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10話 スクエア

「よーし、最初の授業を始めるぞ。教科書はちゃんと行き渡ったな?」


担任であるリエリィーが朝礼からそのまま教室に残り、Bクラス最初の授業を始める。Bクラスの新しい生徒への気配りも特になく、Aクラスへ上がったグレイに対しても特に反応を示していない。最初に皆を引っ張っていく姿勢を見せていたリエリィーとは異なり、レインは違和感を覚えざるを得なかった。


チラリとヤーケンの方へと視線を向けるが、やはりショックが尾を引いているのかどこか上の空だ。無理もない、彼の言うことが正しいのなら直接的な原因は本人にはないのだから。


他の心当たりがないのなら、ヤーケンの降級の理由は『遅刻』ということになる。だがそれは馬の不調であり、もしものためにヤーケンは学院に事前に連絡をしている。それでもなお、扱いは降級。


もし仮に体調不良で学院を欠席した場合、どういう扱いになるのか。腕を怪我してセカンドスクエアの授業を放棄したら、どうなってしまうのか。


考えれば考えるほど泥沼にハマるようで、レインは大きく頭を左右に振る。今は授業中、考えるのは休憩時間まで一度置いておくことにした。


「すみません先生、体調が、芳しくないので、席を外していいですか?」


そう思った直後、ヤーケンは身体を前傾にしたままよろよろと手を挙げた。上の空状態からさらに悪化しており、どう見ても授業を受けられる様子ではない。


「スタートの授業からとはやるなぁ、一人で大丈夫か?」


「はい、なんとか」


「分かった。医務室で一旦休憩しろ。これより悪くなるようなら迎えを呼べ、実家組だよなヤーケンは」


「わ、分かりました」


怠そうに身体を起こすと、ヤーケンはゆっくりと教室の外へ出て行った。皆の視線が廊下へと集中するが、リエリィーが目線を戻させるように両手を強く弾いた。


「はい集中、今度こそ授業始めるぞ」


そう言うと、リエリィーは配布した教科書を教壇に置き、生徒に笑顔を向けた。


「配っておいてなんだが、俺の授業では教科書はあまり使わない。教科書に沿った歴史を覚えたってお前たちのためになると思わないからな、俺の進行に合わせて適当にメモってくれればそれでいい」


パラパラと教科書を流し読みしていた生徒たちの手が止まる。一人又一人、各々の目線がリエリィーへと向けられていく。


「最近の授業は『スクエア』についてだ。ザスト、お前の知ってるスクエアを教えてくれ」


「スクエアすか? そりゃ他者とやり取りを行える『ファーストスクエア』と、炎や水なんかを発現させる『セカンドスクエア』ですよね?」


「そうだな、自分の身体の正面で右手の人差し指を二度『タップ』すると出現するのがファーストスクエア」


そう言いながら動作し自身のファーストスクエアを出現させるリエリィー。


「大きさは大体今日の朝食のトレイくらいかな。全人類が使えるスクエアで、ザストが言ったように『メッセージ』や『コール』で離れた相手と連絡を取ることができる。古い歴史書でもファーストスクエアが使用されている一文があるんだが、今でも廃れてないところを見ると相当有用なものであることが分かる」


リエリィーは再度右手の人差し指を二度タップして、空間に浮かぶファーストスクエアを消去する。


「じゃあ次だ。テータ、ファーストスクエアとセカンドスクエアで大きく違うところは何だ?」


「使用人口ですね、ファーストスクエアは全人類が使えますが、セカンドスクエアは貴族にしか使えない」


「成る程な、残念だがその言い方だと50点だ」


「えっ?」


面食らうテータとざわつく生徒たち。その様子を見て、リエリィーはあからさまに落胆する。


「嘘だろ、お前たち歴史に興味ないの? 掘り下げたら一番面白い教科なのに」


レインとしては激しく同意したいところだが、多くの生徒は目をゆらゆらと彷徨わせるだけ。誰も視線をリエリィーと合わせようとしない。


リエリィーの気持ちは分かるが、仕方ないことだとレインは思う。セカンドスクエアは貴族だけが使用できるもの、レインたちはそういう風に教わるのだから。


「まあいい、今日から覚えてくれれば。セカンドスクエアの誕生はおおよそ1200年前と言われている。それまでは人類には階級なんてものはなかったんだ。先導者はいても王や貴族はいない。じゃあ王や貴族を生んだものは何か、ここまで言えば分かるよなテータ」


