13話 セレクティア
妹たちのプレゼント問題と見分け問題を同時に片を付けた数ヶ月後。レオルが8歳の誕生日を迎えた3日後、レオルはソフィリアに呼び出されていた。
こうして前もって声を掛けられるときは、決まって大切な話をする場合である。フェリエルを訪ねるときや使用人の雇用のときはこうであった。
何の話だろうかとレオルは考える。
使用人の件ではないだろう、今の所自分にはリゲルとマリンがついており、ロードファリア家が長い使用人たちが2人をフォローしてくれている。レオルの身の回りを支えるには十分な布陣だ。
となれば、ミストレス王城へ向かう話である可能性が高いが、2日前に訪れたばかりであり、いくらなんでも間隔が短すぎる気がする。
「母様、レオルです」
ソフィリアの部屋の扉をノックしながら、何の要件かを考えるレオル。そうは言っても何も思い付かず、結局母の話を聞くしかないと思うが、部屋から返答は見られなかった。
「母様?」
念のためもう一度ノックするが、やはりソフィリアからの返答はない。席を外しているのか思ったが、扉に鍵はかかっていなかった。
「……失礼します」
外で待っていようかと思ったが、母が部屋で作業している可能性も考慮してレオルは中へ入ることにした。
しかしながら、いつも座っている椅子の場所にはソフィリアの姿はなかった。念のためさっと辺りを見回すが、母の姿は見当たらない。鍵をしていないことからつい先程までいたはずなのだが、どこへ行ってしまったのだろうか。
「……あれ?」
レオルはふと、見慣れない本がソフィリアの机の上に乗っていることに気がついた。緑色の表紙には『セレクティア―風の書―』と書かれている。
「セレクティア……?」
聞き慣れない言葉に、レオルは顔をしかめてしまう。それなりに読書を重ねてきた自信はあったが、まだまだ知らないことはたくさんあるようだ。
「……読んじゃえ」
母の書物を勝手に読むなど本来言語道断だが、本のこととなると自制できないところがあるレオル。悪いことだと分かっているのだが、未知への欲求に勝るものなどなかった。
後でソフィリアに怒られることは承知で、レオルはセレクティアと書かれた本を開いた。
「……なんだろうこれ」
レオルは内容云々の前に、ページの空白の多さに驚いていた。レオルが普段見る本よりも薄いにも関わらず、1ページには3行ほどしか文字が書かれていない。
『風。神が与えし刃。
人は是を畏怖し、敬う。
人は天に祈り、然れど持て余す。』
「……なんだろうこれ」
冒頭の3行を読んで、ほんの数秒前と同じ感想を抱くレオル。宗教に関する本のように見えるが、それにしては内容が薄すぎる。
ページを読み進めても同じような内容が続いており、何を伝えたいのかよく分からなかった。母は一体、この本から何を得ているのだろうか。
「レオル!!」
――――屋敷中に広がる、そう感じるほどに大きな声だった。
反射的に読んでいた本を机に置くレオル。
だが間違いなく、無断で本を読んでいたことは今入ってきた人物――――ソフィリアにはバレているだろう。
「レオル、どうして勝手に中に入ったの、母様中に居なかったわよね?」
「も、申し訳……」
「それに本、どうして読んだの? 読んでいいって母様言った? 言ってないよね?」
謝罪が追いつかないほどにソフィリアはレオルをまくし立てる。その勢いと声のトーンでレオルは少し泣きそうになった。
自分が悪いのは重々に承知している、怒られるのも理解している。
しかし、ここまで怒りを表すようなことなのだろうか。ソフィリアにここまで怒られたことのないレオルは、少々混乱していた。
「それで読めたの?」
「えっ?」
「セレクティア! 中見たんでしょ、読めたのちゃんと!?」
これまで以上に鬼気迫る様子でソフィリアはレオルへ質問する。
「は、はい! 読めました! 意味はちょっと分からなかったですけど読めました!」
これ以上母を怒らせまいとレオルはハキハキと返答した。中身をイマイチ理解できていないことも嘘偽りなく伝える。
――――すると、それまでの勢いが消え去ったかのようにソフィリアは黙った。
「読めた……? ちゃんと読めた?」
