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第五十三話

「脱獄……ですか?」


 ストーカー集団、もといギルド直轄特殊隠密部隊の隊長さんとの邂逅から翌々日の朝、最早恒例ともなっている依頼掲示板の前で繰り広げられる、先輩冒険者の皆さんによる依頼争奪戦をまるっとスルーしてアンナさんが待ち構える受付台へと赴くと、朝の挨拶もそこそこに物騒な単語が飛び出してきたので、思わず鸚鵡(おうむ)返しに聞き返してしまった。


 あの日はヌルさん含め四つの気配が完全に探査範囲外まで出て行ったのを確認してから、あの集落跡一帯へステラの【幻惑】スキルによって人目に付かないよう、獣や他の魔物に荒らされないように、と処置を施した。


 元々あの集落は、ステラの母親の【幻惑】スキルによって周囲からの認識を阻害されていたのだが、ステラから聞き取った限りでは、どういう訳か先日襲撃してきたレッドオーガにはそれが通じなかったと言っていたのが気に掛かったが、スキルレベルを5まで上げておいたので大丈夫と信じたい。


 万が一【幻惑】が破られたとしても、結界もある。この結界が破壊されたときは僕が感知出来るようなので、その時は僕の【空間魔術】《ゲートポータル》でひとっ飛びすることも出来る。


 だが、体感してみてわかったことではあるが、この【幻惑】は非常に強力なスキルである。


 ステラが張った【幻惑】であるのに、主人である僕でさえその効果範囲から一歩でも外に出てしまうと、惑わされそうになってしまうのだ。


 レッドオーガに限らずオーガ種というのは膂力に優れてはいるが、特段鼻が良いということは無く、気配を探り当てるのが得意ということも無いという。


 にも関わらず、奴はあの集落に辿り着いた。どうやってあそこを嗅ぎつけたのか、それが不思議でならない。


 また別の懸念点もある。


 あの時はラピスの弾丸体当たり一発で沈める事が出来たが、それはあのレッドオーガが単体且つ、食事に夢中で完全に不意打ちであったからだ。


 だがこれが複数であったり警戒されていたりしたら、こんなにも簡単にはいかなかっただろう。


 ラピスもあの時からランクを星ひとつ上がって進化しているが、ステラの方はまだ最低限といったところだ。


 前回からまだ十日と経ってはいないが、二人とも進化した翌日に現れたような変調は特にないみたいなので、そろそろもう一回ぐらい強化してもいい頃合だろう。


 とはいえ、問題が無くは無い。ステラを進化させたらさせたで、恐らく……いや確実にまたラピスが『ぴかぴかっ!』と騒ぐのは目に見えている。


 【ポイントコンバーター】に格納されている経験値もかなり目減りしているので、今後のことを考えると、ラピスも一緒に進化させるのは少々厳しいところだ。


 ……最悪ラピスの方は【魔騎士任命】でお茶を濁すことにしよう。そうしよう。


 閑話休題(それはさておき)


 話を元に戻すと、どうやら脱走した囚人というのは先日僕が冒険者登録する際に絡んできた、あのツルッパゲらしい。


 アンナさん曰く、既存の冒険者が登録に来た若者や新人に絡む。それ自体は別段珍しいことではないという。


 なんといっても冒険者という稼業は身ひとつで稼げる職業ではあるが、その分危険も多いため、冒険者というものはそんなに甘い世界ではないという忠告の意味も含めて、なんというか恒例行事と化していう部分もあるらしい。


 ただしこれらは、町や村落にあるような規模の小さい支部においては、という注釈が付く。


 ルセドニの街ほどの規模にもなると、その立地条件も相まってそういったことはほとんど無く、あっても派出所の方で年数件、といった程度らしい。


 本館の方でそういったイザコザが無いのは、(ひとえ)に僕のような新人や駆け出しのほぼ全てが派出所に出入りしているからであり、また本館に出入り出来るのは四ツ星以上という慣習があるためだ。


