第五十二話
ふぅむ、『ヌル』ですか。
確かヌルってドイツ語かなんかで『なんにもない』とか『数値のゼロ』、『虚無』とかを表す意味じゃなかったけか?
そこから察するに、死んだはずの人間とか、存在しないことになっている人間とか、そういう意味なのかねぇ。
だとすると、なんだかそこはかとなく厨二臭が漂ってくるのは、僕の気のせいだろうか。
まあ聞いたところで答えてくれるとは思えないので、答えの出ない考察は置いといて、それよりも重要なのはこっち。
この五日間、さんざっぱらストーキングしていたのに、こちらの呼びかけに随分と素直に出てきたもんだ。
いや、あんだけ繰り返し挑発してきてたんだから、こうなることも彼女らの想定の内ってこと?
んんむ……そうなると、いくら僕がこうしたところで肝心要な、ストーキングやら度々の挑発行為の理由を素直に吐くか?
ふむ……結論。話してみなきゃわからん。こうして姿を現したということは、少なくとも言葉を交わしてもいいと思ったか、僕に気取られたことで出て来ざるを得ない状況へとなったことは確かだ。
話してみて、何らかの言葉を引きずり出せれば、あとは【真偽判定】先生が何かしらのヒントをくれるだろう。
うん、期待してますよ、先生!
とはいえ、非常に物騒な【身分】をお持ちではあるが、それでも冒険者ギルド直轄部隊の方々なので、話をする準備が整った、と見せかけてザックリ……なんてことは無いと思いたいが、一応油断はしないでおく。
少しでも怪しい動きをすれば、刹那の拍子で斬り……いやいやまてまて、落ち着けって。少し頭を冷やせ僕。
確かにストーキングも挑発行為も鬱陶しかったし、何より集落跡をこんなことに使わないといけなくなったことは腹立たしい。
それでも冒険者ギルド直轄部隊に対していきなりバイオレンスルートはマズい!
何かの誤解だった時に、取り返しがつかなくなってしまう。幸い大きく一歩下がれば、先ほど張った結界の範囲内に入るので、ここは結界強度を計るのに利用させてもらおう。
左右の黄色マーカーが若干距離を詰めてきてはいるが、例え結界が破壊された場合でも、マーカーの大きさを視る限りではラピスなら余裕で無力化出来るだろうし、ステラでも足止めくらいは可能だ。
問題はこの目の前の女性相手に僕がどれだけやれるかということと、後方で待機しているリコリスちゃんと思われる人員がどう動くか。
なんてつらつらと考えてはみたが、そのときは少々おっかないが、出たとこ勝負しかないかな。
さて、いつまでもだんまりでは相手方の警戒心を膨れ上がらせるだけなので、そろそろ情報収集開始といきますか。
「ヌルさん、と言いましたか。この場では初めまして、と言ったほうがいいでしょうか? それと自己紹介は必要ですか?」
自然体の姿勢を取ったままの僕がそう言うと、ヌルと名乗った黒ずくめの女性がピクリと反応する。
「そう、だな。こうして対面するのは初めてなので、私からも初めましてと言っておこう。それと貴殿にとっては不本意かもしれないが、我々は貴殿については色々調べさせてもらっているのでな。自己紹介は不要だ」
ふぅん。【真偽判定】が反応しないってことは、これは真実ってことか。
はぁ、こういうの駆け引きってのは麗華さんが得意としてる分野であって、僕はあんまり得意じゃないんだよなぁ。
うん、ここはもう開き直ってド真ん中にストレートを放り込もう。
あ、念のため【威圧】の度合いをちょこっと上げておこうかな。これで少しでも口を滑らせてくれたら儲けもんってことで。
「そうですか、では単刀直入に。冒険者ギルド直轄である特殊部隊を率いている貴女のような人が、何故五日間もの時間を掛けて、僕のような無星の冒険者を調査するんです?」
「ッ!?」
ついでにひとつだけ、こちらの手札を切ると、ヌルさんは短く息を呑み、目を僅かに見開き、あからさまに動揺した雰囲気を醸し出した。
ただ、それもほんの瞬きする間だけのことで、次の拍子には元に戻っていた。
