第四話 理不尽は唐突に
気が付けば、ゲストルームで夜を迎えていた。
謁見が終わり、いつの間にか部屋に戻っていたようだ。
昼食も夕食も、腹の具合から恐らく食べることは食べたんだろうが全く記憶に無い。
ステータス鑑定の結果が余りにもショック過ぎて、半日以上茫然自失としていたようだ。
「……ステータス」
明かりも殆ど無い部屋のベッドの上に座り込んでポツリと呟くと、目の前に半透明のウィンドウが現れる。
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名前:ユウキ ハルト
種族:人間族
性別:♂
年齢:17
職業:魔物使い
身分:異世界人
状態:平常
BLv:1 ▲【決定】
JLv:1 ▲【決定】
HP:78/78 ▲【決定】
MP:35/35 ▲【決定】
筋力:12 ▲【決定】
体力:8 ▲【決定】
知力:15 ▲【決定】
敏捷:8 ▲【決定】
器用:20 ▲【決定】
保有スキル
【コモンスキル】
・両手剣術:Lv1 ▲【決定】
【ジョブスキル】
・テイミング:Lv1 ▲【決定】
・ネームド:Lv1 ▲【決定】
【ユニークスキル】
・異世界言語:Lv1 ▲【決定】
【エクストラスキル】
・ポイントコンバーター(EXP:31,009,146)
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そこに記されている数値は謁見の時に読み上げられた数値と何一つ変わっていない。
レベル1、レベル1かぁ。
平凡に生きている村人Aでもレベルは10だった。
僕のステータスはその村人Aにすら届いていない。
というかレベルだけ見れば生まれたての赤ん坊と同じだ。
しかしよく見ればレベルやステータスの数字の横に『▲』と『【決定】』って表記があるけどこれはなんなんだろう?
鑑定球から写し取った羊皮紙には無かったよな?
更にウィンドウをスクロールさせていくと『スキル』という項目がある。
こちらもレベルの横に『▲』と『【決定】』という表記がある。
訳がわからん。
いや、スキル自体は何となくわかる。
ゲームでもお馴染みその行動に補正が掛かるとか、特殊な行動が可能になるってやつだろう。
【両手剣術】は道場で太刀術を学んでいたから、まあ太刀も両手で扱うのが基本なので、分類としては両手剣で間違いはない。
魔物使いというくらいだから、魔物を使役する職業だろう。
であれば【テイミング】は職業として必須だ。
【ネームド】はテイムした魔物に名前を付けるスキルっぽい。
名前付けるだけでスキルが必要なのか?
なんで異世界でも言葉が通じたり、文字が読めるのか不思議だったが、この『異世界言語』スキルが日本語に翻訳してくれていたお陰だったようだ。
確かにお姫様やこの世界の人と話していると、聞こえてくる言葉と口の動きが合っていなかった。
最後のこれがわけわからん。
【ポイントコンバーター】、日本語に訳すと数値変換?
何の数値を何に変換するんだ?
スキル名の後ろにやたら桁の大きい数字が『EXP』という文字とともに並んでいるがこれは一体何の数字なんだろうか。
『EXP』という文字で真っ先に思い浮かぶのは『経験値』なんだが、『経験値』をどのようにして変換するというのか。
ダメだ、全くわからん。
取り敢えず、今はこのレベル1でどうすれば生きていけるのか。
今思い付くのは、麗華さんたちにレベリングしてもらって引っ張って貰うことくらいか。
何にしても先ずは目指せ村人Aのレベル10かな。
……あ、しまった。今日の午後は勉強会だってお姫様が言ってたっけ。
すっぽかしちゃったなぁ。
明日謝らないと。
んでもって今日の遅れを取り戻そう。
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翌朝、目が覚めるとベッド脇に昨日部屋に案内してくれたメイドさんが控えていた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
「宰相閣下がお呼びでございます。着替え終わりましたらお声かけ下さい。ご案内致します」
挨拶もそこそこにそれだけ言うと、メイドさんは部屋から出ていってしまう。
こんな朝早くから一体なんだろう。
宰相というと、あのでっぷり太った人だろうか?
