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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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68話 託された思い

「メドラエルさん!」


レインはすぐさまミレットに駆け寄ると、恐る恐る彼女に額に手を当てた。


「なっ……!」


その熱さに、レインは絶句してしまう。とても自由に身体を動かせる体温ではない。彼女はこの状態の中、七貴舞踊会に参加していたというのだろうか。


「……レイン、君?」


額に触れた手が冷たかったためか、意識を失っていたミレットが虚ろげに瞳を開いた。


そして、心配そうに見つめるレインに向けて弱々しく笑みを浮かべる。


「いけないんだぁ、ここ、女子のトイレだよ……?」


そう言うと同時に、ミレットは強く咳き込んだ。

慌ててレインは背中を摩るが、すぐに良くなるようなものでないことは容易に察することができる。


「メドラエルさん、いつから体調が……?」


捜索中に推測はしていたが、ミレットはひどく体調を崩していた。

これで今日のミレットの行動も繋がっていく。彼女はできるだけレインたちと会う時間を減らし、体調不良を悟られないようにしていたのだ。


「おかしい、よね。昨日までは、ちょっと身体が重い程度だったのに。今日になって、熱や喉の痛みが出始めて……」


つまるところ、今日悪化しただけで、体調は少し前から崩していたことになる。

どうしてそれに気付くことができなかったのか、レインは自分の愚鈍さをひどく呪った。


さらに追及すれば、自分がミレットに風邪を移してしまった可能性さえ考えられる。補助役が代役に風邪を移すならともかく、その逆などあっていいはずがない。


「レイン君のせいじゃ、ないからね? 元々疲れっぽいなって、思ってたの。お見舞いの件は、本当に関係ないから……」


責任を感じ深刻そうな表情を浮かべるレインにフォローを入れるようにミレットは呟く。


レインの思った通り、彼女は無責任な人間ではなかった。そうであったなら、この状況で自分より相手の心配をできるはずがない。



「それより、もうすぐウルちゃんの番、だよね? 早く、準備しないと……」



――――無責任でないからこそ、ミレットは自分の体調を押してでも立ち上がろうとするのである。


「あっ……」


しかしながら、足が言うことをきかず、その場で崩れ去ってしまうミレット。倒れそうになるところを、レインがギリギリのところで抱きかかえることに成功する。


「無理だよメドラエルさん、歩くこともままならないんじゃ……!」


「……っ」


無理を諭すようにレインが声を掛けると、ミレットは立とうとするのを止めて、レインの胸元に頭を預けた。


そして――――




「……ごめん、なさい……!」




ミレットは身体を震わせながら、レインへ謝罪した。

涙混じりの、心の底から這い出た哀しい声だった。


意味が分からない謝罪に返答できずにいると、そのままの体勢でミレットが続ける。



「できると、思ったの、ちゃんと、1人で。演舞も、補助役も、両方こなすくらい、訳ないって」



苦しそうに言葉を切りながら、ミレットが自分の思いを吐露していく。



「それに、嬉しかった。レイン君が、いろんなこと、教えてくれて。この2週間ちょっとは、私の人生の中で、1番充実してた。学院に行くのが、すごく楽しみだった」



ミレットの思い。七貴舞踊会に向けて過ごす日々への気持ち。

レインからすれば申し訳なくなるほどに眩しい思いだった。



しかしながら、ミレットの話はまだ終わらない。少し間を空けると、レインの制服を掴むミレットの手が大きく震えた。



「なのに私、肝心なところでやらかしちゃった……! レイン君には迷惑かけないようにって、その思いで両立を続けたのに、そのせいで体調崩して、もっとレイン君に迷惑かけちゃったぁ……!」



