第六十話 やっぱり……
バダムさんに巻物を買い取ってもらった翌日、朝の日課と朝食を済ませた僕らは、アンナさんに顔を見せたあと、ギルドハウスの資料室へと来ていた。
ここはメリッサさんたちが灰の森へと再調査に出たら、真っ先に来たかった場所ではあったのだが、そも例のストーカー集団の本拠地であり、その動向が少々不審に感じられたこともあって、訪れるのは保留にしていた場所だ。
あの日のヌルさんの最後あたりの発言に【真偽判定】がダウトを出さなかったので、それは信じてもいいとは思ったのだが、全面的にその言葉を信じるのはちょっと怖かったので、数日は様子を見ることにした。
その結果、昨日一昨日と、ギルドに顔を出した時に一瞬だけ反応は見せたものの、ギルドハウスを出ても追いかけてくる気配は無く、街をぶらついてても、依頼をこなしていても、監視されている気配は微塵も無かったのである。
今日に至っては、ギルドハウスに入ったところで特に反応らしい反応も無かったため、漸くヌルさんの『監視は終わり』という言葉を信じられたので、安心してここに足を踏み入れることが出来るようになったのだ。
とは言っても、大人しくなったのは彼の部隊の皆さんの気配に限った話で、諸先輩方からの熱烈な視線については相変わらずなのが、目下の悩み事なのです、はい。
閑話休題。
昨日アンナさんからちょいと面倒臭そうな話とご忠告を頂いていたので、今日も昨日と同じように街の外には出ず、街中で完結するような依頼を請けようと思っていた。
だが受付カウンターに向かう途中、ふと本格的な実地講習が始まる前にある程度は情報収集をしておいたほうが良いのでは? ということが頭に過ぎり、お財布と相談してみると当面の生活費については問題無いとの素晴らしい返事が返って来たので、思い立ったが吉日、善は急げとばかりにこちらへと足を向けたのである。
正直に言えば、未だに勘は鈍っているので身体を動かしたいところではあったのだが、この先のことを考えればどんな情報であれ集めておいても損はないだろう。
少なくとも、森での採集において最も注意しなくてはならない魔物の種類や生息分布図は最優先で把握しておくべきだ。
というのも、僕がこの街に来てから出会ったことのある魔物は、黒ゴブリンや街中で見かけたディラマを除けば、緑ゴブリンとレッドオーガの二種類のみ。
しかも、緑ゴブリンは他の冒険者パーティーが戦っているの遠目に一度だけで、レッドオーガに関しては、オーガならともかく、それがなんであんなところに居たのかわからないという、完全なるイレギュラー。
先日のワイルドローズによる実地講習ではメリッサさんたち側に時間的な縛りがあったため、森の歩き方やお金になる植物が生えそうな立地条件、他の冒険者に遭遇した時の対処方法といった、実に初心者のためのことが中心。
森に生息する魔物関連に対してはほんの触りだけで、詳細については後日ということになっていたため、僕はこの街周辺の魔物事情についての知識はほぼ無いも同然なのである。
そのため、ラピスとのコンビで活動していたあの日は【気配察知】と【隠形】と【威圧】を駆使して、魔物のみならず他の冒険者や獣にも遭遇しないように、と細心の注意を払っていたのだ。
まあそれも、黒ゴブリンの集落跡でステラが目を覚ますまでの間に使っていた、【威圧】のピンポイントショットに対する反応を考えると、杞憂だったかもしれない。
しかしあれは、相手の視界に入っていない状況でのことであり、これが面と向かった状況でどうなるかは未知数なので、過信は禁物である。
実際ヌルさんを相手にしたときは、ステータス上に『萎縮』という文字が表示されてはいたが、 一見した限りではその佇まいに萎縮した感じは見受けられなかったし。
そんなことを頭の片隅で考えながら、僕は目の前の棚から一冊の本――というには少々厳しいものがある、片側が麻紐で綴じられた紙束に手を伸ばす。
それは手に取った感じ、ザラザラしているし、目も荒く、元々そういう色なのか黄ばんでいて書かれている文字も読み難く、正直言って紙質は元居たの世界の物と比べるのも烏滸がましいほどのものであった。
だが、この資料室に保管されている資料の媒体としてはこれでもいい方で、これ以外となると最も多いのは木簡竹簡で、次に多いのは元居た世界の古代に筆記媒体として使用されていたという薄茶色のパピルス紙のような物が束ねられたものしかなく、残念ながら製本された良質の紙の本というのは、ここには置いていないようである。
しかもこれらは全て手書きで、印刷技術が未発達であることは容易に見て取れた。
活版印刷の技術を広めれば、ちょっとした産業革命が起きるかも知れないな。
あー、でもあれって鋳造技術はもとより、紙質の方が重要なんだっけ?
