第六十一話 二つの違和感
お待たせしまして大変申し訳ありません。
それでは第六十一話、始まります。
まったく、相変わらずのクソゲーっぷりに目眩がするわ。
この世界がゲームでは無く現実だってのは理解しているが、流石にこれは酷過ぎるだろう。
しかし、ここで嘆いたり憤慨しても、現実が変わるわけでもないので、そんなことは横にポイするに限る。
いやむしろ、今の段階でこれらのことを知ることが出来て良かった、と考える事にしよう。
というかステラと出会ったあの日、もし調子に乗って奥へ奥へと進んでいたら、ステラと出会うどころか、こいつらとカチ会っていた可能性だってある。
ちょっとステータスの値がバグり気味の今のラピスなら星三つの魔物相手でも、どうとでも出来るだろうし、当時のラピスでも一対一ならば恐らく圧倒的とまでは言わないまでも、制圧すること自体は難しく無かっただろう。
特に、何に触発されたのかは知らないが、どうにもウチの子は最近妙に好戦的なので、僕が敵認定したり、僕に明確な敵意を抱いている相手が現れると、飛び出して行きかねない。
それにうってつけなスキルを獲得しちゃって、ステラも確保しちゃったみたいだし。
また、そういった相手に対してラピスは微塵も容赦する気が無いようで、今でこそ僕の気持ちを汲んで留まってくれてはいるが、咄嗟の判断となるとどうなるかはわからない。
それが街の外での魔物相手であれば問題は無いのだが、ヒト相手でしかも街中でとなると問題しかない。
なので、ラピスちゃんの手綱はしっかりと握っておかなくては、と思う今日この頃なのです、はい。
街の外でのヒト相手の場合? それは……まあ、その、あれですよ、自己責任、的な?
いやまあフォローはするよ? それが獣や魔物と勘違いして近付いて来ただけならね。でも悪意や敵意を持って近付いて来るなら、その限りでは無いってだけで。
っと、話が逸れたな。
まあラピスが魔物に突っ込んでいったところで、僕は【気配察知】と【隠形】の二つのスキルを全力全開で行使しつつ、サポートに回るつもりではある……のだが、正直今のラピスにそれが必要か? と問われると首を傾げざるを得ない。
当然、複数の魔物に囲まれれば、如何にバグキャラと化したラピスであっても、不利になることもある……かもしれない、きっと、多分。
だが幸いなことに、西の森の深層部に生息する星三つの魔物の数はそれほど多くはない。
というのも、奴らは縄張り意識が非常に強いらしく、それに比例して生存競争も激しいようなので、それぞれの個体数もある程度抑えられているようであった。
まあ魔物という種自体が食物連鎖の上位の存在らしいので、それは納得出来る話だ。
ただ、産卵期や繁殖期に入ると親個体の気性は普段とは比べるべくも無く荒くなるし、その時期から少し経つと幼生体が親個体の取り巻きとなり、深層部の危険度は二段階ほど上昇する。
この時期は普段から深層部を狩場にして慣れている冒険者たちであっても、迂闊に足を踏み入れることは無く、また更にそれから少し経つと、幼生体が親離れして独立する時期となり、それらが中層部へと進出してくるので、その時期はこちらをメインの狩場とすることが通例だという。
しかしこの資料にも、その時期に関する明確な情報は無かった。
では、どうやってその時期とやらを判断するかというと、中層部に生息する魔物の増減によって判断されるらしい。
詰まり、中層部の魔物がいつもより増えてきたら繁殖期で、減ってきたら独立期ということだ。
またこの資料の結論としては、魔物の繁殖期は不定期で、森に生息する魔物が一定数を下回った場合に起こるとされているが、それが魔物の種類別なのか総数なのかは不明である、と。
ってことは、中層部の魔物が増えても減っても危険度が上がるという点については変わりなくて、その上それが何時起こるかは全く予測がつかない、ということか。
ふむふむ……うん、厄介過ぎるわっ!