昨日謁見の間で見た限りではあまりお近づきになりたくない種類の人なんだよなあ。
あのねっとり絡み付くような視線に嫌悪感を覚える。
手早く着替え――といっても制服だからそれほど時間はかからないが――部屋の外で待機していたメイドさんに案内をお願いする。
十分くらい歩いているが、徐々にすれ違う人が少なくなっていき、どんどん人気の無い方に向かっている気がする。
なんか雲行きが怪しくなってきたな。
「あの、宰相閣下がお呼びなんですよね、どちらに向かっているんですか?」
勇気を出してそう聞いてみたけど、
「……」
何も答えてはくれなかった。
更に無言で十分ほど歩いてくと、大きな門が現れた。
一昨日見た城門と比べるとちょっと作りが荒く、小さい。
小さいといっても馬車が二台並んで通れるくらいだから、これは搬入門か?
なんでこんなところに? と訝しんでいると、一人の騎士がこちらに歩いて来るのが見えた。
その騎士は僕らの前で立ち止まると、メイドさんに向かって敬礼をする。
「案内、ご苦労様です。ここからは小官が引き継ぎます」
「宜しくお願いします」
そう短く言葉を交わすと、メイドさんは来た道を引き返して行ってしまう。
「ハルト殿でありますな。ここから先は小官がご案内します」
「あ、はい。宜しくお願いします?」
茫然とメイドさんを見送っていると騎士の人が案内してくれると言う。
案内役の騎士の人が搬入口から外に出ていってしまったので、慌てて付いていくとそこには箱馬車が一台停まっていた。
宰相は何処で待っているんだ?
「こちらへお乗りください」
混乱していた僕は訳もわからず、言われるがままに馬車に乗り込む。
僕の後に続き、騎士の人が乗り込んできて、
「おい、いいぞ。出してくれ」
馭者に出発の合図を送る。
それを切っ掛けに馬車がゆっくりと動き出す。
馬車は城を囲む壁の門を抜け、城下街、そして街門すら抜けて街の外に出てしまう。
それでも止まることなく街道を進んでいく。
街を出てから一時間ほど経った頃だろうか、何処に向かっているのか問い質してみたが、
「……」
メイドさんと同じく騎士の人は目を瞑ったまま、やはり無言だった。
それから更に二時間ほど不安に包まれながら馬車に揺られていると、
「この辺りでいいでしょう」
「は?」
「おい! 止めてくれ!」
騎士の人の指示のちょっと後に馬の嘶きと共に馬車が停止する。
「では、お降りください」
騎士の人は大小一つづつの皮袋を掴み、さっと降りてしまう。
言われるがままに僕も降りるが、一体全体何が起こっているというのだろうか?
辺りを見回して見るが、馬車の窓から見えていた通り、土がむき出しの街道で、左右は森のように木々が生い茂っているだけだ。
ここに何があるというのだろうか?
……ここは人目が全く無い。
まさか、と思い騎士の人を見やると徐に皮袋を手渡された。
「そちらの大きい方には保存食と毛布が入っているおります。小さい方には当面の路銀として金貨十枚が入っております。またこの街道を真っ直ぐ二刻ほど歩きますとマギルという村があります。先ずはそこを目指されるのが宜しいかと存じます。では良い旅路を」
……は?
保存食? 毛布? 路銀?
言われたことはわかるが理解が追い付かない。
なんでそんなものが必要になるんだ?
必死に理解しようと頭をフル回転させていると、騎士の人は再び馬車に乗り込み、馬車は来た道を引き返していってしまう。
僕はそれを茫然と見送ることしか出来なかった。
右も左もわからない異世界、そして何にもない街道のど真ん中に一人ポツンと取り残されてしまった。
どれくらいそうしていただろう。
馬車を降りた時はまだ十時過ぎくらいだったと思うが太陽は既に中天を過ぎ、傾き始めている。
その辺りで空腹の余り、腹の虫が鳴く。
それを切っ掛けにフリーズしていた意識が再起動した。
え? まじで? 置いてかれた? ってか追い出されたってこと?
困惑と疑問がぐるぐると頭の中でループしてまともな考えが纏まらない。
このままじゃ埒があかない。
深呼吸して、一旦落ち着こう。
――すぅー、はぁーー、すぅーー、すぅーーー、げっほぉおばぁ!
……吸い込みすぎて、咽てしまった。
一度街に戻ってみるか?
馬車に乗っていた時間から考えると、最悪夜には街に着けるだろう。
だけど夜に門は締めるらしいから、門の近くで野宿するしかないな。
野性動物や魔物とやらが徘徊する街の外で?
