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弱くてニューライフ~逆転のサードスクエア~  作者: 梨本 和広
2章 七貴舞踊会のフィナーレ
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67話 ミレットを捜せ

ウルの話はこうだった。


七貴舞踊会午前の部が終わり、昼食を取るためミレットと合流しようと思ったウルだったが、メッセージを飛ばしてもコールをかけてもミレットに繋がらなかったらしい。


不安を覚えて大まかにミレットを探し始めたウルだったが、人が多くて見つけられず、控え室にいるかもしれないと思い今に至るのである。


「なんで、なんで、こんなこと今までなかったのに」


ウルはしゃがみ込んで身体を小さくしながら嗚咽を漏らす。ミレットと仲が良いことは知っていたが、ここまで不安を募らせるほどとは思っていなかった。


深く考えすぎだと、ウルを励ますことはできなかった。

今日のミレットは確かに様子がおかしかったし、コールやメッセージに反応しないのも変な話である。


何か事件に巻き込まれているとは思いたくないが、早くその姿を見つけるに越したことはない。


レインはファーストスクエアを展開し、ザストへコールを飛ばす。


『どうしたレイン、今更一緒にご飯食べたいって言っても遅いからな、もうほとんど終わってて……』


「ザスト、頼みたいことがあるんだ」


『……何かあったのか?』


すぐにコールに対応したザストは、レインの声を聞いてすぐに陽気な口調から真面目なものに変わる。


「いや、大したことじゃないんだ。観客席のどこかでメドラエルさんを見つけたら教えて欲しいと思って」


『了解、観客席だけでいいのか?』


「とりあえずは。ざっと1周しているか確認してくれ」


『分かった。もうすぐ観客席に戻るから見つけたら連絡する』


「ありがとう」


大事ではないことを強調し、ザストへ協力要請をしたレイン。午後の部が始まるまで残り10分、例えそれが過ぎてしまっても捜す範囲が観客席なら七貴隊の演舞は見ることができるだろう。


ザストは七貴舞踊会を生で見るのは初めて、ならばその演舞をしっかり目に焼き付けてほしい。



観客席以外の場所を捜すのは、自分の仕事である。



「コトロスさん、今からメドラエルさんを捜してくる。君は控え室に待機していてくれ、時間になったら先に舞台に行っててほしい」



ファーストスクエアを消して急いで控え室を出ようとすると、ウルがレインの制服の裾を掴んで引き留める。


その瞳は、涙と不安で大きく揺れていた。


「どうしよう、もしミレットが見つからなかったら! あたし、あたしどうすれば!」



「――――大丈夫」



幼子のように感情を漏らすウルを見て、レインは優しく声をかける。


そして、心を落ち着かせるようにウルの頭を撫でた。



「メドラエルさんは必ず見つける。コトロスさんの前に連れてくる。だから、信じて待っていてほしい」



心強いレインの言葉に、ウルは目を見開き、涙を止めた。目の先には、普段彼女に向けられることのない温かい笑顔があった。


こんな状況だからこそ、冷静さを欠いてはいけない。

根拠もアテもないが、それを言い訳に並べるつもりはない。

男が1度やると言ったのなら、何が何でもやり遂げるだけである。



「うん……ミレットのこと、お願い……」



涙を拭いながら、ウルは親友の安否をレインへ託す。彼ならばすぐに見つけてくれるという思いが、ウルの心を軽くした。


そうしてウルは、誰よりも頼もしく見えるその背中を祈るように見送るのであった。



―*―



「……くっそ」


滴る汗を腕で拭いながら、人の多さに嫌気がさすレイン。

エンハストールの外を捜索しているが、午後の部の直前ということもあり、食事から戻ってきた人たちで溢れかえっている。この中からミレットを捜し出すというのははっきり言って困難だ。