 冒険者の世界では、四ツ星とは冒険者として一人前であると認められるランク。


 つまり本館に出入りするような者ならば、その(死ぬ)覚悟も当然持っている、という考えが念頭にあるので、余計な詮索干渉はするべからず、という暗黙のルールがあるためであった。


 僕の場合は、それらに加えてメリッサさんたちワイルドローズが連れてきたということもあって、周囲は静観していた、ということだ。


 だが、それら周囲の空気も読まずに絡んできたツルッパゲ。


 酔っ払っていたとはいえ、またつい最近ルセドニの街で活動し始めたとはいえ、これは何かがおかしい、というアンナさんの女の勘が働き、捕縛後も余罪を暴くため尋問に次ぐ尋問を繰り返して、漸く裏が取れたと思った矢先の脱走事件だったらしい。


 もう少し突っ込んだ話を聞いたところ、今朝三ノ鐘が鳴る頃、食事当番が朝食を地下牢へ運んだところ、牢の中はもぬけの殻だったという。


 加えて言うと、牢の鉄格子が一部ひしゃげており、そこから逃げ出したのではないか、と。


 だが、牢がある地下から地上のギルドハウスへと昇る階段はひとつだけ。


 そして当然ではあるが、その階段を昇った先には警備の人が二人ひと組で牢番として見張っている。


 その警備の二人を尋問してみても、昨夜から今朝にかけて地下に降りた人物は、今朝の食事当番だけだという。


 普通に考えれば、怪しいのはこの警備の二人組と食事当番の人だ。


 だが、この三人はギルドマスターからの信頼も厚く、多少の利益を提示されたくらいでは、規約違反者へと転ぶことは無いとも。


 僕としては、あのギルドマスターからの信頼が厚い、という時点で信用ならないのだが、そこはまあ認識の違いというやつだろう。


 また他にも不審な点があって、ギルドの地下牢には仕組みはよくわからないが、スキル封じとステータスへデバフが掛かる仕様になっており、加えて囚人は本来の実力も四ツ星冒険者にしたら低いこともあって、牢の鉄格子が破られることなど有り得ない、とのこと。


 加えて言うと、昨晩食事を配給したときその囚人は既に憔悴しきっており、牢を破ったとしても、牢番を勤めていた警備兵が取り押さえることは容易ある、とも。


 話を聞けば聞くほど謎が深まる事件である。


 ここで僕が推理漫画かなんかの主人公なら『じっ○ゃんの名にかけて!!』だとか『真実○いつもひとつ!!』なんて台詞を口にしながら、事件現場へと突貫していくのだが、残念ながらぼくのお(つむ)はそんなに優秀ではない。


 せいぜい【真偽判定】による嘘発見器もどき程度にしか役に立たないのである。


 まあこれはこれで、使い処さえ間違わなければ、かなり実用的なスキルであるとは思うけどね。


 しかし、あれから十日以上も経っていて、随分と長い拘留期間である。


 まあ元の世界でも取り調べが難航すれば合計で二十日間近くは身柄を拘束されることもあるみたいだし、そう考えれば長くもないのか。


 いやでも、この世界は言っちゃ悪いけど、そこまで人権が確立された世界では無い。


 ましてや現行犯であれば、悪・○・斬じゃないけど、裁判もしないでその場で断罪して終わり、というのも珍しくないはずだ。


 今回のことでいえば、アンナさんはだいぶお怒りのようであったが、規約に則った処罰であるならば、軽ければ罰金かランクの降格、重ければ冒険者資格の剥奪といった処置をして、直ぐにでも放り出すのだろうと思っていたのだけれども。


