第六十二話
リアル諸事情により四週も音沙汰無く、投稿が止まってしまい大変申し訳ありませんでした。
リアルも落ち着き、今週より投稿を再開致しますので、宜しくお願いします。
それでは第六十二話、始まります。
なんとも言えない違和感を抱えつつも、資料室を後にした僕たちは昼食を取るために、街へと繰り出していた。
軽食だけであればギルドハウス併設の酒場を利用しても良かったのだけど、一階に降りた際アンナさんから冒険者区の東側に、果実の生搾り果実水の美味しい屋台があると教えてもらい、その生搾り果実水の屋台の付近には軽食の屋台も何件か連ねているそうで、気分転換も兼ねてそれらを試してみることにしたのである。
アンナさんのオススメはザッカロという透き通った紅色をした果実の生搾り果実水とのこと。
ちょっと強めの酸味と程よい甘さが、口の中をすっきりとさせつつも後引く味だそうな。
じゅるり。うむ、話を聞くだけで今から涎が止まらん。
そんな話を聞いていると、ラピスとステラが目をキラキラさせて、今にも飛び出していきそうな気配を醸し出し始めたので、アンナさんへお礼を告げて早々に向かうことにする。
ラピスたちを宥め賺しつつ、ギルドハウスから歩くこと二十分ちょっとすると、目当ての屋台通りが見えてきた。
そこはそれほど大きな通りでは無いが、多くの軽食を求めている人でごった返している。
まだ少し離れているにも関わらず聞こえてくる威勢のいい呼び込み、それに負けず劣らずと張り上げられる注文の声、そしてそれに混じって漂ってくる炭火の香ばしい匂い。
ちょうどお昼時ということもあって、まるで祭りのようにかなり賑わっており、これは生搾り果実水以外にも色々と期待が出来そうだ。
一部のガタイの良い男性たちは、空腹のせいか殺気立っているようではあるが、これは仕方が無いだろう。
こんな良い匂いが充満していれば、高カロリーを必要とする肉体労働者の人でなくても、辛抱たまらんというものだ。
とはいえ、ラピスとステラのために先ずは果実水の確保が先決である。
こっちを先にしないと、二人とも果実水の屋台に突貫しそうな雰囲気を漂わせているので、僕もちょっと気が気でない。
あとステラ、そんなに強く握らないで。果実水は逃げないから。
「逃げなくても、無くなっちゃう、かもです」
ああ、うん、そうだね。でも大丈夫だと思うよ? わちゃわちゃいるおっさんお兄さん連中は、串肉片手に反対側の葡萄酒や蜂蜜酒、麦酒を売ってる屋台の方に流れていくし。
果実水屋台の付近には町娘風のお嬢さんやふくよかなお姉さまが数人居るくらいだ。
「無くなっちゃう、かもですっ」
――それはだめなの。ぜったい、だめなのっ
あーもう。はいはい、わかったわかった。だから、二人ともそんな泣きそうな顔しないの。
そんなこんなで僕は、香ばしい匂いに釣られて溢れてくる涎を飲み込み、ついついそちらの方へ足が向きそうになるのをぐっと堪え、ステラに手を引かれながら果実水を売っている屋台へと歩き出す。
人の壁とでもいうような人垣を避けて果実水の屋台に近づくと、肉の焼ける香ばしい匂いに混じって、果物の芳醇な甘酸っぱい香りが鼻腔を擽ってくる。
その香りに誘われるようにして屋台へとたどり着くと、そこにはでかでかとザッカロと思われる果実や他にも数種類の果物の絵と値段が書かれている看板が立ててあった。
アンナさんの情報通り、この屋台の看板メニューはザッカロの果実水のようであるが、それ以外にもアプルやオレンリアなどの果実水も扱っているようだ。
だが、ステラもラピスも食い入るようにザッカロの絵を見つめているので、ここはおとなしくザッカロの果実水でいいだろう。
幸い屋台の前に並んでいる人もいないし、二人の目力が段々と凄いことになっているので、早速注文することにする。
僕は看板から目を離し、屋台の奥でにこやかな顔で微笑んでいるおばちゃ……ゲフンゲフン、お姉さまへ視線を移す。
「お、おねーさん、ザッカロの果実水を三つ、くださいな」
「あらあら、お姉さんだなぁんて嬉しいこと言ってくれるじゃないのこの子は」
うぉぉぉ、お、おっかねぇ! 今一瞬殺気が飛んできた気がするぞ?! 何故だ、テレサさんの時といい、今といい、何故僕の考えていることが察知されてしまうのだろう? そんなに僕の視線って露骨か?
