第六十三話 何処かで見たことある顔
一日遅れてしまい、申し訳ありません。
予約投稿をセットする際、変な汗が大量に出ました。
どうやら、曜日感覚が狂っている模様orz
早々に取り戻して、次回は遅れずにいつもの時間に投稿したいと思う所存でございます(願望)。
それでは第六十三話、始まります。
無事に35本もの湿原水牛の串肉を確保出来た僕は、ホクホク顔でステラの手を引きながら、屋台が立ち並ぶ通りを散策していた。
串肉は屋台のおっちゃんにバニーニャという殺菌保温効果のある、バナナに似た植物の大きな葉っぱに5本づつ包んでもらい、肩掛けの革鞄にしまう振りをして【アイテムインベントリ】へと放り込んだ。
【アイテムインベントリ】内は時間経過が無いので、これでいつでもジューシー且つ香ばしいアツアツの串肉が楽しめる、という素晴らしい計画なのである。
ただ惜しむらくは、この湿原水牛の肉というのはこの近辺でもレギュラー商品では無い、ということだ。
あの屋台のおっちゃんの本業は肉屋らしいのだが、それでも普段扱っているのは角兎か老いて農作業に従事出来なくなった廃牛を潰した肉ということで、肉自体は他の屋台とそれほど代わり映えは無い、という。
では何故、今日に限ってこんないいお肉の串焼きが屋台に並んでいるかというと、先日このおっちゃんが本業の仕入れで市場に出向いた際、たまたま競りに出ていた湿原水牛の肉を見かけ、店舗だけでなく屋台の方でも取り扱えるだけの量を競り落とすことが出来たときは、秘伝のタレとも相性が良いということもあって、屋台のメニューに並べている、ということだった。
そもそも、何故これほど美味い湿原水牛の肉が市場に出回らないのか?
その答えは、聞いてみれば『あぁ、そりゃそうだ』と思えるほど簡単なことだった。
それは湿原水牛が棲息するという、北の湿原までの距離。
湿原水牛という魔物は、巨躯ではあるがそれほど強い魔物では無いので、群れで棲息しており、ひとつの群れは十数体ほど。
一体だけを釣り出して狩る場合、熟練の冒険者が四、五人ほどいれば狩ることは、そう難しいことではない。
だがその北の湿原というのは、ルセドニの街から徒歩で二日ほどの距離だという。
この『二日』というのは、徒歩で街から湿原まで最低限の荷物を持った状態であることが前提の話であり、湿原水牛を狙って狩りに行き、獲物を余すことなく持ち帰るのであれば、アホみたいな大きさの空の荷車などを牽いていかなくてはならない。
それでも行きの移動速度は熟練の冒険者であればそれほど落ちることは無いものの、帰りは荷車を満載にしてしまえば、移動速度は半分かそれ以下にまで落ちてしまう。
そうなれば行きは良くとも、帰りは血の匂いに引き寄せられるであろう肉食獣や魔物を警戒せねばならず、労力と報酬が見合わないのである。
また鮮度の問題もあった。
今の時期はまだ朝方は肌寒いくらいなので大丈夫のようだが、これがもう少し経つと気温がぐんぐん上昇するらしい。
それがどれくらいの気温かはわからないが、仮に気温を30度と想定しよう。
血抜きしただけで何の防腐処理もしていない肉を正味四日間、炎天下に曝されつつ持ち帰る。
うん、普通に腐るわな。
腐りかけが一番美味いとかいうレベルの話ではない。それはもう完璧に、完全に、非の打ち所がないほどに腐敗というものだ。
例え持って帰って来てくれたところで、外側がダメでも中の方はまだイケるはずです! とか言われたとしても、そんなものは怖くて食えたもんじゃない。
【状態異常無効】スキルを獲得している今の僕がそうなるかはわからんけども、一般人がそんなもの食ったら、普通に腹下すっての。
……。
…………。
……………………。