「――はい。貴族がセカンドスクエアを使えるんじゃなくて、セカンドスクエアを使える人間が王や貴族になったんだ」


「そういうこと。普通に考えれば分かりそうなことだけど、言われないと分からないもんだよな」


テータの回答に教室が沸く。生徒の歴史に対する関心が上がったようで、リエリィーも嬉しそうだ。


「ちなみにセカンドスクエアは分からないことだらけで面白いぞ。アリシエール、さっきザストが言ったセカンドスクエアで発現させる炎や水、これは総称して何て呼ばれる?」


「え、えっと、『バニス』です」


「正解だ。そのバニスが記されている書物、『セレクティア』。お前たちも読むのは苦労しただろうが、セレクティアに関してはさらに困っている事実がある」


「それ知ってる! セレクティアって作り方が判明してないんだろ?」


リエリィーに割ってザストが回答すると、リエリィーは嬉々としてザストに反応する。


「その通り! セレクティアはセカンドスクエアの誕生と同時期から発見されているが、未だにその作成方法が判明していない。作成者も謎のままだ。セレクティアやバニスを参考にした技術は発展しても、セレクティア自体の作成が難航しているというのが現実だ。おかしいよな、俺たち貴族にとって当たり前のものの作り手すら分かってないなんて」


「でも先生、それっておかしくないですか?」


リエリィーの説明に異議を唱えたのはテータ。それを待っていたかのようにリエリィーは表情を緩める。


「どこがおかしい?」


「僕は国営の書店でセレクティアを購入していると父から聞いたことがあります。だとしたら、国の誰かはセレクティアの作成者を知ってるんじゃないですか?」


「そうだよな! そう思うよな! そこが面白いところなんだよ、この話の。レイン、存在が明らかにされていないバニス、『三大秘称(ひしょう)』は何か知ってるか?」


三大秘称、リエリィーが言うように存在が明らかにされていないバニス。使用した人間を見たと書物に記述されているが、セレクティアが存在しないものだ。三大秘称を求めて各地を転々とする冒険家もいるが、研究者の中には記述そのものが改竄(かいざん)されており、三大秘称は妄想の産物と主張している者もいる。ある意味で、多くの人間の注目を浴びているバニスだ。


「飛行、転移、擬態です」


「おお、よく知ってるな。ロマンがあるのに意外と皆知らないんだよな」


素直に驚くリエリィーを見て首を傾げるレイン。今まで生徒たちに質問していた内容が基本的なものであったため、三大秘称もそれに類するものだとレインは思っていた。確かに、三大秘称についてはレインも自身で勉強して覚えた内容で、親や執事からはあまり聞かないものなのかもしれない。


「で、何故この話をしたかと言うと、セレクティアの作成者が転移のバニスを使用することで正体を明かさずセレクティアを国へと譲渡している説があるからだ。セレクティアの作成者だからこそ転移のバニスを使用できるのだと考えれば、納得できる部分も多いしな」


「譲渡って、そんな都合のいい話あるかぁ? セレクティアってめちゃめちゃ高いんだぞ?」


「――ここだけの話だがなザスト。セレクティアが譲渡されるタイミングで、王室倉庫の食物が大量に消えているとかなんとか」


リエリィーが小声でふざけるように言うと、教室が笑い声で満たされる。ザストが「そりゃご馳走でも貰わないと割に合わないわな」と付け加えるものだから、さらに沸き立ってしまう。


「てな感じで、本当かどうかはともかく物々交換として王国にはセレクティアが渡っていくようだ。希少性も相まって非常に高価な代物だけど。だからセレクティアの作成者を見つけて技術を得ることは一番の悲願と言えるだろうな」


歴史から内容が逸れている気がするものの、生徒たちは集中してリエリィーの話に耳を傾けている。歴史の小難しいイメージを最初に取っ払ったからであろう、リエリィーだけでなく生徒たちも楽しそうなのが伝わってくる。



――――だからこそ、リエリィーがあえて考察を一つ省いたことにレインは気付く。


『セカンドスクエアを使えるのは貴族だけ』、この言い回しを指摘したリエリィーが『セレクティアの作成者は謎のまま』なんて物言いだけで済ますはずがない。少なくともレインなら、謎という単語だけで自体を済ませようとは思わない。1200年以上王城へと足を運ぶ作成者が、偶然でも人と一度も会わないなんて考えられないからだ。それでも謎だと言うのなら考えられる理由は一つ。



――――作成者に会った人間は、例外なく殺されているから。



この解釈に、当然リエリィーも気付いているだろう。しかしながら、それを授業で伝える必要も無い。楽しさで溢れている教室に、水を差す理由がない。それくらい、レインも理解している。


だが、この空間の中で真っ先に人の生死の発想が出た自分に、レインは軽く罪悪感を抱くのであった。


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