「それはそれとして、ウチのカップは持ってるかい?」
ぉん? カップ、とはなんぞや?
「これさ」
そう言っておばちゃ……ぢゃなくて、お姉さまが手に持って掲げたのは、どう見ても釉薬すら掛けられていない、ちょっと灰色かかった簡単な造りをした素焼きのカップ。
「その様子じゃ持ってないみたいだね。ならカップ込でひとつ80ゴルドだから、三つなら240ゴルドだよ」
カップを持っていたらどうなるのか? と不思議に思っていると、お姉さまが屋台の手前側に出っ張ったカウンター代わりの台の上に、果実水がなみなみと注がれたカップが置かれた。
「はいよ、お待たせ。次からはこのカップを持って来れば、そこに注ぐから1杯50ゴルド。しっかり洗って、次に来てくれる時にゃ忘れずに持ってくるんだよ?」
ということらしい。なるほど、魔術なんてファンタジー要素があるとは言え、文明的には元の世界の中世といい勝負のこの世界では、当然機械による大量生産なんかは無いわけで、そうするとこっちの世界では木製に比べて壊れやすい陶磁器なんてものは、こんな簡単な造りのカップひとつとっても工芸品扱いとなり、一般市民にとっちゃそこそこ貴重品なものなのかもしれない。
しかし、カップが30ゴルドでドリンクが50ゴルドか。ギルドハウスで飲んだオレンリアの果実の搾り汁は確か小樽ジョッキで100ゴルドだったけか?
このカップは、見た目それの三分の二程度の容量。
カップ抜きであれば、ギルドハウスよりは安いみたいではあるが、世間一般的にはどうなのだろう?
……まぁそんなことは後で考えるか。それより今は、もう待ちきれないといった様子でカウンターに齧り付いてカップを見上げるステラと、そのステラの頭の上で身体を伸ばしながらカップの中を覗き込んでいるラピスをどうにかせねば。
今並んでいる客が居ないといっても店の前で長々と居座っては、流石に迷惑だろう。
ということで、支払いを済ませてから、表面張力とは言わないまでも、摺切りまでザッカロの果実水が注がれたカップをひとつ手に取る。
うん、中々に職人芸が光ってるね。
そんな他愛もないことを考えながら、それをステラへと手渡す。
ステラはそれを、大事な大事な宝物を持つように両手で包み込むようにして受け取ると、ぱぁっと光り輝く笑顔を浮かべる。
「飲んで、いいですか?」
期待と不安の篭った目を果実水と僕との間を行き来しながら、そう尋ねてくるステラにちょっとほっこりしつつも、一杯だけだから零さないようにねと伝えつつ頷いてあげた。
するとそっとカップの淵に口を付けたステラが、途端に目をきゅっと瞑って、次いですぐさまにほわ~んとした幸せそうな表情を浮かべる。
「ふぁぁ……。酸っぱくて、甘くて、おいしい、です」
そかそか、そりゃ良かった。わざわざここまで出張ってきた甲斐があるってもんだ。
ステラの満足そうな顔を見て和んでいると、視界の端でラピスの目がキラリと光るのが見えた。
その視線が向かう先は、というと当然カウンターの上に置かれたカップである。
ちょと待てラピス。そんな獲物を狙うような目をするんじゃない。今それに飛びついたら、キミのは兎も角、確実に僕のが零れるから。
ステイステイ。いいか、早まるんじゃないぞ? ちゃんとあげるから。
そうしてステラの頭の上で微妙に揺れ動いて、猫のようにタイミングを計っているであろうラピスを片手で制しながら、もうひとつのカップを手に取った僕は、それをゆっくりとラピスの前にまで持ってくる。
するとラピスはするりとカップの口全体を覆うようにして乗り移って来た。
