第五十話
薬草採取と平行して摘んできた白い百合のような美しい花、それを数本束ね、十七の墓石其々に供えて、僕は片膝をついて静かに黙祷を捧げる。
正座説教事件から五日経った昼下がり、僕らは再びステラの故郷である集落跡に来ていた。
あのお説教のあと、トリフィラさんの何かを諦めた表情が印象的であったが、僕が提供した魔法薬類はひとまず通常の魔法薬の市場価格と同様の価格でご購入していただいて、無事メリッサさんたちの懐へと納められた。
但し、封をしているコルク栓を一度開けて、掛かっていた《プロテクト》を解除してから、ではあるが。
まあ、メリッサさんたちも高位に近い冒険者なので、そういった魔法薬を一本二本程度なら持っていてもおかしくはないが、二十本以上も所持していることが知られてしまうと、出処がウンヌンカンヌンと面倒臭いことに成りかねないと言っていたので、それは理解出来るのだが……せっかく頑張って魔術掛けたのにな。ちぇ。
その翌朝は前々から聞かされていたとおり、メリッサさんたちワイルドローズとドガランさん率いるシュートゲイルの面々は夜明け前には灰の森の再調査へと出発していった。
僕はというと、その日から昨日までは無星冒険者らしく、午前午後問わず街中で完結する雑務系依頼、もしくは常設依頼である薬草採取を請け負い、時には街中を散策したりと過ごしていた。
本当はギルドハウスの二階にあるという資料室なんかも覗きに行きたかったのだが、それについては諸事情により一旦保留としている。
そして昨日の夕暮れ時、ギルドへ依頼の完了報告をしに行ったら、アンナさんからテレサさんに依頼していた革鎧とジャケットが一日早く仕上がったという伝言をもらったので、今朝はテレサさんの工房へと出向き、それらの微調整をしつつ装備の仕方を教わった。
ひと通り革鎧を装備したところで、自身の身体を見下ろす。
赤銅色だったレッドオーガの皮は加工の過程で若干色合いが変化したらしく、焦げ茶色という落ち着いた色合いになっていた。
だが、しかし、だ。これはどうなんだ?
姿見で確認などは出来なかった――この世界では鏡という代物は相当な高級品らしく、元の世界では百均で売っているような手の平に収まるサイズの小さなものでも目ん玉が飛び出るほどの値段だという――が、恐らく、いや間違いなく今の僕の出で立ちは、夏と冬に開催される世界一のオタクの祭典、そこに集まるレイヤーさんのなりそこないにしか思えなかった。
ぶっちゃけ似合わない。着られてる感満載である。
もにょりとした感情が胸に広がったが、まあこれも冒険者として活動していくうちに、貫禄なんかが身について見慣れてくるだろうと思って、割り切ることにした。
まあステラも格好良いって言ってくれたし、今はそれで十分か……テレサさんは奥に引っ込んだかと思ったら爆笑してたけどね。
しっかり声聞こえてるっちゅーねん。
笑い転げているテレサさんは放置して、ひと先ずこれで漸く多少は冒険者らしく見えることだろう。
この世界に連れてこられた初め、僕は村人Aで構わないと思っていたが、現状はそうも言っていられなかった。
着の身着のままあの国を追い出されたいま、僕は僕自身の力――今はラピスやステラが傍にいてくれているが――でこの殺意の高い世界で生きていかなくてはならないのだ。
少なくとも元の世界に帰る手段を見つけるまでは。
なので、その日が来るまで僕は生きていくために、冒険者として活動していかなくてはならないのだ。
今は保護者の皆様方が近くにいらっしゃるので、比較的安全が確保されてはいるが、それがいつまでもあると思ってはいけない。
実際、今現在その保護者の片割れは街に居らず、水瓶亭、特に夕食時なんかは針の筵状態なのである。
こんな状態の僕が言うのもなんではあるが、この稼業はナメられたらおしまいなのだ。そのためには格好から入る事も大事なので、決してコスプレもどきなんて言ってはいけないのだ(キリッ)。
まあそれはそれとして、よくよく考えてみれば、あの国から追い出されなかったとして、ただの村人Aでいられるわけが無かった。
あの王様の様子では、そこらの村人相当であった僕の衣食住を保証してくれていたとは思えない。
チート級のステータスであると判明した麗華さんたちに養ってもらう、というかレベリングしてもらおうと考えたこともあったので、どの道元の世界のような安穏とした日々とはかけ離れた、殺伐としたこの世界へと足を踏み入れる必要があったのだ。
それが遅いか早いかの違いだけ……ん? この世界に放り込まれてからもうひと月近く経っているから、むしろ遅い方なのか?
