第四十三話
「この魔石、ワシに譲ってはくれんかのぅ?」
その言葉を聞いた瞬間、それまで緩みかけていた警戒レベルを元に戻し、更に一段階引き上げた。
ほんと油断ならねぇな、このジジイ。
選りに選って、銀輝魔石を寄越せだなんて吐かしやがった。
この十七個の銀輝魔石は、ステラの家族の形見であり、今となっては親兄弟そのものだと言っても過言ではない。
故にそんなこと、考えるまでもなく却下と一蹴してしまってもいいのだが、流石にノータイムでそう答えてしまっては今後に影響があるかもしれない。
それでなくても、部屋の空気は緊迫したものに包まれている。
周囲に潜んでいる奴らがどのような行動に出るか……。
まあギルドに対してもそこそこ影響力があると思われ、非戦闘員でもあるアンナさんがこの場に同席しているということもあり、そこまで安易な行動に出るとは思えないけど、それでも赤色に近い橙色のマーカーである。
何をしてくるか、わかったもんじゃない。
一先ず、この銀輝魔石を欲する理由でも聞いてみるか。
まあ、どんな答えであっても譲るつもりはないけどね。
周囲への警戒を続けたまま、銀輝魔石へと向けていた視線を、真正面に座って不敵な笑みを浮かべているグンゼスさんへと向ける。
「はぁ、譲って欲しい……ですか。それはまたどういった理由でコレを欲しているのでしょうか?」
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名称:銀輝魔石(小)
ランク:★★★★
区分:素材
品質:やや高
概要:銀色に輝く魔石
黒ゴブリンの体内でのみ生成される、珍しい
とされる魔石のひとつ
通常の赤い魔石より内包する魔力が多い
加工することで様々な魔法薬、魔道具の触媒
となる
内包魔力:253
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鑑定による結果では、見た目と内包した魔力量以外、普通の魔石と何ら変わりのない銀輝魔石を必要とする理由は何なのか。
確かに内包している魔力量はよく見る赤い魔石よりも多い。
通常、この大きさの魔石であれば、内包している魔力はおおよそ100前後。
だが内包している魔力量が多いと言っても、性質は普通の赤い魔石となんら変わりはないのだ。
であればその使い道としては、僕が思い浮かぶ限り、見た目が美しいということから装飾品にするか、内包魔力が通常の魔石よりも多いので魔道具の核にするか魔晶石に加工すれば、より長持ちするというものくらいに思えた。
砕いて魔石粉にしたところで、出来上がった魔法薬の効能が上昇するわけでもないようだし。
まあ内包魔力が多いので、魔石一個で作れる魔法薬の数は増えるだろうけど、態々珍しいとされる銀輝魔石を、魔法薬の調合に使うメリットがあるとは思えない。
はてさて、どんな答えが返ってくるのだろうと思いつつ、グンゼスさんを見つめていると、僕の問い掛けに対して、一瞬驚いたように目を見開き、次いで眉間に皺を寄せて、言葉を濁す。
「む? 理由、か。いや、それはだな……」
なんだ? 先程までぐいぐい来てたのに、急に歯切れが悪くなったな。
何か疚しいことがあって、嘘を並べてているのであれば、【真偽判定】先生が有罪判定してくれるのだけど、残念ながらはっきりとした回答をしていない今の状況では【真偽判定】先生は静観したままだ。
【真偽判定】先生的には、もうちょい言葉を引き出してみないことには何とも言えない、とのことだ。
とはいえ、言葉を引き出すためだけに、ギルドマスターという立場を担っている人を煽るのも、今後の関係的にどうなんだろう?
