第五十五話
「はい、確かに確認しました。本日も宜しくお願い致します」
僕が渡した依頼書の写しを眺めていたケヴィンさんが、顔を上げ微笑を浮かべながらそう言った。
ふむ。心無しか浮かべる表情に疲れの色が見えるのだが、その瞳には触れれば火傷してしまいそうな熱量が含まれているように見える。
ごく最近、何か大きな仕事でも舞い込んで来たのだろうか?
だとすると、そんな忙しい時期に僕のような臨時の人足如きに時間を割かせてしまい、申し訳なく思ってしまう。
依頼を受ける度にケヴィンさんのような商会のお偉いさんが応対してくれるのは、小市民である僕としては恐縮しきりである。
だがその反面、僕のことを重要視してくれていると考えれば、気分が良くなるのも確かであった。
まあ、それもこれも冒険者ギルド、というかアンナさんの根回しやら裏工作やらがあってのことで、僕が偉くなった訳でもないので勘違いしてはいけない。
「ありがとうございます。それでは僕は現場の方へ……」
依頼書の写しを回収し、席を立ち上がろうとしたところで、控えめなノックの音が聞こえてきた。
職員の誰かがケヴィンさんを呼びに来たのかな? と思っていると、そっと扉が開き、その隙間から長い髪をサイドテールに纏めた可愛らしい少女がちょこんと顔を見せる。
「お父さま? こちらにハルト兄さまたちがお見えになったと伺ったのですが」
「ミィナ、駄目じゃないか。ドアを開けるときはノックをして返事が返ってきてから、といつも言っているだろう? それに今は大事な仕事の話をしているんだ。向こうで大人しくしていなさい」
「はぅ……でも……」
ケヴィンさんの叱責に思わず涙目になっているこの少女の名はミィナちゃん。ケヴィンさんの娘さんであり、御年十歳の美少女。
恐らく一階で僕が訪問していることを聞きつけ、ラピスとステラに会いに来のだろう。
あと五年もすれば方々から引く手数多の美女に成長することは間違い無し、という可愛らしい容姿のミィナちゃんではあるが、その容姿と大商会の次期会長の娘ということもあって、気軽に付き合える同年代のお友達が少ない――ぶっちゃけひとりしかいない――らしい。
その少ないお友達も二年ほど前から病気で臥せっており、何度かお見舞いに行ったことがあるが、その度に辛そうな顔を隠しながら相手をしてくれるのだが、それも最近では酷くなっているということもあって、あまり頻繁に会いにいくのも気が引けてしまう、という気遣いの出来る娘だ。
二年後には帝都にあるという学術院に、そのお友達と一緒に通う予定だったらしいのだが、それも今となっては雲行きが怪しくなり、ここ最近は塞ぎがちだったという。
そんな時に、僕たちはミィナちゃんと出会った。
その日僕は、請け負った仕事が終わったので、ラピスとステラを連れて仕事の完了サインを貰いに商館へと赴くと、商談スペースの一画でつまらなそうに足をぶらぶらさせていたミィナちゃんが、僕らを見た途端小さな目をまん丸に見開いて物珍しさからだろう、思わずといった様子で近付いてきたので、挨拶したのが切っ掛けだ。
ラピスとステラを紹介すると、ミィナちゃんはまん丸に見開いていた目を輝かせて、頻りに『すごいすごい!』と口にし、ステラの手を取りながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。
そしてそれに感化されたラピスも一緒になって跳ね回り、ステラもなんだか嬉しそうにしていたり、その様子を見ていた若い女性職員の方々が唖然していたり薄ら涙を浮かべていたり、年嵩の職員が眦を釣り上げていたり、商談スペースで商談していた方々が苦笑していたり、僕は騒がしくしてすみませんと平身低頭していたりとちょっとカオスな一幕があったものの、たった三日前の出来事にしてはいい思い出である。ふふふ。
それ以降――といっても今日でまだ三回目であるが――こうして顔を出せば、ミィナちゃんの方から訪ねて来てくれるくらいには懐かれていた。主にラピスとステラが。
まあステラは実年齢は一歳未満ではあるが進化したおかげか、見た目はミィナちゃんと然程変わりはない。ほんの少しだけミィナちゃんより発育がいいかな、といった程度である。
ちょっとたどたどしいところはあるもののステラは言葉も話せるし、種族柄――人間より短命であり早熟なため――精神年齢も割と高い。
僕の使い魔もとい従魔であり、冒険者ギルドという後ろ盾もあるので、そこまで立場を気にしなくてもいいということもあって、いい友人関係となっている。いや姉妹や従姉妹といったほうが近いかもしれないが。
なにはともあれ、ステラのメンタルにも良い影響を与えてもらっているようなので、僕としても大歓迎であった。
ラピスはラピスでそこにいるだけでもう既に可愛いので、女性や子供の心を鷲掴みにするのは当然の帰結なのである。むふん。
「はは、ケヴィンさん、構いませんよ。確認もして頂いたことですし、後は僕が現場に向かうだけですから。ステラ、行っておいで。ラピスも護衛宜しくね。ああ、それとこれも持って行きなさい。お昼にでもミィナちゃんと一緒に食べるといいよ」
「はい! ありがとございます、ますたー」
――おまかせー!
