16話 先生
ミストレス王の依頼をまったく緊張することなく笑顔で了承したレオルは、早速七貴舞踊会に向けて鍛錬を積むことにした。
とはいっても今までとやることは変わらず反復練習、レイブンもディアロットもそれで良いと言っていた。ファーストスクエアで見た映像の中ではバニスを自在に操っているように見えたものもあったが、今のレオルにそこまで望んではいないようだ。
しかしながら、七貴舞踊会にもルールはある。ただ漫然とセカンドスクエアを扱えばいいわけではない。さすがにそれを習わずして七貴舞踊会に参加する資格は得られないだろう。
だが、レオルが七貴舞踊会に参加することは誰にも言わないで欲しいとレイブンからは言われている。つまり、ミストレス家とロードファリア家の中の秘密ということになる。つまるところいつも通りソフィリアから習うことになるのかと思いきや、その日は自身の目を疑うお客様がロードファリア家にいらっしゃった。
「久しぶりね、ソフィリアの家に来るのも」
「フラーナ様!?」
「あたしもいる!」
鍛練場に現われたのは、ミストレス王城でしかお会いしたことのないフラーナと少し膨れっ面のフェリエルだった。
「はーい早く入ってね」
「ちょっとソフィリア、押さないでよ」
鍛練場を晒したくないのか、王族を晒したくないのか、開けたままの扉をすぐさま閉めるソフィリア。そしてすぐに大きく溜め息をついた。
「まったく、王も貴女も何を考えているのかしら……」
「レイブン様は関係ないわよ、私の意志で決めたんだし」
「それを許したことに驚いてるんだけれどね」
「それは言いっこなし! 今日の私は久しぶりにテンション上がってるんだから!」
高揚を全身で示すフラーナを見ながら、何のことやら首を傾げるレオル。
その解答を示すように、フラーナに着いてきたフェリエルがレオルの元へ歩み寄る。
「お母様、レオルにセカンドスクエアを教えに来たんだって」
「ええ!?」
慌ててフラーナに視線を送ると、こちらを見ていた彼女にピースを返される。どうやらフェリエルが言っていることは本当のようだ。
「ディアロット君は多忙で余裕ないだろうし、教えるとしたら私しかいないでしょう?」
「教えるだけなら私でもできるけど、セカンドスクエアを使用できるのが貴女しかいないからね」
フラーナはやる気だが、ソフィリアは心配そうにフラーナを見つめていた。何か言いたげにしていたが、フラーナが事前に阻止をする。
「ソフィリア、子どもたちの前で言うのはやめて頂戴。心配いらないわ、2、3回バニスを放つ程度」
「……分かった。もう何も言わない。貴女に任せるわ」
「それでこそ私の親友!」
幼い子どものような笑みをソフィリアに向けるフラーナ。そしてその視線がレオルに戻ってくる。
「じゃあレオル君、早速始めようか!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「私のことは先生と呼びなさい!」
「はい先生!」
そう言ってフラーナは、右手の人差し指を1本立てた。
「とは言っても、レオル君1人じゃやれること限られてるんだよね。アレが使えないとなるとエクナドしかできないし」
「アレ?」
「ゴメンね、それはまだ教えられない決まりなの」
「それなら大丈夫です! ちなみにエクナドとは何でしょうか?」
「それも説明不足ね、レオル君が使用する上ではバニスと変わらないわ」
「成る程です、つまりセカンドスクエアを大勢の前で使用するだけという認識でよろしいですか?」
「よろしい。生徒が優秀だと先生が楽できるわね」
「恐縮です!」
テンポよく前談が行われると、ようやくフラーナが壁の方に向けて手を伸ばした。
「レオル君、本が好きな貴方なら知ってると思うけど、七貴舞踊会はミストレス王国の平和を祈願してセカンドスクエアを使うの。武力としてではなく。だからね、七貴舞踊会では改めて何の為にセカンドスクエアを使用するか考えなくちゃいけない」
