第三十四話
「おま、家族って……流石にそれはマズいだろ」
再起動したビックスさんが目を見開き、愕然としながらそう呟く。
うーん、やっぱりゴブリンを従魔にするのは問題があるのかぁ。
ゴブリンといっても、人類の不倶戴天の敵である緑ゴブリンではなく、全くの別種族である黒ゴブリンだから平気かと思ったんだけど、常に魔物の脅威に曝されているこの世界の人々からすれば、黒だとか緑だとかは関係無いのかもしれない。
ステラを連れて街に入れないとすると、今後はどうするべきか。
街に入れないと、冒険者活動がちょっと難しくなるな。
冒険者活動が難しくなると報酬が得られずガンテツさん、というかクォルさんへの返済が滞ってしまう。
あのクレイモアはとても良い物だ。
あれだけの業物をタダで譲ってもらうわけにはいかない。
僕の剣士としての矜持にかけて、最低でも原価分の代金は支払うと決めたのだし、それだけは何としてでも達成しなくては。
そして何より、元の世界に帰る手段を探す旅のための資金が貯められなくなってしまう。
生活必需品を手に入れるのも苦労しそうだ。
最悪の場合、夜は近場の野営地を利用させてもらうとして、僕の街での用事が終わるまで、ラピスを護衛に付けてステラには街の外で待っていてもらうか?
いや、それだって魔物であるスライムとゴブリンが街壁の外でポツンと立っていたら、孤立した魔物と間違われて……ふむ、もういっそのこと、どこか街の外に拠点でも造るか?
「お前、今日は確か西の森に行ってたんだよな?」
「え? はい、そうです……けど?」
「西の森のどっち側だ? 北か? 南か?」
最悪の未来を想像したあと、頭を軽く振り脳裏に浮かんだ映像を追い出し、現状ではあまり現実的では無いことを考えていると、何やら慌てた様子でビックスさんがそう問い掛けてくる。
何でそんなことを聞いてくるんだろう? ……ああ、もしかしてゴブリンハザードを危惧しているのかな。
確かにそれが予兆無く発生した場合、一番最初に矢面に立たされるのはビックスさんたち警備隊の皆さんだ。
次いで比較的フットワークの軽い冒険者が応援に駆けつけ、最終的に対応するのは防衛戦力として配備されている領主軍になるのだろうが、そう考えればビックスさんの焦り具合も解るというものだ。
ゴブリンハザードは一種の災害なので、その予兆があれば被害が出てしまう前に事前に潰すことは是とされている。
その場合、無用な混乱を防ぐ意味も兼ねて、その地域を治める貴族ないし代官から冒険者ギルドを通し、事実確認のために六ツ星冒険者のパーティーへ調査の名目で指名依頼が出されるという。
指名依頼を受けた冒険者パーティーは自分たちだけで対処出来る規模であれば、その場で殲滅してしまうし、手に負えない規模であったなら、即時帰還して報告を上げるのが義務とされている。
そして、依頼を受けた冒険者パーティーだけでは対処出来ない場合、その報告を受けた冒険者ギルドと領主側は協力体制を敷いて、大規模な殲滅作戦が発令されるらしい。
これについてはトリフィラさんからは、まだ一ツ星にもなっていない僕には、あるとしてもまだまだ先の話ではあるが、一応頭の片隅には置いておけと言われた情報だった。
確かに冒険者始めてまだ四日目――言われた当時はまだ冒険者生活二日目だった――の僕には、当分縁のない話だし、そもそもそんな事態になったら、緊急依頼が出されるのだが、それは四ツ星以上の冒険者が対象となる。
例外的に四ツ星『相当』の実力がある、と認められれば強制依頼の対象となるらしいが、基本は四ツ星以上だ。
僕としても街の防衛に協力するというのは構わないのだが、僕が冒険者という職業に求めることは、旅の資金を稼ぐことと、この世界での身分証だけなので、討伐依頼が解禁になる二ツ星には早くなりたいけど、それ以上に星を上げることにそれほど興味はない。
上位の冒険者ともなれば、様々な特権があるらしいが、僕としては正直それはどうでもいいのだ。
閑話休題。
つらつらとそんなことを考えながら《ミニマップ》と《ワールドマップ》の組み合わせで改めて確認してみると、ルセドニの街から西に二区画、南に一区画離れたところの《ミニマップ》内に青い点が点滅しているのが見て取れた。
恐らくこの点滅している青い点は位置的に《レジストレーション》で登録した座標であると思われる。
ということは、ステラが居た黒ゴブリンの集落は、ルセドニから見て南々西に位置しているということになる。