だが、それでも諦めるわけにはいかない。

午後の部が始まれば人は少なくなるし、アークストレア学院の制服は目立つ。外の風に当たるために散歩でもしているのなら、そのうち見つけることができるはず。



――――もっとも、散歩をしているだけの人間がコールやメッセージに返答しないはずがないわけではあるが。



人を掻き分け辺りを見回しながら、レインはミレットが事件に巻き込まれた可能性を排除する。


七貴隊員が集まるこの場所で、不法をはたらく輩がいるとは考えにくい。人の目が多いことも考慮に入れれば、リスクだけが高く実行までにはいたらないだろう。


となれば、ミレット自身に何かがあったと考えるべきである。それが何なのかを断定するには情報が足りないが、推測することはできた。


レインの推測が当たっていようが外れていようが、彼女は困った状況に陥っている可能性は高い。早く合流して、助けてあげられるなら助けてあげるべきだ。


彼女のために、彼女を待つウルのために、レインは必死になってミレットを捜し続けた。



―*―



しかしながら、捜し始めて30分が経過したが、ミレットを見つけることはできなかった。


七貴舞踊会午後の部はとうに始まっており、ウルの出番もまもなくやってきてしまう。

人が少なくなってきてから改めてエンハストールの周りを1周したが、それでもミレットの姿は発見できていない。ザストからも連絡はきていない。


実はレインと入れ違いになっており、既に控え室にいるのなら問題はないが、それならウルから連絡がきているだろう。


どうしてこんなにも見つけられないのか。念のため人に見つかりにくい柱の裏や木陰なんかも捜してはいるが、全て空振りしているのが現状だ。



――――――そこまで考えて、レインは根本的なミスをしていることに気がついた。



今日を振り返って感じたことは、ミレットが自分を避けているということである。

自意識過剰かもしれないが、少なくとも人と接するのを避けているように感じられた。


それが当たっているのなら、そもそも観客席や人の往来があるエンハストール外部に行くはずがない。


人目を避けるだけならば、エンハストール内に絶好の場所があるではないか。



七貴隊員とアークストレア学院の代表者しか立ち入りを許可されていない観客席下空間が。



レインはすぐさま軌道修正し、控え室が並ぶ観客席下へ向かう。あの規模ならば、七貴隊員が使用していない空き部屋がいくつか存在していてもおかしくない。そのどこかにミレットがいる可能性は充分にある。


七貴隊員のチェックを受けて観客席下へ入るレイン。外の暑さと汗のせいで水分を欲していたがそれどころではない。


緩く弧を描く通路を進みながら、空き部屋がないか探していく。

しばらくは七貴隊員の名前が部屋の前に貼られていたが、途中から何も貼られていない部屋が見え始めた。ちょうどレインたちの控え室がある場所と点対称の位置あたりである。


レインは片っ端から部屋を開け続けたが、ミレットの姿は見られなかった。少しずつ探せる部屋がなくなっていき、レインの心に焦りが見え始める。


ここに居なかったら打つ手がない。勿論時間をかければ捜すこともできるが、それでは七貴舞踊会に間に合わない。ここまでのウルの頑張りが無駄になってしまう。


残りは後1部屋。そこに望みをかけてレインはドアを開けたが、そこにもミレットの姿はなかった。


一瞬レインの目が眩む。望みが絶たれてしまったためか、喉の渇きがピークに達していた。

1度水分を摂って仕切り直そうと考えたところで、レインはまだ捜していない場所があることに気付く。



「――――トイレ」



何故最初に思い付かなかったのかと頭を抱えたくなるほどに失念していた。もし仮にミレットがトイレにいるのなら、自分とザストがいくら捜していても見つけようがない。


レインは1番近くにあったトイレへと足を運ぶ。

空き部屋近くだったということもあり通路には人がいない、中に入るなら今しかない。


許されざる行為と知りながら、女子のトイレへと入っていくレイン。

個室が3つ並んでいたが、その中の1番奥の個室のみ扉が閉まっていた。


「……」


声を掛けるべきかどうか、レインは少し悩んだ。ミレットでなければ完全に問題ある行動である。緊急事態とはいえ、易々と許される行為ではないだろう。


しかしながら、すぐにその迷いを捨て去った。こんなことをうじうじ悩んでいてもしょうがない。最悪間違っていたら逃げ出してしまえば良いのである。


「メドラエルさん?」


勇気を出して、個室の向こうへ声をかけるレイン。先程までの疲労も相まって、心臓が慌ただしく鼓動を続ける。


どうか当たっていてくれと心の底から祈るが、いつまで経っても返答はなかった。



――――そして、返答がなかったことでレインはここにミレットがいると確信する。



すぐさま隣の個室のドアを確認するレイン。金具をスライドさせて鍵を閉めるもので、高さは腰の高さほど。これだけ分かれば問題ない。


レインは右手をスライドし、セカンドスクエアを展開する。画面のある欄をタップすると、円陣から戦闘訓練で使用したプリーバードが出現した。


そのプリーバードをドアの上部から個室へ侵入させると、見えないながらにドアの鍵の位置まで誘導しドアを開放した。



ゆっくりと内側へと開かれていくドア。




その中には――――――――壁にもたれ掛かって座り込むミレットの姿があった。

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