15話 王のお願い
「あれまあ……」
王城のフラーナの部屋を訪れたレオルは、早速王族2人を驚かせることになっていた。
レオルがセカンドスクエアを覚えておよそ半年、ソフィリアの許可を得てようやくその事実をフラーナとフェリエルに話したレオル。
フェリエルは首を傾げていたが、フラーナの驚きようは凄まじいものがあった。驚きすぎて、自室から窓の外に向けてバニスを放って欲しいと言うほどである。それも無理はない、まだ9歳にもなっていない子どもがセカンドスクエアを扱えると言っているのだから。
「レオル君すごいわ!」
レオルのウィグをその目に焼き付けたフラーナは、満面の笑みを浮かべてレオルを褒めた。
「ありがとうございます」
「どう、レオルは頑張ってるでしょう?」
「貴女が威張るな。それに随分リスクの高い真似するじゃない、下手すれば一族の危機よ。それだけレオル君に期待してたの?」
「あはは、それに関しては返す言葉もないわね……」
「えっ、まさか偶然か何かなの?」
「私が席を外している間にレオルがセレクティアを読んでいたのよ」
「……それはまた心臓が縮こまりそうね……」
「あの時ほどレオルの読書好きを恨んだことないわよ、まあ結果オーライで助かったのだけど」
「助かったどころじゃないわよ、ロードファリア家の嫡男が8歳からセカンドスクエアを扱えるなんてとんでもない事態よ」
フラーナの言わんとしているは1つ。
使えば使うほど火力が上昇するセカンドスクエア。通常10歳を迎えてから得るその力をレオルは2年早く得ることができた。
それもただの貴族がではない。二卿三旗としてその実力を評価され続けているロードファリア家の子どもがである。将来的にどこまで成長するのかを考えるとフラーナは恐ろしくなった。
「フェリエル、貴女もセカンドスクエアを覚えたくない?」
レオルの右手を不思議そうに見つめるフェリエルに話を振るフラーナ。覚えたいと言ってもすぐさま応えることはできないが、今の娘の心情を知りたかった。
「いい。だってなんだか怖そうだもの」
だがフェリエルは、セカンドスクエアを覚えることに否定的だった。首を左右に強く振って、今度はレオルの右腕を握ろうとしていた。自分の手の平から風を出るところを想像して、怖くなったのかもしれない。
「そりゃ初めは誰だって怖いわよ。でもこんな不思議な力が自分で使えると思うとワクワクしない?」
「しない。あたしには必要ないもの、だって――――」
そう言ってフェリエルは横目でレオルを視界に捉え、
「レオルがあたしを守ってくれるんでしょう、あたしに必要ないわ」
さも当然のように、わざと素っ気なく言い放った。
「勿論です! フェリエルさまは僕がお守りします!」
「いちいち言わなくても当たり前なの。それよりさっきのもう一度見せて」
「分かりました!」
呆然と立ち尽くしている中進んでいく会話を聞いて、苦笑してしまう母2人。
「まったく、私が連れてきたとはいえ、こんなに仲良くなるとは思わなかったわ」
「同感。最近のあの子はレオル君の話ばかりで妬けちゃうもの」
「いいじゃない、貴女が望んでた母親離れでしょう?」
「こんなに極端なのは望んでないの。こうしちゃいられないわ、私も混ざる」
「混ざるって……」
「フェリエル、母様もセカンドスクエアを使えるんだけど見たくない?」
決意を固めるや否や、レオルとフェリエルに割って入るフラーナ。なかなかに大人気ない行動である。
「お母様無理しないで、レオルにやってもらうから」
「そ、そう……」
しかしながら、母を気遣う想いによって断られてしまう。理由が理由だけにフラーナも引き下がるしかなかった。
――――部屋の扉が鳴ったのはちょうどその時だった。
返事を待たずに開かれる扉を見て、不審に思うレオル。王族の部屋に入るのにこんな無礼が許されるのだろうか。
だからこそ選択肢は決められる。この扉を開ける指示をしているのは一体誰なのかと。
そして、その姿が目に映った瞬間、レオルとソフィリアはその場で身を屈めて頭を垂れた。
「ああ構わない、そのままで居てくれ」
「お父様!」
そこに現れたのは、ミストレス王国を背負うフェリエルの父、レイブン・ミストレスだった。
後方には、レイブンの護衛であるディアロットの姿もあった。
「どうされたのですか、今日はもうお休みですか?」
皆の気持ちを代弁するように、王へ寄り添ったフェリエルが質問する。実際、妻であるフラーナにも、レイブンがここに来た理由は分からなかった。
「まだお休みではないよ。今日はレオル君にお願いがあってここに来たんだ」
「レオルに、ですか?」
「王、ここからは私が」
「構わないよディアロット、私が話すべきだと感じたからここに来たんだ」
「承知しました。よろしくお願いいたします」
ディアロットの仲介を遮り、レイブンはレオルの前で軽く腰を落とした。
「こんにちはレオル君。いつもありがとう、フェリエルの相手をしてくれて」
「と、とんでもないです! いつもフェリエルさまからお声をかけていただき、とても嬉しく思っております!」
「そうか、それなら何よりだ」
レイブンはレオルに笑いかけた。公務中には決して見せない、優しい顔だった。
王とはフェリエルの誕生日パーティ時に軽く挨拶をしたことがあったが、こうして日常的な会話をするのは初めてだった。今日は一体、どういう用なのだろうか。
「話は変わるけど、レオル君は七貴舞踊会という催しを知っているかい?」
「は、はい。名前だけですが」
レオルは過去に読んだ歴史書を思い出していた。年表に書いてあっただけで詳細は知らないのだが。
「それなら説明しようか。七貴舞踊会は七貴隊が多くの民にセカンドスクエアを披露する催しで、ミストレス王国の安全を祈願するものでもあるんだ」
レイブンの話を聞きながら、レオルはどうしてソフィリアが七貴舞踊会について教えてくれなかったかを理解する。セカンドスクエアが絡む内容ということは、これからレオルへ教える予定だったのだろう。
「その七貴舞踊会で1つ困っていることがあってね。長年続いていることもあって致し方ないのことではあるんだが、内容が単調になってきていることを憂いているんだ」
「成る程……」
王の話を端的に言うと、単調になりつつある七貴舞踊会をどうにか盛り上げられないかということだった。
勿論七貴舞踊会自体が廃れているわけではないが、空気が入れ替わるような何かが起こせないかということだろう。
ここでレオルは、王がここへ訪れた理由を察することができた。あり得ないと思いながらも、レオルの頭の中では1つの答えが芽生えていた。
「話というのはここからなんだレオル君」
「はい」
「ちょうどさっき、ディアロットから君がセカンドスクエアを覚えたことを聞いた。幼い君をこういう形で利用したくはないが、どうか聞き届けてほしい」
そう前置きをして、ミストレス王国の王はレオル・ロードファリアに懇願した。命令ではなく、懇願。
「特別枠として、七貴舞踊会に参加してもらえないだろうか。七貴隊と一緒に、場を盛り上げてほしいんだ」
ミストレス王の願いは、8歳の子どもが受けるには重く、そして名誉ある内容であった。