が、これでひとつ分かったことがある。恐らく彼女らは僕の所持スキル、少なくともエクストラ枠で獲得したスキルについての情報は持っていないということだ。
僕が現時点で一番懸念していたことは、冒険者ギルドへと登録した際、ギルドカードを通して僕の個人情報が全て冒険者ギルド本部にすっぱ抜かれていることだった。
もしそうだった場合、未だ姿を見せていない左右の黄色マーカー二人のどちらか、或いは両方が、僕の所持スキルに対して有効な、または無力化出来るようなカウンタースキルを所持している可能性があったと思われる。
だが、今のヌルさんの反応からすると、どうやらそれは無い――情報伝達が遅れているという可能性も無きにしも非ずではあるが――と判断していいだろう。
ならば後は比較的簡単。僕がエクストラスキル【真偽判定】を所持していることが知られていないという状況なら、ヌルさんから適当に言葉を引き出せば、それが偽であっても、僕がそれに惑わされることは少ないということだ。
「あ、あぁ、そうだ。貴殿のような若い新入りが、あのグンゼス殿に怖れを抱かず、対等に言葉を交わす様を『偶々目にした』のでな。貴殿に非常に興味を持った、といったところだ」
はい、ダウト。『偶々目にした』という部分で【真偽判定】が反応を示した。
つまり、目にしたのは『偶然』でな無く『必然』ということ。
というか、今のは分かり易過ぎる失言だな。つい先ほど見通しの悪い森の中、100メートルも離れていたのに補足出来ているだから、【気配察知】もしくはそれに類するスキルを所持していると、容易に考えられるはず。
であれば、あの会談時ギルドハウスの建物内、直線距離で50メートルも離れていない気配を捉えることだって難しくないと考えるのが普通だ。
外面は平静を装ってはいるが、内心では余程動揺していると見える。
「へぇ、そうなんですか。なるほど、確かにその街のギルドの顔役とも言えるギルドマスターと、あんだけバチバチにやりあったんですから、それは仕方無いのは自覚してますが……流石にアレは無いんじゃないでしょうか?」
「む、それに関しては謝罪しよう。というのも、あのグンゼス殿という御仁は今でこそ一線を退いて、支部のギルドマスターという役職に就いてはいるが、現役時代の最終ランクは九ツ星で、そこに上がるまでにそれはもう色々と勇名を馳せた御仁であったからな。そんな御仁と真っ向からぶつかれる『貴殿』だからこそ、素行調査を名目とした監視をするように、という指令が出たのだ。あの挑発行為もその一環でな。言い訳させてもらえれば、冒険者というのは総じて素行が宜しくない上に、堪え性が無い者が多い。そのため貴殿にどの程度の忍耐力があるのかを試させてもらった、というわけだ」
確かに筋は通ってるっちゃ通ってるけど、その前の部分で、もいっちょダウト頂きました。といっても先ほどよりも若干反応が弱い。
ということは、監視対象は僕だけじゃなく、ひとつ目のダウトの状況を考えると、ラピスとステラも監視対象ってことかな。
「ふむふむ、まあ確かにあのジイサマの眼光はおっかなかったですからね。まあ、こっちも引くに引けない理由がありましたので、頑張りましたけど、正直ちびりそうでしたよ。最初は駆け引きみたいなことをしてきました、最後の最後は力尽くでこようとしたところをみると、根本的にあのジイサマは脳筋ってことなんですかね」
「のう、きん?」
「あー、なんて言うんですかね。脳みそまで筋肉?」
「脳みそまで? ……くくっ、なるほどなるほど、脳筋か。言いえて妙であるな。しかし貴殿も中々に辛辣。まあ確かにあの話の持っていき方は私個人としても無い、とは思うがね。ただ、庇うわけではないが、あの御仁も止むに止まれぬ理由があったのだ。その理由を今の私の口から言うことは出来ないが、次あの御仁と会う機会があれば、先日のことを水に流せとは言わぬが、出来ることなら寛容な心で接して欲しいと思う」
ふむ。今回のダウトは無し、と。思ったよりダウトが少ない。
これは調査をしているのがバレた時点で、その事実を僕に伝えることが許可されてるのか?