「何の為に……」
「私だったら1番シンプルに、見に来ているいろんな人に楽しんでもらう為に、撃つ!」
フラーナがセカンドスクエアを展開し放ったのは、レオルと同じ風の陣、ウィグ。その火力は数ヶ月鍛えてきたレオルのウィグを上回るものだった。
「わぁ!」
「学生時代より火力は落ちてるとはいえ、まだまだレオル君には負けないわよ」
「すごいです!」
風が室内に滞留するのをわずかに感じながら、レオルは感嘆の声を漏らす。こうして間近で自分以外のバニスを見るのは、父であるディアロット以来であった。火力は圧倒的にディアロットの方が強いが、自分と同じウィグを使うフラーナも印象に強く残った。
「くぅぅぅ、レオル君は必ずいい反応してくれるから気持ちいいわぁ」
「浸らない浸らない。子どもじゃないんだから」
「はいはい分かってます、ちょっとぐらいいいでしょうに」
目を閉じながら喜びを示すフラーナだったが、ソフィリアに指摘され頬を膨らませる。喜怒哀楽のはっきりした王族の女性は、少し間を置いてから切り替えてレオルへ問いかける。
「見た目はそこまで変わらないんだけど、意識の問題ってこれからずっと大事になってくるんだ。だからレオル君にもしっかり定めてもらいたい、誰の為に七貴舞踊会でセカンドスクエアを使うか」
レオルはかつて、フェリエルや妹たちを守る為にセカンドスクエアを使いたいと思った。
今回フラーナから言われているのは別、戦う為に使わないセカンドスクエアをどう扱いたいのか。
レオルは考える。立ち合ったことのない七貴舞踊会を想定して、レオルはイメージを膨らませる。
映像で見る限り、フラーナのように来ている人たちに喜んでもらえるよう取り組むのが一番なのかもしれない。
だがそれは、セカンドスクエアを長年鍛錬してきた七貴隊員だからできることであり、ウィグしか使用できない上に自在に操れないレオルが望めるものではない。
ならばどうすれば良いのか。レオルにしかできない、レオルだからこそ伝えられるものとは一体何なのか。目の肥えた観客に囚われない、相手をできるだけ絞った方向で考えたとき――――
「何黙ってるのレオル。次はあなたの番でしょ、早くウィグ撃って」
フェリエルに身体を揺すられ、頭の中の様々な考えがゆっくり1つにまとまっていく。
そうだ。自分だからこそできることはあった。
「ダメよフェリエル、レオル君は今考え中で」
「いえフラーナ様、今決めました。僕が誰の為にバニスを使うのか」
「えっ、もう……?」
「はい。僕だからこそ伝えられること、見つけました」
そう言ってレオルは、右手の人差し指を右へスライドする。
セカンドスクエアの1番上に表示されているバニスを選択し、円陣を出現させた。
そして放たれる風の陣ウィグ、心なしか火力が上がっているように感じた。
レオルは振り返り、先生であるフラーナを見て答えた。
「僕は、僕と年齢の近い人たちに向けてセカンドスクエアを使いたいと思います。幼い僕でも七貴舞踊会という場に立てること、そこでバニスを放てること。そういった可能性に満ちていることを全力で届けます」
呆気に取られたフラーナだったが、やがて嬉しそうに溜め息をついた。
「……まったく、貴方には欲ってものがないのかしら」
「……あの、ダメだったでしょうか?」
「逆よ逆、素晴らしい考え方だわ。さすがはディアロット君の息子」
「わ、た、し、の息子!」
「あはは、そう言われると思ったらホントに返ってきたよ」
「レオルもう1回! もう1回撃って!」
フラーナに自分の考え方を認められ、気持ちが高揚するレオル。大舞台での演舞に不安を隠せずにいたが、考え方が定まれば不思議と気持ちは前向きなものへ変化していった。
自分の同世代に向けて演舞を披露する、そうと決まれば七貴舞踊会へ向けて取り組むだけである。
こうしてレオルは、フラーナの助力を得ながらも七貴舞踊会までの時間をセカンドスクエアの鍛練に費やすのであった。