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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
3章 3つの絶望、1つの希望
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9話 判断ミス

「も、申し訳ありません!」


「大丈夫だよ僕は、そのまま続けて」


「は、はい!」


手に持っていた箒を落としたマリンは、脊髄反射の如くレオルへと頭を下げる。


レオル自身被害は何も被っていないためそのまま流したが、彼女の自信なさげな振る舞いはなんとかしなければと思い始めていた。


マリンはお世辞にも、レオルの身の回りの世話が得意ではなかった。鈍くさい部分が多く、リゲルに全てを任せた方がいいと思える部分が多々あった。


その原因は恐らく、ロードファリア家に仕えることによる萎縮である。


代々使用人をしている家系であれば、ロードファリア家がいかに格式が高いかは理解しており、失礼な態度は当然取ってはいけない。そういう圧力に耐えきれず潰れてしまう人は少なからずいるとソフィリアから教わったことがある。


「マリン、少し時間ある?」


「えっ、あっ、はい!」


だからレオルは、少しでもマリンに落ち着いて仕事ができるよう言葉を交わしたいと思っていた。自分が権力を笠に着る存在ではないと知れば、マリンも前向きに作業ができるものだと信じて。


「えっと、レオルさまのお部屋の掃除が終わりました」


「お疲れ様、そしたらそこに座って」


「よ、よろしいのですか?」


「うん、マリンとお話がしたいんだ」


レオルが笑顔を向けると、マリンはおどおどと不思議な反応を見せるが、やがて「失礼します」と小声で言ってレオルの前のソファに腰をかけた。


「マリン、ここに来て2週間ほどだけどどう? 少しは慣れた?」


「え、えっと」


思いも寄らない質問だったのか、マリンは口を震わせながらレオルへ返答する。


「実際のお屋敷はすごく広くて、やるべきことも多くて、慣れるには時間が掛かりそうだなと思っています」


「そっか、マリンの家はここまで広くないの?」


「と、とんでもない! 私の家など5人で暮らすだけで狭く感じるほどで!」


「5人か、誰と暮らしてるの?」


「えっと、おば……祖母と両親と祖父です」


「成る程、マリンはお祖母(ばあ)様が好きなんだね?」


「えっ?」


「1番最初に名前が出てきたから。違った?」


レオルが優しく問いかけると、マリンは頬を赤らめて俯いた。丁寧に膝の上で重ねていた両手でメイド服を軽く掴む。


「……はい。私、物覚えが悪くて、母によく叱られていたのですが、祖母だけはずっと励ましてくれていたんです、『マリンなら大丈夫』って。辛くて逃げ出したくなることも沢山ありましたが、祖母のおかげで頑張ってこられたんです」


「……優しいお祖母様なんだね」


「はい! 私の心の支えです!」


その時初めて、レオルはマリンの屈託ない笑顔を目にした。この気持ちのまま仕事を続けてくれたらと思ったが、「し、失礼しました!」とマリンはすぐさま笑顔を引っ込めてしまう。