いや、しかしだったら何故所々に微妙な嘘を混ぜるんだ?
わからん。しかしわからん以上、今の内容を全面的に信用するのも少々危険ではあるか。
【真偽判定】も強力なスキルではあるが、万能では無い。ヌルさんが上役から元々偽である情報を真実と思い込まされていれば、【真偽判定】は反応しないのだから。
この間まではランクによる、強制依頼や指名依頼に対してのみ懸念していたのだが、これからは冒険者ギルド上層部に対しても注意を払わねばならんとか、面倒なことになったもんだ。
しっかしあのジジイに対して寛容な心で、か。僕に出来るかね? あれにも何かしらの事情があったみたいだけど、何も言うことはないとぶった切られた上に、随分と痼の残る別れ方したし。
警戒は解いていないものの、意識の大半を思考に割いていると、左手側からピリッとした感覚が首筋あたりを撫でた。
ほんの僅かに反応してしまったが、僕は体勢は崩さず視線だけをそちらの方へ向ける。
何だ? これは初めての感覚だ。何をされた?
「さて、質問は以上かな?」
訝しむ僕を他所に、ヌルさんから発せられた、先程までよりも柔らかい声音によって意識が引き戻された。
取り敢えず、ストーキングされていた理由は、一応ではあるが、分かった。が、逆に今回のことで、別のところでわからない部分が増えた感じではある。
とは言っても、これ以上この人たちから情報が引き出せそうもないので、先ほど受けた感覚は気になったものの、ひと先頷いておく。
「そう、ですね。……今のところは」
「そうか。それでは、貴殿の為人も見れたことだ。我々はこれにて退散させていただくとしよう」
「もう監視はお終いですか?」
「ああ。そもそも今回の任務は我々としても急なことだったのでね。弁明させてもえるのであれば、本来我々は別の任務に当たっていたのだが、中々反応を見せてくれない『貴殿』に対して『ついつい』ムキになってしまってね。『予想外』に時間を取られてしまった」
よっく言うよ、それ、トリプルダウトですからぁ! 前二つの反応は弱めなので、『僕だけ』じゃなくて『僕たち』、ムキになってしまったのは事実だが、反応を示すまで手を変え品を変えて、いつまでも試すつもりだったのだろう。
「上には、あの破壊僧と呼ばれたグンゼス殿と向き合って尚怯まない胆力を持ち、冒険者としても将来楽しみな、非常に家族思いの青年であった、と報告しておくよ」
いやぁ、それほどでもぉ、えへへ……って、そうじゃない。確かにラピスやステラに手を出す奴には容赦するつもりはないが、あんまり過大評価されても困る。
胆力があるっていってもそれは【状態異常無効】先生のおかげで、冒険者ランクもほどほどで留めておく予定なのだ。
「では、私はこれで失礼するよ」
ヌルさんはそう一言だけ残し、ゆっくりと後退しながら森の中へと掻き消える。
それが合図であったのか、同時に30メートルほど離れたところで接近を止めていた左右のマーカーも、徐々に遠ざかっていく。
念には念を入れて、前方と左右其々に意識を均等に割り振りつつ、【気配察知】の感知範囲をスキルレベル8に相当する1000メートルまで広げて、その行方を知覚のみで追っていると、視界から姿を消したヌル、それを示すマーカーは後方で待機していたもうひとつのマーカーと合流するや否や、凄まじい速度でこの地域から離脱していき、数分後には左右にあったマーカー共々、僕の【気配察知】の知覚範囲から外れていったようだった。
そこで漸く僕はひと息つくことが出来、丹田に掻き集めていた力を霧散させる。
対峙していたのは、僅か十分にも満たない時間であったにも関わらず、どっと疲れが押し寄せてきた。
あの様子からすると、ギルドマスターの指示、ということは無さそうだけど、だとすると一体全体誰からの指示なんだろう?