なにこれ。結構使えんじゃん。さっきは使えねぇとかいってゴメンね【空間魔術】。
さて、位置情報がわかったのはいいけど、これをそのまま正直に伝えてしまうと、冒険者に依頼が出されるのか、それとも一気に街に備えてある防衛戦力が出張るのかはわからないが、どちらにしてもステラの同胞が眠っている集落跡の場所が知られてしまう。
実際にはその集落に居た黒ゴブリンたちはステラを残して全滅しているので、既にもぬけの殻ではありゴブリンハザードの危険性など皆無であるのだが、集落跡には同胞を弔った墓があるのだ。
あそこが緑ゴブリンの集落跡と判断されて、何もされなければいいが、黒ゴブリンの集落跡だと判断されてしまうと、少々マズい。
墓の下に眠っている黒ゴブリンたちの銀輝魔石こそ失われている――恐らくレッドオーガの腹の中にあると思われる――が、鑑定先生によればその銀色の頭髪も過去には乱獲の対象になっていた。
現在、黒ゴブリンは希少種と認定されているらしいし、そこが黒ゴブリンの集落と知られてしまえば、実際には銀輝魔石は無くともそれを求めて、またその銀髪だけでも、と求める者が居て、墓が荒らされてしまうかもしれない。
それは出来れば避けたい。
なので、ビックスさんには申し訳無いけど、僕はゴブリンハザードが発生する危険性は無いとわかっているので、位置については少しは暈して伝えることにした。
「南側か……となると、マクレ村か? それともハガミノ村か? いや、ハガミノ村だと子供の足じゃ……そうするとやっぱりマクレ村……」
これは、後でちょっとケアが必要だな、と考えつつもその曖昧にした位置を伝えると、ビックスさんは顎に手をやり、考え込むようにぶつぶつと呟いた。
ビックスさんが口にしたそれは、西の森の南側の街道から少し外れた場所に存在する開拓村の名称だ。
はて? 何故ここで開拓村の名前が出てくるのだろう?
「いや、だけどあの辺の村に森人族の子供なんか居たか? けど位置的にはマクレ村としか考えられねぇし……」
んん? 何故にここで森人なんて……あー、これは、もしかして、ひょっとすると、話が噛み合ってない?
「えーと、ビックスさん?」
「あん? どした?」
「そのー、マクレ村がどうかしたんですか?」
「どうかしたって、お前、その子は多分マクレ村か、無ぇとは思うがハガミノ村の子供だろう。大方森に野草を採りに入って迷ったってところだろうな。怪我ひとつ無く保護出来たのはお手柄だ。子供は村の、いや国の宝だからな。けどな? いくらお前が保護したからって、いきなり家族にしちゃいかんだろう? その子にも親御さんが居てだな……ああ、いや、お説教は後だ。急いで村に連絡入れねぇと……」
ちょっちょっちょっと待ったーーー!
そんなとこに連絡入れても、そんな子いませんって言われるのがオチです!!
「び、ビックスさん!」
「なんだ? ちっとこれから急いで……」
「この子は森人ではありませんし、ましてやマクレ村の子供でも、ハガミノ村の子供でもないんです!」
胡乱げな表情でこちらを見返してくるビックスさんの言葉を遮って、そう告げる。
「いや、お前なぁ。んなこと言ったって……」
「ステラ、お顔を見せてごらん」
今のビックスさんにはいくら言葉を並べ立てても、無理だと思ったので、その確たる証拠を見せるしか無い。
ビックスさんと話している間、ステラは僕の首っ玉にかじりついていたので、背中を優しく摩り、諭すように呼びかけた。
すると、ステラはおずおずと僕の首筋に埋めていた顔を上げて、ビックスさんの方を見やる。
ただ、既に陽は殆ど落ちてしまっていたので、街壁の上に焚かれた篝火と月明かり以外の明かりがなく、辺りは暗闇に包まれる寸前だったので、ビックスさんはそれが何を意味しているのかわからないといった表情だった。
ええい! だったらこれでどうだ!! 《イルミネイト》!
僕はビー玉サイズに絞った光球を頭の50センチメートルくらい上に生み出した。
これなら解ってもらえるだろう。
その明かりに照らされたのは、森人族や人間族では無いという証拠、というよりも魔物の証拠である赤い瞳だ。
ビックスさんもそれで漸く理解してくれたようで、目ん玉が飛び出るかのように驚いた表情をしていた。
「へ? ま、魔物?!」
「はい、そうです。魔物で、僕の使い魔として契約を受け入れてくれたんです」
「……」
ふぅ、これでなんとか誤解も解けたかな?
