第五十八話 巻物の価値
「ふぅむ、これはまた随分と古めかしい術式じゃのぅ」
ローテーブルの上に積まれた十本の巻物。
その内の一本を広げて、刻まれている術式を前にしてバダムさんが唸った。
これはスライムの泉のログハウスに保管されていたもので、グリンさんの許可を頂いた上で、路銀の足しになったらいいなと思い、換金用アイテムとして頂戴したものだ。
依頼で請けた仕事も早々に終わり、天使二人は未だ夢の中。バダムさんからは六ノ鐘までは寝かせてやって欲しいとのことなので、幸せそうな寝顔を見ているのもいいが、こうして大商会の会長さんとも知り合えたということもあって、折角なのでこれらの査定をお願いしたのである。
あ、因みにマジックアップルは1個金貨1枚でお買い上げでございます。まいどあり。
えぇそうです、金貨です。銀貨ではありません。大銀貨でもありません。金貨なんです。
リピコの実が買取で銀貨1枚って話だったんで、これもそのくらいかなーって思っていたら、バダムさんが徐ろに取り出した金貨を5枚、ローテーブルの上に積み上げたのです。
そりゃもう吃驚しましたよ。二度見して、リアルに目玉ドコー?! 状態でした。
いやまあ、高く買い取ってくれるぶんには、嬉しい限りではありますがね、なんつーか後が恐ろしいといいますか。
特に、提示された額で頷いたときにバダムさんが一瞬だけ見せた鋭いやり手の商人を彷彿とさせる目つきが……ねぇ。
ミィナちゃんとバダムさん自身も気に入っていた様子なので、ひとつふたつはご家族と食すのであろうけど、残りはドコに贈られるのやら。
この世界は元の世界のような保存技術や輸送技術が発達しているというわけではないので、あまり遠くまでいくことはないのだろうけど、それでもバダムさんの伝手があれば、珍しい物が手に入ったとかなんとかで、この街の領主様へ贈り物をするくらいワケないだろう。
おっと、やめやめ。あれはもうバダムさんに売ったものであり、僕の手を離れたのだ。買った品をどうするかなんて、その人の自由である。
この件に関しては、深入りしても良い事なんかありゃしない。
ふむ、しかしマジックアップル1個で10万ゴルドか。
今僕が抱えている借金は4500万ゴルド。単純計算で450個売れば完済出来るな。
いやいや、まてまて。お土産として貰った物が想像以上に高価な品だったからって、それを売って借金の返済に充てるって、人としてどーなのよ?
それにマジックアップルのアイテムランクは星七つだ。
冒険者区のみではあるが、この数日街中を見て回った限り、一般的に出回っている品々のランクは星無しから星二つが殆ど。
高級宿屋である水瓶亭で素泊まり十泊と同等の価値が有るヒールポーションですら星二つ。
あれだけ大騒ぎしたレッドオーガの素材で作った革鎧ですら星四つであったし、僕が見た中で一番大きいランクを誇っていたものは、ガンテツさん渾身のひと振りであり、僕が所持している黒魔鋼鉄のクレイモアで星五つであった。
これ以上の星を持った品は、今のところひとつとして見ていない。
まあ、あるところにはあるんだろうけど、それこそどこぞのお偉いさん所有の高級品やら希少品なのだろう。
たかが果物とはいえ、そんなのと同じような高ランクの品を、450個どころか100個も放出してしまえば目立つことは必死だろう。
ん? ポーション? ……ロダン商会…………バダム………………あ゛っ!
お、思い出した。確かトリフィラさんが僕の作った改造ポーションを査定してもらったとか言ってたよーな。
あ、でも出処は明かしてないとも言ってたような気もする。
それに花形冒険者パーティーの一員であるトリフィラさんが、改造ポーションやらの価値を確認するのに真っ先に持っていったってことは、バダムさん個人はそれなり以上には信用に値する人物ってことだ。
なら大丈夫、なのか。
ああ、でもそれはトリフィラさんのバックがあるからこそなのかも?
ふむ……ま、いっか。確かに僕が作製したポーションは効果も味も既存のポーションとは一線を画してはいるが、あくまで手製のポーションの範囲内である。
あの『規格外』のポーションの存在さえ知られなければ、どうとでもなるでしょう。
いやむしろ、労働の対価として得た治癒草で作ったヒールポーションを売り込無ほうが、お土産の品を売り飛ばすよりは、まったくもって健全なのではなかろうか?
うん、これは我ながらいい考えだと思う。
よし! そうと決まれば……あーいや、でも一回メリッサさんたちに相談したほうがいいのかな?