まあそんなことはどうでもいいや。
どっちにしろあんのヤロゥどもは…………ゲフンゲフン。イカンな、あの国で見たアイツ等の顔が脳裏にチラつくと、どうしても未だに黒い感情が湧き上がってきてしまう。
今はやることが満載なので、極力それについては考えないようにしていたが、そう簡単に押さえ込めるようなものではなかったようだ。
ひと呼吸おいて、まだまだ燻っている感情には一旦蓋をして、気持ちを落ち着ける。
黙祷を捧げ終わり、着慣れない革鎧に少々窮屈さを感じながらも、傍らに寝かせたクレイモアを掴み、静かに立ち上がった。
ここに来た目的は三つ。
ひとつは、思ったよりも早くステラの気持ちが落ち着いたようなので、集落跡の様子見がてらお墓参りをしておこうというもの。
ステラは僕の言葉を受け入れてくれたあの日の夜から一昨日まで、夜泣きというのも変ではあるが、ベッドに入ってから泣き疲れて寝入るまでの間、声を押し殺して泣いていたのだ。
それが昨日の夜は、僕の胸元にしがみついてくる手にこそ力は入っていたが、声を押し殺して泣くことは無かった。
それだけで判断するのは危険かも知れないし、まだふとしたときにフラッシュバックに襲われるかもしれないが、少なくとも表面上は落ち着いているように見受けられた。
僕なんかは両親の死を受け入れてから立ち直るまでに、一年近い月日を要したというのに、ステラはたった五日やそこらでその感情を受け止めた……いや、受け止めざるを得なかったというところか。己が生きてくために。
そう思うと、この世界は元の世界とは比べ物にならないほど、死というものが日常の隣にいるのだと痛感した。
ちらりと視線を隣に向けると、可愛らしい踊り子ルックではなく、凛々しい冒険者ルックに身を包んだステラが両膝をついて、胸の前で手を組んで祈りを捧げている。
ステラの肩に乗っかって静かにしているラピスも、神妙な雰囲気を醸し出しつつも、心配そうにステラの様子を伺っていた。
今のところステラのフォローはラピスに任せておけば大丈夫だろう。
ラピスはステラを眷属に、家族へと迎えたその時から、姉貴分としてステラのことを随分と気にかけているようだし、ステラもラピスの無邪気さに当てられて、徐々にではあるが笑顔が増えていっているように思えた。
しかし最近ふと気付いてみれば、ラピスは僕よりもステラに引っ付いている割合が多くなっていて、ちょっと寂しいのだが。
まあそれはそれとして、もうひとつの目的は先日漸くコレを手に入れられたからだ。
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名 称:結界石
ランク:★★★★
区 分:素材
概 要:魔石を元に作られた人工石
結界魔術の触媒となる
またそのまま魔力を流し込めば、内包され
た魔力を消費して人払いの効果を発揮する
効果範囲と強度は内包された魔力量に依存
内包魔力:88
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これは冒険者区の外れ、商業区にほど近い路地に居を構えている如何にも怪しげなお店で手に入れたものである。
初めてそのお店を目にしたときは、何故かそっと目を逸らして見なかったことにした。
だが二回目にそのお店を目にしたとき、何か妙な違和感を抱いたが危険な香りはしなかったので、勇気を振り絞り、思い切ってその戸口を潜ったのだ。
薄暗い店内に展示されていた商品は、僕の知っているような道具は無く、用途不明な物ばかりであったが、その中に紛れるようにしてピンポン玉よりひと周り大きい、乳白色に光る石がぽつんと置かれており、僕はまるで引き寄せられるようにしてそれを手に取って鑑定してみた結果、こいつに出会った。
大きさ的には魔石(小)サイズ、お値段は大銀貨五枚と少々お高めではあったが、概要にあるとおり、魔石が原料となっているらしいのに加え、加工費や物流費なども上乗せされているのであろう。
原料のひとつが魔石ならば【錬成】で作れるかも? と思い、レシピを確認してみたところ、案の定作成が可能であった。
但し、他にいくつもの素材が必要であり、それらの素材の名前は聞いたことも見たことも無かったので、こりゃ自作出来るようになるのも当分先かな、という思いも同時に抱くことになった。
とはいえ、早々にケアしておきたい案件があり、それを成すのに必要となるアイテムが目の前にある以上、自作に拘る必要は無い。
まあこいつを触媒とした場合、【結界魔術】による結界の強度が不足する、という可能性が残ってはいるものの、初行使の実験にはちょうどいいのも事実。
