第四十二話
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
先週は体調を崩していたため文章が纏まらず、お休みしてしまいましたが、とりあえず復調しました。
今回も若干短めではありますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは第四十二話、始まります。
このジイさま、いまなんつった?
僕の聞き間違いか? いや、そんなことはない。明らかにステラとラピスへと目を向けて『使い魔』ではなく『従魔』と断定していた。
このジイさまには使い魔と従魔の違いが見分けられるのか?
見分けられるのであれば、その違いとはいったい何なんだ?
冒険者であるメリッサさんやギルド職員のアンナさん、使い魔契約に詳しいと思われる魔術士系第三階位職業の【魔道師】に就いているオーリンちゃんでさえ、その違いについて指摘するどころか、『従魔』という存在と『使い魔』という存在を同じものとして認識している節があった。
それは【魔物使い】という職業を得ている僕にも同じ事が言える。
ただ、僕の場合は、この世界に喚ばれてから『使い魔』という存在を目にしたことが無いので、『従魔』とは何が違うのか比較出来ていないということと、皆が口を揃えてラピスたちのことを『使い魔』と呼称しているので、『従魔』=『使い魔』という図式に納得してしまっていた部分があった。
加えて言うのであれば、【万象鑑定】によって得られた情報の中に『従魔』という文字が無ければ、この違いに対して何ら頓着しなかったであろう。
だが、先ほどグンゼスと名乗るギルドマスターが放った言葉によって『従魔』という存在と『使い魔』という存在には、何かしらの決定的な違いがあることが解ってしまった。
その決定的な違いとはいったい何か、聞いてみたい。
このジイさまが何を根拠にラピスたちのことを『従魔』と言ったのか。
だが、僕のその思いとは裏腹に、目の前のグンゼスさんからは先程のようなおちゃらけた態度はとっくに鳴りを潜め、その代わりに圧倒的な圧力が放たれている。
値踏みするようであった視線も、今ではまるで射抜くかのように鋭い視線に変わっていた。
この部屋を取り囲むようにじっと様子を伺っている七つの黄色マーカーが赤色に近い橙色に変化している。
ここで下手なことを口にすれば、目の前のジイさまは勿論、姿を隠している存在たちも、どのような行動に出るかは想像に難くない。
また、ちらりとテーブルの上を見やると、先程までぷるぷると陽気に震えていたラピスであったが、今ではグンゼスさんに向けて険しい雰囲気を放ち始めており、室内の張り詰めた空気を助長している。
さて、どうしたものか。
僕としては、出来れば穏便に済ませたいところであるが、彼らがラピスとステラとともにある僕と敵対する、というのであれば、メリッサさんたちやアンナさんには申し訳ないが、全力で相対する所存だ。
というか、そもそも何故彼らはここまで僕らに対して警戒を顕にしているのだろう?
それほどまでに『従魔』というものは危険な存在なのか?
それとも『従魔』を従えている僕という存在が危険なのか?
合計八つの気配から徐々に高まる圧力を受けながら、自問自答しつつも、このジイさまの質問にどう答えるべきか思考を巡らせていると、唐突にスパァーン! と何とも小気味いい音が部屋の中に鳴り響く。
「ぁ痛っ!」
その直後、グンゼスさんは後頭部を叩かれたことで前のめりとなり、その横ではアンナさんがジト目で鈍色に光る、一昔前のドツキ漫才などで見たことのあるハリセンのようなものを握っていた。
アンナさん、それ何時何処から取り出したんです?
「い、いきなり何をするんじゃ、アンナ君!!」
「それはこっちの台詞です。赤大鬼を単独討伐したとはいえ、仮にも無星の新人相手に何してるんですか」
後頭部に手をやり、若干涙目になりながら挙げたグンゼスさんの抗議の声は、アンナさんからグンゼスさんへと返された、突き刺さるような視線とともにバッサリと切り捨てられた。
「い、いや、それはこちらとしても、段取りというものがあっての……」
アンナさんが身に纏い、徐々に増していく静かな圧力に引き攣った笑みを浮かべながら、どうにか言い繕うとするグンゼスさんだったが、その言葉は次第に尻すぼみとなっていく。
「段取り、ですか。確かに段取りは必要ですね」
「であろ! じゃから……」
「ですが、そんなものは後にしてください。今回この席を設けた目的は、ハルトさんが討伐した赤大鬼の素材をどの程度ギルドに卸してもらえるかの交渉、なんですよ?」
「そ、そんなもの、とな……」
「そんなものです。私は常にギルドの利益について、を考えておりますので」
一瞬、本当に一瞬だけ気を持ち直したグンゼスさんだったが、続くアンナさんの言葉で即座に崩折れることになった。
「それに」
そこで一旦言葉を切ったアンナさんが、ちらりとラピスの方へと視線を向ける。
「ギルドマスターが余計なことするから、ラピスちゃんが怒ってるじゃないですか」
「ほ? ……っ!!」
項垂れていたグンゼスさんは顔を上げ、呆けた表情をしていたが、アンナさんの視線を辿って、その顔をラピスへと向けた。
その瞬間、ラピスが発する危険な雰囲気を感じ取り、その視線を真正面から受けたこともあって、グンゼスさんは息を呑んだようである。
泉にいた頃はそうでもなかったのだが、ここ最近のラピスは、レベルやランクを上げて成長したせいなのか、自身や僕に向けられる敵意や害意といったものに敏感になっている節が見受けられた。
今回についても、周囲を取り囲んでいる気配に対しては、それほど反応は示していないのだが、目の前のグンゼスさんが放つ圧力には、いち早く反応していたのだ。
先日のレッドオーガを発見したときもそうだったんだけど、この数日でウチの子の好戦的な一面が表に出てきているように思える。
グリンさんの娘? 繋がりで、一人立ちするスライムたちは狩りで自分たちの力量をグリンさんに証明したり、ガーネたちに至っては近づいてきた四ツ腕狂乱熊や白亜ノ大蛇をタイマンでぶっ飛ばしたりと、相当な戦闘狂っぷりを披露していた。
あの泉から出るようなスライムたちは、みんなそうなってしまうのだろうか?