ゲームなんかだと状態異常の耐性は体力値に依存するのがセオリーだから、腹痛が状態異常の一種と考えると意外とステータスの体力値が高ければ、イケる気がしないでもなく……いやいや、そうでなく。
腐らせないようにするには、最低でも水系統の魔術を習得している魔術士が同行せねばならないが、当然数の少ない魔術士がそんな割に合わない仕事を請けるはずもない。
こういった事情もあって、輸送技術も保冷技術も発達していないこの世界では、生肉の扱いというのは非常に困難を極めるのである。
では、これほど美味い肉を比較的涼しい今の時期しか楽しめないのか? というと実はそうでもないとのこと。
この街には定期的――十日前後のスパン――に湿原水牛を狩っている冒険者がいるらしく、その冒険者は討伐部位や魔石だけでなく、なんと狩った湿原水牛を半身ほどの量を持ち帰るというのだ。
そのお陰もあって、この街ではちょっと贅沢ではあるがそれなりのお手頃価格で手に入る美味い肉、という立ち位置を獲得しているようである。
ただ、その冒険者による輸送方法は不明とのことで、肉塊を担いでいるところを見た、という人は多いのだが、まさか湿原から街まで担いできたなんてことはないだろう、何か隠し種があるに違いない、とおっちゃんは笑い飛ばしていた。
うーん、しかしこの肉はマジで美味いので、二日に1回、いや三日に1回でいいので、食事のローテーションに組み込みたい。あと保存食用に買い溜めもしたい。
なんとかその輸送方法を教えてもらえないだろうか? いや、その冒険者さんの飯のタネだから流石に無理か。
【アイテムインベントリ】を駆使すれば、僕にも出来るだろうけど、流石にそんなアホみたいにデカイ肉をポンポコ出し入れしてたら目立つしなぁ。
食用肉の安定供給という点で考えれば、畜産という言葉が浮かび上がるが……いやぁ、無理だろうなぁ。
基本的に牛は農耕を助ける貴重な労働力というし、場所によっては羊や山羊の放牧なんかはしているだろうけど、獣よりもよっぽど恐ろしい魔物が跋扈するこの世界じゃ、畜産なんてものは不可能とは言わないまでも厳しいことは想像に難くない。
仮に魔物ではあるが草食で穏やかな気質の湿原水牛を家畜化するとしても、アフリカゾウよりもひと回りは大きい化物のような牛だ。
いったいどれほどの飼料が必要になるのか……。いや、魔物だから魔力が豊富な場所を用意出来れば案外いけるのかも?
いやでも、それが出来たとしても、そこに定住しなくちゃいけなくなるわけで。
そもそもの切っ掛けは、泊まりがけの依頼や移動中に食さねばならない不味い保存食の代わりを探していたわけで、そんなことになってしまえば本末転倒もいいところだ。
うん、やっぱりここは素直に屋台に並んだ時を見計らって、おっちゃんのところに突撃することにしよう、そうしよう。
あぁ、それと湿原水牛の肉関連で、もうひとつ気になることがあった。
それは、ラピスとステラがこの串肉に対して妙に興味を示したことだ。
他の屋台で買った串肉にはちっとも興味を示さなかったのにな。
まぁ味という観点からしてみれば、それは極々当然だとは思うのだが、以前に水瓶亭の角兎のステーキを食べさせても首を傾げて「チカラが無い」と言っていたので、どうにも味や匂いに反応しているわけでは無さそうなんだよね。
そんなことを考えつつも、物は試しとばかりにお肉をひと塊づつ食べさせてみたところ、
――んん! これ、びんびん、びんびんなの~
と、ラピスはご機嫌に飛び跳ね回り、
「とても、チカラあるです。おいしいです」
と、ステラも顔を綻ばせていた。
この二人の反応に、今度は僕が首を傾げるばかりだ。
その辺の屋台で売っている謎肉の串肉と角兎のステーキ、そして湿原水牛の串肉の違いとは、いったいなんぞや?
