11話 ペア
「いやあ、先生の授業面白かったな」
リエリィーの授業が終えた後、レインの席まで来たザストがすぐさま授業の感想を語る。
「そのおかげか、けっこう頭にインプットされた気がする。歴史って退屈なイメージがあったけど、先生の授業なら問題なく受けられるな。すぐ横道逸れちゃうけど」
ザストの指摘通り、リエリィーの授業は分かりやすく面白かったが、いかんせん歴史としての内容がそこまで多くなかった。できるだけ歴史に対する苦手意識をなくすよう取り組んだのだろうが、これでは本末転倒な気がする。リエリィーのことだから次回以降で対策は練っているとは思うが、今後心配だ。
「しかし最後にちょろっと話してた『サードスクエア』って何だろうな、初めて聞いたんだけどレイン知ってた?」
「さらっと嘘つくな、見当くらいはついてるだろ」
「そりゃそうだけど、サードなんて言葉自体はホントに初めてだぜ?」
『ああもう終わりか、サードスクエアまで語りたかったんだけど、まあこれは実技で学ぶしいいか』
リエリィーが授業の終わりに言い残した言葉。内容を聞きたがっていた生徒はいたが、名称を知らないだけで生徒の多くは知っている、少なくとも見たことはある事柄だ。リエリィーの言うように実技になれば嫌でも学ぶことになる。
「これから習うならそれを待てばいいとして、ヤーケンとかいう奴、大丈夫なんかな」
「だな」
授業は授業で集中しつつも、レインはどこかヤーケンの降級がチラついていた。このまま授業に出ないなんてことを続けていたらどうなるのか、レインとしても想像したくない部分である。
「まあAクラスから来たからって放っておくのも可哀想だしな、体調が良くなったら仲良くしてこうぜ」
「・・・・・・そうだな」
事情を知らないザストは、現状を気楽に考えている。しかしながら、Aクラスを嫌いながらもヤーケンへ関わろうとするザストの姿勢に、レインは少しずつ心が穏やかになっていった。
「席に座れ、授業始めるぞ」
授業開始五分前、ザストよりも背が高く恰幅の良い男性が教室へと入ってきた。大きな岩石のような印象を与える程圧が強く、剃っているのか頭は綺麗に髪がない。その上無表情のため、生徒たちは目の前の教師を警戒しているようだった。
「私の名前はゴルタ・セノベトン、担当は実技全般だ。今まで覚えたこと以外にも様々なことを習っていくことになる。何か質疑があればすぐに訊いてくれ」
愛想のない顔つきとは別に、ゴルタは優しく生徒へと声をかける。意図してやったことではないだろうが、それを口火に生徒たちも警戒を解いていく。あからさますぎる手の平返しに、レインは思わず頬を引きつらせてしまった。自分のクラスメートたちは、先生ごとに分かりやすい反応をしていくのだろうか。
「えっ? まだ五分前? すまない、まだ休憩しててくれ」
この事件以来、ゴルタは一部Bクラスの生徒から『天然仮面』と呼ばれるようになった。
―*―
「よし、五分経った。早速始めよう」
なんとも言えない沈黙が五分続いた後、ゴルタは持ってきた教科書を配り始める。歴史の教科書と比べると、随分と薄い本だ。
「私の担当は実技と言ったが、その実技のための勉学も当然行っていく。既に君たちが知っている内容もあるだろうが、復習だと思って聞いてくれ。それと」
そう言いながら、ゴルタは教科書を教卓の上に置いた。
「今の説明の後で恐縮だが、今日は教科書を使わない。疲労がくるまでセカンドスクエアを使用してもらう。今から二人ずつ名前を呼ぶから、所定の教室へ向かってくれ」
どうやら今日は、セカンドスクエアの火力と持久力を計測するようだった。学院側も、今後の授業のためにすぐにでも欲しい情報だろう。
しかしながら、待てども待てどもレインの名前が呼ばれない。二人ペアを作った生徒たちがゴルタから簡単な説明を受けて教室を出て行くが、レインは未だ待ち惚けだ。教室を見回すと、残っていたのは赤髪の女生徒のみ。
「最後、レイン・クレストとアリシエール・ストフォード」
このタイミングにしてようやくレインはペアについて理解する。成績の近い者同士の二人組、下から二番目のレインと下から一番目のアリシエール。哀しかな、ペアはそういう風に作られていた。
―*―
「ここか」
ゴルタから渡された鍵を使って空き教室へ入るレインとアリシエール。レインたちのいる教室より狭いものの、机がないため実際より広く感じる。
そしてこの教室を不穏たらしめている黒塗りの天井と壁面、焦げた痕がある床面。事前にゴルタから説明を受けていたが、いざ目にするとそのインパクトは計り知れない。照明がなければ長時間この場にいるのは遠慮したいところだ。
「で、これが『フレクタス』か」
レインは壁に据え付けられた円形の機器に触れる。すると機器が発光し、円の中心部に0という数字が表記された。
