第五話 ファーストコンタクト
「……う……ん……こ……こは?」
気が付けば川原でうつ伏せの状態だった。
全身がズキズキ、ヒリヒリする。
痛む身体に鞭打って起き上がり、その場で座り込む。
どうやら大分流されたようだ。
河の方に視線を移すと、河幅はおよそ三メートル、流れも緩やかで川底は五十センチもないだろう。
恐らく無意識に支流に入り、流れが緩やかになった所で河原に這い上がって、そこでまた意識を手放したのだろう。
全く記憶に無いけど。
ぐぅ~
一先ず命の危険から逃れられたので安心した途端に腹の虫が盛大に鳴り響く。
そう言えば朝飯も昼飯も食ってなかったなぁ。
朝は朝食を取る前に連れ出されたし、昼はそれどころじゃなかった。
身につけているのはボロボロのワイシャツと同じくズタズタのブレザーズボン。
ズボンのポケットには水没で壊れたスマートフォン、ブレザーの上着は河に飛び込む時に脱ぎ捨てたので、此処には無い。
保存食やら路銀やらの渡された荷物は、いきなり襲われたのであの場所に置いたまま。
参った。
此処が何処かわからないし、周りを見渡しても川と草むら、そして遠目に一本の大きな樹がそびえ立っているくらいだ。
近場に街や村があるとは思えない。
あったとしてもこんなボロボロな無一文じゃどうしようもない。
河に流されてからどれくらい経ったかもわからないが、陽は既に傾いているので、恐らく二~三時間は気を失っていたのだろう。
食糧も金も無い。着ているものも何処の戦場帰りだってくらいズタボロ。
おまけに全身打ち身擦り傷で結構重症。
骨折や大量出血してないのが不幸中の幸いか。
ヤバいな、これってぶっちゃけ詰んでね?
途方に暮れて天を仰いでいると、草むらからガサガサと音が聞こえてくる。
はっ! すわケモノか!? っと音のした方を見やるとそこにはソフトボールくらいの大きさの群青色の半球状の物体が鎮座していた。
ん? なんだこれ? 群青色の巨大饅頭?
じーっとその群青色の饅頭を見つめていると、唐突に二つの目が現れ、パチパチと瞬きして不思議そうにこっちを見返している。
なにこれ、可愛い。
ってそうじゃない。これはアレか? ファンタジーの定番モンスター、スライムってヤツじゃないか?
スライムってこの世界じゃどの立ち位置に居るんだろう。
ゲームだと序盤に出てくる、最弱の存在の場合が多いんだけど……。
けど、スライムが最弱の存在だったとしても、戦い為の武器は無い。
逃げるにしても満身創痍で走るどころか満足に動けやしない。
とはいうものの、何故か焦る感情は浮かばない。
敵意が無い、ということが何となく解ったのが理由だろうか。
じーっと見つめ合っていると、徐にスライムがぽよんぽよんと跳ねながら近づいて来た。
足元でスライムが僕を見上げながらふるふると揺れている。
「こ、こんにちは。此処はキミのお家なのかな? 騒がしくしてゴメンね。ちょっと身体が痛くて動けないんだ。もう暫くしたら動けるようになると思うから、それまでは此処に居させてくれないかな?」
何となく意志疎通が出来るのではないかと思い、多少どもりながらも言葉を掛けて見るとスライムはコクンと一つ頷き、川下の方にぽよんぽよんと跳ねて行ってしまう。
あ、あれ? 行っちゃった……。
気を悪くさせちゃったか? それとも仲間を呼びに行って……?