今のところ、一番やらかしてるのはポーション関係だし、ここで先走ってやらかした挙句、またあのお説教って考えると……ガクガクブルブル。
う、うん、そうだな。メリッサさんたちも、あと三、四日くらいで帰ってくるんだし、ここはまだあわてるような時間じゃない。慎重にいこう。
閑話休題。
今注目すべきは、この巻物たちの価値についてだ。
これらのアイテムランク自体は、刻まれた術式が下級魔術のものであるためか、それほど高くはない。
だが、そもそも巻物というもの自体、冒険者区の市場では見かけたことがなく、換金目的で頂戴したはいいが、少々扱いに困っていたのだ。
因みに、鑑定結果がこちら。
=======================
名称:火魔術の巻物
ランク:★★
区分:魔術巻物
品質:高
概要:【火魔術】第一階梯《ファイア》の術式が刻
まれた羊皮紙
微量の魔力を流し込むことで刻まれた術式の
魔術が発動する
魔術発動後、刻まれた術式は消失する
効果:一度だけ【火魔術】第一階梯《ファイア》が
使用可能
=======================
やはり、一回こっきりの使い捨てという部分が気になるところ。
核として嵌め込まれた魔石の含有魔力が尽きるまで使用出来、魔石を交換すれば半永久的に使用出来る魔道具。
特定の条件下で魔力を取り込む性質を持つ魔晶石が核となっているので、交換不要で半永久的に使用可能な魔導具。
これらと比べれば巻物は一段も二段も劣るマジックアイテムと言えるだろう。
巻物が魔道具や魔導具に勝る利点はただひとつ。
刻まれた術式が上級魔術であろうが最上級魔術であろうが、ほんの僅かな魔力で発動が出来るということだ。
ただ、発動させたとしても、威力自体は一律なので、必要以上の魔力を込めても威力は上がらないし、少なければそもそも発動しないのではあるが。
そして、僕が持ち込んだ巻物はこの利点には該当しない、需要が無さそうな下級魔術の巻物。
はてさて、珍品扱いで多少いいお値段が付くのか、それとも二束三文にしかならないのか。
そんなことを考えていると、指で羊皮紙をなぞったり、光に透かしたりして、細かに見ていたバダムさんがひとつ頷き、巻物をローテーブルの上に戻した。
どうやらバダムさんの中で査定結果が出たようである。
それでは参りましょう、ハンマーザプライスッ!
「ふむ、まず始めに儂の見解を述べさせてもらおうかの。この巻物に刻まれておる術式は下級魔術である【火魔術】。それも第一階梯の《ファイア》じゃな。これは【スクロース作成】のスキルを覚えた者が小遣い稼ぎに作成するような巻物じゃ。使い道としては【魔力操作】を覚えた子供に魔術とはどういうものかを体感させる、といったことくらいしかないの」
まあ、そうでしょうね。《ファイア》くらいなら【生活魔術】の《トーチ》でも目一杯魔力を込めれば、似たようなことは再現可能ですし。
「故に巻物としての価値だけで云うなれば、大銀貨二枚といったところかのぅ」
ほほぅ、それでも大銀貨二枚ですか。思ったより高いですな。
ここに出したのは十本。全部買い取ってもらえるなら大銀貨二十枚、20万ゴルドになる計算だ。残高と合わせれば、当面の生活費には困らないな。
「【火魔術】でなく中級の【火霊魔術】であったならば、実用品としても使える。それならば行商人や吟遊詩人がお守り代わりにひとつふたつ懐に忍ばせておるでな、もうちょいいい値が付けられんじゃがの」
むぅ、それは残念。でもまぁ、ひとつ当たり大銀貨二枚でも十分かな。そもそも貰い物だし、僕がそこに文句を付けるのはお門違いと云うものだ。
「しかしのぉ、さっきも言ったが、こいつはかなり古い術式を使っておる。とある文献で目にした術式と酷似しておる部分が多々見られるでの。儂の見立てじゃと帝国動乱期、凡そ七百年以上前に主流だった術式ではないかの。これならば歴史的にも蒐集品としても大いに価値がある。帝都におる儂の知人に、こういった古いものが大好物な奴がおってのう」
な、ななひゃくねんっすか。こいつら、そんな大昔のシロモノだったんか。よく風化しなかったなっていうか、そんな長期間保存出来る《プロテクト》がすげーな。
うん、そう考えたらあの時のメリッサさんの剣幕にも納得だ。
ちょっと工夫は要るし、動かしたりすると解けてしまうけど、《プロテクト》を掛けてしまえば、数百年以上も劣化しないってのはいろんな方面で需要ありまくりだわ。
まあだからこそ、各国の研究機関が百年以上に渡って研究しているんだろーね。
とはいえ、《プロテクト》は【生活魔術】第九階梯の魔術で、誰かしら使える人いるはずなのに、その仕組みが解明されていないってのは、ちょっと疑問ではある。
などと、益体もないことを考えていると、ちょっと前のめりになったバダムさんがにやりと口角を上げた。
「うむ、そうじゃな。これならひとつ金貨5枚、50万ゴルドでどうじゃ?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