確かにここの串肉はちょっと濃い味というか肉の旨みが強い気もするが、それは水瓶亭の食事も似たり寄ったりである。
ふぅむ……ま、ラピスは兎も角、ステラの食事については色々と気になっていたので、この辺が何かのヒントになるのかもしれない。
メリッサさんたちが帰ってきたら、オーリンちゃんあたりにでも聞いてみるかね。
閑話休題。
ラピスが僕の頭の上に陣取り、食後のデザート宜しく、僕の魔力をちゅるちゅる吸っているのを感じて、それ逆じゃね? デザートじゃなくて主食じゃないの? と突っ込みたいのを抑えつつ、適当に通りを三人で冷やかしている。
この辺は冒険者区の外れということもあって、冒険者相手ではなく地元住民向けの生活雑貨の店が多いようだ。
その中でもちょっと変わったところでは、狼系や猪系の魔物の牙や爪を加工して作られたと思われるアクセサリーのような物が露店で売られている。
僕らは目に付いた数件の雑貨屋で魔法薬用として、陶器の空き瓶を購入しては【アイテムインベントリ】へと突っ込み、その数が三桁に届きそうとなったところで、幾つかの植物と折り目がついたろ紙のような物の上に丸い粒粒……これは丸薬か? が描かれている看板が目に入った。
その下の看板にも『マリーダ調剤薬局』と書かれているので、どうやらここは薬屋さんらしい。
だが、通りに面した窓から中をちょっと覗いて見るが、建物の中は薄暗い。営業してんのかな? してるんだったら、ちょっと覗いてみたいんだけどな。
というのも、ちょっと前にこの街一番の薬師が調合したというヒールポーションは見せてもらったのだが、その人以外が調合した魔法薬とやらが、どの程度のもんであるのか、知っておきたいのである。
それを参考にして、自作の魔法薬を希釈して瓶詰したそれを、バダムさんか冒険者ギルドにでも売りつければ、それほど目立つことなく小遣い稼ぎが出来るかもしれない。
まあ以前見せてもらった魔法薬でさえ、50前後のHPしか回復しないようなので、どこまで薄めればいいのか、またそこまで薄めても変わらず薬効が発揮されるのかどうかというところが、ちょっと不安ではあるのだけども。
そんなことを考えながら、再び建物の中を覗き込んでみる。
ふむ、人のいる気配はあるが、不穏な雰囲気ではない。
営業してるっぽいな。なら、ちょっと入ってみるか。
そうして、出入り口の木製の扉を押し開けると、蝶番が擦れる音とともに、カウベルのような音が鳴り響く。
「こんちはー……」
中を伺うようにして店に入ると、まず生薬の独特な匂いが鼻についた。
ラピスは平気そうであったが、ステラなんかはあからさまに顰めっ面をしている。
僕もちょっと苦手な匂いだ。
次いで店の中を見渡してみると、それほど広くはないが、流石に掃除は行き届いているようで、店内は薄暗いにも関わらず綺麗である。
また正面の壁際には、サンプルなのか、薬の原料となる乾燥した植物や動物の内臓と思われるものが、透明なちょっと大きめの瓶に詰められているものがいくつか並んでいた。
それらを適当に眺めつつ鑑定してみると……
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名称:乾燥した邪紅藻
ランク:★★
区分:素材
品質:中
概要:暖かい海流域に分布し、浅瀬の海底や珊瑚礁
に生育する、海藻型の魔物を乾燥させたもの
砕いて粉末にすることで、寄生魔蟲駆除薬の
素材となる
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名称:乾燥した被子魔樹の樹皮
ランク:★★★
区分:素材
品質:やや高
概要:被子魔樹の樹皮を剥がして乾燥させたもの
煎じることで薬効成分を抽出し、寄生魔蟲駆
除薬の素材となる
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という結果であった。
次いで試しに、この素材が入った瓶に触れながら『錬成レシピ大全集』から検索をかけてみると……。
お、出た出た。直接素材に触れなくても出るもんなんだな、これ。
んーで、これらからは寄生魔蟲駆除薬以外には何が作れるのかなっと……ふむふむ、へぇ、なるほどね。このふたつと魔枯草、それにこの街への道中に採取した茸なんかを使えば、ちょっと面白い類の魔法薬が作れそうだな。
新しい魔法薬のレシピにちょっと胸を躍らせつつも、再び店内を見渡すと右側にはカウンターがあり、その奥には精製され粉末になっていたり、液体が満たされた透明な小瓶が所狭しと並べられていた。
そんなふうに店内を眺めていると、カウンターの奥から長めの赤茶けたくせっ毛を首の後ろでひと纏めにした、ちょっと眠たげな目をしたお姉さんが現れた。
「ふわぁ……はいよ、いらっしゃい。マリーダ調剤薬局へようこそ。何をお探しで?」
お姉さんは小さく欠伸を噛み殺すようにすると、気怠げに髪をかきあげる。
「んん。……ああ、ごめんなさいね。ちょっと昨日は遅くまで作業してたものなので。それで、何をお探しですか?」
「あー、えっと、魔法薬があれば、いくつか見せて頂きたいんですけど……」
と、僕がそう言った瞬間、お姉さんがぽかんとした表情を見せた。
「ぽー、しょん?」
あ、あれ? 僕、なんか変なこと言ったか? 魔法薬ってくらいだから、薬屋にあるもんだと思っていたのだけれど、そうじゃないのかな?