「それがですねぇ、嫌なことに私の勘が的中しちゃいまして、もう出るわ出るわで」


「そんなにですか?」


「ええ、それはもう呆れるくらいに」


 憂い顔のため息とともに、アンナさんが尋問で判明した幾つかの例を口にする。


 曰く、若い新人や駆け出し冒険者に指導と称して、報酬のほぼ全額といっていいほどの上前を撥ねていた。


 曰く、スラムや孤児院の子供たちを数人単位で町の外に連れ出し、一日中採取に従事させた上に、報酬は銅貨数枚(ひとり当たりでは無く全体で)。


 etc……


 まあこれくらいならば、どこにでもいるチンピラもどきの所業であり、許されることではないが、それでも被害にあった人たちへは、いい社会勉強になった、今後は同じような人に引っ掛からないよう気を付けなさい、で終わっていたところだ。


 だがその後に続いた『新人冒険者の女の子を酔わせて乱暴を働いた』や『採取から戻ってきたと思ったら、連れて行った子供の人数が合わない』なんてことを聞かされてしまうと、そうも言ってられない。


「ギルドや官憲にバレそうになっては、移動して、同じようなことを繰り返していたみたいです」


 それらを口にするのも汚らわしいといった様子で、アンナさんが吐き捨てた。


 そして、あのツルッパゲの陰湿で巧妙なところは、被害にあった人というのが、主に冒険者であったり、爪弾き者になりやすいスラムや孤児院の子供であったことだ。


 冒険者同士の諍いであれば、基本ギルドは介入しないという注意書きがあるし、そのことで被害者がギルドに泣きついても、取り合ってくれないどころか、周囲の同業者からはイザコザひとつ片付けられない軟弱者というレッテルを貼られてしまい、今後の冒険者活動に支障を来たしかねないので、泣き寝入りするしか無い。


 またスラムや孤児院の子供たちも、冒険者ギルドからみれば堅気ではあるものの、市民権が無いため、彼ら彼女らが被害にあったとしても町や村の管理組合から苦情が来るわけでもなく、むしろ喜ばれたりする始末。


 被害にあった冒険者諸君には同情を禁じえないし、女性を酔わせて暴行を働くなど言語道断ではあるが、これも実力主義の世界に足を踏み入れた代償であり、人を見る目を養うための勉強代だったと思って強く生きてもらいたいと思う。


 だが、未来ある子供たちを保護するどころか使い潰し、それに喜ぶなど、どちらもクズであるとしか言いようがない。


 と憤ってみたところで、残念ながら僕にだってそのような子供たちを保護出来るような力も資産も立場も無いのだ。


 世間様にしてみても、この未発達で魔物という野生の獣よりも危険な生き物が闊歩する世界では、自分と家族を食べさせることに手一杯で、他人の心配をしている余裕が無いというのが現実。


 今日のところは、あのハゲの被害に遭う人がこれ以上増えずに済んだ、というところで一応の満足とするべきだろう。


 本当にこの世界は弱者に厳しく世知辛いものだ。


「ですので、今回のことでハルトさんを逆恨みしている可能性はかなり大きいと思われます。ハルトさんなら大丈夫だとは思いますが、十分注意してくださいね。……ああ、それと。もし襲われるようなことがありましたら、遠慮はいりません。容赦なく()っちゃって下さい♪ 既にギルドの方から手配書は回してますし、あの男の冒険者資格の剥奪処理も済んでおります。何より冒険者ギルド、ルセドニ支部のサブマスター権限で許可しますので」


 と、僕が内心で無聊(ぶりょう)を慰めていると、にこやかな笑顔ではあるが、目が据わっているアンナさんが可愛らしい声で、物騒なことを伝えてくる。


 その背後には仁王立ちしている般若が見えた気がする。


 ほんとに勘弁して下さい。


 折角昨日、レッドオーガの革、その余り材を納品して、ご機嫌取りに成功したってのに、一日も保たないって……。


「それで本日はどうされますか? 今朝のこともありますので、狙われやすい街の外に出ることはお勧めしませんが……」


 話題を変えてくれたことで、多少険の取れたアンナさんがそう言いつつ、カウンターの上へと数枚の依頼書を広げる。


 本来であれば、僕もあのむさ苦しい依頼争奪戦に参加しなければ、お仕事にはありつけない。


 だが、そこは専属担当管が付いている冒険者の特権で、先輩方には申し訳ないとおもいつつも、アンナさんに今現在の僕でも受注出来る依頼を見繕ってもらっているのである。


 とは言ってもあそこに群がっているのは軒並み四ツ星以上の冒険者なので、僕が受けるような依頼には基本見向きもしないので、もう少し遅い時間帯に来ればいいのだが、街中のお手伝い系依頼の中には、時間指定のものもあるので、三ノ鐘が鳴ってすぐの方が好ましいということで、この数日は割と早め――三ノ鐘と四ノ鐘の間くらい――に出勤しているのであった。