いやでも、なんとなくだけど通じた気がするんだけどなあ。
どうにも身体を動かすと激痛が走るので暫くその場でぼーっとしていると、先程の群青色のスライムが色とりどりのスライムを十体ほど連れて戻って来た。
「なんか増えてる」
増えはしたが、やはり敵意は感じないな。
追加で現れたスライムたちは身体をお皿のように変形させて、そこに薄い紅色のピンポン玉くらいの大きさの果実のような物を五~六個ほど乗せている。
スライムたちが目の前まで来るとそれを僕の足元にそっと転がしてきた。
「えっと、これは食べてもいいのかな?」
不思議に思い、問い掛けて見るとまたも群青色のスライムがコクンと頷く。
「そっか、ありがとう。お腹も空いていたから助かるよ」
ちょっと警戒しつつも薄紅色の果実を一つ取り、少しかじってみる。
するとたっぷりの果汁と共に、優しい甘味と僅かな酸味が口の中いっぱいに広がる。
これ、美味いな。
暫くしても腹痛もしなかったので、大丈夫だろうと残りもポイっと口に放り込み、咀嚼する。
やっぱり美味い。
空腹も手伝ってか、次々と口に放り込み腹を満たしていく。
一口サイズだから食べやすい。
三十個くらい食べた所でふと身体中に走っていた痛みが無くなっていることに気付いた。
何故に? と不思議に思いつつ、ちらりとスライムたちを見ると、もっと食えと言わんばかりにぽよんぽよん跳ね回っている。
なら遠慮なく全部いただこうかな。
「ふぅ、ごちそうさま」
合計五十個ほどの果実を完食し、手を合わせる。
「ありがとう、スライムくん。おかげで助かったよ」
そう声を掛けると、スライムたちは嬉しそうにぽよんぽよん跳ね回る。
やがて、十体のスライムたちは川下の草むらに向かって跳ねて行った。
それを見送っていると、群青色のスライムだけが戻って来て僕の周りをぐるぐると跳ね回り出した。
「うん? 付いてこいってこと?」
またもコクンと頷くスライム。
「わかった。お言葉に甘えてキミたちのお家にお邪魔させてもらうよ」
そう言って水を掬うように両の掌を上に向けて合わせると、スライムが器用に跳び乗って来た。
「そう言えば、キミにお名前は?」
……微動だにしない。
やっぱり無いのか。
まあそうだろうなと思っていると、掌の上のスライムがぷるぷると揺れ始めた。
「……ん? 付けて欲しいの?」
何故かわからないが、名前が欲しいというお願いをしてくるのがわかった。
どうしようか、たしかこんな色の宝石があったよな。
なんだっけかな。
……ああ、そうだ瑠璃石ってやつだ。
ラピスラズリとも呼ばれていたっけ。
「よし、決めた! キミの名前はラピスだ」
そう宣言すると、群青色のスライムもといラピスがぷるぷる揺れながら淡く光り出した。
……あれ? なんかやっちゃったか?
その光りも数秒で治まったので取り敢えずほっとした。
何処にも異常は無さそうだし、何よりラピスから『すごく嬉しい』という感情が溢れているので、よしとしておこう。
「あはは、それじゃあ行こうか」
僕は身体の具合を確かめるようにゆっくりと立ち上がるが、痛みは全く無くなっていた。
僕はラピスを頭の上に乗せ、歩き出す。
さて、では参りましょうか。スライムたちの住み処へ。
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ラピスを頭の上に乗せ、足元に九体のスライムをまとわり付かせながら川下の方へ十分ほど歩いていくと開けた場所に出た。
そこはなんとも言えない幻想的な風景が広がっている。
目の前には直径一キロメートルほどの湖、その中心部には小島があり、遠目には判りにくいが大人十人くらいで漸く囲めるかどうかといった極太の幹をした大樹がそびえ立っていて、右手側には岩場が、左手側には草原が広がっている。
そしてあちらこちらに色とりどりのスライムたちが思い思いに跳び跳ねたり、コロコロと転がって遊んでいた。
「スライムの楽園?」
『あら、珍しいですね。人間のお客さまですか?』
不意にそんな言葉が頭の中に響いて来た。
その声の主を探していると、左手側の草原の一画から一人の女性が『生えて』きた。
「へ?」
『初めまして、人間のお客さま。私はこのスライムの泉を管理しておりますグリンと申します。こちらにはどのような物をお求めで参られたのかお聞きしても宜しいでしょうか?』
丁寧な言葉使いと柔らかな物腰、整った顔立ちに出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる抜群のプロポーションなのだが、その肌や髪全てが半透明の薄緑色だった。
『お客さま?』
「あ、ご、ご免なさい。ちょっと驚いてしまって。僕はハルトと言います。此処にはちょっとした事故で迷い混んでしまいまして、こちらのスライムくんに助けてもらってここまで案内してもらったんです。なので求めるものと言われましても……二、三日休ませてもらえれば助かります」
『まあ、そうでしたか。それは大変でしたね』
この人? も恐らくスライム系統の魔物なんだろうとは思うけど、やっぱり敵意や害意といったものが感じられない。
それどころか友好的な感じすらする。
どういうことなんだろうと、首を傾げていると、グリンさんの視線が僕の頭の上に移る。
『……あら? ……そう……名前をもらったのね。可愛い名前ね』
にっこりと微笑むグリンさんと僕の頭の上で小さくぽよぽよ跳ねるラピス。
やっぱりスライム同士なのか、意志疎通が出来ている。
ちょっと羨ましい。
そんな益体もないことを考えているとグリンさんの視線が僕の方に戻っていた。
『そちらの子に名前を授けてくださったようで、ありがとうございます』
「いえいえ、むしろグリンさんのお子さん? に勝手に名前つけちゃったみたいですみません」
『大丈夫ですよ。ご存じかとは思いますが、私たち魔物には基本的に名前はありません。名前があるのは力が強く、知恵をつけた老齢の魔物が自分で名乗るか特殊なスキルを持った人間族の方に付けてもらった場合のみとなります。魔物にとっても名持ちというのは憧れなんですよ』
ええ、全くご存じありませんでした。
そっか、まあ悪いことじゃ無いんならいいか。ラピスも喜んでたしな。
しかし、年食った魔物が自分で名前を付ける意味ってなんだろう?