「は、はい。えっと、こちらにはどんなものがありますか?」
「ふぅん? ああ、そゆこと」
呆けた表情をしていたお姉さんが少し目を細め、僕の頭の天辺から爪先までゆっくりとした視線を這わせたかと思ったら、ポツリと呟いた。
「え? あの……」
「ああいや、ごめんごめん。お客さん、魔法薬なんてものが欲しいのかい? となると、お客さんは冒険者かな?」
「はぁ、まぁ、一応」
「うんうん。ってことはお客さん、ナバールの婆さんに追い返されたクチかな?」
うむ、その名前はどっかで聞いた覚えのある名前だな。実際に会ったことはないけども。
まあここは、取り敢えず話を合わせておこう。
「ええ、まあ、そんなとこです」
「そっかそっか。けどごめんねぇ、魔法薬ってのは作るのも保管しておくのも、簡単なもんじゃなくてね。悪いけどこんなしがない薬局にゃ、そんなご大層なモンは置いてないのよ」
まじか。ああ、いやでもメリッサさんたちですら、魔法薬は効果で、一部の冒険者が緊急手段に二、三本持っているくらい、とも言ってたっけか。
となると、何処の薬局でも置いてあるわけではない? となると、どれだけ希釈しようが、そもそも論として市場に出回った時点で目立つことになるってことか。
「そうさねぇ、どうしても魔法薬が欲しいってんなら、ルエラさんのところに行ってみるといいよ。あそこなら、素材さえ持ち込めば作ってくれると思うから」
ルエラさんという名前は初耳であったが、最早お姉さんの言葉は右から左に抜けていくだけだった。
なんてこった、やっぱりというかなんというか、魔法薬による小遣い稼ぎは成立しないと見ていいだろう。
スキル選択間違ったかな? いやでも、あそこには回復・治癒系のスキルオーブは無かったから、生存率を上げるっていう観点からすれば、選択肢は無かったに等しい。
それに、これのお陰であの時コーデリアさんは九死に一生を得て、ワイルドローズの四人からも信用を得られたんだし、間違ってはいなかったのだろう。
はぁ、もういいや。これは完全に身内用として扱おう。それ以外に使い道は無さそうだ。
「場所は分かるかい? 中央通りからはちょっと外れたところに店を構えてるから、見付け難いかもしれないけど、近くにいけばすっごい匂いがするから、すぐにわかると思うよ。ああ、それと他のところのは止めときな。」
ん? 待てよ、それならなんでギルドの恒常依頼で治癒草の採取があるんだ?
治癒草の使い道が魔法薬以外にもあるのか?