現時点で既にこのジジイへの信頼度とか好感度といったものは最底辺にまで落ちているが、今後も冒険者ギルドという組織には関わることになるとは思うので、ここであまり突っつくのもなぁ。
「……いや、そんなことはどうでもいいじゃろ? お主には関係の無いことじゃ」
今後のあれこれを考えながら自問自答していると、そんな言葉が聞こえてきた。
「お主はその魔石を持っている。ワシはその魔石が欲しい。それだけの関係じゃ。そんなことよりも、譲ってくれるのか? くれんのか?」
疑問形ではあるが、拒否は許さない、寄越して当然とでも言うような上から目線での物言いに、僕は苛立ちが瞬時に頂点まで達して、先程までギルドとの関係を考えていたことなど、どこかへと吹っ飛んでしまった。
ああ、もういいや。
日は浅いものの、僕も冒険者ギルドという組織に所属するギルドメンバーだ。
どのようなものでも、組織に身を寄せた時点で、ある程度の上下関係や制約、拘束があるというのは承知している。
特に冒険者ギルドというものは腕っ節が物言う業界であるということも、承知の上だ。
だから、冒険者ギルドの中でも最高ランクである十ツ星冒険者という地位に就いているこのジジイが、無星ランクである僕を下に見るのは当然なことだとは思う。
だが、このジジイは支部とはいえひとつの組織のトップでもある。
そんな人物が、立場に物を言わせるような態度に出るようでは、組織そのものに不信感を抱いてしまうというものだ。
今までは【天運】先生が仕事をしていてくれたのか、スライムの泉を出てから知り合った人たちの中には、僕を騙そうとしたり、高圧的な態度に出た人は、冒険者登録の時のあのハゲ以外には居なかった。
それ故、少々あの時のことを忘れてしまっていたようだ。
幸い解体したレッドオーガの売れる素材の現物は全てここにある。
これらは【アイテムインベントリ】に全て収納して回収してしまおう。
隠蔽しているスキル――【アイテムボックス】スキルと勘違いするだろうけど――のひとつが露呈してしまうが、構うものか。
アンナさんには申し訳ないが、不信感を抱かせるような冒険者ギルドに、ランク査定に関係無いような素材を態々卸す必要もない。
どこかの商会にでも売りつけるとしよう。
素材を冒険者ギルドに卸さないとなると、メリッサさんたちからは反感を抱かれるかもしれないから、彼女たちには頼れない。
単独で突貫しても門前払いされるか、足元見られるかもしれないから、ビックスさんあたりに、どこか買い取ってくれるところを紹介してもらえないかな?
ここでは珍しいとされるレッドオーガの素材だ。
持ち込みを見てさえもらえれば、それなりの値段で引き取ってくれるだろう。
そう決断したところで、ふと僕ってこんなに短気だったかな? と内心首を傾げつつも、これ以上不愉快な場にいるつもりもなかったので、抱えたラピスを頭の上に乗せ、ステラの頭をひと撫でして微笑みかけ、その手を握り、席を立つように促す。
「譲ってくれるのであれば勿論相応の対価を払わせてもらうぞい。そうじゃなひとつにつき、ごじゅう……んがっ!」
僕がそう退席しようとしている間もジジイはお構いなく喋り続けていたが、突然その言葉の途中でゴギャッ! という鈍く重い音が部屋に鳴り響く。
何事かと思い、再び正面へと視線を向けると、何故かグンゼスさんが座ったまま突っ伏しており、その隣ではこめかみに青筋を立て、口元をひくひくと痙攣させたアンナさんがハリセンのようなものを振り抜いた姿勢でいるのが見えた。
てかアンナさん、いま、ひと纏めにした蛇腹の面で振り抜いたでしょ?
物凄い音、というか鳴っちゃイケナイ音が聞こえた気がするんですけど。
「いい加減にしてもらえませんか、ギルドマスター?」
ひぃ! 僕に向けられたものではないはずなのに、底冷えするようなアンナさんの声に、まるで条件反射の如く、背筋がピンっと伸びてしまった。
アンナさんが振り抜いたハリセンのようなものを手元に引き戻し、突っ伏したままのピクリとも動かないグンゼスさんへ極寒の視線を向けて言う。
「それはもう冒険者ギルドとしてではなく、グンゼス=ランフォスター殿個人としての交渉になってます。この場を設けたのは先程も申しましたが、赤大鬼の素材の取引が目的なんです。そちらの銀色の魔石は確かに私も珍しいとは思いますが、赤大鬼の素材ではない上に、ハルトさんが返却を願い出ているのですから、返却するのが筋というものです。そもそも事前に報告を上げているのですから、ちょっと考えればその魔石がどういったものであるか、交渉の余地すらないものであることなど解るでしょうに。それを理解した上で、それでも交渉をするというのであれば、立場を現すバッジを外し、ハルトさん個人に対してではなく、商会を通してするべきです。ご自身の立場を考えるならば……」
そこで一旦言葉を切ったアンナさんが、突っ伏したまま全く反応しないグンゼスさんを更に強い視線で睨みつける。
「聞いてるんですか?!」
アンナさんが荒らげた声に対しても無反応でいるグンゼスさんを不審に思い、訝しげな表情のまま、手にしたハリセンのようなものでグンゼスさんを突いた。
それでも無反応であったので、アンナさんは少し難しい表情をしていたのだが、それも束の間、ひとつ頷いて、何やらすっきりした表情を浮かべる。
「…………ふむ、聞いてませんね。というか気を失っているみたいですね。まあ死んではいないみたいですから、放ってきましょう」
放っておいていいんかい?!
