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第六十四話

「ミィィヅゲェダァァァァアッッッ!!」


 ああもう五月蝿いなぁ、コイツは。


 こう、喉元まで出掛かっているというか、もうちょっとで思い出せそうなところまで来てるっていうのに。


 まぁいい、この変なふうに肥大した筋肉モリモリ禿っパチ野郎の詮索は後回しだ。


 今はそれよりも優先しなくちゃいけないことがある。


 先程までは野次馬の人垣で見えていなかったが、それが掃けたことで今の状況が漸く把握出来た。


 目の前には興奮している、というかなんかヤバイお薬をキメたように赤く染まった目を見開いて、先程よりも一層薄気味悪い嗤い顔を浮かべ、随所に金属で補強した革鎧を着こんだ男が、夕陽を受け鈍い光を反射しているグレートソード――鋼鉄製の幅広の両手剣――を片手に立っている。


 予想はしてたけど、街中で抜き身の剣とか、まぢで頭おかしいんじゃね?


 この人間辞めました的に頭イっちゃってる野郎の背後には、複数の人影が倒れており、僕らとツルッ禿の男を除いて、この場に残っているのは、ひとり、ふたり……全部で七人。


 その七人は遠目で見た限りでも、体格は良く健康的に日焼けをした屈強そうな男性たちだった。


 ん? ツルッ禿? ……あぁ! 思い出した!! コイツ、僕らがここに来た初日にギルドハウスで絡んできた上に、メリッサさんとトリフィラさんに〆られて、アンナさんが呼び付けた警備の人たちにドナドナされてった、えーとえーっと……マヌケヅラ!


 ちょっと体格が変わってる気がしないでもないけど、確か四ツ星冒険者のマヌケヅラとかいう人だったと思う。


 あれ? でもこの人……ああ、そういえば昨日アンナさんから脱獄したって報告受けてたっけ。


 で、真っ先に僕のところへ? いやぁ、愛されてるんだなぁ、僕って。


 ……はぁ、冗談でも笑えねぇわ。


 まあ大体の予想はつく。明確な敵意と殺気を僕に向けて来ているので、大方、大勢の同業者の前で恥をかかされた、そのお礼参りってとこなんだろう。


 そんなもん自業自得だろ、とは思うんだが、そういった理屈は通じないんだろうなぁ、きっと。


 それにしても、こんなことに巻き込まれるハメになってしまった、名も知らぬおっちゃんたちにとってはたまったもんじゃないだろうに。


 事実、マヌケヅラの向こう側にいる七人の中でも、ちょっとヤバイ状況の方が、約一名いらっしゃる。


 七人の内、二人に外傷は無く地面にへたり込んで驚愕の眼差しを向けているだけなので、この人たちは問題無い。


 一方、地面に付しているのは五人。


 その内の四人は腕や脚の斬られた所を押さえて蹲っており、この人たちは出血の具合から長時間放置して良いものでは無いとは思うが、今すぐどうこうなるようなものでは無いみたいなので、暫くの間だけ我慢してもらえばいいだろう。


 問題は最後の一人。


 あの人はうつ伏せで倒れており、傷口が見えてはいないが、その身体は(おびただ)しいほどの血溜まりの中に沈んでいる。


 はっきりいって、一目で危険な状態であることは疑いようがない。


 【気配察知】で捉えているこの人のマーカーは、白色から徐々に灰色へと濁っていってしまっており、一刻を争う状態となっている。


 あれだけの出血量となるとその場でショック死や、最悪即死をしていてもおかしくはないのだが、それを免れているということはやはりステータス的な恩恵が働いているのだろうか?


 まあ、そんなことを考えるのは後回しだ。


 兎に角、この場にいる七人の男性は、街中で刀身剥き出しにした剣を持った男を取り押さえようと動き、街の治安を守るという点に置いての正当性は彼らにある。


 しかし、そう動いたその結果がこれだというのであれば、彼らは完全に僕のとばっちりを受けた格好になる。


 これが、僕とは関係の無い、ただ素行の悪い冒険者が暴走した、というだけならば、目の前で起きているとはいえ、これらに僕自身が積極的に関わる必要性は薄い。


 とはいえ、その場合でも今の奴は冒険者規約の『堅気に迷惑を掛けるな』という項目に抵触しているので、ランク的には最下位の冒険者である僕が取るべき行動としては、衛兵を呼びに行くか、ギルドハウスへ応援を要請しに走ることぐらいはしなくてはならないのだろう。