「ん~、あと魔法薬を扱ってるとことなると、ロダン商会って大店の本店くらいかねぇ」
それならそれで……ぉん? なんか知ってる名前が聞こえたような。
「でもロダン商会の本店となると、お客さんじゃぁ、ちょっと無理かもね。あはは」
なんとぉ?! バダムさんのとこで扱ってるとな? ああ、いや、ダメか。いくらバダムさんやケヴィンさんとのパイプがあったとしても、出すだけでアウトじゃどうしようもない。
「アタシでも作れないこともないけど、ナバール婆さんやルエラさんより時間は掛かるし、効果も大したことないものしか作れないからねぇ。そんなもんに時間を割くくらいなら、アタシはこっちを作ることを優先したいしね」
そう言ってお姉さんが取り出したのは、直径1センチほどの濃い深緑色をした……毬藻? いや毬藻じゃねぇだろ、丸薬だ、丸薬。
それとちょっと薄めの深緑色のクリーム状のものが満たされた、手の平に収まるサイズの浅い蓋付きの瓶。
まず丸薬をの方を鑑定してみる。
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名称:治癒丸薬
ランク:★
区分:薬品
品質:やや高
概要:治癒草から作られる一般的に広く普及してい
る低級回復薬
服用することで少量のHPを回復する
用法用量を守って正しくお使いください
効果:服用十分後、HPを45~55回復する
消費期限:175日と16時間35分22秒
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おお、なるほど。回復薬としては魔法薬ではなく、これが一般的なのか。
治癒草から作られるとも書いてあるし、ギルドが買い取った治癒草はこれに加工されてるっぽいな。
魔法薬にばっか目がいっていたけど、確認してみると確かに『錬成レシピ大全集』に載っていた。
しかし、タイムラグ付きかぁ。
まあそれでも普通に考えれば、服用十分後に効果が出るのであれば、充分早いとは思うのだけれど、一瞬が生死を分ける戦闘となると、これは致命的だわなぁ。
ダメージを見越して事前に服用しておく、って使い方も考えられるけど、突発的なエンカウントの場合では、そもそも事前に服用しておくことが出来ない。
あ、でも品質の差もあるのだろうけど、これは魔法薬より最大値は低いが、最低値は高いな。
消費期限も以前見せてもらった魔法薬より倍近い。
んー、けどやっぱり、その辺を考慮しても、飲めば掛ければ、即座に効果が出る魔法薬の方が優秀っぽいな。
まあランクも魔法薬の方が高いのだし、当たり前っちゃ当たり前か。
続いてもうひとつの、瓶の方はというと。
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名称:治癒軟膏
ランク:★
区分:薬品
品質:やや高
概要:治癒草から作られる一般的に広く普及してい
る低級回復薬
適量を患部に塗布することで、切り傷、火傷
湿疹、汗疹、痒み、気触れに効果がある
冬場の水仕事で荒れたお肌の保湿にもどうぞ
用法用量を守って正しくお使いください
効果:上記の状態異常を緩和して、自己修復力を高
める
消費期限:169日と18時間22分43秒
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あー、なるほどねぇ。こっちは皮膚外用剤的な扱いっぽい。
回復薬と銘打ってはいるが、こっちはファンタジー要素低めだな。
そういや、傷の治り方なんかはファンタジー要素満載ではあったが、コーデリアさんの傷にぶっ掛けたときもHPは然程回復していなかった。
この辺が、服用薬と塗布薬の違いなんだろう。
あれ? でも、コーデリアさんの件では傷口の中にもぶちまけたよな。
消化器官から取り込むのと、内蔵に直接ぶっ掛けるのじゃ効果が違うってことなのだろう。
その件に関しては、そうそう検証することも出来ないので、今の時点ではそう結論付けておくしかないか。
それはそうとして、手持ちの素材だと油脂が足りないが、それさえ手に入ればこれも【錬成】で作ることは可能だ。
ふむ、このふたつなら売りに出しても問題にはならないと思われる。
取り敢えず念のため、サンプルとして幾つか購入しておくとしよう。
「なるほど、そうですか。では、それらを頂けますか?」
「ん? 魔法薬が欲しかったんじゃないのかい?」