印刷技術だけ広めても、肝心要の紙が高価なんじゃ、そこまで普及しないか。
柔らかくて、インクをよく吸収する洋紙の作り方なんて知らないし、僕の頭の中にある知識で作れそうなのは、そこいらの植物の繊維を適当に煮て作る、なんちゃって和紙くらいだ。
そんなんだったら、この紙束と大して変わらんもんな。
まあ、いいや。そんなことより、先ずは立地的なおさらいから始めるとしよう。
最初はここ、ルセドニの街について。
ここルセドニの街は、元居た世界で言うところの北半球に存在する大陸、その中央部に君臨するディアモント帝国に所属する街だ。
ディアモント帝国は大陸の三分の一もの領土を誇り、北大陸では随一の領土と国力を誇る大国中の大国である。
その歴史は古く、過去には血生臭いことも多々あったようだが、ここ百年ほどは戦争も大きな飢饉もなく、比較的落ち着いているという。
極希に、冒険者たちが間引きしきれなかった魔物による被害が発生することもあるらしいが、そういった場合はその領地を治める貴族たちが素早く対応して、被害を最小限に抑えることに腐心している模様。
また、他国から流れて来ては帝国領土内を荒らす盗賊といった不逞の輩どもも、それなりに存在はしているらしいのだが、それらに対しては見敵必殺を徹底しており、場合によっては騎士団が冒険者に協力を仰ぐことも珍しくないらしい。
更に帝国内で私腹を肥やし、のさばるような悪徳貴族どもは、先々代皇帝の統治時に大粛清を行ったとかで、現在そのような輩は皆無だという。
そのようなこともあって帝国内は、貧富の差はあるものの、またあくまでこの世界の基準ではあるが、概ね平和と言って差し支えない。
所謂皇帝のお膝元である帝都なんかは、北大陸いち平和な都ということだ。
ここまではアンナさんやバダムさんから聞いた話である。
なんというか、創作物に出てくる『帝国』ってのは、悪の巣窟みたいなイメージで語られているのを多く見かけるが、この世界ではそんなことは全くないみたいだ。
これは僕的にはかなり安心出来る情報であり、是非ともこの方針を続けて行ってもらいたいものである。うん。
でだ。そんなディアモント帝国の南西部に位置するルセドニの街だが、この街は立地的にも歴史的にも、魔物を含む森の恵みとそれらを相手取る冒険者たちによって成り立っている。
というか、そもそもの成り立ちが辺境開拓であったので、それは当然というもの。
そして開拓当初よりは切り開かれてはいるが、この街の西側と南西側には広大な森が広がっており、西側の森は特に名前も無く単なる『西の森』と呼ばれているが、南西側の森はとある所以により『灰の森』と呼ばれている、と。
おさらいとしてはここまでだな。次は『西の森』についてだ。
『西の森』は今現在僕が大変お世話になっている森である。
ここには、換金率は低いが常に需要がある薬草類が豊富で、まだ冒険者登録が出来る年齢に至っていない街の子供や、僕のように冒険者登録したての新人にとっては生命線とも言える場所だ。
浅層や中層に生息している魔物も、星無しから星一つの比較的脅威度の低い魔物なので、主に三ツ星迄の冒険者たちが請ける討伐系依頼の狩り場となっている。
だが、深層部ではオーガを始めとした星三つの凶悪な魔物が徘徊しているので、三ツ星冒険者程度の実力で足を踏み入れるのは自殺行為に他ならない。
えー、何々? オーガ以外で現在までに確認されている魔物はというと。
・目が合ったと思った次の瞬間にはもう牙が目の前に迫って来るほどの突進力を備えた突撃牙猪
・小さい個体でも全長15メートルで【忍び足】スキル持ちの忍び寄る大蛇
・噛まれれば即死級の猛毒を持つ体長3メートル超えの毒大百足
・口内に猛毒を蓄え睨まれると身体の一部が石化してしまう石化大蜥蜴
etcetc。
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え、ナニコレ? あれ? ここってゲームで言うところのチュートリアル後の一番最初の街だよね?
それにしちゃ凶悪過ぎなの多くね?
こいつら本当に星四つのレッドオーガより下位の魔物なの?
同じ星三つであるはずの、腕力特化のオーガがえらく可愛く思えるんですけど。
いや、うん、わかってるよ? ここの世界はゲームじゃないんだってことくらい。そんな都合のいいことあるワケ無いって、知ってる。
でもさ、でもね? 今んところ、西の森でも深層部に足を踏み入れる予定は無いけど、近場とも言える場所にこんな凶悪な魔物が潜んでるなんて聞いてねぇっす!
やっぱりっていうかなんていうかさ、僕だけ難易度おかしくない?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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