それを見届けて胸をなでおろした僕は、漸く最後のひとつ、僕の分のカップを手にしてその中を覗き込むと、底が見える程度には透き通った濃い紅色の液体が満たされている。
看板に描かれている果実を見て思ったけど、この独特のベリー系の香りはザクロによく似ているように思えた。
そして一口、口に含むと強烈ではあるが心地いい酸味が口の中いっぱいに広がり、次いで果実の柔らかい甘味が後を追いかけてくるような味わい。
うん、これは美味いな。流石、看板メニューなだけはある。
っとと、呆けてる場合じゃなかった。一口飲んで嵩が減ったので、取り敢えず移動しようか。
そうして辺りを見回すと、屋台のほど近くにベンチのような長椅子があったので、そこへひと先ず落ち着くことにする。
ベンチに腰を下ろして数分、ちびちびと果実水に舌鼓を打っていると、手元に視線が突き刺さるのを感じたので、それを追ってみると……ラピスと目が合う。
……あげません。
――え~
え~、じゃありません。あげません。
――ぶぅ~
そんなわかりやすく不貞腐れても、あげません。一杯だけっていったでしょう。
まったく、ちょっとはステラを見習いなさいな。ちゃんと考えて……ってどした、ステラ? そんなこの世の終わりみたいな顔して。
カップの中を覗いていたステラが、カップの淵に口を付け、それが逆さまになるまで傾ける。
その姿勢をたっぷり十秒ほど保ってから、元に戻ると、そこには今にも泣きそうなステラの顔があった。
あぁ、うん、無くなっちゃったのね。
まったく仕方ないなぁ、この子たちは。まぁ借金は別枠として、生活資金に困っているわけでもないので、もう一杯くらいならいいか。
それに僕も、元々軽食を求めて来たこともあって、お腹は限界に近い。何か食べたいところである。
だがあのように、整然と並んでるわけでもなく、ガチムチマッチョな押し合い圧し合いの中に飛び込んで喜ぶ性癖でもなかったので、ちょっと落ち着くまで様子見しようかな、と待機していただけなのだ。
その甲斐もあってか、一杯目の果実水を飲み干した今はピークも過ぎたようで、串肉の屋台も落ち着いている。
お代りのついでに、そっちも買ってくるとしましょうかね。
ということで、買って参りました謎肉、ではなくて湿原水牛という星無し魔物の串肉でございます。
湿原水牛という魔物は、ルセドニの街から北にある湿原に棲息する、まあちょっと体格の大きい水牛である。
此奴らの気性は基本的に穏やかで草食性らしいのだが、子供が襲われたり自身の命の危険が迫ると、そのアホみたいに大きい角でもって、狩人や格上の魔物をひと突きにしてしまうそうだ。
それに加えて、例え狩ることが出来ても、4メートルを超える体高と3メートル近い体長という巨体のせいで、全てを持ち帰ることが難しいという。
だが、持ち帰ることさえ出来るのであれば、その巨体ゆえ可食部は多く、また肉質も柔らかく脂も程よく乗っており美味なため、街では人気の一品であった。
そして、そんな魔物の肉の塊が盛大に四つもぶっ刺さっているこの串肉。
先ず何といっても、肉がデカイ。
以前ギルドハウス近くの屋台で食べた串肉、その肉塊の大きさはひとつがテニスボール半分くらいのサイズ。それが五つで100ゴルドだった。
だが、こいつはテニスボール丸々一個分のサイズが四つで150ゴルド。
値段的にはこっちのほうがちょっとお得で、見た目のインパクトも上だ。
まぁそんなことよりも暴力的なほどに胃袋を刺激しまくる、秘伝だというタレをちょっと焦がした香ばしい匂い。
それが肉の脂と絡まって……も、もう辛抱たまらんっ。
ではでは、実食と参りましょう!
