66話 異変
ギルティアの完璧な演舞を披露した後、2年3年と順に演舞を披露し、再び七貴隊の演舞へと進行が戻っていく。
2年の先輩も3年の先輩も七貴隊員に負けず劣らずの演舞を見せていたが、3種の基本五称を高い水準で使いこなすギルティアに注目が集まっていた。
3分という短い時間でフィア、ウィグ、オルテを使いこなした能力と構成は誰もが認めるところにあった。
そしてこう思った、『これでロストロス家も安泰』であると。
二卿三旗とは絶対的な存在。それ以下の貴族の番付が動こうとも、彼らだけは頂点に君臨し続けている。
だからこそ皆、彼らの子供たちに注目する。
そして変わらずその能力を示すと、周りは安堵や落胆の声を漏らすのである。
これによってギルティアは注目を浴びるだろうが、レインはミレットの補助も素晴らしかったと認識している。
サードスクエアはイメージの力、少しでもズレれば合わなくなってしまうこともしばしば。
それを後出しで合わせ続けたことは、玄人であれば皆が評価するところであろう。
実際、2年の演舞が始まる前に控え室に戻ってきたギルティアはよくミレットのことを褒めていた、自分があそこまでの演舞ができたのは彼女のおかげであると。
レイン自身ギルティアだけでなくミレットを労いたい気持ちはあったが、緊張の糸が切れたらしくすぐさま手洗いに向かったそうだ。そんな調子で中盤終盤と大丈夫なのかと心配になるが、ギルティアの補助をあそこまで完璧にこなされたら心配するのが失礼というものだろう。
ギルティアもすぐにディアロットに会いに行くと出て行ったため、再びレインは控え室に1人で待機していた。学生の中盤は少し遅めの昼休憩前に行われる。そろそろアリシエールが来るのではないかと思っていたら、律儀にドアをコンコンと鳴らす音が響いた。
「あっ、レインさん居たんですね!」
ゆっくりと開かれたドアの先にはどこか不安が抜けきれないアリシエールの姿があった。
彼女はレインを見つけると、ホッとしたように息を漏らし中へ入ってきた。
「控え室前の通路って緊張しますね、七貴隊員の方とすれ違うかと思うと」
確かに、外の通路を通るのは七貴舞踊会関係者のみ。つまりアークストレア学院の生徒を除けば七貴隊員しか通らない場所である。アリシエールが緊張するのも無理はない。
だが、アリシエールにも自覚してもらわなければいけないこともある。
「でも、アリシエールだって堂々としてていいんだからね。アークストレア学院の代表としてここにいるんだから」
七貴隊員が通る通路を通れるのは、その資格を持っているからである。経験値の差から臆してしまうかもしれないが、怯える必要は決してない。同じ代表として、堂々と胸を張っていれば良いのである。
「さすがレインさんです、緊張がかなり解れました」
初めは呆気を取られていたアリシエールだったが、レインの言葉を呑み込むと表情に笑顔が芽生えてきた。この様子なら、彼女も良いパフォーマンスを見せることができるだろう。
アリシエールにも七貴舞踊会に出たかった目的があったはず。その目的を果たすためにも、万全の状態で臨むに越したことはない。
「あれ?」
それから数分ほどリラックスした状態で会話を続けていると、アリシエールが小さく声を上げた。
右手の人差し指で2回タップしてファーストスクエアを展開、どうやらメッセージが届いたようだ。
「どうかした?」
「メドラエルさんからでした。控え室に寄る余裕がないから先に入場口に行ってて欲しいって」
「……そうか」
「気分転換に散歩してたら思ったより遠くに行ってたみたいです」
アリシエールはミレットの天然ぶりに笑みを浮かべていたが、レインは少しずつ違和感を覚え始めていた。
レインから見たミレットは、人当たりがよく真面目な人間である。大切な要件で他人に迷惑をかけるような人間ではない。
それなのに、己の気分転換のために本番前最後の調整をアリシエールたちと行わないのは、少々無責任に感じていた。
「レインさん、そろそろ私行きます。レインさんに教わったこと、出し切れるように頑張ります!」
だが、両手を軽く握って気合いを入れるアリシエールを見て一旦思考を切り替える。
「うん。気負いすぎないで楽しんでくるのがいい」
「はい!」
そう言って、アリシエールは一度レインに頭を下げてから、控え室を出て行く。
前向きな姿勢が良い方向に働いていて、いつもの気弱な様子が見られなかった。ミレットと一緒という安心感があるのかもしれない、七貴舞踊会は決して1人で戦うわけではないのだから。
レインはアリシエールの背中を見ながら、彼女たちの成功を祈るのであった。
―*―
アリシエールたちの演舞は成功だった。
当初の狙い通り、火力の高いフィアと火力の低いオルテを使った演舞は、観客に驚きを与えたようだ。
ミレットのフォローもあり、アリシエールは3分間を無事乗り切って見せたのである。
――――しかしながらそれは、観客から見た視点に過ぎない。
2人の演舞をずっと見てきたレインからすれば、ところどころ拙い点が見て取れた。練習通りに行えていたところもあれば、そうでないところもあった。
だがそれは、アリシエールのミスではない。彼女は彼女なりに、ベストなパフォーマンスを披露したと考えている。事実、演舞を終えた彼女に憂いは一切見られなかった。
細かいミスをしていたのは全てミレットだった。
主にサードスクエアのイメージ反映がうまくできておらず、狙っていたポイントとはズレたところで展開されることがあった。
ギルティアのときにはできていたことがアリシエール相手だと不安定になっていた。この事実がレインの不安を煽っていく。
ザストからの昼食の誘いを断り、鍛錬中のアリシエールとミレットを映した映像を見るレイン。
舞台の大きさが違うため直接的な比較はできないが、やはり普段のミレットの動きではない。
彼女に一声掛けたかったが、ミレットはまたもや控え室に寄ることなく昼食に向かったそうだ。
考えたくはないが、あからさまに自分を避けているとレインは思ってしまう。緊張を解すために外に出るのは分かるが、控え室に来ない理由にはならない。
そんなことを考えていると、控え室のドアが勢いよく開かれた。
そこにいたのは、大きく呼吸を乱し肩で息をするウルだった。
「はあ、はあ、ここにも、はあ、いない……!」
両膝に手を付き、長い金髪を前に垂らすウル。とてもこのまま演舞に臨めるコンディションではない。
「どうかしたのか?」
ただ事ではない状況にレインは声をかけるが、顔を上げた瞬間のウルと目が合い、言葉を失う。
ウルの瞳は、じんわりと涙で濡れていた。
「――――――いないの……!」
「えっ?」
ウルの声が聞き取れず聞き返すと、ウルはレインの制服を掴んで声を荒げた。
「ミレットが、ミレットがどこにもいないの!」
ウルの出番が始まる、1時間前の出来事だった。