「ほら、謝ってください」
「ほ、ほっほ。すまんかったの」
そんなことを考えていると、剣呑な雰囲気を纏ったアンナさんに促されたグンゼスさんの口から謝罪の言葉が出てきたことで、アンナさんの雰囲気が若干和らいだ。
それと同時に、ラピスも警戒を解くことはなかったが、若干その雰囲気が落ち着いたものになった。
うん、本当に余計なことはしないでもらいたいものだ。
アンナさんのソレは僕の【状態異常無効】スキルですら、全力でスルーするほどおっかないんだから。
「ふぅ、おっかないのぅ。そんなんじゃから……になっても嫁の貰い手が……」
「もう一発くらい逝っといたほうがいいかしら?」
グンゼスさんが零した言葉をしっかりと拾ったアンナさんは、手の中のハリセンを弄び、目に見えそうなぐらい不穏なオーラを纏いながら、ジロリとグンゼスさんを睨めつける。
だから、止めろっつってんだろ! 余計なこと言うんぢゃねぇ、このくそジジイ!!
「ぅおっほん! はて、何の話じゃったかな! ……おお、そうじゃ、そちらのお嬢ちゃんと丸っこいののことじゃったな。その者らはお主の使い魔なのであろ?」
旗色悪しと即座に判断したグンゼスさんが話題を元に戻すように、先ほど『従魔』と言った部分を、今度は『使い魔』と言い換えてきた。
誤魔化しやがったな、このジジイ。
しかし、アンナさんのおかげでグンゼスさんの気配に含まれていた警戒の色がだいぶ和らいだようだ。
……その代わりにアンナさんの機嫌が現在進行中で急降下し続けてるけどな。
だが、室内の空気が重いのは変わらずではあるものの、そのベクトルは全く別方向を向いているので、先程のような張り詰めた空気では無くなっている。
とはいえ、それは室内のことだけで、周辺にある七つの黄色マーカーに変化は見受けられない。
一触即発、という雰囲気からは脱したものの、未だ言葉を選ばなくてはならない状況であることには変わりないようだ。
何が切っ掛けだったのかはわからないが、もう既に目を付けられていることは確実みたいだけど、これ以上深入りしてもヤブヘビにしかならないだろう。
この件に関しては、もう少し時間を置いてから、探りを入れてみるか調べるかしてみるか。
今はアンナさんの提案に乗っかって、レッドオーガの素材に関する取引にのみ絞るとしよう。
そう結論付けた僕は、未だにテーブルの上からグンゼスさんに対して警戒の視線を送っているラピスを抱き上げた。
するとラピスは『いいの?』と問いかけるように僕を見上げてきたので、軽く笑いかけてから、そのすべすべもちもちの感触を楽しむように全身を撫でる。
「はい、この子たちは僕と契約してくれた使い魔で、家族なんです。このスライムがラピス、こっちの銀妖精がステラといいます」
「ほっほ、そうかそうか……家族、とな」
「はい。何か可笑しかったでしょうか?」
そう僕が答えると、またも室内に張り詰めた空気が漂う。
だから何なんだよ、この空気は? アンナさんのマーカーの色は変わらず緑色なので、アンナさんは無関係なのだろう。
加えて話の流れ的に、ギルドマスターであるグンゼスさんが一方的に僕たちのことを警戒しているようだ。
何が理由でこんな空気になってしまうのか、どうにもわからない。
頭の中では困惑しているが、全神経を持って表面上は冷静を装いつつ、無言のまま視線を十秒近く交錯させていると、唐突にグンゼスさんが身に纏った緊迫感が和らいだ。
「……いや、良いのではないか? ただ使い魔を家族と称する者は珍しかったのでな」
「そうでしたか」
「いやはや、すまんすまん。どうやらワシの杞憂であったようじゃ」
杞憂……ねぇ。何を警戒していたのかは知りませんけど、だったら周囲にあるこの鬱陶しい奴らもどうにかしてもらいたいんですけど。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「おお、来たようじゃの。構わん、入れ」
『失礼いたします』
その声とともにドアの向こう側から現れたのは、各々ハンドル台車を押した、アンナさんと同じギルド職員の制服に身を包んだ三人の女性だった。
その台車には一抱えもあるガラス瓶のようなものや幾つかの大きめの木箱が乗せられている。