ふーっ! ふーっ!! あぁイカン。思わず資料を床に叩きつけるとこだった。
やばいやばい、この世界じゃこんな安っぽい作りでも紙の媒体は恐ろしく貴重で高価な代物なんだ。
こんなものでも感情に任せて乱暴に扱ったりでもしたら、部屋に入って早々に飽きたラピスとステラに、絵本のようなものを読み聞かせてくれている司書のおじいちゃんにぶっ飛ばされてしまう。
おーけーおーけー、ちょっと落ち着こうか。……うん、よし、落ち着いた。
要するに、森の中層部の半ばよりも奥には行かなければいいってことだ。
中層部の方に生育している薬草類の方が、量も質いいのだが、そこは安全には代えられない。
【隠形】で身を隠しながら、ということを考えなくもなかったが、これは常時発動していると気力的なナニかがごっそり抜けてくし、なによりラピスはともかくステラとは手を繋いでいないと、スキルの効果範囲から外れてしまうので、それでは森の中という環境を考えると危険過ぎる。
幸運にも僕には【空間魔術】の《ミニマップ》があるので、これで位置情報を随時確認しておけば、深入りすることはないだろう。
それに浅層部から深層部まで広範囲に生息している魔物も数多くいる。
代表的なものとしては……
・星無しではあるが当たり所が悪ければ即死もありえる額に長い角を生やしている角兎
・ファンタジーではお馴染みこの世界でも嫌われ者の、緑色の肌と醜悪な容姿の緑小鬼
・星一つではあるが必ず複数で行動するため、群れとして見た場合、星二つ相当とされる大型犬サイズの森群狼
・二足歩行で分厚い皮膚と筋肉の塊である巨躯の豚である豚頭鬼
・ひと抱えもある丸太を切断出来るほど鋭い鎌を持つ全長二メートルの昆虫型の魔物、鋭鎌蟷螂
このような魔物が森の至るところで闊歩しいる、と。
もうね、つくづく最初に出会ったのが気性の穏やかなスライム種族で助かったと思う次第でありますってなもんですよ。
あの当時の僕はレベル1であったことに加えて瀕死状態。
星無しの角兎に突撃どーんっ! なんてことをされていたら一発昇天待った無しだったであろう。
人間が素手で正面から戦って勝てるのは精々中型犬くらいまでとも言われているのに、レベルやステータス、スキルといったものがあるこの世界で、この資料に書かれているような魔物に敵意全開で来られちゃぁ、レベル1の人間なんて勝てるわけがない。
いやー今思い出したら、ホントに危なかったんだなぁ。
そう考えるとアンナさんに言われた『討伐依頼の受注は二ツ星から』とか、他の冒険者たちが複数人でパーティーを組んで依頼に請ける、というのは至極当然のことだ。
話を戻そう。
改めて資料を読み込んでいくと、ステラの今のレベルでは少々心配ではあるが、僕やラピスであれば浅層部に棲息する魔物程度なら問題は無さそうである。
しかし中層部ともなると、これらに加えて先ほどの星三つの魔物の動向にまで注意を払わなければならなくなるだろう。
そうなると流石に【気配察知】を駆使しても、僕一人ではフォローしきれないところが出てくると思われる。
ラピスもそこそこ勘は良いみたいではあるが、僕の【気配察知】スキルは相手との相対距離は把握出来るのだが、高低差までは認識出来ないので上空地中からの奇襲を受ける可能性は十分にある。
バダムさんのお陰で、今のところ資金には困って無いし、ここはやっぱり安全第一でいきたいところだ。
ということで結論、森の奥には行かないっ。
ヘタレと笑いたければ笑うがいいさっ! あんなおっかねぇ魔物の情報を見た今となっては、そんなとこ頼まれても行きたくないです。
活動資金の金策は別に考えることに決めた。今決めました。最悪、またバダムさんにマジックアップル買い取ってもらうからいいんだもんね。
よし、西の森についてはこんなところでいいか。
続いては『灰の森』についてだ。
ルセドニでは下位冒険者向けとされている西の森でこれなので、こっちはもっと凶悪な魔物が棲息しているのは間違い無い。
よって、こっちはメリッサさんたちの話についていける程度に、さっくりと目を通すだけでいいだろう。
あ、やっぱちょっと待って、心の準備するから。すぅーはぁー……よし、では参ろうぞ。
