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第三十八話

 放心していたアンナさんが我に返り、慌てた様子で駆けていくその背中を、僕は苦笑混じりに見送ってからメリッサさんたちの方へと視線を戻すと、皆さんは横たわったレッドオーガの胴体の前に陣取ったまま先ほどと同じく、いやより熱の入った検分をあーでもないこーでもないと続けていた。


 メリッサさんもトリフィラさんもオーリンちゃんも、僕が【アイテムボックス】系統のスキルを持っていることは承知しているので、それよりもレッドオーガへの興味が勝っているのはわかる。


 だが、コーデリアさんの後ろ姿を見ていると、そんなものは些細なことだ、とも言いたげであった。


 先程までそれを知らなかったコーデリアさんまでもが、当たり前のように受け入れてしまっているのは何故だ?


 【アイテムボックス】程度のレアスキルなど、アンナさんが我を忘れかけるくらい興奮してしまうような珍しい素材の前では、 騒ぎ立てるほどのことではないというのだろうか。


 それともこの数日の奇行で既に耐性が付いてしまっているので、この程度ではもう驚かないということか?


 確かに、僕の無知から既に幾つかの非常識を披露してしまっているが、それでも僕としては色々と自重するように心がけているし、そこまでぶっ飛んだことをやらかした覚えはない。


 そりゃ、この世界では高価な回復薬であるヒールポーションをどばどば使ったり、『収納したアイテムの時間経過が無い』という特性こそ知られていないが、【アイテムボックス】系スキルを持っていることを見せてしまったり、【無詠唱】に気付かれたり、《イルミネイト》が明る過ぎるという指摘くらいはされたけどさ…………うん、思い返してみると結構やらかしてんな。


 い、いや、違う。今挙げたのはコーデリアさんの前でやらかしたやつでは無かったはずだ。


 コーデリアさんの前で、といえば僕の作ったヒールポーションが規格外だ、ということを知られたくらいのはず。


 だというのに、何故こうもあっさり受け入れられてしまっているんだろうか?


 コーデリアさんたちの後ろ姿を眺めながら、腕を組みつつ唸っていると、メリッサさんがレッドオーガの頭部を両手で挟むようにして持ち上げて、それを手の中で縦に横にと回転させ、様々な角度から検分し始めた。


 どうやら、ひと通り身体の方の検分は終わったようで、メリッサさんたちの興味は頭部の方へと移ったようだ。


 その頭部はというと、額から生えた二本の角は無事ではあるが、牙は砕け、顔のほぼ中心はテニスボールよりひと回りほど大きい綺麗な円形の窪みがつけられている。


 そのせいで、レッドオーガの表情はどこぞの売れないお笑い芸人の変顔のような表情で固定されてしまっていた。


 これがただのマネキンの頭であれば、笑ってしまうところだが、如何せんこれは本物の生首なので、流石にそんな気にはならない。


 トドメを刺すためにクレイモアで切り飛ばしたて、頭部の方はその後すぐに【アイテムインベントリ】へと突っ込んでしまったため――胴体の方は簡単ではあるが血抜きをしたのでそうでもないのだが――生首の付け根からはまだ血が滴っている。


 何時にも増して真剣な面持ちのメリッサさんと真正面から向き合っている生首、その切断面から滴り落ちる雫が、定盤の上に赤い模様を描いていく。


 これは……なんというか、ものっそい摩訶不思議(シュール)な光景だな。


「ふむ。どうやら、この顔面に叩き込まれた一撃が決め手のようだな。しかし、なんとも素晴らしい一撃だ。いくら比較的防御の薄い顔面とはいえ、鉄以上の硬度を誇る大鬼(オーガ)種の防御力を貫くとは。文字通り、これが致命傷となったようだな」


「そうね。それにこの凹みの形を見る限り、力というか衝撃が全然逃げてないみたい。こんなの顔面に喰らったら、脳みそ直接殴られてるようなもんよ。これじゃ大抵の相手は一発でお陀仏ね」


 生首の陥没部を注視していたメリッサさんが、ラピスの体当たりを評すると、横から覗き込んでいたトリフィラさんが陥没部の淵をそっと指でなぞっていく。


「そうだな。これをラピス君がやった、というのだから驚きだ。初めて会ったときは、普段見かけるスライムよりもずっと弱々しい雰囲気だと思ったのだがな。これほどの力を持っているとは、私の観察眼もまだまだだな」


 あっはっは。いやぁ、メリッサさんの観察眼は正しいですよ?