ふと、入室してきたギルド職員の女性たちを【気配察知】でマーカーの色を確認してみると、白色、白色、黄色となっていた。
あれ? 三人目の黄色の女の子、どっかで見たことあるな。
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名前:リコリス
種族:人間族
性別:♀
年齢:14
職業:暗殺者
身分:冒険者ギルド 特殊隠密部隊隊員
冒険者ギルド ルセドニ支部所属職員
状態:警戒
BLv:72
JLv:6
HP:2833/2833
MP:447/447
筋力:123
体力:294
知力:103
敏捷:285
器用:459
保有スキル
【コモンスキル】(6/10)
・毒耐性:Lv6
・気配察知:Lv4
・短剣術:Lv5
・投擲術:Lv4
・軽業:Lv3
・忍び足:Lv5
【ジョブスキル】(3/10)
・罠感知:Lv4
・罠解除:Lv3
・影潜伏:Lv1
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あー、この子、確かメリッサさんたちの報告の時に、アンナさんから案内係を仰せつかってガッチガチに緊張してた子じゃん。
今も緊張しているせいなのか、警戒しているせいなのかはわからないが、若干挙動不審なところがある。
しかし。しかし、だ。問題は鑑定結果から得られた情報だ。
ギルド職員の制服に身を包んでいるにも関わらず、そんじょそこらの冒険者よりは勿論のこと、メリッサさんたちよりもレベルが高いということも特筆すべきだが、それよりも【職業】と【身分】の方が問題じゃね?
斥候系派生第三階位の【暗殺者】。
成人前の少女が、こんな物騒な【職業】を得ているのは、良くはないけど、まあいい。
これだけ殺意が高い世界だ。
現代日本人が考えつかないような酷い環境で育ったと考えれば、人には言えない裏の仕事をこなしていれば、そういう【職業】を得ることもあるだろう。
けど【身分】にそっちが先に来るかぁ。
ということは、本職がそっちってことだよね。
まいったなぁ。つまり、今この部屋の周囲に陣取ってる鬱陶しい七つのマーカーも同じってことになる。
しかも、彼女たちの本職の方は『どこそこ支部』って書かれてないということは、冒険者ギルドの総本部所属ってことだろう。
要するに、この時点で僕は冒険者ギルドそのものに目を付けられたってことか?
まじかよ。僕、まだ何もしてないよ? ギルドに不利益を齎すような予定も今のところは無いんですけど?
って言ってもこーゆー人たちは聞いてくれないんだろうなぁ。
つか、この子【毒耐性】高くね?
どうしたもんかと内心で頭を抱えていると、テーブルの上へ次々と台車にて運び込まれた品々が並べられていく。
そして最後のひとつがテーブルへと置かれると、それらを運んできたリコリスちゃんを含む三人の女性が、綺麗なお辞儀をしてから台車とともに退室していった。
「さて、ここにあるのがお主が持ち込んだ大赤鬼の素材で間違いないかの?」
とりあえず、今のところは彼ら彼女らは警戒止まりで今すぐどうこうというわけでもなさそうだし、今そのことを考えても埒があかないので、一旦棚上げとしよう。
問題の先送りとも言うが。
ともかく、今はモノの確認だ。
とはいえ、解体された大赤鬼の素材は素人である僕には、パッと見では何が何やら。
見ただけで分かるのは、皮とホルマリン漬けのようにされた目玉くらいなものだ。
なので、【万象鑑定】スキルを発動させてみると、ひとつの木箱を除いて、そこにある全てはレッドオーガの素材で間違いなかった。
「はい。間違いないみたいですね」
「ほっほ、そうかそうか。では問題無さそうじゃの」
僕の確認が終わると、グンゼスさんも警戒した様子は残っているものの、一安心といった表情だった。
だが、それを一転させ、妙に真剣な面持ちで言葉を続ける。
「して、マドックの話では、なんでも皮と魔石は戻すとのことじゃったが……」
グンゼスさんは反物のように丸められたレッドオーガの皮を一瞥したあと、徐にひとつの木箱の蓋を開ける。
「この魔石、ワシに譲ってはくれんかのぅ?」
蓋を開けたそこには、十七個の銀色をした魔石が煌めいていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