「あ、ああ、そうか。そ、そうだよな! いやーオレっちもそうじゃねぇかと思ってたんだわ、あっはっは!! …………そうか、誘拐……じゃなかったんだな、良かったぁ」
いや、聞こえてますからね! なんつーぶっ飛んだ想像してくれてんのさ!!
あー、でもいきなり女の子を抱えて森から帰ってきたら、そう思われるのがこの世界の常識なのかな?
そんな疑問がちらっと過ぎったところで、誤魔化すように笑ってとんでもないことを呟いていたビックスさんの動きが、はたと何かに気づいたように止まる。
「ん? ちょっと待て。おい、ハルト。お前今、使い魔って言ったか?」
「へ? は、はい」
えっと、なんかおかしなこと言ったか? いや、言ってない……よな?
何が引っかっかったんだろうか、と首を捻っているとまたもビックスさんがぶつぶつと呟いているのが聞こえてきた。
「確かあの頭の上の青いのも使い魔って言ってたよな……それでもう一体の使い魔? 使い魔って二体も契約出来るもんだったけか……?」
「あ、あのー、ビックスさん?」
「ん? ああ、すまん。ちょっと考え事してたわ」
「えっと、それで、街には?」
「お、おお、そうだな。んじゃ、ギルドカード出してくれ」
未だに若干引き攣り笑いをしているビックスさんに取り出していたギルドカードを渡して、検問をお願いする。
ここ数日でこのやりとりにも慣れたものだと思っていたが、ビックスさんは何故か神妙な面持ちで、カードチェッカーである四角い箱に僕のギルドカードを差し込む。
カードを差し込んでから文字が浮かんくるまで数秒ほどタイムラグがあるのだが、ビックスさんはその間真剣な眼差しで、じっとカードチェッカーを見つめており、やがてそこに白い文字が浮かび上がると、あからさまにほっとした表情を浮かべていた。
「んんっ。問題無し、だな。通っていいぞ」
僕のその視線に気付いたビックスさんが咳払いをひとつして、確認が済んだギルドカードを返して来たので、僕はそれを苦笑しながら受け取った。
と、そこで肝心なことを確認するのを忘れていたことを思い出す。
「あ、ビックスさん。すいません、ちょっとお聞きしたいんですけど、ゴブリンみたいな魔物と使い魔契約した場合、その子も普通に街に入れるんでしょうか?」
「ん? ああ、スライムだろうが、ゴブリンだろうが、ワイバーンだろうが、きっちり管理出来てるなら、どんな魔物でも問題ねーよ。ま、ゴブリンなんか使い魔にしようって奴は見たことがねぇし、ワイバーンに至っては使い魔にすらなってくんねぇだろうがな。ああ、でもアンデット系だけは勘弁な。アイツらは臭ぇし、気味悪ぃから」
そう言って笑うビックスさんだったが、僕は内心ほっとしていた。
まあ僕としてもアンデット系はちょっと遠慮したいところではあるが、そういうことなら今後どんな魔物を従魔にしても問題なさそうだ。
そう胸を撫で下ろしながら、抱き抱えていたステラを降ろし、その小さな手を繋いで街門を潜ろうとしたところで、またもやビックスさんから声が掛かった。
「ああ、ちょい待ちハルト。これから冒険者ギルドに行くんだろ? ちょっと確認したいことがあっからオレっちも一緒に行くわ」
僕としては特に断る理由もないので、依存は無い。
ただ、ステラに注がれるビックスの視線が気になるってことくらいか。
ウチの娘はまだ嫁にはあげませんよ?! まだ僕たちは家族になったばっかなんですからね!!
冗談はさておき……冗談だよね?