 ということで気を取り直して、今日はどんな依頼があるのかと、ざっと広げられた依頼書を見てみる。


「そうですねぇ、昨日はお休みしてしまったので、出来れば何かしら受けたいんですけど……」


 昨日は冒険者活動自体はお休みしたが、レッドオーガの革の端材を納品しには来ていた。


 それによって、レッドオーガによる素材の合計報酬額としては632万ゴルドになり、金貨換算で63枚超えとなったのだ。


 赤字経営から一気に大金が手に入り、飛び上がって喜びそうになったが、あることが頭に過ぎり、即座に冷静となった。


 そう、何を隠そう今の僕には、ガンテツさんにある時払いでいいとはいえ5000万ゴルドの借金があるのだ。


 だが、今回の報酬を全額借金に当ててしまうと、生活がままならなくなってしまうので、借金の一割である500万ゴルドをガンテツさんの工房へ送金することにした。


 そして、現在の口座の残金は100万ゴルドほど。


 これでも暫くは生活に困ることは無いだろうが、そこは借金持ちの苦しいところ。


 数日後には四ツ星に昇格して、赤字経営から抜け出せることが確定しているが、ここで借金の額からしたら雀の涙とはいえ、小銭を稼いでおくのが悪いことではない。


 それに取り戻しつつある勘を鈍らせるのは良くないので、少なくとも身体は動かしておきたいところ。


 ということで、一緒になってカウンターを覗き込んでいるラピスとステラは置いといて、並べられた依頼書の中から一枚を選んだ。


「では、これをお願いします」


「はい、ロダン商会の倉庫整理の依頼ですね。承りました。ではギルドカードの提示をお願いします」


「宜しくお願いします」


 これであれば街中で完結する仕事であるので、街中という人目が多いところではツルッパゲも襲撃には躊躇するだろう。


 また依頼自体も、一日仕事ではあるが、報酬も4000ゴルドと割がいいのもポイントが高い。


 アンナさんに受注処理を終えたギルドカードを返してもらってから、依頼書を片手にギルドハウスを出る。


 さて、アンナさんには気を付けろ、と言われたがどう気を付けるべきかねぇ。


 晴れ渡った空を見上げるようにして、改めて【気配察知】によって表示されている半径200メートルの範囲内のマーカーを眺めると、そこに表示されているのは若干薄くはあるが、赤、赤、赤のオンパレード。


 表示されているマーカーの約半数がそのような状態であった。


 これはルセドニの街に来た翌日からもう既にこんな感じである。


 恐らく、というかまず間違いなく、メリッサさんたちワイルドローズの皆さんを仲良くさせてもらっているのが原因だろうと思う。


 あの食堂で終始突き刺さってきている殺気は【状態異常無効】先生がいなかったら、確実にちびってるね、うん。


 しっかし、どうすっかね。正直ハゲッパチが襲撃する気満々で近付いて来ても、見分けつかねぇんすけど、これ。マジどうすんべ?


 取り敢えず、仕事中は屋内だから大丈夫として、行き帰りは路地裏とか暗いところ極力避けるってことしか思いつかねぇっす。


 ふむ、しかしそう考えると、終始黄色(黄色)で通したストーカー集団の方々は随分マシだったのかもしれないな。


 そんなことをひとりごちながら、僕はラピスを頭の上に乗せたステラと手を繋ぎ、今日の仕事場へと赴くのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。

ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。

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