「ええ、まあ、それはそうなんですけど、そっちも持っといて損はないかな、と思いまして」
「あはは、そうかい。んじゃ、丸薬はひと粒120ゴルド、こっちの軟膏はひと瓶500ゴルドだよ。幾つ包む?」
んー、高いのか安いのかイマイチわからんなぁ。
まあ、でもいっか。自分たち用には魔法薬もあるし、多少高くても先行投資ってことで。
「では、丸薬を10粒、軟膏はひと瓶、お願いします」
「はいよ。じゃあちょっと待ってておくれ」
あっと、いけね。忘れるところだった。
「すいません、これもお願いしたいんですが」
そう言って僕が指さしたのは、例の素材ふたつ。
「これって……なんだいお客さん、魔蟲下しが欲しいのかい? だったらアタシが調合した薬があるから、そっちを買ってくかい?」
む、それもあればあったで困らないが、今欲しいのはそっちじゃない。
「ああ、いえ、こっちは素材だけ欲しいんですけど、ダメですか?」
「ダメってわけじゃないけど、素材だけでいいのかい?」
「はい。素材が欲しいんです」
「ふぅん。ま、別に毒物ってわけじゃないから、いいけどね」
ほっ、良かった。最悪、薬事法やらなんやらで売ってもらえない可能性もあったけど、どうやらそんなことにはならなさそうだ。
「ぃよっと。これが邪紅藻の粉末と被子魔樹の樹皮だよ。量はどうする?」
お姉さんが足元からひと抱えもあるガラスの瓶をふたつほど取り出し、カウンターの上に置いた。
片方は焦げ茶色の粉末が瓶の半分ほどまであり、樹皮の方は瓶の中にぎっちり詰まっている。
「んー、では粉末はこの瓶の八分目まで、樹皮は大きめのを1枚頂けますか?」
「はいよ」
気怠げに応じたお姉さんが、後ろの棚から秤を取り出し、粉末を計量していき、それが終わると、もう片方の瓶から1枚の樹皮を引っ張り出す。
「邪紅藻の粉末はこれで2000ゴルド、被子魔樹の樹皮は5000ゴルドだけど、いいかい?」
ぉぉぅ、意外と高ぇな。まあ仕方無い、これも面白魔法薬のためだ。
予想外の金額にちょっと顔が引き攣りそうになりながら、8700ゴルド、銀貨9枚を支払って大銅貨3枚のお釣りを受け取る。
「毎度あり。何に使うかは知らないけど、あんまり変なことには使わないでおくれよ」
「あはは、ええ、まあ、大丈夫です」
まあこれも市場に出回らせることは無いだろうけども、作ってみるだけならアリだろう。
「ありがとうございました」
「はぁい。また何か必要になったら、寄ってってね」
そんなやり取りをして、薬局を後にしたのだが、何やらステラが膨れっ面をしており、ご機嫌斜めなご様子。
「ますたー、くちゃい、です」
空を見上げると、大分陽が傾き始めているようで、思ったよりも長居していたようであった。
どうもそのせいで、服に薬の匂いがついてしまったようだ。
あぁ、ごめんごめん。ちょっと待ってね。
これで取れるかどうかわからないが、ステラと僕の服ごと身体に《クリーン》を掛けて、匂ってみると……まあまあ取れてはいるが、まだちょっと残ってるな。
ということで、もう一発《クリーン》とな。
すんすん。うん、今度こそ取れた、かな。
これでステラの機嫌も直るだろうと思ったのだが、未だにそっぽを向いて頬を膨らませていらっしゃる。
はて? 薬の匂いのせいでご機嫌斜めになったんじゃないのか?
んー、ステラは何が気に入らないのかと困っていると、服の裾がちょっと引かれた感覚がしたのでそちらへ目をやると、そこにはちょこんと僕の服の裾を摘んでいるステラの手があった。
ははぁん、さては構ってもらえなくて拗ねてるんだな。
まったく、しょうのないやっちゃな。
胸の奥が俄かに温かくなった僕は、ぐしぐしとちょっと乱暴にステラの頭を撫でまわし、最後にぽんぽんと軽く手を乗せる。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「あい!」
にぱーっと笑ってから元気のいい返事をするステラの手を取り、僕らは既に定宿となった水瓶亭へと足を向けた。
ああ、因みにラピスは、妙に静かだなと思っていたら、定位置で熟睡してやがりました。
ラピスというかスライムは本来、睡眠は必要としない魔物のはずなんだけどなぁ。
そんなことを考えながら夕日に包まれ、間も無く一日が終わるであろう、ある種弛緩した空気が流れ、人でごったがえす街並を眺めながらゆったりと歩いていると……
カラン――
不意に僕の耳朶を金属質な音が叩き……
「クヒッ」
その音に続いて、妙に癇に障る感じがする、引き攣ったような笑い声が続いた。