鑑定結果から得られた情報から推察するに、リコリスちゃんと同じく冒険者ギルドの総本部所属っぽい上に隊長さんらしいので、そんな人に命令出せる人と言ったら、もっと偉い人なんだろうけど。
先ほど肌を撫でたちくちくした感覚も気になるし、一歩進んで三歩下がった気分である。
しかし、ここ数日纏わりついていた鬱陶しい気配は無くなりそうなので、今日のところはそれで良しとしますか。
僕はひとまずはそう結論付け、首筋を撫でながら、ふと思う。
……つか『はかい』の字違くね?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(何なんだ、何なんだ! 何なんだ、あれは一体!!)
冒険者ギルド本部直轄、特殊隠密部隊の零番隊を預かるコードネーム『ヌル』ことレミリアの現在の心中は、穏やかとはまるで掛け離れたものであった。
獣道すら無い茂った森の中という最悪な条件の中、未だ全身に纏わりつくような視線を感じ、まるでそれから逃げるように必死に森の中を駆け抜ける。
一刻も早く、あの男の射程範囲からの離脱が最優先だと言わんばかりに。
それはともすれば、自身の後ろを駆ける部下見習いである黒装束を纏った少女を置き去りにしてしまうほどであった。
少女のレベルやステータスを鑑みた実力から言えば、たとえこの場にひとり置き去りにしたところで、少女がこの森に生息している獣や魔物相手に遅れを取ることは無いだろう。
にも関わらず、たった一欠片だけ残った自制心をどうにかこうにか奮い立たせ、今は後ろを駆ける部下見習いの少女が出せる最高速度に留めているのは、単に幾つもの死地を乗り越えた部隊を率いる隊長としての矜持だけであった。
もし今のレミリアがいち隊員であったり、何の任務も背負っていなければ、恥も外聞もなく一目散にギルドへと逃げ帰っていただろう。
彼女が受け持つ特殊な任務上、隊員の命よりも任務達成の方が重要とされることも多々有り、場合によっては見習いであろうと何であろうと、必要とあらば部下ないし自身を切り捨てることに何の躊躇も無い。
ただ、そのような事態に陥ったとしても、死体が持つ情報というのは得てして多いものであるため、上役からは可能な限り遺体は持ち帰るかその場で処分することが厳命されていた。
時にはそのような非情とも思われる判断を強いられる立場のレミリアではあったが、今はそのようなことを考える余裕は無く、理性では到底押さえつけられない、現在進行形で猛烈に訴えかけてくる『全力でこの場から離れろ』という本能からの指示に従って身体を動かしている。
そうして森の中を駆けること数分、それまで自身に纏わりついていた圧迫感が綺麗さっぱり消えたことで、レミリアには数十分にも数時間にも感じられた逃避行に、漸く終わりが訪れたと理解した。
それを理解したところで、レミリアはぱたりと足を止める。
前方を駆けていたレミリアが急停止したことで、後続の少女も同じく足を止めて、その場で膝に手を付き、呼吸を荒げていたが、ちらりと少女を一瞥したレミリアはそれを咎める気にはなれなかった。
むしろよく付いてこれたものだ、と頭の片隅にほんの僅かに残った冷静な部分で関心すらしていた。
ただ、そちらへと思考を割けたのも束の間、その傍らでレミリアの心臓はほぼ全速力に近い速度で駆けたこととは別の要因によって、早鐘を打っている。
(漸くあの男の知覚領域から外れた……ようだな)
今さっき駆け抜けて来た方向へと視線を向けるが、当然目視出来る範囲に広がっているのはただ緑生い茂る森だけ。
息が整う合間、レミリアはつい数分前にあった出来事を反芻していた。
(一体なんだというのだ、あの男は! レベル自体は私より低いのは明らか。だが……だが! あの得体の知れない構えはなんだ! 隙だらけのように見えるのに、何故か何処へ斬りかかっても、私の方が斬られる未来しか浮かんでこなかった)
