君と僕
吹きすさぶ吹雪の夜。
僕の目の前で、目を腫らして涙ぐむ君が居る。
君は、息苦しく喘いでいる僕の背中を優しくさすりながら、ジッと見つめている。
僕も、そんな君から視線を外さないように、必死で重くなる瞼を開けている。
僕は、もうすぐ死んでしまうだろう。
だけど僕は、一人残していく君の事が心配で、心配でたまらない。
瞬きをする度に君との思い出が蘇ってくる。
最初に出会ったのも、こんな雪の降っている夜だった。
僕は1人、親に先立たれ途方にくれていた。
そんな僕が唯一できたのは、通りがかる人に声をかける事だけだった。
「助けてください! 親が死んで1人なんです!」
けど、僕の声は中々届かないのか誰も立ち止まってくれなかった。
それでも、何度も何度も何度も声をかけたけど、誰も止まってはくれなかった。
徐々に体力が無くなり、声が出なくなってきた時、君が僕に気づいてくれた。
公園の片隅で震える僕に、君は笑顔でこう言ったのを僕は今も鮮明に覚えている。
「良かったらうちに来る? 少し狭いけど、あったかいよ」
そう言ってくれた君に、僕は藁にもすがる思いでついていった。
君が案内してくれた部屋は確かに狭かった。
けど、その部屋はこれまで過ごしていたどの部屋よりも暖かく、そして居心地のいい場所だった。
「ご飯も良いけど、まずはお風呂に入らないとね。ドロドロなのもそうだけど、びしょぬれで体が冷たくなり始めてるからね」
お風呂って何だろう?
僕はこれまでそんな場所に行った事が無かったので、疑問に思いながらも彼女についていくと、そこには温かい水の出る不思議な場所だった。
「さてと、シャンプーとか無いけどとりあえず、お湯で体を温めないと」
そう言って用意してくれたシャワーに僕は驚いて、必死になって逃げようとしたけど、君は笑顔でがっちりと僕の体を掴んで離さなかった。
あの時は本当に後悔したな。
悪魔の家だったって。
そんな残酷な時間が過ぎた後、君が用意してくれたのは、少し温めたミルクだった。
熱いのが苦手な、だけど冷たい物だとお腹を壊すと思ってしてくれたミルクは本当に冷え切った僕の体も心も温めてくれた。
あの時の味はきっと次も覚えているだろうな。
それから僕と君の生活は始まった。
ある時は一緒に遊んで笑い合ったり、ある時は本気で喧嘩して傷つけてしまったりした。
けど君は、いつも笑っていたっけ。
もちろん君の泣いている姿も見ていたよ。
仕事で上手くいかなかった時、友達と喧嘩して帰ってきた時、誰かとお別れした時。
そんな時は、君の傍にそっと肩を寄せたよね。
僕が病気をした時、君は涙目で必死になってお医者さんに連れて行ってくれた。
僕が寂しい時、君は走って帰ってきてくれた。
僕が嬉しい時、君は一緒になって笑ってくれた。
そのどれもが本当に、本当に大切な思い出だよ。
……あぁ、けどもう逝かなきゃ。
きっと君は、僕が逝く時に大泣きするんだろうな。
君は僕より大きな体をしているけど、中身はまだまだ子供だもんね。
僕は、君を置いて逝っちゃうのか……。
僕が最後に君の顔を見ようと必死に首をあげて、かすむ目を凝らしていると、君は不意に声をかけてきた。
「……ごめんね。心配かけて」
君は、本当に僕が何を考えているのか、何を言って欲しいのか、何が言いたいのかを察してくれる。
そして、黙っていても僕が良いようにしてくれる。
本当に優しい……、君に……会えて……よ、かっ、た……。
僕が最後の力を振り絞ったのと同時に、体は宙を舞った。
いや正確には、体は眼下にあり、その体を君が抱きしめ、声を押し殺して泣いている。
僕はそんな君が不安でジッと見下ろしていると、君はまた不意に僕の方を見てこう言った。
「……ありがとう」
その一言を聞いた瞬間。
僕は、僕の生涯に納得する事ができた。
「さようなら」
僕はそう言って旅立つのだった。
書きたくなって書きました。