それらは街の喧騒の中、まるで指向性を持っているかのように、僕にはよく聞こえたかと思ったら、街のゆったりと穏やかでありつつも活気溢れる空気が一瞬にして張り詰めたものへと変わる。
「ますたー?」
穏やかな活気あふれる街に、不釣合いな音。
そして【気配察知】で捉えていた、ひとつの赤色マーカーが路地裏から大通りに出てきた途端に変わった空気。
不思議そうに視線を、僕と前の方で行ったり来りさせているステラの存在を感じつつも、僕は足を止め、目を細めて前方を睨むように注視していると、周囲が俄かに騒がしくなる。
それは仕事終わりの人間が挙げる喝采でもなく、夕食の買い出しに出た主婦が食材を値切る時の威勢のいいやりとりでもない。ましてや遊び盛りの子供が燥ぐ声でもなかった。
それは少々の恐怖と、それを押し退けるような矢鱈と剣呑で怒気を孕んだもの。
「……ひっ!」
「あんだぁ? ぅお!」
カラ、カラカラカラ……ギャリンッ――
「お、おいっ! 誰か衛兵呼んで来い!!」
「こいつは……冒険者ギルドにも誰か走れ! 急げ!!」
「はんっ! 衛兵が来るまでもねぇぜ!」
「おぅこらテメェ、ここを何処だと思ってやがる?! んなもん見せびらかして、タダで帰れると思ってんじゃねえだろうなぁ!」
「オメェら、コイツにここの流儀ってやつぁ教えてやれやぁ!!」
「「「「「おうよっ!!」」」」」
「いけー!!」
「やっちまえー!!」
買い物客やちょっと早めの酔客が野次馬と化したのか、やたらと人が集まって来たため、前がどうなっているのかはここからでは全然見えない。
そして、威勢のいい声が前方から多数聞こえてきたと思ったら、次に聞こえてくるのは複数の石畳を蹴り出す音と金属と金属がぶつかり合う鈍く重い音。
だけど、これはちょっとマズイな。
聞こえてきた怒声と金属がぶつかり合う音から察するに、間違い無く赤色マーカーの奴は金属製の武器を所持していると思われる。
そして恐らく今、前の方で先ほどから捉えている赤色マーカーを鎮圧するために街の住民が動いているのだろう。
ここは『冒険者が集まる街』というくらいだし、そこらに居た住民が野次馬と化していることから、こんなことは日常茶飯事なのかもしれない。
だが、そんなことよりも問題なのは、鎮圧に動いている街の住民と思われるマーカーの大きさは僕の半分以下で、この赤色マーカーの大きさは僕と同程度ということだ。
それでも鎮圧に動いている住民がそれなりに多いので、どうにかなるのかもしれないと思ったが、残念ながらそう上手くいくものでは無かった。
野次馬が挙げていた歓声が勢いを失い、どよめきに変わるのに、そう長い時間は掛からなかったのだ。
「う、嘘だろおい……」
最早誰が言ったのかもわからない呟きを皮切りに、次々と野太い悲鳴が挙がる。
「……ぐっ!」
「な、なんだぁ、こい……あぎゃっ!」
「あがっ!」
「がはっ!!」
「っのやろ……っ!」
そしてそれさえも、数十秒ほどで途絶えてしまい、僕が最初の金属音を聞いてから五分も経った頃には、辺りを息を呑むような静寂が包んだ。
「フヒヒッ……フヒッ」
次いで、足を引きずるようなのっそりとした足音と、気色悪い嗤い声が聞こえてくる。
「「「「「うっわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
するとそいつを囲んでいた住民たちは、蜂の巣と啄いたような騒ぎになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
その中でも僕はそいつから向けられた明確な殺意を受け、その場に留まざるを得なかった。
だが【状態異常無効】スキルのお陰なのだろう、不思議と僕はそれに臆することなく、落ち着いた心持ちでそいつを迎え撃つ準備を進める。
やがて通りには人っ子一人いなくなり、その場に残った僕は、そいつと対面した。
その返り血に染まった姿と下卑た嗤い顔。
あいつ、何処かで見たことある顔だな。逆光ではっきりとは見えないが、僕は確かにあいつを知っている。何処だ? 何処で見た?
そう僕が訝しみ、自問自答していると、そいつは僕の顔を見ると、それまで貼り付けていた薄気味悪い嗤いをより一層深め、奇声を挙げる。
「ミィィヅゲェダァァァァアッッッ!!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