そっと僕のことを伺っていたステラにリピコの実とマジックアップルを数個ずつ入れた革カバンを渡すと、満面の笑みを浮かべラピスがその頭の上に飛び乗った。
そうしてステラはソファーから立ち上がると、ケヴィンさんと僕にひとつお辞儀をしてから、ミィナちゃんが待つ出入り口へと小走りに駆け寄る。
「お早うございます、ミィナちゃん」
――おはよぅ~
「お早うございます! ステラ姉さま、ラピス姉さま」
ん? ラピスまでお姉ちゃんなのか。ラピスめ、また何か吹き込んだな。
まあミィナちゃんが納得してるならいいけどさ。
そんなことを考えながら手を振ってやると、ステラが振り返り再び出入り口から僕たちに向けてお辞儀してから、ミィナちゃんと手を繋いで部屋から出て行った。
「はぁ、まったく。すみませんねハルトさん、娘がご迷惑をおかけして」
それを見送ったケヴィンさんがため息とともにそう零す。
だがその顔は言葉とは裏腹に、安堵の表情を浮かべていた。
それも仕方ないのかもしれない。聞く所によると、ミィナちゃんは唯一のお友達が病に臥せってからというものの、本当に笑うことが少なくなったという。
学術院への入学も二年後と迫り、同時期にケヴィンさんもキャリアアップのため一時的に帝都にある支店を任されるとのことで、奥さん含めた親子三人で帝都へと移るらしいのだが、お友達のこともあってこのままでは学術院でも馴染めなかったら、と凄く心配していたらしい。
ぽっと出の僕なんかにこんな愚痴を零すくらいだ。ケヴィンさんも相当追い詰められていたのかもしれない。子育てってむつかしいね。
と、そんな話を聞いていると、外から鐘ノ音が聞こえてきた。
「っと、いけませんね。長々と引き止めて申し訳ありませんでした」
「いえいえ。あまり溜め込むのも良くないと言いますし。僕なんかでよければ何時でもどうぞ。その間ミィナちゃんはステラと交流が持てますし」
「はは、そうですな。ありがとうございます。……今度はそっち方面で依頼出すかなぁ」
「あはは。それでは、僕はこれより現場に向かいますので、失礼します」
「あ、はい。宜しくお願いします。ステラさんのほうは報酬を追加しておきますので」
うん、相当お疲れのご様子。そのときは自家製スタミナポーションでもお持ちしますよ。
そしてミィナちゃんと遊んであげるだけで追加報酬とは、うまうまでござる。
そんなこんなでケヴィンさんと挨拶を交わしてから、足早に部屋を出て、ダッシュで本日の現場へと向かう。
現場である倉庫が建ち並ぶ場所は商館の裏手で少し離れたところにあり、今の僕であれば五分と経たずに辿り着く。
目算通りに現場へと到着し、大急ぎで現場監督の職員さんを探す。
程なくして、木版と睨めっこしている職員さんを発見。
「すみません、遅れました!」
「あん? 遅ぇぞ! もうとっくに鐘は……ってなんだ坊主か」
声を掛けた瞬間は低い声音で怒鳴りつけようとしていたが、僕の顔を見るや否や相好を崩す。
そして僕の顔を暫し覗き込むと、不意ににやりと笑った。
「その顔は……ははぁん、さては若旦那に捕まったな?」
いや、なんで顔見ただけでわかんのよ。さてはおっちゃんエスパーだな?!
「まあ、あの御人も色々苦労してっからな。最近じゃぁ娘さんのこともあって大変らしいからな。こないだもよぅ……」
と思ったらおっちゃんも愚痴られた同志であった模様。
うむ、おっちゃん。そろそろ切り上げてもらえませんか? 恐らく派出所の方で請け負ったであろう同業者の皆さんの視線が痛いのですよ。
ここにいる殆どの同業者さんは僕の顔と素性を知っているせいか、周囲は赤色マーカーがたっくさん。
それ以外は商会専属の人足なのか、白色とちらほらと緑色があるだけ。
「つっても、十日ぐれぇ前にゃ大きな商談が舞い込んで来たとかで、大分意気も上がってらっしゃるみてぇだし、一昨日なんかは娘さんが久しぶりに笑ったとかで、えれぇ喜んでらしたみたいだけどな」
うん、まあ、その、なんだ。なんとなーく、どっちも僕が関係してそうなんだけど、今それは脇に置いておこう。
それよりも、お仕事ぷりーず!!
「っと、悪ぃ悪ぃ。仕事で来たんだったけな。んーっと、おおそうだ、坊主は四番倉庫から頼まぁ。休憩はこっちで指示すっから、バテんなよ? まあ坊主だったらその前に終わらせちまいそうだがな、あっはっは!」
漸くお仕事の指示をいただけたので、四番倉庫へと向かう。
あのおっちゃんも良い人なんだけど、一度話し出したら止まらないのが玉に瑕である。
さて、大分時間も押してしまったし、ちゃっちゃとお仕事を始めますか。
とはいえ、焦って怪我をしても面倒だ。自家製ポーションを飲めば傷なんかたちどころに治るとは言え、しないに越したことはない。
うむ、油断せず張り切って行こう。
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