 ラピスが強くなったのって、ルセドニの街についてからですんで。


 メリッサさんの鋭い指摘に若干冷や汗をかいていると、自分が褒められている雰囲気がしたのか、ラピスが逃げ込んでいた僕の服の襟元からそぉっと顔を出してきた。


 それから、視線をキョロキョロと辺りを見渡したかと思うと、ほっとしたような感情を漏らしてくる。


 どうやら般若なアンナさんが近くにいないとわかって、安心したようだ。


 まあ確かに、あれは怖かった。【状態異常無効】先生が仕事を放棄するくらいだ。というか、あれは母親に叱られたときの感覚に似ていた。


 レベル60相当――ステータス値でいえばそれ以上――のラピスといっても、この子はまだ一歳未満の子供である。


 魔物の成長速度は人間のそれと同じではないのだろうが、そんな子供であれば母親からの叱責は確かに怖いだろう。


 まあ、あれだ。母親からの叱責というのは、いくつになっても怖いというやつだ、うん。


 そんなことを考えてひとりで納得していると、僕を見捨てて安全地帯に逃げ込んでいたラピスが、するすると僕の肩を伝って、定位置(僕の頭の上)へと戻っていく。


 定位置に辿り着いたラピスの表情は見えないが、もうすっごいドヤ顔をしている雰囲気がひしひしと伝わってくる。


――らぴすがあかくておっきいのたおしたんだよ! らぴす、おてがら! つおいの!


 いいのか、ラピス? そんな顔してると、アンナさんが戻って来たら、また怒られちゃうぞ?


――ぴぃっ!


 僕の言葉が伝わったのか、ラピスは短い悲鳴を挙げると、ぷるぷると小刻みに震えながら、アンナさんに見つからないように、という腹積もりなのだろう、身体を出来るだけ薄く、べたーっと僕の頭の上に張り付くように形を変え、警戒する態勢を取った。


 ラピスの涙ぐましい努力に苦笑していると、メリッサさんが徐に生首の切断面に指を這わせる。


 すると、案の定メリッサさんの指には、まだ鮮やかな色をしているレッドオーガの血がべっとりと付着した。


 メリッサさんがその鮮血に塗れた指を凝視していたかと思うと、ちらっとジト目で僕の方に視線を送って来た。


 なので、僕はそっと目を逸らして、あさっての方向を見やる。


 な、なーんのことでしょーか? ぼくにはわっかりませーん。


 鳴らない口笛を吹いて、メリッサさんの視線を全力でわからないふりををしていると、はっきりとした四つのため息が聴こえてくるが、知りませんってば。


 そんな茶番を全力で演じていると、《イルミネイト》で照らされている範囲、その外側から三つの人影が足音とともに近づいてくる。


 暫く待っていると、その人影が《イルミネイト》の範囲内に入ったきたことで、その三人の顔がはっきりと確認出来た。


 ひとつはアンナさんで、もうひとつはちょっと頭が寂しい感じではあるが筋肉ムキムキのガタイのいい四十手前くらいのおっちゃん、最後のひとつは線は細いように見えるが、必要な筋肉はしっかりと付いている、所謂細マッチョな十代半ばと思われる少年だ。


 アンナさんは若干顔をヒクつかせているが、おっちゃんと少年の二人はあんぐりと口を開けながら《イルミネイト》の光球を見つめている。


 あー、そんなに凝視してますと、目が潰れますよ?


「ハルトさん、お待たせしました。こちら解体部の総責任者のマドックさんで、その助手のリデルくんです。マドックさん、リデルくん、こちらが先日冒険者登録されたハルトさんです」


 アンナさんの紹介を受けて、放心気味のマッチョメンことマドックさんと細マッチョボゥイことリデルさんへ挨拶をする。


「冒険者のハルトです。宜しくお願いします」


 無意識に握手の形でマドックさんへと右手を差し出す。


 あ、やべ。普通に手を差し出しちゃったけど、この世界に握手なんて習慣あんのかな?