セカンドスクエア火力測定器、フレクタス。自身が発動させたバニスをぶつけることで、バニスの強さを数値化することができるのである。研究者たちが完成させた数少ないセカンドスクエアに関わる成果となっている。今から行うのは自身のバニスの火力がどの程度なのか、に加えて、何度使用できるかを確認することである。
が、レインはパートナーであるアリシエールの様子がずっと浮かないままで困惑していた。
この教室に来る間も簡単な挨拶をするだけで何もなし。レインから話を振らなかったとはいえ、先ほどから絶えず気まずい空気が二人の間を漂っている。
とはいえレインが31位でアリシエールが32位となれば、ペアを組むのは道理であるため、ここはやりづらくとも実行に移さなくてはならない。
――――ふと、レインはペアに関して陽炎のような違和感を覚えた。何か分かりそうなのに消えてなくなりそうな感覚、非常に重要な何かと繋がっている気がするのに、それ以上は何も思い浮かばなかった。
口惜しいが今はそれどころではない。警戒心が最高値であるアリシエールに普通に接してもらう必要がある。ブービー組で今後も組む可能性を考えると、気まずいまま授業が終わるのはよろしくないだろう。
「ストフォードさん」
少し離れたところで佇みながら、こちらへ目線を向けるアリシエール。返答はなかったが、離れていることもあってか怯えられているわけではないようだ。
「俺からとりあえず一発撃つから。一応見ててくれる? あっ、自己紹介の時も言ったけど火力はホントにないから」
「えっ、は、はい」
小刻みに頭を二度振るアリシエールを見て、悪い人ではないのだと思うレイン。異性が苦手なのか、そもそも人が苦手なのか、他にも理由があるのか。いずれにせよ、このままでは彼女はこの学院の中でさえ生きづらくなってしまう。そうなる前に、何か手助けできればとレインは思うのだった。
そのために、こちらから先に歩み寄る。自身の低い火力を先に見せれば、アリシエールも自信を持って授業に臨めるはずだ。
レインはフレクタスから距離を取ると、右手の人差し指を大きく右にスライドした。
そこに現れたのはファーストスクエアとほぼ同じ大きさの四角形。その中には、レインの使用できるバニスが刻まれていた。
レインが一番上のバニスをタップすると、セカンドスクエアの前に円陣が出現する。それとほぼ同時にセカンドスクエアが消失、円陣から風の陣『ウィグ』が発現した。
風は正面の壁にぶつかると、吸収されるように消えていく。黒塗りの壁はどうやらバニスを弱める効力があるようだ。
「どれどれ」
フレクタスを確認すると、そこには『999』という数字が刻まれていた。
「うぉ、ホントに低いな」
フレクタスでの測定など初めてのため、予想通りの結果とは言え複雑な気分のレイン。十代後半のセカンドスクエアの火力の平均はおよそ1300から1500程、4桁にすら到達していないレインのセカンドスクエアは明らかに火力不足だった。
だが、当初の目的は達成している。この数値を見てからなら、アリシエールも臆せずセカンドスクエアを使用できるはずだ。
「ストフォードさん、次どうぞ」
「は、はい」
フレクタスの数値をリセットしてから、レインはアリシエールへ声をかける。後は交互にバニスを放って、お互いに使えなくなるまで繰り返すだけ。お膳立てを終えたレインとしては、本当にこれで終わりのはずだった。
――――しかしながら、アリシエールは先程レインが立っていた位置に移動しただけで、何もアクションを起こさない。右手の人差し指を構えているものの、それをスライドさせようとはしなかった。
「ストフォードさん?」
明らかな異変に再度声をかけるレイン。自身のバニスを見られたくない気持ちからの躊躇なら分からなくもないが、彼女のは確実にそうではない。アリシエールから滲み出ているそれは、セカンドスクエアを使用することに対する恐怖だった。
アリシエールの構えた右手が少しずつ震えていく。怯えた表情のまま左手で右手を支えようとするが、今度は全身が震え出し、制御が効かなくなった。
「なんで……なんで……!」
小さな声で反抗しながらも、アリシエールは溢れ出る涙を止めることが出来なかった。情けないのは重々承知の上で、その場に崩れ落ちてしまう。
「ストフォードさん!? 大丈夫!?」
レインがアリシエールの元に駆け寄ると、彼女は俯いたままひたすら首を左右に振った。
「ごめんなさい、私。本当にダメダメで、クレストさんにも迷惑かけて」
「俺のことはいいよ、それよりストフォードさんは? 体調が悪いなら医務室へ」
「違うんです。悪いのは全部、私です。本来、この場にいることさえおかしいのに、みっともなく縋り付いて」
「えっ」
レインは思わず、俯き続けるアリシエールを凝視した。
変ではあった。ストフォード家の人間でありながら、学年最下位の成績。彼女の家を知る者なら誰もが疑念を抱くところだ。
その疑念の正体を、彼女は涙を流しながら表した。
「ごめんなさい。私、ここ一年間、まともにセカンドスクエアを扱えたこと、ないんです」