「マリン、別に笑ったままでもいいんだよ? そっちの方がマリンにとっても……」


「いえ、新米がへらへら笑っているわけにはいけませんし。今は地道に1つ1つ仕事を覚えていかないと」


「……」


マリンの言うことも一理ある。レオルはそれ以上マリンへ言葉を紡ぐことができなかった。


「レオルさま、ありがとうございます」


「えっ?」


話が終わったと立ち上がったマリンは、深々と頭を下げてから困ったように微笑む。


「私が不甲斐ないから、お声をかけてくださったのですよね?」


「えっ、いやそんなつもりじゃ」


「いいんです、2週間経っても馴染めてないことを考えれば当然ですから」


「……っ」


レオルは再び言葉を詰まらせてしまう。


「でも、レオルさまのおかげで元気が出ましたから。もう少しだけ見守ってくださると嬉しいです」


「あっ、うん……」


「それではレオルさま、失礼いたします」


そう言ってマリンは、再度お辞儀をしてから部屋の外へと出て行った。


「これで……よかったのかな……?」


額に手を当てながら、レオルはマリンの困ったような笑みを思い出していた。


入室してきた時のマリンと比べれば表情が明るくなっていたし、言葉を詰まらせる場面も少なくなっていた。自分との会話は少なからず意味があったように思える。


だが、最後の笑顔がレオルの頭からこびりついて離れなかった。何かを見落としているような、そんな違和感。


そんな不安の答えを教えてくれたのは、マリンの教育係でもあるレオルだった。



―*―



「マリンがいじめられてる!?」


マリンと話した数日後、レオルはリゲルからの言葉に強く反応した。


「違います、陰口を叩かれているだけです」


「立派ないじめじゃないか! 誰が言ってるんだ、早く止めさせなきゃ……」


「なりません、レオルさま」


今にも部屋から飛び出していきそうなレオルの腕をリゲルが取った。


「……何? リゲルはマリンがいじめられたままでいいと思ってるの?」


「違います。最後まで私の話を聞いていただきたいだけです」


「……うん。ごめん、少し冷静じゃなかった」


レオルは最も信頼する使用人に頭を下げてから、再びソファに腰を下ろした。


「で、リゲルの考えを聞かせてほしい」


「いえ、私はレオルさまの考えを聞かせてほしいのです」


「えっ?」


そう言うと、リゲルは真っ直ぐ自分の主を見据えた。


「レオルさま、私はレオルさまならお怒りになると分かっていて先ほどの事実をお伝えしました」


「どうして? 僕を怒らせたいわけじゃないんだろう?」


「勿論です。この陰口は本来発生しないものです。()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()


そこからリゲルは、レオルに届いていない使用人事情を教えてくれた。


マリンの陰口をしているのは、レオルやエストリア、シストリアに直接仕えていない若い使用人たちだった。


明らかに自分たちより劣るマリンがレオルに仕えている現実に納得がいかなかったのだろう。当初は気にならなかったものの、マリンに向上が見られなかったため、皆が口にするようになったようだ。


そして話はここで終わらない。


「昨日、マリンが私にレオルさまの担当を外してくれないかと言ってきました」


「っ!?」


レオルにとって何よりショックなことだった。言葉が出てこなくなったレオルをリゲルがすかさずフォローする。


「念のため言っておきますが、レオルさまが嫌だからというわけではないですよ。自分自身現状に思うことがあったようです」


しかしながらレオルの耳には届いていない。それほどマリンの言葉が衝撃的だったのであろう。


「レオルさま、私は聞きたいのです」


「えっ?」


「私は1度、マリンはレオルさまの担当を外れ、1つ1つ地道に覚えていけば良いと思います。それがマリンのためだとも思っています。レオルさまさえそれで良いなら、奥様に私から進言いたします」


「担当を、外れて……」


「レオルさまの考えをお聞かせください」


そう言われて、レオルは自分の目に映っていたマリンを思い出していた。


慌てふためく姿、頭を下げる姿、申し訳なさそうに誤る姿。



――――そして、嬉しそうに笑う姿。



それらを思い出しながら、レオルはポツリと言葉を口にした。



「マリンってさ、すごく姿勢が綺麗だと思わない?」


「えっ?」



予想だにしないレオルの言葉に、リゲルは言葉を詰まらせた。


「僕さ、母様によく言われた。無意識に姿勢を正すのに時間がかかったなぁ、エストやシストは今でも母様に怒られることあるっけ」


「レオルさま?」


「それとね、お辞儀も綺麗なんだよ。慌てていてもそこはしっかりしていて、頑張って身につけたんだなって僕でも分かるくらいだ」


言葉にしてみて、レオルは自身の気持ちにはっきりと気付くことができた。


「リゲル、僕はマリンなら大丈夫だと思ってる。身に付くのが遅いだけで、身に付きさえすれば誰よりも立派なメイドになれると思う。だから僕、マリンに頑張ってほしい。僕の使用人のままでいてほしい」


「レオルさま……」


マリンには酷な話なのかもしれない。それでもレオルはマリンに頑張り続けて欲しかった。この1番辛い時を乗り越えさえすれば、マリンは立派なメイドになると信じていたから。


「分かりました、マリンにはその旨伝えます。陰口を言っていた者たちにもそれとなく戒めておきます」


リゲルはレオルの宣言が嬉しかったようで、穏やかな笑みを浮かべた。


「ありがとうリゲル。嫌な役回りさせちゃうけど」


「何を言いますか、レオルさまの強いご意志を聞けて私は嬉しいです」


「そう言われると照れ臭いな」


「マリンも喜びますよ」


「……そうだと嬉しいな」


レオルは、間違ったことを言ったつもりはなかった。自分のために、マリンのために、これが良いと結論を下したつもりだった。リゲルも否定していなかったし、間違っていないはずなのである。



――――――だからこそ、レオルにとってはあまりに衝撃的な展開が待ち受けるのである。



―*―



「申し訳……ありませんっ……!」


何度も聞いてきた、マリンの謝罪の言葉。

大して悪いこともしていないのに述べられるため普段は気にしてこなかった言葉。


「……今、なんて……?」


だが、今回は決して聞き逃してはならなかった。


リゲルからマリンが担当を外れたいと言った時以上の衝撃が、レオルを襲っていた。


聞き間違いであってほしいというレオルの強い思いが先行する。



しかしながら、残酷にもマリンはもう一度その言葉を口にした。




「……私を……解雇していただけないでしょうか……?」




レオルは、マリンへの後押しの仕方を完全に間違えていた。


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