どっかのゲームみたいに名前付きは通常の魔物より強くなるのかな。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
名称:ラピス
種族:魔物(スライム)
性別:-
年齢:0
職業:ベビースライム
身分:ハルトの従魔
ランク:-
状態:平常
BLv:1 ▲【決定】
JLv:1 ▲【決定】
HP:10/10 ▲【決定】
MP:8/8 ▲【決定】
筋力:2 ▲【決定】
体力:2 ▲【決定】
知力:2 ▲【決定】
敏捷:5 ▲【決定】
器用:4 ▲【決定】
保有スキル
・溶解:Lv1 ▲【決定】
・吸収:Lv1 ▲【決定】
・進化:Lv1 ▲【決定】
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ん? 何故かラピスのステータスが見えるようになっている。
あとさらっと僕の従魔になってる。
これは【テイミング】が仕事したのか?
つか、いつ【テイミング】が成立したんだ?
そして、僕の従魔になったことが原因なのか、僕のステータス画面と同じ様にレベルやステータスの数字の横に『▲』と『【決定】』って表記ある。
この『▲』と『【決定】』は多分あのスキルの影響を受けているんだろうなぁ。
これは恐らく……うーん、僕の予想が正しいとなるとこれはトンデモないことになりそうだ。
『立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。少々古くはありますが、寝泊まり出来る場所がありますので、ご案内します』
「あ、ありがとうございます。助かります」
この珍妙な二つのボタンについてちょっと考え込んでいると、グリンさんが今日の宿に案内してくれるというので、思考を一時中断する。
これについては後でじっくり考えるとしよう。
グリンさんがくるりとその場で反転したのでその後に付いていく。
グリンさんはなんというか歩くというより滑っていると表現した方が正しいな。
暫く歩くとログハウスのような建物が見えて来た。
思ったより立派だな。
正直物置小屋のようなものでもあれば御の字と思っていただけに嬉しいな。
『こちらでお休みください。用意出来るかはわかりませんが、必要なものがあれば仰ってください。出来るだけご用意しますので』
「あ、はい。ありがとうございます」
それだけ告げると、グリンさんの身体は巨大プリンのようになり、足元の草むらに隠れて見えなくなってしまった。
僕はグリンさんのいた方に一つお辞儀してから、ログハウスの中に入った。
中は定期的に掃除や換気してあったのか、埃臭くもなく、清潔が保たれていた。
リビングを抜け、寝室に足を運ぶとベッドと小さいスツールが備え付けてあり、ベッドに掛けられているシーツも真新しい物のようかに真っ白だった。
僕は頭の上のラピスをそっとスツールの上に移し、ベッドに寝転がる。
若草のいい香りがした。
ラピスたちからもらった果実を食べたおかげなのか、傷は治ったが精神的には非常に疲れた。
今日は本当に散々な一日だった。
城からはろくに理由も知らされず追い出され、かと思ったらチンピラに命を狙われるわ、河で溺れるわ。
ただ、ラピスたちスライムに出会えたのは幸運だったかな。
こうして雨風の凌げる場所で休めるのだから。
取り敢えず、今日はもう寝よう。
そう思い、僕は目を閉じるとゆっくりと意識を手放した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。
前回の更新で初評価頂きました!
ありがとうございます!!
いやはや、何とも嬉しいものです。
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17.11.18 ラピスのステータス修正