まず、この『灰の森』の名前の由来についてだが、これはまあ言葉遊びのようなものであるようだ。
元々ルセドニの原型である開拓村が出来た当時からあった森は北側を除く三方。
数百年前まで東側は森を挟んで小国家との国境線があったのだが、その小国も今では帝国へと併呑されているため、また棲息していた魔物も高ランクでも星二つまでであったため、百年ほど前に東側は完全な農耕地へと開拓されている。
西側の森については東側とは森の規模が大きく違い、また強い魔物が多く棲息しているため、東側の開拓に注力していたこともあって、開拓はルセドニの号が『町』であった頃からほとんど変わっていないようだ。
そして問題の南側。
こちらは開拓当時から今現在まで、殆ど手が付けられていないようであった。
というもの、こちらも森の規模としては西側とほぼ同じではあるが、生息している魔物が西側とは比べられないほどに凶悪過ぎたため、手を出したくても出せない状況ということらしい。
唯一、ルセドニから見て南南西の一部分に森の薄い部分があり、南への迂回ルートとして申し訳程度に街道が敷かれていた。
だが、その街道は高ランク魔物との遭遇率が高く、腕に覚えのある冒険者を多数雇ったとしても決して安全とは言い切れないものであった。
故に百年ほど前、東側が完全に切り開かれたのを契機に、南へ向かうルートはこちらへと切り替わり、現在この森を突っ切るような街道は封鎖されてしまっている。
そこから南西側の森は『廃棄された街道のある森』と呼ばれるようになり、省略されて『廃棄の森』、そこから転じて南側の森全体を『灰の森』と呼ばれるようになったそうな。
そして肝心要の棲息している魔物であるが、基本的に浅層部は星二つから三つ、中層部は星四つと五つ、深層部に至っては星六つ、とある。
では代表的なのはどんな魔物なのかというと……
・星四つ:猛豚頭鬼、石化嘴雄鶏、悪食巨漢
・星五つ:暗殺手長猿、変異巨暴猪、刺貫半人雄牛
・星六つ:四ツ腕狂乱熊、白亜ノ大蛇、鷲翼獅子
ここまで目を通したところで、手にした資料をそっと閉じる。
うん、名前からしてヤバそうな匂いがするラインナップだな。絶対オトモダチになれそうもない。
なんか見たことある名前がちらほらとある気がするけど、それはたぶん気のせいだろう。気のせいだといいなぁ。
さて、現実逃避はこれくらいにして、実際問題として僕がこの灰の森に足を踏み入れることは金輪際無いだろうから、まあこんな名前の魔物もいるんだなぁくらいに思っておこう。
いや、あの、フラグとかぢゃないんで。一般人がこんな魔境入れるわけ無いんで。
大体、ぼかぁ冒険者になってまだ二週間しか経ってない無星なんだから、四ツ星以上の皆さんが狩場にしてるとこ、ろ……に…………四ツ星?
なんか最近誰かが四ツ星に昇格するとかしないとか聞いた覚えが無くも無いんだが。
……いやいや、無いって。だって僕はパーティーだって組んでないんだよ? ラピスとステラは居るけど、それでも三人だ。ワイルドローズだって四人組みパーティーなんだし、人数が足りてないって。
……。
…………。
……………………。
ぅおっほん、どぉぉぉしてもこの灰の森に行かなけれなならなくなったら、うん、そうだな、ガーネたちに来てもらうとするか。
あの子たちなら、こんな奴ら屁でもないだろう。力を持て余したラピスの指導にもちょうどいいだろうし。うん、そうしよう、それがいい。
さぁーて、取り敢えず魔物の棲息分布についてはこんなところかな。
正直、もう二度と森へは入りたくなくなってしまうような情報ばかりであったが、何も知らないよりはマシってところか。
こんなおっかない魔物があっちこっちにいるんじゃぁ、冒険者の生還率が低いってのも頷けるってもんだ。
資料を読んだ感じでは、星無しや星一つの魔物相手なら、人数と勢いでゴリ押し出来るかもしれないけど、星三つ以上となると、どいつもこいつも一筋縄じゃいかないような奴ばっかのようであった。