なので、店の奥で含み笑いをしているおもくそ怪しい風体をした、店主と思われる初老の男性に代金を支払い購入してきた、というわけだ。
とまあ、これまでの経緯を反芻しながら、一見乳白色をした小石にしか見えない結界石を手の中で弄んでいると、報告すべきことはし終わったのか、ステラは組んでいた手を解き、すっと立ち上がった。
「ますた、ありがとうございます」
「もういいのかい?」
「はい」
こちらに向き直り、深々とお辞儀をしながら、そう短く答えるステラ。
下げていた頭を上げれば、その眼の奥には強い意志の光。
傍目にはしっかりと前を見据えてはいるように見えるが、向けてくるのは胸を締め付けられるような切ない笑顔。
やはりここに連れてくるのはまだ少し早かったか、と若干の後悔が頭を擡げてくるが、この後のことを考えると、やはりこのタイミングしかなかったと、僕は頭を切り替え、それ以上は言葉にせず、ステラの頭を優しく撫でるだけに留めた。
撫でていた手を離すと、ちょっと名残惜しそうな表情を浮かべるステラに後ろ髪を引かれつつ、とっととやることを済ませてしまおう。
先ずは地面に手を当てて、【土魔術】を起動。
そのまま魔力を流し込み、頭の中で描いた通りの、中央にちょうど結界石が嵌る窪みをつけた、簡単な台座を拵える。
ここで余談ではあるが、いま僕が行った魔術を『起動』させるということとスキルレベルに応じた魔術を『発動』させることは、異なったものであるということを、僕は既に理解していた。
本来魔術とは、詠唱を紡ぎ、そこに魔力を注ぎ込んで『発動』させることにより、脳裏に描いた事象改変を現実に転写するもの、というのがこの世界の常識であり、魔術の『発動』には、『詠唱』と『事象改変の創像』は切っても切り離せないと考えられている。
そしてこのふたつはスキルレベルとも紐付いているので、その魔術のスキルレベルがひとつ上がれば、そのスキルレベルに設定された魔術が使えるようになる、という認識が一般的であった。
だが、ここで僕は思う。
僕たちの意思はともかく、ファンタジーな世界に連れてこられ、魔術なんて素敵不思議スキルを扱えるようになったのであれば、スキルレベル其々に設定されている魔術だけしか使えないんじゃ、もったいない! と。
そう思ったところで何の気なしに、本当に何気なく魔術系のスキルを鑑定してポップアップした説明文を読み進めていると、魔術スキルの『起動』と『発動』の違いを発見したのだ。
その内容は、まあ小難しいことがズラリと長文にて記述されていたが、その内容を纏めると
・魔術スキルの『起動』とは、対象に魔力を注ぐことで、術者の思い描いた現象を現実に発現させること
・魔術スキルの『発動』とは、固定化された概念を凝縮、圧縮した詠唱という文言に魔力を乗せることで、画一の現象を現実に発現させること
という二点に要約される。
この『起動』における対象とは、風系魔術であれば風(空気)、土系魔術であれば土や石といった其々の属性に対応したものとなる。
そして『発動』に対する固定化された概念とは、大昔から今現在に至るまでの偉い学者さんが事象の原理を理解した上で、体系立てた理論を『事象改変の創像』として『詠唱』の文言へと組み込むことで確立されたものであった。
まあ要するにこっちの世界の人々の多くが、火が燃える、水が流れる、風が吹く、土が出来るといった現象を理論立てて理解、説明出来なかったので、『この詠唱を紡げばそういうことが起きる』と決め打ちした結果、魔術の『発動』というものが、この世界という存在に理として認められたということらしい。
これについてはホンマかいな? とは思いつつも、納得出来る部分があるのは確かだ。
何故なら、魔術が詠唱による『発動』でしか使えないとなると、喋ることが出来ない魔物や、そもそも声帯が無い魔物はどうやって魔術を使うというのか。
要するに魔術の『発動』とは、人間が後付けで世界という存在に無理やり認めさせた歪な形態で、元来七大属性魔術というものは自由なもの。
魔術系スキルにスキルレベルや段階が存在するのも、扱える規模や強さの上限が開放されるというだけだったのである。
そして魔術を『起動』させた状態で行使するのであれば、そもそも詠唱自体が不要となること。
この答えに辿り着いた僕は、これは世紀の大発見! と思ったが、そんな考えは1秒後に放り投げた。
そもそも個々の魔術師による『事象改変の創像』がうまくいかなかったから、詠唱というものが開発されたという背景がある。
