11話 使用人の悩み
マリンとの一件からおよそ半年後、マリンは恐ろしいほどの成長を遂げていた。
今まで行っていたような失敗はほとんどしなくなり、作業速度も嘘のように早くなっていったのである。周りの使用人たちからすれば、別人のように映ったことだろう。特に怯えていたばかりの態度から前向きで笑顔が見られるようになったところが。いかに心の持ちようが大切であるかをレオル自身勉強させられるマリンの急成長であったが、1つだけ問題があった。
「レ、オ、ル、さ、ま!」
「うわわ!」
1ヶ月ほど前から、マリンがレオルの不意を突くように抱きついてくることが多くなった。レオル個人としては問題ないのだが、周りの使用人の目もあるため堂々と行うことは禁止していた。
しかしながら、それならそれでマリンはレオルと2人きりになる書斎やレオルの部屋で実行に移すようになっていた。全く以てレオルに対する思慕の念を隠すつもりがないようである。
「この馬鹿たれ!!」
「いだっ!!」
だが今日は、すぐさまリゲルの鉄拳がマリンの頭へ落とされる。
頭を押さえながらその場でへたり込むマリンは、リゲルを厳しく睨み上げた。
「何するんですかリゲルさん!?」
「それはこっちの台詞だ、使用人の身でレオルさまに何してる!?」
割と本気で怒っているように見えるリゲルだが、マリンは全く聞く耳を持たない。
「レオルさまがいいって言ってるからいいんです! ねえレオルさま?」
「とはいえ限度というものがあるだろう、レオルさまがお前を気遣って言ってくださってるのが分からないのか!?」
「ですからお気遣いいただいている分、私の愛情でお返ししているんです。そんなことも分からないんですかリゲルさんは?」
「……っ!」
リゲルが噴火寸前であることを察し、大きく溜め息をついてしまうレオル。
マリンが立ち直ってから、マリンと仕事外で話をすることは多くなった。1度やり方を間違えたレオルとしてもマリンを傷つけたくなかったため、できるだけマリンとの時間を取るようにしていた。
それがいつの間にやら、過度なスキンシップへと発展していった。当初のマリンを知る者からすれば驚きの変わりようである。
レオルは、マリンが笑顔をいっぱい見せるようになったのが嬉しかったため強く拒否することはしなかった。目に付くところでするのを禁止しただけ。逆に言えば、それを上手く利用されている気がしないでもない。
リゲルにもその旨を伝えてはいるが、そもそも使用人が主人に抱きつくということ自体が許せないのだろう。マリンの教育係ということもあり何度も訴えかけてはいるようだが、マリンの心に響くことはないようだ。
「そういえばレオルさま、実はお願いが1つありまして……」
リゲルとの会話を切り上げると、マリンは少し困ったような笑みを浮かべた。
「どうかした?」
「エストリアさまとシストリアさまの見分けがつく良い方法がないかなとご相談したくて」
先ほどまでの話とは打って変わって、仕事に関わるものへと変化したようだ。
「何言ってる。お前はお二人と仲良くされているだろう?」
「お二人というかシストリアさまとはレオルさまの良いところを語り合う会を発足しておりますが」
「そんなことしてたのかお前……」
「そんなことって、シストリアさまとの和解がどれだけ大変だったと思ってるんですか!? お互いに譲れないレオルさまへの想いにどう決着を付けようかと三日三晩悩みに悩んで」
「……もういい、もういいから……」
呆れてものも言えないリゲルの代わりに、レオルが話を進めることにする。
「話戻すけど、使用人の間でそういう話が出たってことでいいのかな? マリンがそう悩んでいるわけではなくて」
「うっ……仰る通りです……」
どうやらマリンは、2人の区別が付かない他の使用人の為にレオルへ相談を持ちかけたようだ。
「申し訳ありません、レオルさまを謀るような真似をしてしまって」
「いいよ全然。それより代表して言ってくれてありがとう、マリンが言ってくれなかったら気付けなかったかもしれないし」
「うう、勿体なさ過ぎる御言葉です……」
実際レオルは、マリンの行動を嬉しく思っていた。何故ならば、マリンが他の使用人と仲良く話ができていることが分かったからである。そうでなければ、マリンも皆を思ってこの悩みを進言することはできなかったはずである。
しかしながら、困った相談事だとレオルは思った。
レオルには、エストリアとシストリアが見分けられない理由が分からないのである。レオルからすれば2人は明確に違っており、例え髪型が一緒であろうと間違えることはないと断言できる。
「どうしようかな、2人だってエストたちのこと間違えないよね?」
何気なくリゲルとマリンに振ったレオルだったが、2人の表情から汗が垂れ始めていた。
「いえ、その、非常に申し上げにくいのですが、レオルさまのように完璧に見分けるのはちょっと……」
「ですね。言葉遣いや仕草でなんとなく判断はできますが、表情だけで判別するのは……」
「そ、そうなんだ……」
予想外の反応を示す2人に、益々不安が芽生え始めてくるレオル。2年以上ここで働くリゲルとシストリアと仲が良いマリンがそう言うのであれば間違いないのであろう。
エストリアとシストリアを間違えることで取り返しの付かない問題に発展するとは思えないが、使用人たちからすれば主の名前を間違えるような不敬を働きたくないはずである。
レオルはいち早く、この問題の解決方法を考えなくてはならないと思っていた。
―*―
レオルが急にエストリアに呼び出されたのは、この話を聞いた翌日だった。
「兄さま、来て!」
「えっ、ちょエスト?」
突然背後に現われたかと思うと、レオルの手を取ってすぐさま自室へと招き入れるエストリア。何が何だか分からないレオルだったが、誘われるまま着いていくことにした。
「どうしたの急に?」
こんな強襲のような真似をされなくても妹の話は聞くに決まっている。それはエストリアも理解しているはずだが、エストリアはそっぽを向いて呟いた。
「……シストにバレたくなかったから」
「シストに? 何を?」
「~~っ! いいの何でも!」
大人しいエストリアには珍しく、強気な視線でレオルを見やっていた。こういう態度を取られると、人によってはシストリアと勘違いしてしまうのかもしれない。
だがレオルには、どれだけ普段のシストリアに近い表情を浮かべようとも、目の前のエストリアを間違えるはずがなかった。共に過ごす内に身についた兄だけの能力である。
「分かったよ、シストには内緒ね?」
内容によっては嘘をつかなければならないが、レオルはエストリアを安心させるべく口元で人差し指を立てた。
それを見てエストリアも表情を綻ばせる。それほどまでに妹には聞かれたくないようなことがあるようだ。
「兄さま、あのね? 1つ、お願い事があって……」
お願いというフレーズに思わず、レオルは眼を見張った。
事あるごとに兄へ甘えるシストリアとは違い、エストリアはあまり欲求を口にしない女の子だった。姉としての自覚があったのか、分別を弁えるところがあった。
そんな妹からのお願いに少しばかり目頭が熱くなるレオル。できる限り叶えてやりたいという気持ちを持ちながらエストリアの言葉を待っていると、
「今度のあたしのお誕生日、シストと違うものが欲しい」
およそ1ヶ月後に迫る、エストリアとシストリアの誕生日の、プレゼントの要望を承るのであった。