それを一言で表すのであれば、困惑。
確かにステータスの値がその人物の強さの全てでは無い。そこには鍛錬や経験、そしてスキルという恩恵等の外的要因が介在する余地は十分にある。
だが、レミリアがその肌で感じ取ったものは、そんなちゃちなものではなかった。
本能的に『勝てない』『剣を抜かせてはいけない』『正面に立ってはいけない』と思わせるもの。
まるで人類では到底辿り着けない、遥か高みから見下ろされている感覚。
なまじ強者と呼ばれる域に達しているレミリアだからこそ、間違いなくあれは人を辞めた者にしか辿り着けないであろう極地である、と容易に理解出来てしまったのだ。
そして、さらにあの場には、レミリアの混乱に拍車をかける二つの存在があった。
(あの男の後ろいた二体の魔物。黒ゴブリンの方はまだしも、あのスライムは何なんだ?! 外見は星二つのただのスライムなのに、中身は全くの別物じゃないか! 一体何なんだあれは!!)
ハルトと対峙していたレミリアは一度だけ、その後ろに見えた黒ゴブリンとスライムへと視線を放ると、間髪入れずに返って来たスライムからの敵意は尋常なものでは無かった。
それは以前レミリアが一度だけ遠目から見かけたことがある、星六つの魔物のそれと非常に近しいものであった。
あのスライムと黒ゴブリンの二体は、間違いなくあの無星冒険者の使い魔であるという確証は得られているし、きちんと制御下に置かれていることも確認出来ている。
だが、アレが何かしらの理由で万が一、彼の制御下から放たれた時のことを考えると、レミリアが震えが止まらなかった。
この時レミリアは、指令書に記載されていた、赤字でやけに強調されたため脳裏にしっかりと刻み込まれた、とある一文のことを覚えていて、本当に良かったと内心安堵の息を吐いている。
息が整い始め、多少冷静な部分が戻ってきたところで、レミリアは今回の任務に就いて振り返ってみることにした。
まず、今回本部から直接下された指令は、対象人物の『素行調査』と『脅威度判定』。
だが、調査対象と指示された人物は数日前に冒険者登録したという十七歳の青年及びその者が連れている魔物がいればそれも対象とする、との文面。
その指令を受け取った時、人員的に少々厳しい面もあったが、元々下されていた任務と並行して部下へと指示を出しつつ、レミリアは指令書に何度も目を通しながら内心首を傾げていた。
何故本部は、グランドマスターはスライムという少々厄介な魔物を使い魔にしているとはいえ、線は細く覇気も感じられない、少々強面の男性冒険者に絡まれただけで硬直してしまうような、ルセドニの街の子供にすら劣る青年や、多少厄介ではあるとは思われるがたった一体のスライム、それの何を懸念しているのだろう? と。
だが今のレミリアとしては、当時の自分の頭を後ろから全力で叩いてやりたい気分であった。
あの時は、『素行調査』はまだ理解出来る。冒険者というものは戦うことしか知らない傭兵崩れや脛にキズを持つ者らが、二度と這い上がれないであろう奈落の底に堕ちること無く、手っ取り早く金銭を稼ぐ手段として使われることは往々にしてあるからだと考えていた。
事実、過去レミリアも幾人かの部下を率いて、登録したての新人――若者とは限らない――や、各ギルド支部から依頼のあった低、中位冒険者――高位ともなると戦力、実績を鑑みて、余程のことでない限り対象にはならない、というかそもそも調査対象になるような者は高位ランクまで上がれない――の素行調査くらいならば幾度となくしてきている。
だが、そこに『脅威度判定』も同時に行えと言う。
この『脅威度判定』というのは主に、星五つ以上の魔物が発生した場合、冒険者ギルドから当該地域の高位冒険者へと出される指名依頼のひとつである。
確かに魔物を使い魔などにしておらず、連れ歩いているのであれば、星の多い少ないを考えなければ、街の安全のためにも必要だろう、と考えることは多少無理はあるが、出来る。