ミレットの嗚咽が止まらない。ここまで孤独に耐え抜いたからこそ、レインに知られ、気持ちをせき止めることができなくなってしまっていた。



「なんで、なんで動かないの私の身体……! 後3分、たった3分動くだけでいいのに……!」



彼女の慟哭を耳にし、レインはようやく決意した。あまりに判断の遅い決意だが、それでもレインは自分の意志で決めた。


こうまでミレットが辛そうなのは、自分を巻き込んでいるからである。

七貴舞踊会に出たくないという自分の思いを知っているからこそ、ミレットは責任を感じているのである。


ならば問題は容易に解決する。子供じみたこだわりをなくしてしまえばいいだけである。



この状況を見て、泣いている女の子が側に居て、自分を優先するような愚か者には死んでもなりたくなかった。



「大丈夫だ、メドラエルさん」



自分へ縋り付くミレットの頭を優しく撫でると、レインは落ち着かせるようにそう呟いた。




「――――――俺が出るよ。メドラエルさんの代わりに、俺が出る」




ついに口にした、レインの決意。

レインは、ミレットに投げていた代役としての役割を、自分で果たすことを決めた。



「だ、ダメだよそんなの!」



だが、脊髄反射のごとく顔を上げたミレットが、即座にそれを否定する。



「レイン君、七貴舞踊会に出たくないんでしょ!? それなのに、ゴホッ、私の代わりに出る必要なんて!」



彼女らしい、レインを気遣った上での否定だった。レインの気持ちを優先したいからこそ、彼女は体調不良に苦しみ、隠し、今もなおもがき続けているのである。



「そうだね、言い方が良くなかった」



だからこそレインも、ミレットが納得してくれるように言い回しを変えることにした。



「補助役はメドラエルさんだからこれはお願い、体調不良につけ込んだ勝手なお願いなんだ」


「お願い……?」


「うん。俺が七貴舞踊会に出たいから、出番を代わってほしい」



そう言うと、ミレットは呆けたように真っ赤な目許をレインへ向けた。

自分勝手のようで、ミレットを気遣ったと容易に判断できる主張。



「ふふ、ふふふ」



涙でぐちゃぐちゃになったミレットの表情には、次第に笑みが生まれ始めていた。



「何、それ……レイン君ってもっと、上手に立ち回ると思ってたのに」



あからさますぎて、ミレットも笑うことしかできない。

体調不良の自分に気を遣わせないよう『お願い』というテイをとっているが、分かり易すぎて悩んでいるのが少し馬鹿らしくなってきた。


体調不良になったことは戒めなければならない、こうならなければレインが出場するなど決して言わなかっただろう。


でも、こうして自分が満足に動けない以上、ミレットはレインの言葉に縋る他ない。

譲歩してくれているレインに、甘えてしまいたい気持ちになっている。



「それなら、1つだけこっちもお願いいい?」



レインが首を傾げると、ミレットは震える左手で自分を小さく指差した。



「私のこと、名前で呼んで欲しい。メドラエルなんて、他人行儀じゃなくて」



苦痛に苛まれている中、力強い瞳でレインを見つめるミレット。呼び方を変える、大層なことでもないはずなのに、ミレットの表情は真剣そのものだ。


レインは自宅でザストたちと名前呼びを始めた時のことを思い出す。思えば、あの頃から2人との絆が強くなっていったように感じる。


「分かったよ」


ならば否定的に考えることは何もない。1人の友人として、ミレットの思いに応えるだけである。




「――――――ミレット。俺に、君の親友の手助けをさせてくれ」




レインは、寄り添うミレットに優しく微笑みかけた。彼女を安心させるように、自分の身体を優先してもらうように。



その思いが通じたかのように、ミレットの中で張り詰めていた緊張の糸が切れる。再度涙をポロポロ零しながら、それでも太陽のように輝く笑みを見せる。




「――――――はい。他の誰よりも、1番信頼してます」




ミレットの了承を得られたことで、レインはすぐさま行動に移す。

まもなくウルの出番が来てしまうが、その前にやらなければならないことがある。


「え、えっ!?」


レインはミレットの背中と膝の裏に腕を入れると、力を入れて彼女を抱き上げた。


「ちょ、レイン君!?」


異性に抱き上げられる恥ずかしさから、顔を真っ赤にして戸惑うミレット。

解放されたいかもしれないが、彼女を医務室に送り届けなければ七貴舞踊会に参加できない。


「悪いけど、少し我慢してくれ」


女子トイレから出て、先ほどミレットを捜しているときに見かけた医務室へと向かうレイン。誰かとすれ違った際には何か言われそうだが、それを気にしている余裕はない。


「……レイン君」


「ん?」


腕の中でようやく落ち着いたミレットが、1番大切なことをレインへ伝える。



「ウルちゃんのこと、お願いね?」


「任せてくれ」



間髪入れずに返ってきた言葉を聞いて、ミレットは嬉しそうに目を閉じた。


ようやく、心の底から安堵して休めるときがきたのである。


それと同時に、心が躍るのをミレットは止められない。


願ってはいけなかった組み合わせ、不謹慎だと思いながらも達成されたある人の目標。


直接その光景を見ることができないのは残念だが、それでも楽しみで仕方がなかった。



レイン・クレストが、七貴舞踊会の舞台に立つことを。

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