とてもすっきりとしたいい笑顔で、ギルドマスターを放置宣言してしまった。
「こほん。邪魔も……ではなく厄介も……でもなく…………邪魔者は排除しましたので、漸く本題に入れますね」
あ、諦めた。いい言い回しが思いつかなかったのだろうけど、ギルドマスターをはっきり邪魔者って言い切っちゃったよ。
すっきりとした笑顔といい、今の言い回しといい、このギルドマスターの日々の言動に余程苦労しているのだろう。
「ほんと、今回は同席するの押し切って良かったわー。あのままじゃ本題に入るどころか、ハルトさんが素材卸さずに出て行っちゃうかと思いましたよ」
うふふー、と笑っていはいるが、アンナさんのその目には『絶対に逃がさない』と書いてあるようだった。
まあ僕としても、冒険者ギルドから借金した分は既に返納済みではあるが、水瓶亭の宿泊費等の、日々の生活費を稼ぐには依頼報酬だけでは足りないのは事実なので、レッドオーガの素材を卸すことに否やはない。
ただその相手が、信用出来るかどうかが問題であっただけだ。
僕の中で冒険者ギルドとグンゼスというギルドマスターの信用度は地に落ちているが、交渉相手がアンナさんに変わったのであれば、問題無い。
アンナさんは信用も信頼もしているし、何より出会った当初から今の今まで、終始一貫して緑色だった。
怒らせたら【状態異常無効】先生がスルーするほど怖いけど、怒らせなければ頼れるお姉さんなのだ。
先程の発言からもアンナさんは銀輝魔石について言及してこないだろうから、安心して取引に応じられる。
「はい、じゃあこれが、ギルド側が引き取りたい素材とその買取価格の一覧よ」
そう言って目の前に出された手触りの良い上等と思われる羊皮紙を手に取って、その内容を確かめる。
おお、すげー。ゼロがいっぱい並んでる。
買取金額を見てみると、どれもが高額だった。
合計すると、ガンテツさん(クォルさん)からある時払いでいいと、譲ってもらったクレイモアの代金の十分の一くらいにはなるんじゃないか?
まあ全部返済に充てると、目論んでいる革鎧の制作代金が出せなくなるので、要相談だけど。
「どうかしら? ここらでは滅多に入荷しない素材だから、一応相場よりは色をつけたつもりなのだけれど」
と、言われても僕は相場自体知らないので、何とも返しようがない。
まあ、よくわからないけど、この金額でいいんじゃないかな、と思いながら羊皮紙を眺めていると、アンナさんがちょっと上目使いで僕の様子を探るようにしているのが目に入ってきた。
「あのですね、赤大鬼の素材の中でも、皮が一番需要あって、高値で取引されるんですけど、皮は返却希望なんですよね?」
「えっと、はい、そうですね。これで革鎧を拵えられたらなーって思っているんですけど……」
「……」
やめて! うるうるした目で見上げてこないで!!
『皮……欲しいなぁ』なんて小声で呟くのもやめて!
くそぅ、普段とのギャップで攻めて来るなんて、なんて小悪魔なんだ!