「あ、ああ……っと、すまねぇ。オレがここの責任者のマドックだ。宜しくな」


 と、正気に戻ったマドックさんが僕の手を取り、握手を返してくれた。


 よかった。こっちの世界でも握手は通用するんだな。


「冒険者ギルド解体部のリデルっす。解体助手もやってるっすけど、基本親方(マドックさん)の小間使いみたいなもんっす」


 リデルさんとも挨拶と握手を交わしていると、ひと通りレッドオーガの検分が終わって満足した様子のトリフィラさんが、定盤から離れ、こちらに来ていた。


「あれ? おっちゃんが来たんだ」


「ん? なんでぇトリフィラじゃねぇか。つか野薔薇(ワイルドローズ)が揃い踏みかよ」


 マドックさんがトリフィラさんと、その後ろの三人を見て、少し目を見張っていた。


「そりゃそうよ。なんてったって、ここいらでも滅多に見れない、星四つの魔物素材だもん」


「ああ、そうだったな。しっかし、なんだこの明るさは? まるでちっせぇお天道様があるみてぇじゃねぇか」


「そう、っすね。……でも、これがあれば、夜でも作業が捗るかもっす」


 おっと、リデルさんからブラックに染まってます発言いただきました。


 大丈夫か、冒険者ギルド解体部?


「ふむ。なぁアンナちゃんよ、この明かりなんだが……」


「……ぁ?」


「ああ、いや、なんでもねぇわ」


 手で顎をさすって何かを考えていたマドックさんが、アンナさんに何か言いかけたところで、ギロリと鋭利な刃物を思わせる鋭い視線と893な反応を返され、即座に回れ右してその続きの言葉を飲み込んだ。


 おっほぉ、怖っわ。自分たちに向けられた訳でもないのに、アンナさんの気迫に当てられてラピスが震え上がってしまっている。


 まあオーリンちゃんからも、この白光を放つ《イルミネイト》は異常だって言われてたし、あの鋭い視線には、詮索すると厄介事になるから、無駄に詮索はするなってことを言ってんだろうな。


 僕としては、他の人が《イルミネイト》を使っているところを見たことがないから、僕の《イルミネイト(蛍光灯擬き)》がどれくらい特殊なのか、いまいち判断しきれてないんだけどね。


「ぅおっほん、さーて、と。ちゃっちゃと済ませちまおぅか」


「っすねー」


(おっかねー。オークの群れの前に立つより怖えぇ眼してたぞ。あの眼を向けられたら気の弱ぇ奴なら死んでんぞ)


(っす。あれは惜しいっすけど、まだ自分死にたくないっす。触らぬ神に祟り無しっす)


 額に大量の冷や汗をかいてひそひそと話してるみたいですけど、おーい、そこのお二方。ばっちり聞こえてますよー。


 多分アンナさんにも、メリッサさんたちにも聞こえてると思いますですよ?


 だってアンナさんはこめかみの辺りがぴくぴくしてるし、メリッサさんたちは笑いを堪えてるんだもん。


 その様子に気づいていない二人であったが、定盤の上に横たわるレッドオーガを前にすると、空気が一変した。


 その目付きは正に職人。眼光鋭く、目の前の素材をざっと眺める。


「ほぉ、こいつがアンナちゃんの言ってた”ほぼ完品”の大赤鬼(レッドオーガ)、か」


「確かに”ほぼ”っすね。つーか、牙以外は完品っすね」


「ああ、こいつは相当な上物だ。こんな上物、久々に見るぜ」


「自分はここまで完品ってのは、初めてっすね。冒険者の皆さんが狩ってくる魔物のほとんどは傷だらけっすから。まー(タマ)の取り合いってのはわかってるんすけど、もちっと綺麗に狩ってこれないもんかって思いますもん」


「そいつぁ言ってもしゃーあんめぇ。冒険者の奴らも命あっての物種だかんな。まぁそれはともかくとして」


 あっという間にレッドオーガの検分を済ませたマドックさんが、こちらに振り向き、ちょいちょいと僕を手招きする。


 それに従い、マドックさんも元へ向かうと、マドックさんは神妙な面持ちで、尋ねてきた。


「おめぇさん、ハルトっつったか? こいつは坊主が仕留めたんだよな?」


「はい、そうです。といっても、僕はトドメを刺したくらいですけどね」


「そうか。ならよ、ちょいと相談なんだがよ」


「はい?」


「こんだけの上物が入ってくんのは、本当に久々なんだわ。オレとしちゃぁ今すぐにでも取っ掛かりてぇんだが、(わけ)ぇ衆にも解体(バラ)してるとこを拝ませて(勉強させて)やりてぇってのもある。そこでだ、取引といかねぇか?」