だが、件の対象が連れている魔物は使い魔登録されている上に、スライムと黒ゴブリンの二体だけ。
普通に考えれば、あのスライムや黒ゴブリン程度では、到底『脅威度判定』の対象には成りえないのだ。
その証拠という訳ではないが、調査初期に部下から上がって来ていた報告では、いくら挑発をしても無反応で、遠目から判断した限りでは凡庸の一言。使い魔共々、危機感が絶対的に足りていないとも。
その報告に目を通したレミリアは様々な思考を巡らせてみたが、どのように考えてみても、指令書に記載されている『今回の任務は特に慎重に慎重を期すこと』という一文と全く噛み合わず、首を傾げるばかりであった。
故に今日、二度目となる現場へと自ら足を運んだ結果がこれだった。
疑ってはいなかったが、確かに部下の報告は正確であったのだ。前半の極一部分に限っては。
結論から言ってしまえば、彼らは挑発行為そのものは全て知覚していたが、脅威足りえないと判断して、鬱陶しいとは思いつつも敢えて無視を決め込んでいた、ということだ。
危機感が足りていない訳では無かった。ただ単に向かってこられても、どうとでもなる、というだけのことだったと思われる。
また、実際にハルトらと対峙したことからレミリアは、指令書に赤字で強調されて記載されていた『該当職業所持者は、連れている魔物を家族として扱う傾向が強いため、また魔物側も該当職業所持者に対して同様の感情を持つため、魔物が傍にいる場合は該当職業所持者及び魔物に危害を加えることは堅く禁ずる』という一文が真に正しかったことを、理解することになった。
また、指令書にはこんな一文が記載されていた。
『本調査の過程で対象に接触することになった場合、何よりも回避すべきは敵対関係になること。必要であれば、本件に関する事柄に限り、全ての情報を対象へと伝えることを許可する』と。
この一文を目にした当初、レミリアは『とうとう本部はトチ狂ったか?』とまで思ったものだが、今ではこの『何よりも回避すべきは敵対関係になること』に関してだけは全力で賛同したいとまで思うようになった。
何故なら、事前調査の報告が真実であるならば、何の戦闘訓練も受けていない一般人ですら叩き潰せそうな生まれてから間もないであろうスライムが、僅か十日もしないうちに星六つ相当の力を手にしていた、ということになる。
自然界では有り得ないこの事実。となれば人為的なものという結論に至り、ではそれが出来るのは? と考えれば、行き着く先はひとつ。
今はスライムと黒ゴブリンが一体ずつだけ。だが、今後これが増えないとは限らない。
それを危惧して、先ずあの二体の魔物だけを討伐するというならば、グンゼス含めルセドニの街に所属している高位冒険者を掻き集めれば、恐らく討伐すること自体は問題無いだろう。
だが、それをしてしまうと、彼の者との敵対は確実であり、また潜在的な脅威を排除したのだと声高に叫んだところで『冒険者ギルドは何の罪も無い使い魔を一方的に虐殺した無法者集団』というレッテルが貼られることは想像に難くない。
そうなってしまえば、今後の活動に致命的な損害を被ることになり、延いては人類の生存圏内を狭めることにも繋がってしまう。
そう考えれば、先の一文はそうおかしな事では無いように思えた。
(まあ一先ず、彼もあの説明で納得してくれたのだ。今は静観するしかない)
と、レミリアそう結論付けたところで、左手側の茂みがガサリと音を立てる。
その音に反応してレミリアがどこからともなく抜いた短剣を逆手に構え、瞬時に戦闘態勢へと入った。
「……隊長、自分です」
「フンフか」
茂みから姿を現したのは、自身と同じ黒装束を纏った部下のひとり。
構えた短剣を下ろし、冷静になってみれば、後ろから更にもうひとつ気配がゆっくりと近付いて来ていた。