こほん。もの珍しそうにキョロキョロと街並みを見渡すステラの手を離さないようにしっかりと繋いで、嫁どころか嫁候補すらいないのに、ちょっとほんわか父親気分で歩いていると、程なく冒険者ギルドのギルドハウスに到着。
ここ数日、ギルドハウスへは一日に何度も訪れていたので、最早慣れた足取りで、ギルドハウスの一番奥のカウンター、アンナさんが待ち構えているであろう受付台へと足を向ける。
こんな遅い時間にここへ訪れるのは初めてだ。
他の冒険者たちは既に粗方報告を済ませたようで、併設された酒場の方は騒がしかったが、ギルド運営を担うエリアの方は閑散としていたが、ギルド職員の皆さんはまだまだお仕事があるようで、受付カウンターに座っている受付嬢の皆さんは一様に手元に視線を落として、何やら書物をしていた。
お疲れ様です。
そんな中を進んでいくと、前方にアンナさんと談笑しているのであろうメリッサさんたちの姿が見える。
横目でビックスさんをみやると、一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたように見えた。
メリッサさんたちのことがそんなに苦手なのかな? 仲良さそうに見えるんだけどなぁ。
と、益体もないことを考えながら歩いていると、メリッサさんが、次いで他の皆さんも僕たちのことに気付いたようだ。
しかし、僕を見て眉間に皺を寄せたメリッサさんが、ビックスさんを見てさらに眉間に皺を寄せる。
「メリッサさん、トリフィラさん、コーデリアさん、オーリンちゃん、それとアンナさん。ただ今戻りました」
声が普通に届く距離まで近付いたところで、一先ず帰還の報告を、と思いメリッサさんたちへとそう告げた。
「ああ、おかえり。今日は随分遅かったな? それに……」
そう挨拶を返してくれたメリッサさんだったが、途中でその言葉を切って、ビックスさんに視線を向けるメリッサさんだったが、そこにトリフィラさんが覆い被さるように身を乗りだした。
「おー、よーやく帰ってきたかー。お? なになに? なんでビックスが一緒にいんの? お酒奢ってくれんの?」
「うす。あ、いえ、そうじゃなくて。ちっと確認したいことがあったもんで」
トリフィラさんの言葉に思わず頷いてしまったビックスさんが慌ててそう言い直すと、トリフィラさんがつまらなさそうに唇を突き出す。
「えー、じゃあ何しに来たのさー?」
「お帰りなさい、ハルトさん。あら、ビックスくんも来たの? 珍しいわね……って、もしかして厄介事?」
カウンター越しにこちらを覗き込むように身を乗り出したアンナさんが、怪訝そうな顔をしてビックスさんを見ていた。
「あーいえ、別に厄介事ってことじゃ、無いっす。ただ、使い魔契約についてちっと聞きたいことがあってですね」
「アンタ、使い魔に興味あんの?」
「いや、オレっちじゃなくってっすね、あー、その……なんて言うんすかねぇ」
ビックスさんはなんとも歯切れ悪そうに、僕の足付近を見やる。
と、そこには、僕の後ろに隠れるようにして顔の半分だけを出した状態で、僕のズボンの腰辺りをきゅっと掴んでいるステラの姿があった。
するとビックスさんの視線を追ったアンナさんの視線がステラを見つけたかと思ったら、その視線を上に上げて僕を見て、次に何故か目をキラキラとさせたコーデリアさんを見て、最後にステラを見てから……
「隠し子?」
ちっげぇから?! アンタ、何てことを言い出すんですか!! 今の話の流れでどーしてそうなんのさ!?
「あはは、そ、そうですね。そんな訳ないですよねー」
笑って誤魔化そうとしているアンナさん。ちょっと前に似たような光景見たな。
そんなことを考えながら、ジト目でアンナさんを見ていると、輝かせた顔をしたコーデリアさんが割って入ってきた。
「わぁ! ハルトさん、もしかしてこの子『銀妖精』ですか?!」
僕の足元でしゃがみ込み、ステラに目線を合わせたコーデリアさんがそっと頭を撫でようと手を伸ばすと、ステラはビクっと身を縮こませて、完全に僕の後ろに隠れてしまった。
そんな反応をされてしまい、しょぼんとした様子のコーデリアさんに苦笑した僕はステラの頭を優しく撫でて落ち着かせる。
そうしていると、ビックスさんがアンナさんに向き直り、改めて問いかけていた。
「聞きたいことってのは、その、ハルトの使い魔なんっすよ」
「ハルトさんの使い魔? それがどうしたの?」
「うす。坊主、いやハルト、お前はその頭の上のスライムも使い魔なんだよな?」
ビックスさんはアンナさんの疑問には答えず、そう僕へと問い質す。
「あ、はい。そうですよ」
「ってことは、お前は二体の魔物を使い魔にしてるってことなんだな?」
「え、ええ。そうですけど……」
え、使い魔っ二体以上いたらマズいのか?
「アンナさん、姐さん方、そういうことって有り得るんすか? オレっちはあんまそういうことに詳しくはないんすけど、使い魔を二体も連れてる人って見たことがないもんすから」
まじか。いや、使い魔とされた魔物自体、ここでは全然見かけなかったから、全く気にしてなかったし、ゲームなんかでも魔物使いってジョブは複数の魔物と契約するのが普通と思ってたんだけど、違うの?!
「そうねぇ、あまり聞いたことはないけど」
人差し指を頬に当て、小首を傾げるよな仕草をしているアンナさんがそう呟く傍らで、それまでステラに視線を注いではいたものの、言葉を発していなかったオーリンちゃんが鈴の鳴るような声で言う。
「……それはね、使い魔となる魔物が嫌がるから、だよ」
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ただ、作者ガラスのハートでございますれば、柔らかい表現でお願いいたします。