だからこそ事前に情報を集め、入念な準備を行ったうえで臨むのだろうけど、それでもこんな魔物が相手では、ある程度討伐依頼に慣れた四ツ星の冒険者パーティーだって、歯車がひとつ狂っただけで、戦線は簡単に崩壊してしまうであろう。
実際、ワイルドローズの四人だって、四ツ腕狂乱熊相手に相当苦戦したようだし。
今回の再調査は、七ツ星冒険者であるドガランさん率いるシュートゲイルも一緒だから、大丈夫だとは思うけど、こんなの見ちゃった後ではちょっと心配になってきたな。
あの森に棲息している四ツ腕狂乱熊が一体だけってなわけは無いだろう。
まあ自家製ポーションセットも渡してあるし、滅多なことは無いと思うけど……。
そうして無理矢理自分を納得させた僕は、冊子を棚に戻したその後も、別の資料を五ノ鐘が鳴るまで資料を読み漁った。
それというのも、これだけ膨大な資料があるのだから、元の世界に帰る何かしらの手掛かりがあるかもしれない、と思ってのことだ。
しかし、この短時間では到底全ての資料に目を通すことは叶わなかったが、目を通すことが出来たその多くは、当たり前と言えば当たり前であるが、魔物の分布図やそれらの生態、素材となる部位などが殆どであって、僕が求めるような情報はなにひとつ見当たらなかった。
これらはこれらで、冒険者として活動する上では非常に有用な情報ではあるのだが、僕が求めるものとは違ったため、少々肩透かしを食った感は否めない。
やはり、史実や伝承、伝記といった冒険者の食い扶持に直結しないような情報は置いていないのだろう。んなもん、読まれないだろうしな。
であれば、図書館みたいな所が在れば助かるのだが、生憎ここは冒険者の街というだけあって、そんな高尚な施設は無い模様。
それ故、こっちの情報については、今のところ手詰まりだ。
ただ、資料を読んでいた中で、幾つか気になる点があった。
ひとつは黒ゴブリン、別名銀妖精について。
過去の報告資料を読んでいると、西の森と灰の森どちらにも、ちょいちょい銀妖精の発見報告が見受けられた。
だが、どうにも一年と半年ほど前を境に、銀妖精の発見報告数が激減しているようなのだ。
この地域で銀妖精は『森の守人』とも呼ばれているようで、冒険者の間でも暗黙の了解として、銀妖精を傷付けてはならない、とされているらしいので、冒険者による銀妖精の討伐または捕獲といったことはありえない。
ならば自然淘汰されたのか? というと、東側の開拓が完了してからこの百年の間、大きな環境の変化といえば、数十年前に西の森で発生したモンスターパニックのみ。
そのモンスターパニック鎮圧後でも、多少減ってはいたようだが、銀妖精の発見報告例は変わらずあったので、それが原因とは少々考えにくい。
魔物が疾患する伝染病の類も考えたが、森に棲息する他の魔物はピンピンしているので、それもイマイチ説得力に欠けるのだ。
それともうひとつ、大赤鬼についてだ。
こちらはアンナさんに聞いたように、数十年前のモンスターパニックで確認されたという記述はあった。
だが、それ以前もそれ以降も大赤鬼に関する記述が一切無いのである。
モンスターパニック以前の目撃情報が無いというのは、そもそも進化前である大鬼はモンスターパニック以降に西の森へ住み着いたようである、という記述で納得出来た。
だが、モンスターパニック以降、今の今まで大赤鬼の目撃情報が無い、というのはどうことなのか?
大赤鬼は大鬼の進化種である。
そして、僕とラピスで討伐した大赤鬼の年齢は確か『8』となっていたと思う。
であれば、生まれてから順調にいけば八年、長くても十年ほど生き残れれば大赤鬼へと進化を果たせるはずである。
にも関わらず、大赤鬼の目撃情報としては数十年前と先日の二件のみ。
数多の魔物が日々生存競争にさらされているのだから、早々進化種が現れるわけがない、と言われてしまえばそれまでなのだが、どうにもそれが喉の奥に何かが引っ掛かったような違和感を感じてしまっていた。
だからといって、僕に何が出来るのかと問われても、明確な答えは出せない。
そんな歯痒さを持て余しながら、僕は資料室を後にした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