振り向いてみれば、そこにも黒装束を纏ったもうひとりの部下が佇んでいる。
冷静さを多少なりとも取り戻していたとレミリアではあったが、すぐ傍にまで近付いていた部下の気配にすら気付かないほど、思考に没頭していたようで、仕切り直すように小さく頭を振ってから、改めて部下へと向き直った。
「何が読み取れた? ツェン」
「レベルは82、スキルは【両手剣術】【気配察知】【隠形】【威圧】【魔力操作】【生活魔術】【錬成】そして【無詠唱】の八つ。残念ながらスキルレベルとステータスはは読み取れませんでした」
フンフとツェン。この二人は先日までは本来の任務の方に割いていた隊員であったが、今日の尾行のためにそちらから急遽呼び寄せていた。
それというのも、フンフは【魔物鑑定】、ツェンは【ステータス鑑定】という非常に稀有な鑑定系スキルを所持していたためだ。
鑑定系スキルは、対象を目視で視認出来ているのが大前提ではあるものの、スキルレベルに依存して鑑定可能な視認距離が伸びたり、鑑定によって読み取れる情報量が多くなったりする。
そしてこの二人は全特殊隠密部隊の中でも、頭ひとつ抜け出たスキルレベルであったこともあり、今回の任務には打って付けの情報収集要員であった。
ツェンと呼ばれた方の黒装束が、多少早口ではあったものの淀みなく答えた情報を吟味し、レミリアは思考を素早く巡らせる。
(なるほど。確かにあの手に持った得物の長さであれば、片手で扱うのは難しいだろう。こちらを見つけたのは【気配察知】持ちだったためか。あの距離で察知されたのであれば私のものと同等、いやそれ以上と考えた方がいいだろうな。しかし【隠形】持ちとは恐れ入った。あれはコモンスキルながら取得している者が恐ろしく少ない。本気で隠れられたら私では見つけられんかもな。【威圧】に関しては問題無い。あれは自分よりレベルが下の相手にしか効果が無いからな)
周囲を警戒しつつ、部下から齎された少ない情報と、あの数分間の邂逅の中で得られた情報とを、頭の中で結びつける作業に思考が没入するレミリア。
(解せんのは【錬成】だ。あれは確か【錬成師】しか取得出来なかったはずだ。本部から送られてきた情報によれば、彼は【魔物使い】とかいうよくわからん【職業】だったはず。生まれ持ってのスキル、ということか? それに【無詠唱】か。今は【生活魔術】しか持っていないようだが、属性魔術のひとつでも取得出来れば…………ん? ちょっと待て。何かが……)
そこではたと、何かに気付いたレミリアが下に向けていた顔を上げ、部下へと詰め寄った。
「ツェン、貴様今何と言った?」
「今回の調査対象のレベルは82で、所持スキルは八つ、と」
「それはいい。その後だ」
「後、ですか? スキルレベルとステータスは読み取れ、ません……でした…………っ!」
レミリアの指摘によって気付かされた事実。それに思い至ったツェンは目を見開き驚愕を顕にした。
「そうだ。スキルレベルはともかく、何故ステータスが読み取れんのだ?! 貴様の【ステータス鑑定】のスキルレベルであればステータスは読み取れるばずではないのか!」
「それ、は……申し訳ありません。考えが至りませんでした」
目元しか露出していないため非情に分かりにくいが、レミリアたちと合流したその時から既にツェンの顔色は病的なまでに青白く、手も小刻みに震えていたようである。
魔物使いの青年は常に周囲一帯へと気を配っており、レミリアを呼びつけた時には最大限の警戒を敷いており、特に姿を隠したまま近付いていた部下二人は、恐らく正面から姿を見せた自身より、はるかに密度が濃い圧力を受けていたであろうと、レミリアは理解した。
「いや、いい。私の方こそ、すまなかったな。恐らく鑑定系スキルを妨害する魔道具を持っていたのだろうよ。フンフ、貴様の方はどうだった?」
「それが……何も読み取れませんでした」
「何?」