バクっと肉塊にかぶりついた瞬間、香ばしい匂いが口から鼻へと抜け、次いでちょっと塩辛いタレと脂たっぷりの肉汁が口の中で爆発する。
それだけでも幸せなのに、噛むたびに肉汁が口の中で弾けていき、不思議なことに口の中の肉自体はほろほろと崩れるほどに柔らかい。
う、うんめぇ。マジ美味ぇ。僕の語彙が貧困なのが悔やまれるほど美味い。
以前食べた串肉はちょっと筋張っていて肉に臭みも残っていたのだが、こいつにはそれが全くない、という点もポイントが高い。
そんなことを考えていると、あっという間に一本食べきってしまった。
そして肉が無くなってしまった串を片手に、素焼きのカップを傾けると、ザッカロの果実水が口の中に残った脂をすっきりさっぱり洗い流してくれる。
腹も味も大満足のひと時であった。
これは、この屋台通りはアタリだな。間違い無い。水瓶亭の食事にも負けてないくらいに美味い上に安い。
水瓶亭の食事は美味しいし、事前に頼んでおけば昼食用にサンドイッチのようなものを用意してくれるが、如何せん料金がちょっとお高めだ。
加えて、数日分まとめて、というのも心情的にちょっと頼み難い。
今のところは街の外に出る依頼でも、日帰りのものしか請けていなかった――請けられなかったとも言うが――ので、それでもまあ問題無かったのだが、もう少しすれば僕もほぼ強制的に四ツ星冒険者として活動していくことになる。
そうなると、これからは日帰りだけでなく、泊まりがけの依頼も請けざるを得ない状況になることも考えられる。
その場合、カチカチの黒パンや干し肉といった保存食的なものを用意しなくてはならないのだが、メリッサさんたちに教えてもらったその類の物は、正直言って不味いことこの上ない。
ソロ――僕と従魔だけ――もしくは、既に僕のスキルをある程度は話しているワイルドローズと一緒に活動するのであれば、保存食的なものは遠慮したい、というのが僕の本音だ。
そういうこともあって、大量に確保出来る調理済みのものを探していたのだが、先程も言ったように筋張った肉であったり、味付けがイマイチであったり、保管に向かなかったりで、中々これだというものに出会えていなかった。
自分で料理をすれば一番手っ取り早いのだろうけど、調理する設備が無いし、水瓶亭の調理場を借りられたとしても勝手がわからない。
加えて、こっちの世界の調味料に詳しく無いしで、お手上げの状態だった。
だが、それも今日までのこと。
今日、この串肉に出会えたのは運命といってもいいだろう。
僕の保存食は、君に決めたっ!
と決めたからには、早速行動に移すことにする。
果実水は兎も角、ここの串肉は何本か、いや十本は……いやいや三十本くらい買溜めしておくことにしよう。
【アイテムインベントリ】に保管しておけば、いつでもアツアツの香ばしい串肉が楽しめるのだ。
これはテンション上がりますなぁ。
おっと、イカンイカン。これはあくまで保存食的立ち位置の食料。いつもの昼食のつもりで食べてはいけないのです。
一度だけ頭を振り、気持ちを落ち着けて、ありったけの手持ちのお金を握り締めて、再び串肉の屋台へと足を踏み出そうとしところで、ふと視線を感じたので、そちらの方へと振り返ると、そこには何かを期待してこちらを見つめるラピスとステラの姿があった。
……わかったから、そんな目で見んといてーな。もう一杯お代り買ってあげるって。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




