7話 二人きり
フラーナが紹介を行ってなお、フラーナの衣服に縋り付いて視線を合わせようとしないフェリエル。
その姿を見て、レオルは嫌われているという感覚より、拗ねている妹たちを連想した。
そのおかげで、気後れすることなく、レオルはフェリエルへ挨拶を返すことができた。
「フェリエル様、初めまして。レオル・ロードファリアと申します。この度はフェリエル様と仲良くしたくこの場に馳せ参じました」
少し固い言い回しでありながらも、レオルは笑顔を絶やさず気持ちを伝える。
自分を嫌っているわけではなく、ただ人見知りをしているだけだと言うなら、レオルだって仲良くなりたいと思う。
「っ!」
しかし当の本人は、再びフラーナの後ろに隠れようと行動を起こす。急な申し出のせいで、驚かせてしまったのかもしれない。
「もうこの子ったら。ゴメンねレオル君、私と2人の時はもっと活発なんだけど」
「いえ。今日初めて会う相手を警戒するなんて当たり前のことですから」
「……ソフィリア、レオル君少し出来過ぎじゃないかしら?」
「私も少し困っているところではあるけれどね」
「……?」
ソフィリアとフラーナが困ったように顔を見合わせるが、レオルはついていけてなかった。
叱られているわけではないと思いたいが、小声で話しているのが少し気になった。
すると、部屋の扉がコンコンと鳴り響いた。
「扉の外から失礼いたします。たった今七貴隊隊長就任式を終え、懇親会へと移る模様です。ご準備の程、よろしくお願いいたします」
「あらら、もうそんな時間なのね」
衛兵からの伝達を受け、首を傾げながら頬に手を当てるフラーナ。思った以上の早い呼び出しに頭を悩ませている様子である。
レオルとしても残念であった。
なんとかフェリエルに対して挨拶をしたものの、1度も会話を行えていない。
できれば今日中に交流を深めておきたかったところだが、懇親会の時間だというなら一先ずお暇しなければならないだろう。
「レオル君、本当はもう少し間に入ってあげたかったんだけどお願いしてもいい?」
「えっ?」
何か話を聞き逃したのかと思うほどの唐突な申し出に面食らうレイン。
そこをフォローするかのように、フラーナは笑みを浮かべて付け加えた。
「私とソフィリアはこれから懇親会だから、フェリエルと一緒に居てあげて欲しいの」
「っ!?」
まさかの申し出。懇親会にレオルとフェリエルを連れて行くわけではなく、部屋で一緒に待機していてほしいとのことだった。
レオルとしてはまったく問題はないが、フェリエルはそんなこと聞いていないと言わんばかりにフラーナの衣服を引っ張っている。
「じゃあフェリエルも行く? 知らない大人の人がたくさんいるかもよ?」
「……やだ」
「それなら大人しくお留守番ね。私は行かなきゃいけないし」
「それもやだ!」
「あんまり駄々こねちゃうと、フェリエルのこと嫌いになっちゃうよ?」
「やーだー!」
初めて口を開いたフェリエルの様子を見て、形容しがたい違和感を覚えるレオル。
自分のことしか知らなかったため、親の言うことを聞かない子どもという図が不自然で仕方がなかった。
「これだって1つの形なのよ、レオル」
レオルの心の内を悟ったかのように、腰を落としてレオルに視線を合わせるソフィリア。
「親子の有り様に正解なんてない。物覚えのいいレオルに私は助かってるけど、寂しいと思うこともあるしね」
そう言いながらソフィリアは、ゆっくりとレオルの頭を撫でる。
その心地よさに頬を緩めていると、ソフィリアはレオルにだけ聞こえるよう呟いた。
「フェリエル様のこと、お願いね? レオルならきっと、仲良くなれると思うから」
「……はい!」
ソフィリアに習って小声で決意表明すると、ソフィリアは安心したように口元を緩めた。
母が期待してくれている。それに勝る応援など早々出てくるものではない。
レオルは未だ収まらない王族の言い争いに目を向けながら、小さく両手の拳を握るのであった。
―*―
先ほどとは打って変わって静寂が訪れる室内。
ソフィリアとフラーナが部屋を出てから数分経ったが、2人の間に会話はない。
それもそのはず。レオルと2人きりになった瞬間、フェリエルがベッドの中に入って布団にくるまってしまったからである。
「あの、フェリエル様……?」
こうして恐る恐る声を掛けてみても、当然フェリエルからの返答はない。
はっきり言って、打つ手なしの状況である。
――――だが、それでは自分がこの場所を任された意味がない。
ソフィリアもフラーナもフェリエルのことをお願いと言っていた。それは勿論、この状況のことを言うのではない。母親に依存気味の彼女と、仲良くなることを指している。
そしてそれは、レオルも望むところ。聞く耳を持たない相手ならば、多少強引にでも話を聞いてもらう展開を作らなければならない。
レオルは1度フェリエルから離れると、壁面に並ぶ本棚に目を付けた。一緒に本を読むことでフェリエルと交流する作戦だ。
「あった!」
レオルはミストレス王国の地図を見つけると、早速取り出しフェリエルの元へ戻ってくる。
「フェリエル様! 一緒に御本を読みましょう! とっても楽しいですよ!」
「……」
「地図を見てるとすごくワクワクするんです、お外に出る楽しみが増えますよ!」
「……」
無反応。もしかすると、地図には興味がないのかもしれない。
「それでは料理の本はいかがでしょうか!? 食事の時間が楽しみになりますよ!」
「……」
本のジャンルを変えてみたがこちらも無反応。もしかすると、すでに夕食は済ませているのかもしれない。