「目視出来なかった訳ではありません。確かにその姿を確認したのですが、その、何ひとつ……」
「それはっ! ……いや、詳しい報告は戻ってから聞こう。少々長居し過ぎたようだ」
フンフの報告に何かを言い募ろうとしたレミリアの視界の端と【気配察知】に、自身らの様子を伺う存在が近くに複数いることに気付いた。
「急ぎ、この場より離脱する。それと本任務は一時凍結。報告書を上げた後、本部の指示を待つこととする」
「よろしいのですか?」
不満とも疑問とも言えないような声を挙げたのは、どちらの部下であったのか。
「よろしいもクソもあるか」
そう若干不機嫌そうな声音で、タンタンっと爪先だけで地面を踏み鳴らす。
「この距離だ」
「は?」
「だから貴様はこの距離で監視が出来ると言うのか?」
それは先程まで感じていた、纏わり付く視線が消えた境界線。
このことは見習いの少女含め、全員が共通して感じていた恐怖であるはずであった。
「……いえ、詮無いことを申しました」
「理解したならいい。ではいくぞ」
レミリアの号令の元、黒装束を纏った四人は再び森の中を駆けていく。
(しかしよくよく考えてみると、我々がギルドの手の者ということが露顕していることも不味いな。最悪どこかの別の組織の名前を隠れ蓑にするつもりだったが……。結局はこちらの欲しい情報は殆ど手に入らず、彼の者にはギルドへの不審感を更に植え付けただけだったか。グンゼス殿に悪感情を持つだけなら自業自得としか言えんので構わんが、ギルド全体に対して悪感情を持たれては適わん。幸いあの街のサブマスターや一部の高位冒険者とは懇意のようであるからして、喫緊も問題とはならないと思いたいが)
レミリアは後日改めて、素顔を晒してでも彼の者らと友誼を結んで、ギルドとの間を取り持つことまで視野に入れねばなるまい、と呟いた。
(まあいい。やることはやった……はずだ。現場で考えるのにも限界はある。考えるのは上の仕事であるし、今は次の指示が来るまで待つしか無い、か)
とはいえ、上げられる報告書に記す情報量も少ない。
ふとレミリアの頭の中に、街中で擦れ違った時にでも鑑定させてみるか、という考えが過ぎったが、それは即座に破棄する。
街中でそれをするのは少々リスクが大きいとの判断からだ。
確かにそれを実行すれば、取得情報量は格段に増加するだろう。
だが、逆にレミリアたちが冒険者ギルド所属の隠密だとバレている今の状況では、更に不審感を与えかねない。
そこまで考えたところでレミリアの思考は、このような状況へと陥っている元凶ともいえる、冒険者ギルドの個人登録を担う魔道具へと移った。
(まったくあの魔道具も魔道具だ。魔力波長の登録や特定といった素晴らしい機能を持っているというのはいいのだが、あのグランドマスターですら登録情報の一部しか閲覧出来ん仕様はどうにかならんものか。初代様の言葉を借りるなら『ぷらいばしーのしんがい』やら『こじんじょうほうほごほう』であったか? そのお陰で必要な情報は現場が掻き集めるしかない。あれらが全て開示出来るようになれば、我々の負担もだいぶ減るのだがなぁ)
レミリアは器用にも、走りながらひとつ小さく溜息を吐くと、ぽつりと口の中だけでひと言呟いた。
「いつだって苦労するのは現場だ」
後半は初挑戦、主人公以外の視点での進行でした。
如何でしたでしょうか? 普段の一人称では無く三人称視点を心がけてみたのですが……読み難かったら申し訳ありません。
また閑話一本分の文量無いし、前半の主人公視点が少なかったので、ここらにぶっ込んじゃえ、とやってみましたが、意外と文量ありましたね。
それでは恒例いつもの。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。
ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