「取引……ですか?」


「おぅ。こいつを解体する(バラす)のを(わけ)ぇ衆にも、ちっとだけ手伝わせるわけにゃいかねぇか?」


 む、若い衆というとまだ未熟な人たちってことですよね? 他の素材はともかく、皮と腹の中にある(黒ゴブリンの)魔石は引き取りたいから、キズモノにされると困るんだけどなぁ。


「ああ、勿論素材なんかの重要な部分は、腕の確かなベテランの奴に担当させる。(わけ)ぇ衆に手伝わせるのは、腑分(ふわ)けの部分だけだ。そん代わり、解体費用は全額オレがもつ。どうだ?」


 それなら、いいのか? 素材、とりわけ皮さえ無事に確保出来ればいいしな。


「こんだけのデカブツだ。解体費用だけでも10万ゴルドは掛かるぜ? 悪い取引じゃねぇと思うんだが、どうだ?」


 腕を組んで、未だ悩む素振りを見せていると、マドックさんが具体的な数字を出してきた。


 そう魔物の討伐依頼などで、持ち帰った魔物の素材をギルドに持ち込めば、買い取ってくれるのだが、魔物というのはそのまま死体を持ち帰っても使える素材と使えない廃棄するしかない部分とに解体する必要があるのだ。


 討伐したその場で売れる素材を解体する技術を持っていれば、その部分だけを持って帰り、ギルドに買取をお願いすればいいのだが、今回のような全解体の場合だと、その大きさや数に比例した解体費用が発生する。


 無論そういった場合は素材買取額から天引きされることが殆どなのだが、素材引き取りとなると、現金で解体費用を支払う必要がある。


 今回、素材は一部引き取り希望なので、買取額からの天引きが出来るケースではあるのだが、解体費用高っけぇな、オイ!


 流石に10万ゴルドなんて大金は手元に無いし、素材買取額で赤字になることはないだろうけど、若い衆の方に手伝わせるだけで10万ゴルドの解体費用が無料になるのであれば、この話に乗ってもいいかもしれない。


 頭の中で算盤を弾いて、そう結論が出たので、マドックさんの話に乗ることにした。


「そう、ですね。わかりました、素材の品質を損なわないのであれば、それで構いません」


「おっ! そうかい。いいねぇ、そうこなくっちゃ。うし、それで、解体(バラ)した後の素材はどうするんでぇ? 全売りか? それとも全戻しか?」


「あー、皮は戻してもらえますか? あと、”腹の中にある”魔石も戻しで、お願いします」


「ん? 腹の中? まぁいいか。それとよ、ひとつ聞きてぇんだが」


 マドックさんは、僕が言った『腹の中』というところで、若干訝しんだが、それ以上は追求せず、思考を切り替えたようでもうひとつ相談があると言って顔を近づけてきた。


「このお天道様は、あとどれぐらいもつか知ってるか?」


 アンナさんに聞こえないように物凄い小さな声で囁くようにして、《イルミネイト》の光珠を指差す。


「あはは、これはあまり魔力を込めていませんので、あと半刻ももたないですよ」


「そうか。そいつぁ残念だ」


「えーと、もしかして、これから解体を始めるんですか?」


「いやぁ、流石にそれはなぁ……。このお天道様が三刻も照らしてくれりゃぁ、やりてぇんだがなぁ……って、こりゃおめぇさんが出したんか?」


 心底残念そうに項垂れるマドックさんにそう聞いてみると、光が続けば既に仕事を上がった若い衆を呼び戻して、解体作業に入るつもりだったらしい。


 今から始めれば、時間的には明日の明け方には出来上がるだろう、と言う。


 であれば、僕としても素材はともかく、黒ゴブリンの魔石は出来るだけ早く回収したいところなので、かなり多めの魔力を注ぎ込んだ《イルミネイト》の光球を二つほど出現させた。


「これで多分明け方までもつ、と思います」


 その生み出された光球に再びあんぐりとした表情を浮かべるマドックさんとリデルさんだったが、今度はものの数秒で我に返り、にやりと口の端を上げて笑った。


「よっしゃぁ! そうと決まりゃぁ、おぅ、リデル。(わけ)ぇ衆とアンガスの野郎、それとグレッグを呼んで来い!」


「っす!!」


 軽い返事ととともに、リデルさんがあっという間に《イルミネイト》の範囲外へと駆け出していった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字・矛盾点・説明不足・わかりにくい表現等のご指摘いただければ幸いでございます。

ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。

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