 だが、今回についてはそうではない。


 流石にこうして目の前で重傷者が出てしまった状況で、知らぬ存ぜぬを突き通せるほど、僕の神経は太く無いし、おっちゃんらに申し訳が無さ過ぎる。


 故に、今はこのトチ狂った男を早々に無力化して、あの人の救助に入らなくては。


 街の中心部とギルドハウス方面から、幾つかの見知った気配が大急ぎでこちらに向かってきているようではあるが……人の目を避けているせいか、その移動速度はあまり速くは無い。


 この様子では、彼女らがここへ到着するには、あと五分は掛かる。


 それでは間に合わない。


 やはり、 ここは僕がやるしかない、か。


 幸い【アイテムインベントリ】内には、作りたてのヒールポーションが瓶詰め前の状態で待機しているので、治療に足りないということは無いだろう。


 これの効果については、先日のコーデリアさんへの治療で実証済みだ。


 後遺症も残らないだろう。


 何なら、肩凝り腰痛持ちだったら、そちらもついでに治っちゃうかも?


 しかし、気に入らないなぁ。


 何が気に入らないって、この街の、こんな人通りの多い所で、こんなことを仕出かせば、こうなることは明らかだ。


 にも関わらず、周りがどうなろうが、そんなことは知らんとでも言わんばかりに……あぁもぅ、やめやめ!


 落ち着け、イラつくな、冷静になれ。


 この感情を突き詰めて、そこにある閾値を越えてしまえば、ステータスの『状態』に反映され、パフォーマンスが上下するのだろうが、幸い僕は【状態異常無効】の効果によって恐慌や憤怒といったバッドステータスには陥らない。


 とはいえ、そこに至るまでの徐々に込み上げてくる胸糞の悪さといったものまでは、レジストされないようだ。


 こんな精神状態で不用意に突っ込めば、いらん怪我を負うことになってしまう。


 あまり悠長なことはしていられないが、ここは落ち着いて、ちょっと気になることもあったので、まずは彼我の戦力差を確認するべきだ。


 ということで、ひとつ大きく息を吸って【万象鑑定】を発動。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


名称:$N&$R#f%

種族:魔物(マッドバーサーカー)

性別:♂

年齢:35

職業:マッドバーサーカー

身分:-

ランク:★★★★


状態:狂乱


BLv:1

JLv:1


HP:1422/1633

MP:1/1


筋力:260

体力:268

知力:1

敏捷:159

器用:1


保有スキル(1/20)

・狂乱化:Lv4


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―



 ……え? は? どゆこと? え? ホントに人間辞めちゃったの?


 え、待って待って。色々ツッコミどころ満載なんだけど、ひと先ずこっちも気になるので、もう一度【万象鑑定】を発動させてみると……



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


名称:狂乱化

区分:ユニーク(パッシブ)

取得条件:ギフト


概要:ステータスの状態を『狂乱』に固定

   最大MPを1に固定


   『狂乱』状態の場合

   筋力と体力に、スキルレベル×30の補正値

   を付加

   知力と器用に、スキルレベル×(-50)の

   補正値を付加


   但し、この補正値を付加されてもステータス

   値が1未満になることはない


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 あー、うん、これはもう、なんというか、メリット以上にデメリットが目立つユニークスキルでコメントに困るなぁ。


 ステータスの方についても、名称が文字化けしてたり、いつの間にか人間から魔物にクラスチェンジしてたり、しれっとランクがレッドオーガと同じだったりと、ツッコミが追いつかないっす。


 やばい。落ち着くために一拍置いて鑑定してみたら、余計にわけわかんなくなってきちゃったんですけど。


 さーて、どうしたもんかな? と考えていると、頭の上に居たラピスがもぞりと動き出した。


――よぉし、すてら、いっくよぉ! ぶりっつびぃぃぃ……


 はいストップ。


 僕の頭の上からステラへと飛び移り、その手の中に収まろうとするラピスを空中でむんずと掴み、それをインターセプトする。


――ほぇ?


「ふぇ?」


 なぁにをしようとしてるかなチミらは。


――んーと、あれやっつけるんじゃないの?


「やっつける、です。あのひと、あのあかいのと、おんなじかんじがして、ヤなかんじが、します」


 んー、やっつけるってのは間違っちゃいないんだけど……あかいの? ステラ、あかいのって何?


「みんなとおうち、こわした、あかいの、です」


 あかいの……赤いの……赤いのってーと、レッドオーガのこと?