それに加えて、無星冒険者の僕如きが『魔術は詠唱無しで行使出来る』と宣ったところで、誰も本気にはしてくれないだろう。
更に加えて言うなれば、つい先日に自重大事と思い知らされたばかりなのだ。
まかり間違って、この話が理解出来るような頭脳を持った人の耳に入ったら、それこそ厄介事が転がり込んで来かねない。
そして一度冷静になろうと頭を振ったところで、僕は不意にとある可能性に気がついた。
魔術の扱いをマスターしたならば、もしかして、ひょっとして、或いは! 【風嵐魔術】の『起動』で大空を飛べる日が来るかもしれない!! 宛ら皆の憧れ、舞○術のように!? くふふ、むっふっふ、ふぁーはっは!! これはこれで夢が広がりんぐですなぁ。
閑話休題。
では早速【結界魔術】を使ってみようか。
こいつはお初だからな。流石にちょっと緊張するぜ。
そう言いつつも、今の今まで触媒である結界石が手に入らなかったため、試す機会が無かった魔術の初行使に少し胸を高鳴らせながら、【結界魔術】を起動。
次いで台座に嵌めた結界石に指で触れながら、魔力を注ぐ。
すると、一瞬結界石が淡い光を放ったかと思ったら、台座の結界石を中心にして透明な膜が半球状に広がった。
ふむ、直径にして三十メートルといったところかな。
辺りを見回してみても……周囲の風景に変わったところは特に見られないな。
唯一見られる変化は、結界との境界線と思われるあたり、その地面すれすれのところが、ほんの少し揺らめいて見えるぐらいか。
とはいえ、それも意識していないと見分けられない程度だ。
「なんだか、あったかいです」
――ぽかぽかするね!
【結界魔術】が発動した直後は、少々驚いていた二人だったが、結界の内側に流れる穏やかな空気に緊張が解されたようだ。
そして確かに二人の言うとおり、ここに立っていると心地良い暖かさを感じる。
なんとも不思議な空間が出来上がったものだ。
ひと通り周囲を見渡して、問題無さそうなことを確認してから、視線を台座に嵌められた結界石へと視線を移す。
初めて使う魔術なので、結界そのものの強度や、起点となっているであろう結界石を台座から外すとどうなるのか、そもそも結界展開後に動かせるのか、といった気になることは多々あるが、それらの検証はまたの機会にするか。
なんといっても、手に入れられた結界石はこれ1個だけだし、気になったことを検証した結果、1個しかない結界石がオシャカになりました、では目も当てられないしね。
取り敢えず、ひとつだけ確認しておくか。
そう独りごちて、ラピスとステラへここで待っているように言いつけて、僕は展開された結界の範囲から外へ歩いていく。
「んむっと?」
途中、結界との境界線を跨いだであろうあたりで、スライムの泉に張られた結界から出たとき程ではないが、軽い酩酊感を覚え、蹈鞴を踏む。
酩酊感を振り払うように、軽く頭を振った僕はそこからさらにもう少し離れた所で手頃な小石を拾い振り返ると、それを結界があると思われる方向へと軽く放る。
すると、小石が放物線を描いている途中で、カンッと甲高い音を立てて、見えない壁に阻まれた。
うん、大丈夫そうだな。ちゃんと機能しているみたいだ。
触媒となっている結界石は魔石(小)程度の大きさではあるが、僕の【結界魔術】のスキルレベルはMAXの10だし、そこそこの強度はあると思われる。
レッドオーガクラスの魔物が大挙して現れれば、流石に少々分が悪いとは思うが、周囲に散見する程度の魔物相手であれば、まず破られることはないだろう。
結界の周囲をぐるりと一周歩きながら確認し終わったところで、僕はひとつ大きく頷いた。
黒ゴブリンたちのお墓はきちんと範囲内に収まっているし、結界に綻びなんかも見受けられない。
この結界に何かあれば、僕が感知出来る仕様になってるみたいだしこれで、一先ずは人間魔物問わず、問答無用で墓荒らしに遭う可能性は減らせた、かな?
簡単ではあるが、ひと仕事終えたことに満足していたが、ここから先は更に気を引き締めねばならない。
では仕上げだ。
ここに来た目的、その最後のひとつを済ませるとしよう。
そして僕はもう一度振り返り、森が広がる集落の外へと視線を投げかけた。
「もういいでしょう。そろそろ、此方へ来てもらえませんか?」
書き上がって読み返してみれば、ほぼ会話無しとか、もうね……。
読みにくかったらゴメンナサイです。
あ、それとひとつだけ。
『創像』は誤字ではありません。単なる当て字ですのであしからず。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