「は、はい。文字を読めたかという意味ならちゃんと」
「冒頭は何から始まってた?」
「えっと、『風。神が与えし刃』という言葉ですよね?」
それを聞いて、ソフィリアはしばらく放心したかと思うと、へなへなとその場に座り込んだ。
「母様! どうかされましたか!?」
慌ててソフィリアの元へ駆け寄ると、レオルは思い切りソフィリアに抱擁された。
「もう馬鹿! 母様ホントに心配したんだから!」
「???」
何が何だか分からないレオルは、母の様子の変わりように再び頭が回らなくなる。先程までは怒っていたのに、今は優しく頭を撫でられている。さすがにレオルもまったく整理ができないでいた。
「……ごめんなさいレオル、母様も鍵をかけずに不注意だったのに貴方にばかり怒って」
「い、いえ。本を勝手に読んだのは事実ですから」
「それは反省しなきゃいけないわね。おかげで母様、寿命が縮むかと思ったわ」
そう前置きすると、ソフィリアはどうして怒っていたかを順を追って説明し始める。
机のところに移動して手に持ったのは、レオルが読んでいたセレクティアと書かれた本。
「これはねセレクティアといって、貴族であれば誰もが扱うとても貴重な本なの。この本には、セカンドスクエアを扱うためのバニスが記録されていて、中を読むことができればそこに記録されているバニスを使用できるようになる」
「……セカンドスクエア?」
「ごめんなさいね、説明の順序が逆になっちゃったから分からないわよね。時間をかけて説明するから待ってね?」
「は、はい……」
そこからレオルは、セカンドスクエアという、貴族にしか使えないらしい異能力についてソフィリアから説明を受けた。
日常的に使用するファーストスクエアとは異なり、武力として悪しき存在から人を守るために使用するものであり、ディアロットが入隊している七貴隊では皆が使用できるようだ。
そしてその異能力はバニスと呼ばれており、基本的なものは火・水・風・雷・土の5種類。人によって使用できるものは異なるようで、レオルがどのバニスを扱えるかはまだ分からない。
そのバニスを習得出来る書物が、セレクティア。ソフィリアが言うように中を読むことができれば、セレクティアに記録されているバニスを習得することができる。
ここでレオルは、どうしてソフィリアがあれほど怒っていたかを理解する。
「バニスを覚えられる適性年齢は10歳と言われていてね、例え適性があっても10歳を超える前だとセレクティアを理解出来ない場合があるの」
「成る程、それならば10歳になってからもう一度読めばいいのではないのでしょうか?」
「そうしたいところだけど、そこがセレクティアの非常に厄介なところでね」
一呼吸置くと、ソフィリアは深刻そうに眉を顰めた。
「例えばレオルが風の書を今回読めなかったとするじゃない?」
「はい」
「するとレオルは、一生風の書を理解することができない。例え適性があっても、風の陣を使用することができなくなるの」
「一生……?」
「一生。バニスは使えば使うほど火力が上がるから早く覚える方がいいのだけれど、この縛りがあるから基本的にフライングはできない。火力の底上げとそもそもの使用が天秤で釣り合うわけもないからね」
レオルは今更になって鳥肌が立ってきた。
自分がもし風の書を読むことが出来なかったらどうなっていたのか。ロードファリア家に大きな損失を生むようなことになっていたのではないだろうか。
だが、レオルは読むことができた。8歳になったばかりで、風の書を理解することができた。人知れず大きな賭けをしていたロードファリア家は、嫡男にフライングをさせることに成功した。
「だからレオル、母様は安心と同時に感動してるの。こんなに早い段階でバニスを覚えた貴方が、この先どんな成長を見せるか楽しみでならない」
「母様……」
「今日からは普段のお勉強とは別にセカンドスクエアについても教えていくから、一緒に頑張りましょう!」
「はい!」
レオルの気合いの籠もった返答に、ソフィリアは笑顔で返答する。
レオル・ロードファリアの生活は、セカンドスクエアの知識を得てから、大きく変わっていくようになるのであった。