 少し考え込んで、それに思い至った僕がステラのことを見やると、ステラは厳しい眼差しでマヌケヅラを睨みつけていた。


 え? まじで? あれ、元々は人間だよ? それとレッドオーガに何の関係性があんの?


――じゃあやっぱり、ぶりっつびぃぃぃ……


 だから、待てぃっての。今回は【強化魔術】を掛けちゃいないけど、レッドオーガの時と同じノリでキミが突っ込んでいけば、最悪あれの頭が踏み潰したトマトみたいになるか、胴体に文字通りの風穴が開いちゃうかもしれんでしょうが。


 流石にラピスたちに人殺し……いや、もう人じゃないから人殺しにはならんのか? 兎に角、なんとなくではあるが、街の中でラピスたちにそういったことをさせてはならない感じがする。


 制圧、という段階にまで手加減出来るのならばいいのだが、今の二人を見ていると、とても出来るとは思えない。


 それに、ステラの言うことが本当なら、あれを安易にぶっ倒す訳にはいかなくなった。


 今までの話から総合するに、あれは一昨日の夜、もしくは昨日の朝までは人間族だったはずだ。


 それがたったの一日ちょっとで魔物化した、ということになる。


 これはちょっと色々と問題ありだろう。


 最悪の場合、僕がクレイモアを取り出して討伐することも視野に入れてはいるが、色々調べるためには出来れば捕縛・捕獲がマッチベターだ。


 とはいえそれが出来た場合でも、ステラに確認したあとはちょっと僕の手に負えるようなものではなさそうなので、ギルマスかアンナさんに丸投げするしかないのだけど。


 しかしそうなると、ここは僕が無手で無力化するのが一番良い手なのだけれど、生憎僕は体術系のスキルは持っていない。


 匕首か解体用ナイフ片手に【短剣術】でいけるか?


 薄ら嗤いを浮かべているマヌケヅラから視線を逸らさず、そっと気取られないように、背中側の腰に履いた解体用ナイフの柄に触れてみるが……いやぁ、ちょっと無理っぽいなぁ。


 そもそも【短剣術】は短剣の扱い方や身体の動かし方に対する補正であって、それに付随する格闘術にまでは及ばない。


 となると、どーすっかなぁ。


 うーん……あ、あれなら今考えた条件を満たせるかも?


 それに思い至った僕は、即座に二つの魔術の発動準備をする。


 その魔術というのは、ひとつは【雷霊魔術】第五階梯の《サンダーハンド(雷撃の妙手)》、そしてもうひとつは【雷精魔術】第三階梯である《ライトニング(雷の乙女との刹那)ダンス(の邂逅)》。


 《サンダーハンド》は手首から指先を魔力による絶縁体が覆い、その上に魔力から変換した電流が流れ、凡そ十秒間ほど帯電するという魔術で、この絶縁体魔力により、術者が生み出した電流によって自身を感電させることが無いという、親切設計でもある。


 しかし、この短い帯電時間内にその手で対象へと直接触れなければ効果を発揮しない、なんともピーキーな仕様の魔術であった。


 正に超至近距離、と言うか零距離戦闘用の魔術である。


 だがその効果は、こと対象を一定時間の間、無力化するという一点に置いては、絶大な威力を発揮する。


 というのも、この魔術の効果は『(1800(マイナス)対象の体力値)秒間、触れた対象に麻痺を付与する』というものだからだ。


 これならば、対象として触れた相手の体力値にもよるが、その相手は最大で1799秒間、凡そ30分間は身体が痺れて、身動きが出来なくなる。


 この魔術を受けても平気でいられるのは、僕が知っている限りではガーネとトリン、そしてグリンさんだけ。


 ハイスライム三人衆の中でも、魔術特化のヒスイだけは、耐えられないのだが、こうして改めて文字にすると、とんでもない魔術だと思われる。


 そして、用意したもうひとつの魔術である《ライトニングダンス》であるが、こちらは『0.01秒の間だけ、ステータスの敏捷値を100倍にし、それに伴う反応・思考速度を上昇させる』という、桁外れの効果を持つ魔術だ。