「やっぱり動物の図鑑がいいですよね、可愛い生き物や格好良い生き物がいっぱい載っていて……」
「うるさい!!」
3度目の正直。分厚い動物の図鑑を持ってくると、ついにフェリエルが反応を示した。
布団から飛び出し、先ほど泣きじゃくって赤くなった瞳でレオルを睨む。
「さっきからうるさい! あたしはもう寝るの! 御本なんて興味ない! 用が済んだならさっさと出て行って!」
明かな拒絶。フラーナと言い合いをしていたこともあり、機嫌はすこぶる悪い。まともな会話など到底できるとは思えなかった。
しかしながら、レオルも素直に了承して出て行くわけにはいかない。
「やっとお顔を見せてくださいましたね」
「っ!」
微笑みながら声を掛けると、フェリエルは顔を赤くした。
再び布団に潜り込もうとしたが、そうされる前にレオルが布団を回収した。
「返して!」
「まだお休みには早いです、それより僕とお話ししてくださいませんか?」
「やだ! 用が済んだなら出て行ってって言ったでしょ!」
「まだ済んでいませんから、終わったら仰せの通り出て行きます」
「仲良くならならないから! あたしは絶対、仲良くならないから!」
頑固一徹。レオルも辛抱強く声をかけてるが、フェリエルはまったく折れる気配がない。
どうしてこんな態度を取るのか。理由があるのだとしても、残念ながらそれを知るよしはない。そこから牙城を崩すことはできない。
ならば、レオルが見ている事実から掘り下げているしか方法はない。
「フェリエル様は、フラーナ様とは仲良しですよね?」
そう言うと、怒号続きだったフェリエルの言葉が止まる。
鋭く尖っていた視線が一瞬、柔らかくなった。
「仲良くない、仲良くなんてない……」
「いえいえ、見ていてすごく仲良さそうでした。素敵な関係だと僕は思いました」
「仲良くない!」
再度怒りを示したフェリエル。
その瞳からは、ポロポロと涙が溢れ出していた。
「仲良くなんてない……最近のお母様はずっと厳しくて……相手にしてくれない時間も増えて……全然仲良くないもん……」
フェリエルの泣き顔を見て、レオルは彼女が頑なだった理由を察することができた。
フェリエルは、フラーナとの時間を何より大事にしていて、それを拠り所としていた。
それなのに、最近のフラーナはフェリエルと距離を取るように行動していた。意図的ではないのかもしれないが、少なくともフェリエルにはそう見えていた。
ただでさえ母との時間が少なくなっているのに、よそ者が仲良くしたいと、フェリエルの時間を欲しいと言ってきているのだ。どんなことがあろうと承諾できるわけがないのである。
承諾してしまったら、フラーナがもっと遠くへ行ってしまう予感がしていたから。
「大丈夫ですよ、フェリエル様」
だからレオルは、真っ先にフェリエルの不安を否定した。
目を丸くするフェリエルへ優しく微笑みかける。
「フラーナ様はフェリエル様のことを愛していらっしゃいます」
「……嘘よ、何も知らないくせに」
「本当ですよ。今日僕が来たのは、フラーナ様に頼まれたからなんです」
「……お母様が?」
正確には違っていたが、先ほどのフラーナとのやり取りを思い出せば大きく間違ってはいない。
「フェリエル様と仲良くして欲しいと。フェリエル様が嫌いだったら、僕にこんなお願いするでしょうか?」
「……」
フェリエルは言葉に詰まった。
母とは仲良くないと言い続けてきた彼女だったが、自分のために行動してくれていると知って、心が揺れ動いてるのであろう。
だが、これではフェリエルの悩みは解決しない。
「……でも、おまえと仲良くしたら、お母様が遠くに行っちゃう……」
これこそがフェリエルがレオルを避けていた1番の理由。フラーナが本当に遠くに行くかは別として、この問題をなんとかしなければ、フェリエルは前に進むことができない。
「実はフェリエル様、すごくいい作戦があるんです」
フェリエルを安心させるかのように見せた満面の笑み。不安を塗り消してしまうような、自信に満ちた笑みだった。
「作戦?」
「フェリエル様は、フラーナ様が誰かと仲良くしていたら、少し寂しくなりませんか?」
「……なる。だめーってなる」
「はい。大好きな人が別の誰かと仲良くしてるとそうなるんです。だから、今度はフェリエル様がそうするんです」
「あたしが……?」
「フェリエル様と僕が仲良くなったら、フラーナ様がだめーってなります。そしたら、前よりずっとフラーナ様と仲良くできますよ」
レオルの提案で、沈みに沈んでいたフェリエルの瞳に光が差し込んだ。
「ホントに? ホントにお母様、だめーってなる?」
「なります。指切りしましょうか?」
そう言ってレオルは、右手の小指をフェリエルの前に差し出した。
目をパチクリさせてから、フェリエルもレオルに倣って右手の小指をレオルに小指に絡めた。
「これで約束です。フラーナ様ともっと仲良くなるために――――僕と仲良くなってください」
「……何それ、変な約束」
レオルは初めて、フェリエルの笑顔を見ることができた。
涙でぐちゃぐちゃになった、とびっきりの笑顔。それを見て、レオルもようやく安心することができた。
「しょうがないから仲良くしてあげるわ――――――レオル」
「はい!!」
名前を呼ばれて、レオルも心の底から嬉しくなる。フェリエルから目線を外されてしまうが、そんなことどうでもよくなるほどだった。
相手は王国の姫君。そう簡単に馴れ合っていい相手ではない。
だがそうだとしても、仲良くできる初めての同世代の存在に、レオルはただ嬉しくなるのであった。