ないな。
僕はその案を速攻で却下する。
魔物というものがどんなものかはわからないが、万が一にでも野性動物に襲われれば、丸腰では勝ち目はまず無いし、逃げることも儘ならない。
それなら今日のところは一旦マギルの村とやらに向かって、明日改めて皇都に向かうべきだ。
金貨がどの程度の価値があるのかわからないが、一晩くらいは泊めてもらえるだろう。
そんなことを考えていると背後から人の気配がした。
「おー、いたいた。黒髪で青色の珍しい衣装っと」
振り返って見ると、マギル村に繋がる方向からくたびれた革鎧を纏い、抜き身の無骨な鉄の剣を肩に担いだチンピラっぽい二十代ほどの男がいた。
「あー坊主よ、ちょっと確認させてもらいてーんだが、おめえがハルトってやつで間違いねぇか?」
「え、ええ、そうですけど。貴方は?」
口調とは異なり剣呑な雰囲気を振り撒き、男の獲物を見るような眼に気圧され、後退りしてしまう。
「んー、おれっちはしがない雇われ冒険者さ」
カカっと笑うが、その剣呑な雰囲気は些かも衰えず笑えない。
「どうにもよ、坊主に生きていられると国のお偉方には不都合なんだとさ」
冒険者と名乗った男が剣を僕に突きつけて言う。
「だからよ、おめえに恨みはねぇが、ちょっくら殺されてくれや」
意味がわからない。
そんな訳わからない理由で殺されてたまるか!
咄嗟に皇都に続く方向に駆け出そうとしたが、
「……悪いがこっちは通行止めだ」
同じようなくたびれた革鎧を纏ったスキンヘッドの偉丈夫が立ち塞がっていた。
「そう怖がんなよ。痛くねぇようにしてやっからよ」
冗談じゃない、こんなところで死ねるかっ!
どうする? 前門の虎後門の狼じゃないけど、道は塞がれている。
それなら、と僕は森の中へと駆け出した。
「お、そっちに逃げるか。まぁ意地汚く足掻くのは嫌いじゃねぇぞ」
「……馬鹿言ってないで追うぞ」
「はいはい。しっかし、アレ取っ捕まえて奴隷商にでも売っ払っちゃっダメなんかね? 顔もそこそこ整ってるし、物好きな貴族にでも売れんじゃね?」
「……依頼内容は抹殺だ。下手に奴隷にでもすれば足がつく。そうなればオレたちの身の方が危なくなる」
なんて物騒な会話が聞こえてくるが、奴隷にされるのも、殺されるのもお断りだっての!
獣道ですらない足場最悪の森の中のせいか、体力の消耗が思ったより早い。
それでも必死に男たちを撒くべく、ともすれば縺れそうになる足を叱咤して森の中を駆ける。
ちらりと後ろを確認すれば、余裕そうなにやけ顔で追いかけてくるチンピラ擬きの二人。
全力疾走がそんなに長く続くわけもなく、程なく力尽きそうになった所で森の切れ目が見えてきた。
森の切れ目に辿り着いたが、その光景に僕は絶句するしかなかった。
「はぁ、はぁ、……マジかよ」
目の前には川、いや河が流れていた。
流れはかなり速く、対岸までの距離はおよそ五十メートル強はある。
上流を見ても、下流を見ても、橋が掛かっている様子はない。
服を着たまま対岸まで泳ぎきるのはかなり厳しいと思われた。
けど、このまま突っ立っていればチンピラ二人に追い付かれて、大して切れ味も良くなさそうなボロい剣が僕に向けられる。
「……迷ってる場合じゃないか」
学園指定のブレザーの上着を脱ぎ捨て、覚悟を決めて目の前の河に飛び込む。
「南無三ッ!」
水泳は得意では無いが、カナヅチでもない。
見た目はかなり速い流れだったが、幸い泳げないほどではなかった。
半分ほど泳いだところで、どうにか逃げ切れる! と思ったが、ここで予想外のアクシデントが発生。
右足がつってしまった。
マズイ! と思ったときには既に時遅し。
身体は完全に水の中に沈んでしまい、足もつかない。
「がぼっ!」
肺の中の空気は全て吐き出してしまい、呼吸もままならず、パニック状態。
森の中を駆けずり回ったせいでもがく体力もなく、後は河の流れに身を任せるしかなかった。
そして程無くして、僕の意識は暗闇の中に引きずり込まれた。
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