 流石に光の速度、とまではいかないが、今の僕の敏捷値であれば、音速は優に超えるであろう。


 但し、この魔術にも欠点はある。


 ひとつ目は、割と開けた障害物の無い、平坦な場所でしか使えない、というものだ。


 というのも、この魔術を使って動いた場合、魔術的な制御により極小周囲に留まるが、必ずソニックブームが生まれてしまう。


 そのため、周囲に障害物などがあると、それらを破壊してしまい、多大なる被害を生み出してしまう。主に僕のお財布に。


 あと、音が非常に近所迷惑。


 平坦な場所でしか使えないというのは、あれだ、発動中にコケたりでもしたら普通に死ぬ。


 そしてふたつ目、こっちも当然といえば当然なのだが、そんな短時間に限界以上の動きをするということは、発動終了後は筋肉がとんでもないことになるので、何かしらの回復手段を講じておかないと、数日は指一本動かせなくなってしまうのである。


 これについては流石の【状態異常無効】先生もお手上げであった。


 うん……はっきり言おう。


 僕はこの二つの魔術を考案・開発した人は、どっちも割りと本気でそこそこの阿呆なんだと思う。


 そもそも一般的に近接戦闘が苦手と言われる魔術士が、こんなガチで超近接戦闘用の魔術を使って何をする気なんだ?と小一時間問い詰めたい気持ちになったのは、決して僕だけでは無かったはずだ。


 特に《サンダーハンド》なんて、相手に触れるのが前提って、零距離でしか使えないじゃん。


 まあ、組敷かれた時の対抗策、としてならば使えないこともない気はするけども。


 それに《ライトニングダンス》も近付かれた時の緊急回避、もしくは発生させた衝撃波と音による牽制には使えるかもしれないが、そのあと動けなくなったら意味が無い。


 もひとつ言うと、これらは僕が【無詠唱】スキルレベル10を持っているから言えることであって、それを持っていないのであれば、詠唱を必要とするわけで……そこから先は言わぬが華、か。


 と言うか、万が一詠唱が間に合ったとしても、この二つの魔術を使うような状況となった時点で、その人はもう既に詰んでるんだと思う。


 だってその状況になってるってことは、パーティーなら前衛が倒されてるか抜かれて、フォローが間に合わないってことでしょ?


 まさか前衛型の魔術士で一撃必殺を信条としてるってこたぁ……ない、よね?


 っと、いかんいかん。こんな考察している場合じゃなかったわ。


 けど、短い間だけど、余計なことを考えていたお陰で、大分冷静になれたようだ。


 んじゃ、ラピスとステラはちょっと離れててね。


 そうして、ラピスを抱えたステラにヒールポーションを一本持たせてから、離れていく間に僕はひとつ目の魔術を発動させる。


「《サンダーハンド》!」


 本来ならば、その名称を口にする必要な無いのだが、次の魔術に繋げるため、あえてそれを口にする。


 そして、ステラたちが充分に離れたであろう頃合で、奴の気味の悪い嗤い顔が最高潮に至り、大剣を担ぐように動いた男を見据え、ふたつ目の魔術を唱えた。


「《ライトニングダン……ス》!!」


 その名称を言い切ると、僕の視界から色が失せ、音も消え、まるで周囲の時間が止まってしまったかのような、世界から取り残されたような感覚に襲われる。


 だがそれは僕が、僕だけが刹那の世界に足を踏み入れた証拠。


 奴との絶対距離は凡そ十五メートル。


 ちょっとギリギリの距離ではあるが、僕は一歩二歩と足を踏み出し、男とのすれ違い様になんとかその肩口へと触れ、そのまま数歩ほど通り過ぎる。


 その直後、視界が色付き、音も戻ってきた。


 すると、さっきまで僕が立っていた辺りから、ドンッ! という空気が破裂したような音が轟く。


 さらにその一拍後にすぐ後ろから


「ンンォッオッホッホホホォゥゥゥッ!!!!????」


 という、気色悪い叫び声が聞こえて来た。


 軋む首の筋肉をどうにか僅かに動かすことに成功した僕は、肩口越しに不思議な踊りを数秒踊ってから、糸が切れるようにそのばに倒れこむ男を確認する。


 ふぅぅぅ~、あっぶね。思ってた以上に距離がギリギリだったわ。


 つか、んぎぎぎ……やっぱり、この魔術使ったあとは立ってるのもやっとの状態だ。こりゃ選択ミスったかな?


 無傷での無力化に拘り過ぎたわ。


 そんなことを内心でぼやきながら、視界の端に捉えた、ラピスを頭の上に乗せ、ヒールポーションを大事そうに抱えて小走りに駆けつけてくるステラを待つ。


 さーて、コイツはどうやってふん縛ろうかね?

ここまでお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。

ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。

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