を盛り上げるためのコマの1つに過ぎん。それをお主は理解しておるか?」


「もちろんです」


鋭いウノドラの弁を、レオルは真っ向から同調した。あまりに素直な返答にウノドラが面を食らう。


「ですが七貴舞踊会を利用できるのは僕も同じですから。成功しようがしまいが必ず僕の成長に繋げてみせます」


意趣返しと言わんばかりに、レオルはウノドラと同じ表現で意気込みを告げた。ウノドラと対等に問答する小さな存在に、七貴隊員は思わず息を呑む。


「ほっほっほっ!」


数秒後、ウノドラは大層嬉しそうに声を上げて笑った。目線はレオルではなく、ディアロットへ移される。


「随分と末恐ろしい倅のようじゃのうディアロットや」


「仰る通り。私などあっと言う間に抜いていくでしょう」


「こりゃ将来が楽しみじゃ。レオルや、今日の演舞、期待しとるぞ」


「頑張ります!」


どこか軽快に去って行くウノドラを見て、少しばかり緊張を解くレオル。相対するだけで感じる圧力があり、知らず知らずのうちに冷や汗を搔いていた。


「まったく、頼もしい限りだよウチの息子は」


軽く体重を乗せるようにレオルの頭を撫でるディアロット。その表情は、これからの息子に期待するかのごとく綻んでいた。


「楽しんでこい。父さんも母さまもそれを望んでる」


「はい! 行って参ります!」


父に軽く背中を押され、レオルは元気よく入場口から外へ出た。


太陽の光が一瞬目を眩ませ、そして視界に沢山の人が入り込んでくる。凄まじい熱気の渦に、レオルは思わず口が緩んだ。


対照的に、選手の入場に歓声が上がった会場の人間がざわつき始める。無理もない、現れたのはどう見ても七貴隊員には見えない子どもなのだから。


『お待たせいたしました。続きましては特別プログラム、9歳になられたばかりの少年、レオル・ロードファリアによる演舞です!』


実況のフォローが入り、ざわつきが増す観覧席。歓喜と驚愕が入り混じった不思議な賑わいはもはや収集がつかなくなっている。


だからレオルは全てを無視した。与えられた1分という短い時間で自分を表現すべく、真っ直ぐウィグを正面に放った。


出現した円陣とうねり上げる風に、会場が一気に静まり返る。七貴隊員と比べれば決して高くない火力。だがその火力は、セカンドスクエアを覚えたての子どものものではなかった。


レオルはスムーズに半回転しながら、今度は逆側の観覧席へウィグを放つ。巻き起こる歓声を耳にし、レオルの表情には曇りなき笑顔が浮かんだ。


舞台を駆け回りながら、ウィグを放つだけ。特別な工夫はしていない、することはできない。


しかしながら、そんなレオルでもできることはある。今の気持ちを、楽しいという気持ちを表情と全身で表現した。


自分と同じ世代の人たちにそれが伝わるように、レオルは1分間をヘトヘトになるまで使い切ったのだった。



―*―



全ての演舞が終わった後、今回の七貴舞踊会参加者が舞台へ参列する。ここに並ぶ予定ではなかったレオルも、予定を変更して一緒に佇んでいた。


七貴舞踊会は最後に参加者数名にスピーチをいただくようで、レオルにも是非話してほしいとのことだった。


それをレオルは快諾、演舞だけでなく、自分の言葉でもその思いを伝えたかった。


七貴隊員が各々今回の舞踊会への思いを語った後、大人たちにも負けない大きな声で、レオルは言った。


「父の代わりに出場させていただきました、レオル・ロードファリアです。他の皆様と比べて拙く、お見苦しく感じた方もいらっしゃるかと思います。――ですが、だからこそ、僕と同世代の人たちには伝わってほしいと思います。この大舞台に立つことは不可能ではないこと。僕にできることが、皆様にできないはずがないこと。今回の参加でそれがお伝えできれば幸いです、ご清聴ありがとうございました!」


長々と紡がれたレオルの思いは、確かに会場全体に届けられた。締めの言葉ということもあり、誰の時より大きな拍手で会場は包まれる。小さな少年の堂々たる振舞いは、多くの人間の心を動かしていた。


そして何より、10歳を迎える前の少年がここまでセカンドスクエアを扱えることに、国としての安心感を覚えざるを得ない。それもロードファリア家の嫡男ともなれば尚の事。ウノドラが言ったように、彼の将来に期待をせずにはいられないのである。


ミストレス王の狙い通り、今回の七貴舞踊会は例年にない盛り上がりを見せた。その一因は言うまでもなく、レオル・ロードファリアの存在。


その活躍を称え、その後の成長も期待する上で、彼が『神童』と呼ばれ始めたのはその後であった。

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