またその仕草が何とも言えないほど似合っているので、どうしようもなくグっときてしまう。
「うぅん、そ、そうですね。革鎧を拵えたあとの余りでよければ……」
僕がそう言った瞬間、アンナさんの顔がパァっと花開いたように輝いた。
「本当ですか!?」
「あ、余りですよ? 切れ端しか残らないかもしれませんよ?」
「はい! それでも使い道はいくらでもありますから、大丈夫です!」
アンナさんのあまりのテンションにたじろいで言質を取られてしまったが、僕の体型に合わせた革鎧を拵えたあとの余りなら、まあ問題無い。
ステラにも同じような物を拵えた方がいいかとも思い尋ねたが、動き難そうな衣装は……と、難色を示していたことと、ステータスが魔術よりだったこともあって、今回は見送る予定だ。
それはそれとして、小躍りしかねない勢いで喜んでいるアンナさんに、羊皮紙に書かれている素材一覧を見て、ひとつ気になったことを尋ねてみる。
「あの、ひとついいですか?」
「はい! なんですか?」
「この一覧にレッドオーガの魔石が入って無いんですが?」
「あら、魔石は返却希望ではありませんでしたか?」
ああ、そういうことか。僕が返却を希望したのは銀輝魔石のみ。
通常の魔石は【アイテムインベントリ】に腐るほどあるので、ぶっちゃけレッドオーガの魔石はいらないのだ。
というか、いまは使い道がない。なので出来ればこれは買い取ってもらいたいところだ。
不思議そうな顔をしているアンナさんへ、そのことを伝えると、またも破顔してさらさらっと羊皮紙の引き取り素材一覧の中に魔石(中)とその金額を書き足していく。
「いやー、助かります。これだけ大きい魔石も、ここらでは滅多に入荷されないので」
とホクホク顔だった。
再度渡された羊皮紙を確認してみると、一覧の中にしっかりと魔石(中)が書き足されており、その横には『買取額:50万ゴルド』と書かれていた。
高くね? 魔石(極小)で1千から3千ゴルド、魔石(小)で1万ゴルドくらいじゃなかったけか?
魔石は大きさの表記が変わると、文字通り桁が変わるのかぁ。
魔石(中)1個で50万ゴルド、ね。【アイテムインベントリ】内の魔石全部放出したら億万長者だなー、あははははー。
出来るかっ、んなもんっ! そんなことしたら目立ってしゃぁないし、これからの行動に支障が出るどころではない。
間違ってもそんなことは出来ないっつの。
「では、これで合意ということでよろしいですか? よろしければ、そちらにサインをお願いしますね」
現実逃避してからのノリツッコミをひと通り終えたところで、アンナさんの声が掛かり、現実に戻ってきた。
アンナさんに言われた通り、取引に合意で問題ないので、素直にサインをして羊皮紙を返却する。
羊皮紙を受け取ったアンナさんが、僕のサインを確認して、にこやかな笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。それでは支払いになりますが、現金をご希望ですか? 現金ですとあまり用意がありませんので、ギルド預金に振込という形にしていただけると嬉しいのですけど」
と、ちょっと困ったふうに言われたので、僕は少しだけ現金化して、残りは振込という形にしてもらうことにした。
「重ねて、ありがとうございます。それでは下の受付カウンターで処理しますので、参りましょう」
取引相手がギルドマスターからアンナさんに変わったことで、一部お強請りに負けてしまったところはあったが、最後までスムーズに進んだように思える。
僕としても内容金額ともに満足だった。
まあもっとも銀輝魔石に触れられさえしなければ、取引相手がギルドマスターでも問題無かったのだが、初っ端からそこに踏み込んできた時点で、僕的にはアウトだ。
そのギルドマスターは、というと、アンナさんとの交渉が終わったにも関わらず、未だに突っ伏したまま動きが見られないままだった。
本当に死んでないのか? と思い、鑑定してみると……
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
名前:グンゼス=ランフォスター
種族:人間族
性別:♂
年齢:62
職業:高位修道僧
身分:冒険者(十ツ星)
ディアモント帝国冒険爵
状態:気絶
BLv:158
JLv:67
HP:11512/11739
MP:1556/1556
筋力:796
体力:812
知力:381
敏捷:562
器用:200
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
んー……うん、色々思うところはあれど、とりあえず大丈夫そうだな。
ということで、僕は細かいことは気にしないことにして、アンナさんが事前に用意してくれたという頭陀袋にレッドオーガの皮をせっせと詰め込み、銀輝魔石の入った木箱をステラに持たせて、応接室を辞することにしたのであった。
アンナさんの持ってたハリセンって気絶付加の効果でも持ってんのかな?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




